「やくざ」「ため口」「一か八か」「一点張り」「裏目に出る」。日常会話で使うこれらの言葉には、博打や賭場との関係が語られてきました。ただし、辞書や近世資料をたどると、専門語から日常語への流れがはっきり追える語もあれば、複数の語源説が残る語、博打由来と紹介するには慎重さが必要な語もあります。
辞書の初出例は、現時点で確認できる古い用例を指します。実際の成立時期は、それ以前にさかのぼる可能性があります。
江戸の賭場で使われたカルタと賽子
日本の賭博語を考えるうえで、カルタと賽子は欠かせません。文化遺産オンラインは、カルタが南蛮貿易とともに日本にもたらされ、射幸心を刺激する遊戯にも用いられたと説明しています。天正カルタは、棍棒・聖杯・貨幣・剣の四種の紋標に数字札と絵札を組み合わせた48枚一組のカードでした。
賽子を使う丁半では、二個の賽子の合計が偶数なら「丁」、奇数なら「半」として賭けます。「張る」「胴」「裏目」など、現在も耳にする語の一部は、こうした賭博の用法と重なっています。ただし、語全体の起源と、賭博で生まれた特定の意味は分けて考える必要があります。
「一点張り」は専門語から比喩へ移った流れを追いやすい
「一点張り」は、博打由来を史料で追いやすい例です。『精選版 日本国語大辞典』は、1773年の浄瑠璃『嫩㮤葉相生源氏』に、賭博で一か所だけに金銭を賭ける意味の用例を挙げています。
その17年後、1790年の洒落本『京伝予誌』には、一つのことだけを対象にする比喩的な用法が現れます。賭場で「一か所に張る」という具体的な行為を表した語が、短い期間のうちに「一つの方針を押し通す」という意味へ広がったことを、辞書の用例順から確認できます。
「やくざ」と八九三――通説を支える近世資料
「やくざ」は、カブ賭博の一種である三枚ガルタの「八・九・三」に結びつける説が広く知られています。三枚の札の合計の下一桁で勝負する遊びでは、八、九、三の合計は二十となり、下一桁が零になるため悪い手とされました。
『精選版 日本国語大辞典』は、1736年の浄瑠璃『和田合戦女舞鶴』に「八九三」を「役に立たない、つまらない」といった意味で用いた例を挙げています。1754年の『八景聞取法問』には、人を指す用例もあります。
さらに、喜多村信節の『嬉遊笑覧』(1830年)は、「やくざ」を博徒の言葉として八九三に結びつけ、悪いものを指す隠語になった経緯を記しています。八九三説は近世の記録にも現れる通説です。一方、現在確認できる古い辞書用例では、「八九三」が賭場で使われた場面そのものより、すでに「つまらないもの」という意味で現れます。賭博上の呼称と一般語化の細部には、なお史料上の空白があります。
「一か八か」には丁半説と「一か罰か」説がある
「一か八か」は、賭博との結びつきが強い一方、語の形がどこから生まれたかについて二つの説明があります。
国立国語研究所が紹介する一説は丁半由来説です。「丁」の第一画を「一」、「半」の旧字体の上部を「八」と見て、「一か八か」になったと考えます。もう一説は、賽子賭博の「ぴんころがし」と結びつけ、「一」の目か、それ以外の失敗を表す「罰(ばち)」か、という「一か罰か」に由来するとする説です。
国立国語研究所は、近世の浄瑠璃などに「八」と「罰」の両方の表記があると紹介し、二説の優劣を決める証明材料が不足しているとしています。丁半説には、「八」を通常「はち」と読むのに「ばち」と濁る理由を説明しにくいという問題もあります。
「一か八か」を単純に「丁半の丁と半の字形から生まれた」と固定すると、史料が残す別の可能性を落としてしまいます。賭博語としての背景と、細かな語形成の問題を分けると、通説の範囲が明確になります。
「ため口」は「ため」から生まれた比較的新しい語
「ため口」の「ため」について、国立国会図書館のレファレンス協同データベースに収録された宮城県図書館の調査事例は、『日本俗語大辞典』を典拠に、博打で同じ目を指す語だったと紹介しています。そこから「五分五分」「対等」「同年」という意味へ広がり、対等な言葉遣いを指す「ため口」につながったという説明です。
「ため口」という語自体は新しく、『精選版 日本国語大辞典』の初出例は1973年です。『デジタル大辞泉』は、1960年代に不良少年の隠語として始まり、1980年代に一般化したと説明しています。
ただし、レファレンス協同データベースには、2000年の別調査で語源を確認できなかったとする事例もあります。現在参照できる資料では博打語「ため」からの説明が有力な一方、近世・近代の賭博資料で「ため」の古い実例をさらに確認できれば、専門語から若者語へ至る経路をより細かく追えます。
「裏目に出る」は賽子の「裏目」と結びつく
賽子には、出た目の反対側にある面があります。辞書では、この反対側の目を「裏目」と呼びます。現在の「裏目に出る」は、良い結果を期待した行動が逆の結果を招く意味です。
『精選版 日本国語大辞典』が挙げる「裏目に出る」の初出例は、遠藤周作『影法師』(1968年)です。一方、「裏目」という名詞には、曲尺の裏側の目盛りなど別の古い意味もあります。賽子の反対側という具体的な像は現代の慣用句とよく対応します。江戸の賭場から1968年の用例までをつなぐ中間史料の確認は、今後の検討課題として残ります。
「出たとこ勝負」は賽子の勝負から成り行き任せへ
「出たとこ勝負」は、辞書が賭博用法と一般用法を一続きに説明する語です。『精選版 日本国語大辞典』では、もとの意味を「さいころ博打で、出た賽の目で勝負を決めること」とし、そこから事前の策を定めないまま、その場の成り行きに任せる意味へ転じたとしています。
同辞典の初出例は1886年の歌舞伎『恋闇鵜飼燎』です。この例はすでに比喩的な文脈なので、賭博場での専門用法の古い実例を別に確認すると、意味変化の時期をさらに絞れます。
「胴元」は賭博の運営者から一般の元締めへ
「胴元」は、賽子博打の親や、賭場を開いて寺銭を取る元締めを指します。現在は、興行や事業などを取り仕切る人物を広く指すこともあります。
語形の歴史を見ると、「筒取・胴取」は古く、1678年の俳諧『江戸八百韻』に、博打の席を貸して歩合を取る人を指す用例があります。1801年の歌舞伎では、すでに「しめくくりをする人、元締め」の意味が見られます。一方、「筒元・胴元」という同じ語形について『精選版 日本国語大辞典』が示す初出例は1939年です。
古い「筒取・胴取」と後の「胴元」は、関連する語形の変化として見ると、賭博の運営役を表す語群が一般の「元締め」へ広がった過程を整理できます。
「張る」は古い日本語に賭博の意味が加わった
「張る」を博打由来の日常語として一括する説明には注意が必要です。「張る」は古くから存在する日本語で、古事記にも用例があります。賭博で金銭を賭ける意味は、1707年頃の浄瑠璃『丹波与作待夜の小室節』に確認できます。
この場合、「張る」という古い動詞に、賭博で「金銭を賭ける」という用法が加わったと見るのが適切です。「一点張り」の「張り」は、その賭博用法を土台にしています。
「鉄火」は博打由来と単純化しにくい
「鉄火」には、赤く焼けた鉄、火起請、博徒、荒々しい気質など複数の意味があります。博徒を指す「鉄火」は1770年の洒落本に見え、「鉄火打」の略と説明されています。
ところが、荒々しい気質を表す「鉄火」の用例は、それより早い1754年の『当世花街談義』にあります。確認できる年代順からは、「博徒を指す鉄火」から「鉄火な気質」が生まれたという一直線の説明以外の意味展開も考える必要があります。
さらに「鉄火」には、赤熱した鉄を表す古い意味があります。日常語の「鉄火」を博打語から生まれたとまとめるより、複数の意味が並行して使われた語として扱うほうが史料に合います。
参考文献・参照資料
- 国立国語研究所「『いちかばちか』は『一か八か』『一か罰か』のどちらを書くのが正しいですか」
- レファレンス協同データベース「『ため口』ということばの語源を知りたい。」
- レファレンス協同データベース「『ため口』の語源を知りたい。」
- 文化遺産オンライン「天正かるた版木重箱」
- 精選版 日本国語大辞典「一点張」
- 精選版 日本国語大辞典「やくざ」
- 精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉「ため口」
- 精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉「裏目」
- 精選版 日本国語大辞典「裏目に出る」
- 精選版 日本国語大辞典「出所勝負」
- 精選版 日本国語大辞典「筒取り」
- 精選版 日本国語大辞典「筒元」
- 精選版 日本国語大辞典「張る」
- 精選版 日本国語大辞典「鉄火」

