「成金」と聞くと、第一次世界大戦の好景気で大もうけした実業家が連想されやすい言葉です。現在確認できる用例は江戸時代まで遡ります。『精選版 日本国語大辞典』が掲げる将棋用語の例は1718年、急に金持ちになった人を指す例は1766年です。
「成金」の最古級用例は1718年の将棋
将棋では、歩が相手側の陣地に進んで成ると、金将と同じ動きをする駒になります。この成った歩を「と金」と呼び、「成金」も同じ駒を指す語として使われてきました。
『精選版 日本国語大辞典』は、近松門左衛門の浄瑠璃『山崎与次兵衛寿の門松』を将棋用語「成金」の最古級例として挙げています。作品は享保3年(1718)に大坂・竹本座で初演されました。作中には将棋を指す場面があり、「成金」が盤上の語として現れます。
辞書に載る初出は、現存資料で確認された最古級の例です。実際の会話や将棋の場では、それ以前から使われていた可能性があります。
1766年には「急に金持ちになった人」を指していた
人間の富裕化を表す「成金」も江戸時代に確認されます。同辞典は明和3年(1766)の『川柳評万句合』を最古級例として挙げ、「急に金持になること、またその人」という意味だと説明しています。
将棋の用例が1718年、人間を指す用例が1766年なので、確認できる資料の間には48年の差があります。専門語が先に現れ、その後に比喩的な意味が確認されるという年代順は、将棋由来説と整合します。
比喩転用の人物や場面を特定する直接史料は未確認です。辞書の初出年代は、転用が確認できる下限として扱います。
江戸時代には、急に富を得た人を表す別の言葉もありました。「俄分限(にわかぶげん)」は1656年、「出来分限(できぶげん)」は1675年の用例が辞書に載っています。「急に金持ちになった人」という概念はすでに存在し、そこへ将棋の「成金」が新しい比喩として加わったと考えると、言葉の変化をつかみやすくなります。
明治末の株式ブームで「成金」が強い評価語になる
近代に入ると、「成金」は投機と急な成功を結びつける言葉として目立つようになります。『愛媛県史』は、明治40年(1907)1月の株式ブームで鈴木久五郎らが巨利を得たあと、株価暴落で財産を失った状況を背景に、「成金」が嘲笑を含む語として使われたと記しています。
江戸期の用例と並べると、明治末は語の誕生期よりも、近代的な投機社会のなかで「成金」が再び目立ち始めた時期として位置づけられます。急な富の獲得と、急な没落の危うさが同じ言葉で語られました。
日露戦争後説は「近代的流行」の時期として考える
語の成立時期については、資料によって説明が分かれます。山川出版社の『山川 日本史小辞典 改訂新版』は、「成金」が日露戦争後に使われ始めたと説明し、第一次世界大戦期に最も広く使われたとしています。
一方、『精選版 日本国語大辞典』には1766年の一般語用例があります。両者を年代で比べると、日露戦争後は「成金」という語そのものの最初期より、株式投機や新興富裕層を語る近代的な呼称として広く目立った時期と捉える方が、江戸期の用例と整合します。
第一次世界大戦で「船成金」「鉱山成金」が続出
大正3年(1914)に第一次世界大戦が始まると、日本経済は大きく動きます。国税庁の租税史料によると、欧米からの輸入が減る一方で海外需要が増え、重化学工業の勃興と輸出拡大が進みました。特に海運業と造船業では大きな利益が生まれます。
京都府の歴史年表は、大正4年(1915)の項で、内田信也が内田汽船を設立して戦争景気で急成長したことを記し、この頃から「鉱山・貿易・船舶」の成金が続出したとまとめています。好況は海運だけに集中せず、鉱山や貿易を含む複数の産業へ波及しました。
山川出版社の『山川 日本史小辞典 改訂新版』は、久原房之助を「鉱山(ヤマ)成金」の代表例に挙げています。大戦景気の「成金」は船だけの現象ではなく、鉱山、鉄鋼、化学、染料など各産業に広がりました。
船成金の代表となった内田信也
国立国会図書館の「近代日本人の肖像」は、内田信也が三井物産を経て大正3年(1914)に内田汽船を設立し、第一次世界大戦の戦争景気に乗って「船成金」となったと紹介しています。
海運では戦争による船腹不足が運賃と船価を押し上げました。函館市史も、第一次世界大戦期の海運好況によって急速に資産を築く人々が現れ、当時の新聞が「船成金」と呼んだと記しています。内田信也のほか、山下亀三郎や勝田銀次郎らも船成金として知られました。
「成金税」が生まれるほど社会現象になった
大戦景気の利益は税制にも影響しました。政府は大正7年(1918)、戦時中に大きな利益を得た法人や個人に課税する戦時利得税を導入します。国税庁によると、新聞はこの税を「成金税」と呼び、「成金征伐」といった表現も使いました。
同じ大戦景気の裏側では物価が上昇し、都市生活を圧迫しました。巨富を得た人々が新聞をにぎわせる一方、生活費の上昇に苦しむ層も増え、成金への羨望と反感が並びました。
「成金趣味」は富だけでなく振る舞いを批評する言葉へ
大正期には、成金本人の財産額だけでなく、金の使い方や趣味も批評の対象になりました。『愛媛県史』は、船成金として知られた山本唯三郎が朝鮮で虎狩りを行い、帝国ホテルで虎肉試食会を開いた行動が「成金趣味」と受け取られたと記しています。
山本自身は大正6年(1917)、『実業之日本』に「成金」と一括して笑う風潮への抗議を寄せました。成功の過程を問わず、新興富裕層をまとめて揶揄する呼び名になっていたことがうかがえます。
1907年の株式ブームをめぐる嘲笑的な用法と、1917年の山本の抗議を並べると、明治末から大正期には「成金」が新興富裕層を揶揄する評価語として明確に使われています。「成金趣味」は、財産額よりも金の使い方や振る舞いを批評する表現として広がりました。
参考資料
- コトバンク「成金」(『精選版 日本国語大辞典』『日本大百科全書』)
- コトバンク「俄分限」(『精選版 日本国語大辞典』)
- コトバンク「出来分限」(『精選版 日本国語大辞典』)
- 国税庁「大戦景気と『成金税』(答え)」
- 国立国会図書館「内田信也|近代日本人の肖像」
- 愛媛県生涯学習センター『愛媛県史 社会経済4 商工』「大戦景気と成金」
- 函館市史「船成金の登場」
- 京都府立京都学・歴彩館『京都府百年の年表』関連年表
- 国立国会図書館サーチ「第一次大戦期における船成金の出現」
- 山川出版社 Historist「成金」(『山川 日本史小辞典 改訂新版』)
- 春日部市郷土資料館「元祖!成金 鈴木久五郎」関連展示情報
