韓国大統領で読む戦後韓国史|独裁・経済成長・民主化・弾劾の流れをわかりやすく解説

ソウルの汝矣島にある韓国国会議事堂

韓国の戦後史は、歴代大統領を時代順にたどると全体像をつかみやすくなります。李承晩期の建国と分断、朴正煕・全斗煥期の軍事支配と経済成長、1987年の民主化、民主化後の改革と対立、朴槿恵・尹錫悦の弾劾、李在明政権までが一つの流れとしてつながります。

韓国大統領は国家元首であり、行政権の中心です。外交、安全保障、経済政策、北朝鮮政策、財閥、検察、日韓関係など、韓国政治の主要争点が大統領ごとに表れます。

現代政治と司法手続に関する情報は、2026年7月28日時点です。判決については、確定判決と上訴中の判決を区別して記載しています。

30秒で分かる結論

  • 李承晩期に大韓民国が成立し、南北分断、朝鮮戦争、反共体制が韓国政治の土台になりました。
  • 朴正煕・全斗煥期には、輸出主導の経済成長と強権政治が同時に進みました。
  • 1987年に大統領直接選挙が復活し、現在まで続く第六共和国が始まりました。
  • 民主化後は、財閥改革、検察改革、地域対立、格差、南北関係が政権交代ごとの争点になりました。
  • 朴槿恵と尹錫悦は国会の弾劾訴追と憲法裁判所の判断によって罷免されました。
  • 李在明政権では、尹錫悦政権後の政治的混乱の収拾と、検察制度の再編が進んでいます。

まず押さえる|韓国大統領制の基本

現在の韓国大統領は、国民の直接選挙で選ばれ、任期は5年、再選はありません。日本の首相が国会の指名を受けるのに対し、韓国大統領は国民から直接選ばれるため、強い民主的正統性を持ちます。

大統領は国務総理や国務委員の任命、外交、安全保障、軍の統帥、法案への拒否権など大きな権限を持ちます。一方、国会は予算や法律を審議し、憲法裁判所は弾劾の最終判断を行います。大統領と国会多数派が異なる「ねじれ」では、法案、予算、人事をめぐる対立が激しくなります。大統領と議会を別々に選ぶ制度の比較には、歴代アメリカ大統領とアメリカ政治の解説も参考になります。

大統領の弾劾は、国会の訴追だけで罷免が決まる仕組みではありません。国会で弾劾訴追案が可決されると大統領の職務が停止し、憲法裁判所が罷免の可否を判断します。盧武鉉は職務へ復帰し、朴槿恵と尹錫悦は罷免されました。

「第21代」なのに大統領経験者が14人なのはなぜか

李在明は第21代大統領ですが、大統領経験者としては14人目です。韓国では、同じ人物の連続した任期や、憲法改正後の再選を別の「代」と数えた時期があります。李承晩が第1〜3代、朴正煕が第5〜9代、全斗煥が第11・12代を占めるため、代数と人数が一致しません。

全体像|歴代大統領と時代の位置づけ

大統領在任期共和国・制度主な出来事退任・その後
李承晩1948〜1960年第一共和国建国、朝鮮戦争、反共体制四月革命で辞任、亡命
尹潽善1960〜1962年第二共和国議院内閣制、短い民主化軍事クーデター後に辞任
朴正煕1963〜1979年第三・第四共和国開発独裁、輸出成長、維新体制1979年に暗殺
崔圭夏1979〜1980年第四共和国「ソウルの春」、新軍部台頭全斗煥らの圧力下で辞任
全斗煥1980〜1988年第四・第五共和国光州民主化運動、強権統治任期満了、後に有罪判決
盧泰愚1988〜1993年第六共和国直接選挙復活、北方外交任期満了、後に有罪判決
金泳三1993〜1998年第六共和国文民政権、軍・金融改革、通貨危機任期満了
金大中1998〜2003年第六共和国政権交代、IMF危機対応、太陽政策任期満了
盧武鉉2003〜2008年第六共和国弾劾棄却、地方分権、検察改革任期満了、退任後に死去
李明博2008〜2013年第六共和国保守転換、実用主義、大型開発任期満了、後に有罪判決
朴槿恵2013〜2017年第六共和国国政介入事件、ろうそく集会弾劾・罷免、後に有罪判決
文在寅2017〜2022年第六共和国南北首脳会談、検察改革任期満了
尹錫悦2022〜2025年第六共和国日韓関係改善、非常戒厳弾劾・罷免、複数事件で裁判
李在明2025年〜第六共和国政治再建、検察制度再編在任中

李承晩|建国、分断、朝鮮戦争、長期政権

1945年に日本の植民地支配が終わると、朝鮮半島は北緯38度線を境に米国とソ連の占領地域へ分かれました。南では1948年に大韓民国が成立し、李承晩(イ・スンマン/Syngman Rhee)が初代大統領となりました。

1950年6月、北朝鮮軍が38度線を越えて韓国へ全面侵攻し、朝鮮戦争が始まりました。戦争は半島全体を破壊し、休戦後も南北の軍事対立が続きます。戦争の経過と民間人被害は、写真でたどる朝鮮戦争で詳しく解説しています。

李承晩政権は反共を国家統合の軸とし、長期政権化しました。憲法改正による権力維持、野党や反対派への弾圧、不正選挙が重なり、1960年の大統領選挙をきっかけに学生と市民の抗議が全国へ広がりました。四月革命によって李承晩は辞任し、ハワイへ亡命しました。

尹潽善と第二共和国|張勉内閣による短い民主化

李承晩退陣後、第二共和国が成立し、尹潽善(ユン・ボソン/Yun Po-sun)が大統領となりました。憲法改正によって大統領の権限は縮小され、国務総理の張勉(チャン・ミョン)が行政の中心を担う議院内閣制が採られました。

社会には民主化への期待が広がりましたが、政治勢力の分裂、経済不安、軍内部の不満が重なりました。1961年5月16日、朴正煕らが軍事クーデターを起こし、第二共和国は約9か月で実質的に終わりました。

朴正煕|開発独裁と「漢江の奇跡」

軍事クーデターを主導した朴正煕(パク・チョンヒ/Park Chung-hee)は、1963年に大統領となりました。政府は経済開発5か年計画を進め、輸出企業へ資金と外貨を配分し、道路、港湾、発電所、工業団地、重化学工業を整備しました。サムスン、現代、LGなどの財閥は、国家主導の成長政策と結びついて巨大企業集団へ発展しました。

農業国だった韓国は短期間で工業国へ変わり、急成長は「漢江の奇跡」と呼ばれました。一方、低賃金労働、労働運動の抑圧、言論統制、野党や学生への弾圧が成長を支えた側面もあります。

1972年の維新憲法は大統領の選出を間接選挙に変え、国会解散権や緊急措置権などを大統領へ集中させました。経済成長を掲げた政権は、長期独裁へ移行しました。

1965年の日韓基本条約で日本と韓国は国交を正常化し、日本の無償・有償の経済協力が韓国の開発資金に使われました。植民地支配の法的評価や請求権をめぐる解釈差は残り、後の日韓対立へつながります。条約交渉と請求権問題は、現代日本外交の重要条約で整理しています。

1979年10月26日、朴正煕は側近の金載圭・中央情報部長に射殺されました。18年に及んだ支配は突然終わり、政治の主導権をめぐる争いが始まりました。

崔圭夏|「ソウルの春」と新軍部の台頭

朴正煕暗殺後、崔圭夏(チェ・ギュハ/Choi Kyu-hah)が大統領となりました。政治活動の自由化や民主化への期待が高まり、この時期は「ソウルの春」と呼ばれます。

1979年12月12日、全斗煥ら新軍部は軍内部の主導権を握る軍事反乱を起こしました。1980年5月には戒厳令を全国へ拡大し、政治家の拘束、大学の閉鎖、軍の投入を進めます。崔圭夏は実権を失い、同年8月に辞任しました。

全斗煥|光州民主化運動と強権統治

1980年5月、光州で戒厳令と政治家の拘束に抗議する学生や市民の運動が広がりました。軍は武力で鎮圧し、多数の死傷者が出ました。光州民主化運動は、国家暴力の責任と民主化をめぐる韓国現代史の中心的事件です。

全斗煥(チョン・ドゥファン/Chun Doo-hwan)は同年に大統領となり、1981年に第五共和国を発足させました。言論統制、反対派の拘束、政治活動の制限が続く一方、物価安定と輸出拡大、都市化、中間層の成長が進みました。1988年ソウル五輪の招致も国際化を後押ししました。

教育水準の上昇、都市労働者と中間層の拡大、光州事件の記憶が重なり、学生、労働者、宗教者、野党、市民団体の民主化要求が強まりました。

盧泰愚|1987年民主化と第六共和国

1987年6月、拷問事件や学生の死をきっかけに大規模な民主化運動が広がりました。全斗煥政権の後継者だった盧泰愚(ノ・テウ/Roh Tae-woo)は、6月29日宣言で大統領直接選挙、政治犯の釈放、言論の自由化などを受け入れました。

1987年に李韓烈を追悼してソウル市庁前へ集まった市民
李韓烈を追悼する市民(1987年7月9日、ソウル市庁前)。ソウル歴史アーカイブ/KOGL Type 1。

10月の憲法改正で、5年単任の大統領直接選挙制を柱とする第六共和国が成立しました。この憲法体制は現在まで続いています。

同年12月の大統領選挙では、民主化運動を率いた金泳三と金大中が候補を一本化できず、野党票が分裂しました。盧泰愚は36.6%の得票で当選し、旧軍部系の政権が続きました。民主化は制度の転換を実現した一方、旧体制の政治家や組織を直ちに消し去る変化ではありませんでした。

盧泰愚政権はソ連、中国、東欧諸国との国交樹立を進める北方外交を展開しました。1991年には韓国と北朝鮮が同時に国連へ加盟し、韓国外交の範囲が大きく広がりました。

金泳三|文民政権と軍事政権時代の清算

金泳三(キム・ヨンサム/Kim Young-sam)は1993年に就任し、軍人出身ではない大統領による文民政権を発足させました。軍内部の私的組織「ハナ会」を解体し、金融取引を実名化する金融実名制を導入しました。

全斗煥と盧泰愚は、1979年の軍事反乱、1980年の光州事件、秘密資金などをめぐって起訴され、有罪判決を受けました。軍事政権時代の責任が司法の場で問われたことは、民主化の制度的な定着を示す転換でした。

任期末の1997年、アジア通貨危機が韓国を直撃しました。外貨不足と企業の連鎖破綻が起こり、韓国政府は国際通貨基金(IMF)の支援を受けました。財閥、金融機関、労働市場の大規模な再編が次の政権へ引き継がれます。

金大中|初の平和的政権交代、IMF危機対応、太陽政策

金大中(キム・デジュン/Kim Dae-jung)は、軍事政権下で投獄、亡命、死刑判決の危機を経験した民主化運動の指導者です。1997年の大統領選挙に勝利し、韓国史上初めて選挙による与野党間の平和的政権交代を実現しました。

金大中大統領の公式肖像
金大中大統領の公式肖像(1998年)。韓国国家記録院/KOGL Type 1。

就任直後の課題はIMF危機への対応でした。金融機関と企業の整理、財閥改革、外資導入、労働市場の柔軟化が進み、経済は回復しました。一方、非正規雇用の拡大や所得格差など、改革の社会的負担も残りました。

北朝鮮には交流と協力を重視する太陽政策を進め、2000年に平壌で金正日と初の南北首脳会談を行いました。金大中は同年、ノーベル平和賞を受賞しました。

日韓関係では、1998年の日韓共同宣言を基礎に日本大衆文化の段階的開放が進み、2002年の日韓ワールドカップへ向けた交流が拡大しました。

盧武鉉|市民派政治、弾劾、検察改革

盧武鉉(ノ・ムヒョン/Roh Moo-hyun)は人権派弁護士出身で、既成政党の派閥、学歴エリート、地域主義へ挑む政治家として支持を集めました。インターネットを活用した市民参加型の選挙運動も注目されました。

2004年、国会は選挙法違反や政治的中立義務などを理由に弾劾訴追案を可決しました。憲法裁判所は違法性を認めつつ、罷免に値する重大性には達していないとして請求を棄却し、盧武鉉は職務へ復帰しました。この判断は、弾劾が政治的対立だけで大統領を罷免する制度ではないことを示しました。

盧武鉉政権は、地方分権、行政首都移転、検察改革、韓米自由貿易協定などを進めました。地域主義の克服を掲げましたが、保守・進歩対立と政権・検察間の緊張は続きました。

退任後、側近や家族をめぐる捜査を受け、2009年に自ら命を絶ちました。捜査報道、検察権力、前大統領への追及をめぐる議論は、その後の政権でも繰り返されます。

李明博|経済大統領と保守政権への転換

李明博(イ・ミョンバク/Lee Myung-bak)は企業経営者とソウル市長を経て、経済成長と実用主義を掲げて当選しました。進歩政権が10年続いた後の保守転換でした。

2008年の世界金融危機への対応、主要20か国・地域(G20)首脳会議の開催、原子力発電所の輸出などを進めました。国内では四大河川事業を代表とする大型開発を推進し、環境影響と費用対効果をめぐる批判を受けました。

北朝鮮政策は金大中・盧武鉉期の融和路線から転換しました。2010年の韓国海軍哨戒艦「天安」沈没事件と延坪島砲撃事件で南北間の緊張が高まりました。

退任後、収賄や横領などで有罪判決を受け、服役しました。2022年に特赦を受けています。

朴槿恵|初の女性大統領と弾劾

朴槿恵(パク・クネ/Park Geun-hye)は韓国初の女性大統領で、朴正煕の娘です。父の時代の経済成長を肯定的に記憶する保守層の支持を集めました。

2014年のセウォル号沈没事故では、政府の救助対応と大統領府の情報公開が批判されました。2016年には、長年の知人で公職にない崔順実が演説文や政策、人事へ関与し、企業から資金を集めた国政介入事件が明らかになりました。

全国で大規模なろうそく集会が続き、国会は2016年12月に弾劾訴追案を可決しました。憲法裁判所は2017年3月、朴槿恵が大統領の権限を私的関係のために用い、国民の信任を損なったとして罷免しました。

市民の抗議が政治を動かし、国会の訴追と憲法裁判所の審理を通じて罷免に至りました。街頭政治と憲法手続が結びついた事例です。

文在寅|南北融和と検察改革

文在寅(ムン・ジェイン/Moon Jae-in)は朴槿恵罷免後の大統領選挙で当選しました。盧武鉉政権で大統領秘書室長を務めた人権派弁護士出身の政治家です。

2018年には北朝鮮の金正恩と3回の南北首脳会談を行い、米朝首脳会談への仲介も進めました。軍事的緊張は一時緩和しましたが、非核化交渉は停滞し、南北共同連絡事務所も2020年に北朝鮮によって爆破されました。

内政では検察の捜査権と起訴権の集中を改める改革を進め、高位公職者犯罪捜査処を発足させました。改革をめぐって法相と検察総長だった尹錫悦が対立し、尹錫悦は後に保守陣営の大統領候補となります。

最低賃金引き上げや所得主導成長を掲げる一方、不動産価格の上昇、若者の雇用不安、ジェンダー対立、世代間格差が政権への不満を強めました。

尹錫悦|非常戒厳、弾劾、複数の刑事裁判

尹錫悦(ユン・ソンニョル/Yoon Suk-yeol)は検察総長出身で、2022年の大統領選挙に僅差で勝利しました。外交では米韓同盟と日米韓協力を重視し、徴用工問題への韓国政府案などを通じて日韓関係の改善を進めました。

国内では国会多数派を持つ野党との対立が続きました。法案への拒否権、閣僚や検事への弾劾訴追、予算をめぐる衝突が重なり、政治の機能不全と社会の分断が深まりました。

2024年12月3日夜、尹錫悦は非常戒厳を宣言しました。軍と警察が国会周辺へ投入されましたが、国会は戒厳解除要求決議を可決し、戒厳は約6時間後に解除されました。国会は12月14日に弾劾訴追案を可決し、憲法裁判所は2025年4月4日、憲法と法律に反する非常戒厳だったとして尹錫悦を罷免しました。

罷免後は複数の刑事事件が並行しています。2026年7月28日時点の主要な判決は次の通りです。

  • 2026年2月、非常戒厳をめぐる内乱首謀事件で一審無期懲役。上訴中です。
  • 2026年6月、北朝鮮への無人機侵入を命じた事件で一審懲役30年。上訴手続の対象です。
  • 2026年7月9日、戒厳宣言前の国務会議手続や逮捕妨害などをめぐる懲役7年が最高裁で確定しました。
  • 2026年7月13日、政治ブローカーから世論調査サービスを無償提供された事件で一審懲役2年。
  • 2026年7月27日、大統領選挙中の虚偽発言をめぐり一審懲役1年6か月、執行猶予3年。弁護側は控訴方針を示しています。

事件ごとに罪名、審級、確定状況が異なります。非常戒厳の政治責任を判断した憲法裁判と、個別の刑事責任を判断する刑事裁判も別の手続です。

李在明|第21代大統領と検察制度の再編

李在明(イ・ジェミョン/Lee Jae Myung)は、尹錫悦罷免後の2025年6月3日大統領選挙で当選し、翌4日に第21代大統領へ就任しました。通常の政権移行期間を置かず、当選と同時に任期が始まりました。

李在明は城南市長、京畿道知事を務め、福祉、格差是正、地域経済を主要政策としてきました。政権は非常戒厳後の政治的分断を収拾しながら、成長率の低下、住宅、少子化、若者雇用、地方衰退へ対応する課題を抱えています。

2026年3月、国会は検察の直接捜査権と起訴機能を分離する法律を可決しました。検察庁に代わる公訴機関と、重大犯罪を捜査する別機関を設ける制度で、2026年10月の施行が予定されています。支持側は権力分散を掲げ、反対側は捜査能力の低下や政権による新組織への影響を懸念しています。盧武鉉、文在寅、尹錫悦を通じて続いた検察改革が、組織再編の段階へ進んだ形です。

北朝鮮政策では緊張緩和と対話再開を優先しつつ、米韓同盟を安全保障の基盤としています。日韓関係では、尹錫悦政権期に改善した協力関係を維持しながら、歴史問題に対する国内世論との調整が続きます。

制度の転換点|大統領の選ばれ方はどう変わったか

転換政治への影響
1948年第一共和国成立国会による大統領選出から出発し、後に直接選挙へ移行
1960年第二共和国成立大統領権限を縮小し、張勉内閣が行政を担当
1961年軍事クーデター軍部が政治を掌握
1972年維新憲法間接選挙と非常大権で朴正煕へ権力集中
1980〜1981年第五共和国全斗煥体制を制度化
1987年第六共和国憲法5年単任の大統領直接選挙が復活
2017年朴槿恵罷免市民運動、国会、憲法裁判所による権力統制
2025年尹錫悦罷免非常戒厳に対する国会と憲法裁判所の統制

なぜ韓国大統領は退任後に捜査されやすいのか

「韓国大統領は全員が逮捕される」という説明は事実と異なります。逮捕、起訴、有罪、亡命、暗殺、弾劾、任期満了など、経緯は大統領ごとに異なります。ただし、退任後に本人や家族、側近の問題が司法事件へ発展する例が多いのも事実です。

大統領へ権限と責任が集中する

人事、予算、外交、安全保障、捜査機関への影響力が大統領府へ集まりやすく、側近、家族、支援者、企業との関係が政権全体の問題になります。

5年単任制が急速な権力低下を生む

再選がないため、任期後半には次期候補を中心とする政治が始まります。与党内の離反と野党の攻勢が強まり、任期中に表面化しにくかった疑惑が捜査へ進みやすくなります。

政権交代が捜査機関の人事と優先順位を変える

韓国検察は長く捜査権と起訴権を併せ持ち、政治家や財閥を捜査する強い権限を持ってきました。政権交代による検察幹部の人事変更と、前政権への捜査が政治報復と受け取られる場合もあります。2026年の制度再編は、この権力集中を解消する試みです。

財閥と国家主導成長の歴史がある

財閥は輸出、雇用、投資を支える一方、政治資金、許認可、経営権継承、特赦をめぐって政権と接点を持ってきました。経済政策と企業利益の境界が司法問題へ発展することがあります。

市民運動と世論が政治責任を強く問う

四月革命、1987年六月抗争、ろうそく集会、非常戒厳への抗議など、韓国では街頭の政治参加が制度変更や政権交代を促してきました。大規模な抗議は国会や裁判所の手続と結びつき、政治責任を具体化します。

保守と進歩は何をめぐって対立するのか

争点保守政権の傾向進歩政権の傾向
北朝鮮抑止と制裁、米韓同盟を重視対話、交流、緊張緩和を重視
経済企業活動、規制緩和、成長を重視再分配、福祉、労働保護を重視
検察捜査能力と法秩序を重視権力分散と政治的中立の制度化を重視
日韓関係安全保障・経済協力を進めやすい歴史問題と被害者の権利を重視しやすい
支持基盤嶺南、年長層に比較的強い湖南、若年・中年層に比較的強い時期がある

実際の政策は政権、国際情勢、世代によって変わります。保守と進歩を固定的な二分法だけで捉えると、各政権の違いを見落とします。

日本から韓国政治を見るときの3つの視点

日韓関係は韓国政治の一部

韓国大統領の主要課題には、北朝鮮、米韓同盟、住宅、雇用、少子化、財閥、地域格差、検察改革があります。日韓関係だけを中心に置くと、韓国内の支持と反発の理由を読み違えます。

歴史問題には国内司法と国際合意が重なる

1965年の日韓請求権協定、2015年の慰安婦合意、韓国大法院の徴用工判決では、政府間合意、被害者の権利、国内裁判、政権交代が交差します。日本と韓国の歴史教育の違いは、中国・韓国・台湾の歴史教科書比較で扱っています。

弾劾は混乱と制度的統制の両面を持つ

大統領罷免は深刻な政治危機です。同時に、国会の議決、憲法裁判所の公開審理、選挙による後継政権の選出が行われた点では、憲法制度が権力を統制した過程でもあります。

現地で見られる場所・資料

  • 大統領記録館:歴代大統領の公文書、写真、映像を所蔵しています。
  • 国立大韓民国歴史博物館:独立、建国、戦争、経済成長、民主化を通史で展示しています。
  • 5・18民主化運動記録館:光州民主化運動の証言、公文書、写真を保存しています。
  • 民主化運動記念事業会:四月革命、六月抗争、労働・市民運動の資料を公開しています。
  • 憲法裁判所:盧武鉉、朴槿恵、尹錫悦の弾劾判断を比較できます。
  • 中央選挙管理委員会選挙歴史館:大統領選挙の候補者、選挙資料、結果を確認できます。

よくある質問

韓国大統領は全員が悲惨な末路を迎えたのですか?

経歴と退任理由は多様です。李承晩は革命で辞任し、朴正煕は暗殺され、朴槿恵と尹錫悦は弾劾で罷免されました。金泳三、金大中、文在寅など任期を全うした大統領もいます。退任後の捜査が多い背景は、強い大統領制、政権交代、検察権力、財閥との関係にあります。

韓国の民主化は1987年に完成したのですか?

1987年は直接選挙復活の決定的転換でした。その後も軍部の影響除去、平和的政権交代、過去の国家暴力の調査、検察改革、弾劾制度の運用が続きました。民主化は一度の事件ではなく、制度と政治文化を更新する長い過程です。

朴正煕は経済成長の英雄ですか、独裁者ですか?

朴正煕政権は輸出工業化とインフラ整備を進め、韓国経済の基盤を築きました。同時に、維新体制、言論統制、労働運動と野党への弾圧を行いました。経済成長と政治的抑圧の両方を確認すると、評価が分かれる理由を理解できます。

朴槿恵と尹錫悦の弾劾は同じですか?

手続は共通していますが、理由は異なります。朴槿恵は崔順実による国政介入と大統領権限の私物化が中心でした。尹錫悦は非常戒厳の宣言と、軍・警察を用いた国会活動への介入が中心です。

大統領の刑事裁判と弾劾裁判は何が違いますか?

弾劾裁判は大統領を職にとどめるかを憲法裁判所が判断します。刑事裁判は犯罪の成立と刑罰を通常の裁判所が判断します。尹錫悦は2025年に憲法裁判所で罷免され、その後の刑事裁判で個別事件の責任が審理されています。

まとめ|大統領史は韓国民主主義の変化を映す

韓国大統領史の中心には、建国と分断、軍事政権による経済成長、1987年民主化、文民政治、財閥・検察改革、弾劾による権力統制があります。大統領の人物像だけでなく、その時代の憲法、選挙制度、経済構造、市民運動を見ると、戦後韓国史が一つの流れとして理解できます。

参考文献・参考サイト

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  2. Presidential Archives, History
  3. Korea Legislation Research Institute, Constitution of the Republic of Korea
  4. National Election Commission, The 13th Presidential Election
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  6. Constitutional Court of Korea, Decisions and Case Search
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  15. Reuters, Supreme Court upholds Yoon’s seven-year sentence
  16. Reuters, Yoon sentenced in political funding case
  17. Reuters, Yoon sentenced in election law case
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