「見当をつける」「見当違い」という言葉は、浮世絵の木版にある位置合わせの目印「見当」から生まれた、と紹介されることがあります。木版画の現場に「見当」という専門用語があるのは事実です。
一方、辞書で確認できる「見当」の古い用例は1533年までさかのぼります。江戸の多色摺で見当が使われるようになる18世紀中頃より、約200年早い記録です。語源を考えるには、「見当」という語そのものと、「見当をつける」「見当違い」「見当外れ」といった後世の表現を分けて年代順に追う必要があります。
1533年、質屋の法令に「見当」が現れる
『精選版 日本国語大辞典』は、「見当」の「だいたいの推測、判断をすること。予想すること。価値などを見計らうこと」という意味について、1533年の『蔵方之掟』を最古級の用例として挙げています。
「絹布之類者、見当半分仁可取」
『蔵方之掟』は、戦国大名の伊達稙宗が天文2年(1533)3月13日に発布した、質屋に関する13か条の法令です。質物の扱い、紛失や損傷、盗品、利子などを定めています。3年後の天文5年(1536)に制定された分国法『塵芥集』に付記された形で伝わりました。
そのため、「1533年の『塵芥集』に見当が出る」とまとめるより、「1533年の『蔵方之掟』に見え、後に『塵芥集』へ付記された」とするほうが史料の成立関係を正確に表せます。
この「見当」は、質に入れられた絹布の価値を見積もる文脈に置かれています。「見当」という語が、江戸時代の浮世絵版画より前に判断・見積もりに関わる意味で使われていたことは確認できます。辞書の初出例は現時点で確認された早い用例であり、実際の成立はさらに前へさかのぼる可能性があります。
木版画の「見当」は紙の位置を合わせる目印
木版画の見当は、摺る紙を毎回同じ位置に置くための目印です。多色摺では色ごとに別の版木を使うため、紙の位置が少しずれるだけで輪郭と色面がずれてしまいます。
武蔵野美術大学の「造形ファイル」は、木版画で使う代表的な見当として「カギ見当」と「引き付け見当」を説明しています。カギ見当はL字形、引き付け見当は一文字形の切り込みで、紙の角と辺をそれぞれ合わせます。版木そのものに見当を彫る方法は「内見当」、別の見当板を使う方法は「外見当」と呼ばれます。
この仕組みがあると、複数の版を使っても同じ場所へ色を重ねやすくなります。浮世絵が墨一色から多色摺へ発展するうえで、見当は重要な技術でした。
版画の見当はいつ成立したのか
すみだ北斎美術館は、寛保年間(1741~1744)頃に版木へ見当という目印をつけることで、数色を重ねて摺ることが可能になったと説明しています。1765年には鈴木春信らによる錦絵が本格化し、多数の色版を正確に重ねる技術が大きな役割を果たしました。
ただし、見当の「発明者」については伝承が分かれています。曲亭馬琴の随筆『燕石雑志』は、明和2年(1765)頃に板木師の金六が「版木へ見当を付る事を工夫」したという話を記しました。大田南畝の記録には、延享元年(1744)に江見屋の上村吉右衛門が色摺と見当を工夫したという別の伝承があります。
美術用語辞典JAANUSは、1730年代の俳書にも色摺があり、色を合わせる何らかの仕組みが必要だったと述べたうえで、特定の職人を発明者とする伝承を検証困難なものとして扱っています。見当の発明者と成立年には複数の伝承があります。
「見当」という言葉は版画より約200年早い
年代を並べると、言葉と版画技術の順序が明確になります。
| 年代 | 確認できる用例・出来事 |
|---|---|
| 1533年 | 『蔵方之掟』に、価値を見計らう意味の「見当」 |
| 1741~1744年頃 | 版木の見当による多色摺が進展 |
| 1744年 | 上村吉右衛門が見当を工夫したという後世の伝承 |
| 1765年頃 | 板木師金六が見当を工夫したという『燕石雑志』の伝承 |
| 1830年 | 「けんとうがはづれる」の用例 |
| 1898年 | 「見当をつける」「見当違い」の最古級用例 |
| 1914年 | 「見当外れ」の最古級用例 |
この順序から、「見当」という語そのものの起源を浮世絵の版画技術に求める説明は年代と合いません。1533年の用例が、版画の見当より約200年早く確認されるためです。
一方、版画の専門用語が後世の日常表現へ影響した可能性は別の問題です。「見当」という既存語が版画の位置合わせに使われ、その版画用語が「見当をつける」「見当違い」などの言い回しに影響した、という経路も年代上は考えられます。史料で確かめるには、それぞれの表現の古い用例を個別に追う必要があります。
「見当をつける」は1898年、「判断する」は1916年
『精選版 日本国語大辞典』が「見当を付ける」の最古級例として挙げるのは、小栗風葉『恋慕ながし』(1898)の用例です。この例では暗い場所でおおよその方向を決める意味で使われています。
「だいたいこうだろうと判断する」という現在よく使う意味では、森鴎外『寒山拾得』(1916)の用例が挙げられています。版画の見当が成立した18世紀中頃より後の用例なので、年代だけなら版画からの影響を排除する材料にはなりません。
ただし、1533年の時点ですでに「見当」に判断・見積もりの意味があるため、「見当をつける」という表現が日常語の内部で生まれた可能性も残ります。版画用語から日常語へ移った過程を直接つなぐ史料は未確認です。
「見当違い」「見当外れ」は浮世絵由来なのか
「見当違い」も、版画由来として紹介されやすい言葉です。『精選版 日本国語大辞典』では、判断を誤る意味の「見当違い」に1898年の小栗風葉『恋慕ながし』、方向を誤る意味に1909年の夏目漱石『満韓ところどころ』を挙げています。「見当外れ」は1914年の桜井忠温『雑嚢』が最古級例です。
その前段階として、1830年の合巻『金儲花盛場』には、楊弓で狙いが外れる場面に「けんとうがはづれる」という表現が出ています。版画の「見当」が成立した後の時代ですが、この例は楊弓の狙いを表す文脈です。
「見当違い」や「見当外れ」が、版木の位置ずれを比喩にして生まれたことを直接記す同時代史料は確認できていません。現状では「版画由来の可能性がある」という段階にとどめ、1533年以来の一般語としての「見当」から生まれた可能性も並べて考えるのが妥当です。
浮世絵語源説はいつ広まったのか
「見当をつける」を浮世絵に結びつける説明が、いつ最初に現れたかは特定できていません。少なくとも2015年の静岡市美術館の展覧会案内では、「見当をつける」という言葉が浮世絵から生まれたとも言われる、と紹介されていました。2020年のアダチ版画研究所の記事では、「見当をつける」「見当違い」の語源を版木の見当と説明しています。
こうした説明は、版画の見当が紙の位置を正確に合わせる道具であることから理解しやすい説です。しかし「見当」という語自体には1533年の用例があります。語そのものの起源と、後世に成立した慣用表現の由来は分けて考える必要があります。
