忙しい人のための『明治天皇紀』|読んだ気になれる明治日本の公式記録要約

『明治天皇紀』は、明治天皇を軸に、幕末から明治国家の形成、憲法政治、日清・日露戦争、韓国併合へ至る時代をたどる巨大な公式記録です。

ただし、これは「明治天皇がすべてを一人で動かした物語」ではありません。天皇、太政官・内閣、元老、陸海軍、議会、新聞、民権家、地域社会、外国政府が複雑に関わった時代を、宮中と国家の記録から見通すための史料です。

この記事では、原文を読む時間がない人に向けて、『明治天皇紀』に何が書かれているのか、どこに注目すれば明治日本の流れが見えるのかを、初心者向けに整理します。

この記事でわかること

  • 『明治天皇紀』とはどんな史料か
  • 明治天皇の生涯と明治日本の主要事件の関係
  • 王政復古、戊辰戦争、東京奠都、廃藩置県、憲法制定、日清・日露戦争の位置づけ
  • 公式記録として読むときの強みと限界
  • 初心者が最初に注目すると読みやすいポイント

30秒でわかる結論

『明治天皇紀』は、宮内庁編による明治天皇の一代記です。嘉永5年(1852)の誕生から明治45年(1912)の崩御までを扱い、吉川弘文館から1968年から1977年にかけて、第1巻から第12巻と索引を含む全13冊として刊行されました。

読み方のコツは、明治天皇の行動と、政府・国家の政策決定を分けて見ることです。明治天皇は新国家の中心に位置づけられましたが、廃藩置県、徴兵制、地租改正、憲法制定、戦争外交は、政府高官、官僚、軍、議会、世論、国際関係が絡んで進みました。

つまり『明治天皇紀』は、明治天皇の伝記であると同時に、明治国家がどのように「見せられ、記録され、説明されたか」を読む入口でもあります。

『明治天皇紀』とは何か

一言でいうと

明治天皇の一代を、宮中・政治・外交・軍事・社会の出来事とともに日付順に記した公式性の高い記録です。

基本情報

項目 内容
書名 明治天皇紀
編者 宮内庁
出版社 吉川弘文館
刊行 1968年から1977年
構成 第1巻から第12巻、索引を含む全13冊
対象時期 嘉永5年(1852)9月から明治45年(1912)7月まで
主な性格 明治天皇の一代記、皇室・国家の公式記録、近代日本史の基礎史料

「天皇紀」という名前から、天皇個人の行動だけを記した本のように見えるかもしれません。しかし実際には、幕末の政局、王政復古、戊辰戦争、明治政府の制度改革、巡幸、憲法制定、帝国議会、対外戦争など、明治日本の政治的な大事件が広く含まれます。

ただし、現代の研究書のように「なぜその政策が選ばれたのか」を多角的に論じる本ではありません。出来事を、天皇を中心とする国家の公式記録として整理したものです。ここが『明治天皇紀』の強みであり、同時に注意点でもあります。

どのように編纂されたのか

一言でいうと

明治天皇の死後、宮内省に置かれた編修組織が、多くの公文書・日記・談話記録などを集めて編んだものです。

30秒でいうと

明治天皇は1912年に崩御しました。その後、明治天皇の一代を記録する事業が進められ、大正期に臨時編修局、のち臨時帝室編修局が置かれました。編修局は資料を集め、関係者から談話も聴き取り、1933年に『明治天皇紀』を昭和天皇へ奉呈しました。戦後、宮内庁編として吉川弘文館から公刊され、一般の研究者や読者が参照できる形になりました。

もう少し詳しく

『明治天皇紀』の背景には、「明治という激動の時代を、天皇の一代記としてどう記録するか」という課題がありました。明治天皇は、幕末の京都で生まれ、少年期に即位し、王政復古と明治維新の象徴となり、その在位中に近代国家の制度、軍制、教育、議会、外交、帝国の拡大が進みました。

そのため、編纂には宮中の記録だけでは足りません。政治家、側近、軍人、官僚、外交関係者、地方巡幸の記録など、広い範囲の資料が必要でした。臨時帝室編修局の談話記録には、明治天皇に近く仕えた人々や明治政権中枢に関わった人々の証言も含まれます。

ただし、証言はそれを語った人の立場や記憶に左右されます。公文書もまた、政策決定の背景や反対意見をすべて残しているとは限りません。『明治天皇紀』を読むときは、「記録されていること」と「記録の外にあること」を分ける姿勢が大切です。

重要人物・重要語句

  • 宮内庁:戦後に『明治天皇紀』を編者として公刊した機関です。
  • 臨時帝室編修局:明治天皇の一代記編修を担った宮内省の組織です。
  • 談話記録:関係者からの聞き取りを記録した資料です。一次史料に近い価値がありますが、記憶の偏りにも注意が必要です。
  • 奉呈:完成した編纂物などを天皇へ差し上げることです。

読みどころ

『明治天皇紀』の読みどころは、天皇の動静と国家の大事件が同じ時間軸で並ぶことです。たとえば、地方巡幸、宮中儀礼、内閣制度、憲法制定、戦争の詔勅が、同じ「明治天皇の時代」の中に置かれます。これにより、明治国家が天皇の存在をどのように政治制度や国民統合へ結びつけたのかが見えてきます。

明治天皇の時代を一言でいうと

明治天皇の時代は、「幕府と藩の時代から、中央集権の近代国家と帝国の時代へ移った時代」です。

ただし、この変化は一直線の成功物語ではありません。内戦、士族反乱、農民負担、民権運動、議会との対立、戦争、植民地支配を伴いました。鉄道、郵便、学校、軍隊、税制、議会、憲法といった近代制度が整った一方で、その制度は人々に新しい義務や負担も与えました。

時期 大きな変化 『明治天皇紀』での見方
1852〜1868年 幕末の動乱と即位 幼少期の皇子が、政権交代の中心へ押し出される
1868〜1871年 王政復古、戊辰戦争、東京奠都、廃藩置県 天皇を中心に新政府の正統性を示す時期
1871〜1880年代前半 岩倉使節団、徴兵制、地租改正、文明開化、殖産興業 制度と生活の両方が変わる時期
1880年代後半〜1890年 自由民権運動、憲法発布、帝国議会 天皇大権と議会政治が同じ制度内に置かれる
1894〜1905年 日清戦争、日露戦争 国家の国際的地位と軍事力が大きく変化する
1905〜1912年 戦後経営、韓国併合、明治天皇崩御 近代国家の完成感と帝国化の問題が重なる

幕末から明治維新へ|少年天皇は新政府の中心になった

一言でいうと

幕府が倒れ、新政府は天皇を政治的正統性の中心に置いて国家を作り直しました。

30秒でいうと

明治天皇は嘉永5年(1852)に生まれ、慶応3年(1867)に即位しました。同じ年に大政奉還と王政復古が起こり、翌1868年には鳥羽・伏見の戦いから戊辰戦争が始まります。新政府は「天皇のもとで新しい政治を行う」という形を取り、五箇条の御誓文で政治の基本方針を示しました。江戸は東京と改められ、明治天皇の東幸によって政治の中心も京都から東京へ移っていきます。

もう少し詳しく

幕末の日本では、外国船の来航、開国、不平等条約、攘夷運動、幕府権威の低下が重なりました。将軍徳川慶喜は大政奉還により政権を朝廷へ返しましたが、それだけで政治の仕組みが定まったわけではありません。

王政復古の大号令では、旧幕府だけでなく摂政・関白など従来の朝廷政治の仕組みも改められ、新しい政治体制が作られました。ここで明治天皇は、まだ若い個人であると同時に、新政府の正統性を示す象徴として前面に出ます。

戊辰戦争は、王政復古によって生まれた新政府軍と旧幕府側の戦いでした。鳥羽・伏見の戦いから始まり、東北、箱館へ広がり、旧幕府軍の抵抗が終わるまで続きました。この内戦を経て、新政府は「全国を統治する政府」としての実力を固めていきます。

東京奠都も重要です。「遷都」という言葉で単純に片づけられがちですが、実際には京都の位置づけを残しながら、江戸を東京と改め、天皇が東へ移り、政治機能が東京へ集まっていく過程でした。『明治天皇紀』では、天皇の東幸や東京での儀礼が、国家の中心移動を示す出来事として読めます。

重要人物・重要語句

  • 徳川慶喜:大政奉還を行った最後の将軍です。
  • 岩倉具視:王政復古や新政府形成に深く関わった公家出身の政治家です。
  • 大久保利通・木戸孝允・西郷隆盛:維新政府を動かした中心人物たちです。
  • 王政復古:幕府政治を終わらせ、天皇を中心とする新政府を打ち出した政治変革です。
  • 五箇条の御誓文:明治新政府の基本方針を示した誓いです。
  • 東京奠都:政治の中心が東京へ移っていく過程を指す言い方です。

読みどころ

この時期の読みどころは、明治天皇自身の年齢と、背負わされた政治的役割の大きさの差です。明治維新は「天皇の復権」と説明されますが、実際には若い天皇のもとで、岩倉、大久保、木戸、西郷らが新政府を設計し、軍事と制度を通じて権力を固めていきました。

近代国家づくり|藩・身分・税・軍隊が作り替えられた

一言でいうと

明治政府は、藩に分かれていた日本を、中央政府が直接統治する国家へ作り替えました。

30秒でいうと

廃藩置県で藩は廃止され、全国は府県として中央政府の下に置かれました。岩倉使節団は欧米を視察し、不平等条約改正の難しさと制度調査の重要性を痛感します。国内では徴兵令、地租改正、学制、郵便、鉄道、殖産興業が進みます。文明開化は服装や食事の流行だけでなく、知識・制度・産業・時間感覚まで含む社会の変化でした。

もう少し詳しく

明治維新の後も、すぐに近代国家が完成したわけではありません。旧藩主、士族、農民、商人、地方社会は、江戸時代の仕組みの中で生きていました。政府が最初に直面した大問題は、「全国を本当に統一政府が支配できるのか」ということでした。

廃藩置県は、その転換点です。藩主が治めていた領地を政府が引き受け、府県を通じて統治することで、中央集権国家への道が開かれました。しかし、これは地方社会にとって大きな衝撃でした。士族の身分的特権は失われ、武士の役割は軍人・官僚・教育者・実業家などへ再編されていきます。

徴兵令は、武士だけが戦う社会から、国民男子を兵役の対象とする社会への転換でした。ただし当初は免除規定も多く、貧富や家族構成による不公平感が残りました。地租改正は、米を物納する年貢から、地価に基づく金納税へ変える改革です。政府にとっては安定財源でしたが、農民にとっては現金で納める重い負担にもなりました。

岩倉使節団は、明治国家づくりの「外を見る目」を育てた出来事です。条約改正は思うように進みませんでしたが、欧米の憲法、議会、教育、産業、軍事、都市制度を視察した経験は、その後の制度設計に影響しました。

重要人物・重要語句

  • 岩倉具視:岩倉使節団の特命全権大使です。
  • 大久保利通:内政整備、殖産興業、地租改正などを推進しました。
  • 木戸孝允:廃藩置県や立憲政治構想に関わりました。
  • 廃藩置県:藩を廃止し、府県を置いた中央集権化の大改革です。
  • 徴兵令:近代軍隊の基礎となった兵役制度です。
  • 地租改正:税の基準を石高・物納から地価・金納へ変えた改革です。
  • 殖産興業:政府が産業育成を進めた政策です。

読みどころ

この時期は、「天皇が巡幸し、政府が制度を作り、国民が新しい義務を負う」という三つの動きが重なります。巡幸は天皇と地方を結びつける政治的行事であり、徴兵・税制・教育は国民を国家制度の中へ組み込む仕組みでした。『明治天皇紀』を読むと、儀礼と制度が別々ではなく、同じ国家形成の一部だったことが見えてきます。

憲法と議会の時代|「天皇の国家」と「議会政治」が同居した

一言でいうと

明治国家は、大日本帝国憲法によって天皇を元首とする立憲国家になり、帝国議会を開きました。

30秒でいうと

自由民権運動は、国会開設や憲法制定を政府に求めました。政府は運動を警戒しながらも、1881年に国会開設を約束し、伊藤博文らが憲法調査を進めます。1889年に大日本帝国憲法が発布され、1890年に帝国議会が開かれました。ここで、天皇大権を中心とする国家制度と、選挙で選ばれた衆議院を含む議会制度が同じ枠組みに入りました。

もう少し詳しく

自由民権運動は、単に「政府に反対した運動」ではありません。明治政府が掲げた「公論」や「文明」の理念を、国民側から政治参加として求めた運動でもありました。板垣退助らによる民撰議院設立建白書をきっかけに、結社、演説会、新聞、建白書を通じて、国会開設の要求が全国へ広がりました。

政府は、急進的な民権運動を抑えつつ、上からの立憲制度づくりを進めます。伊藤博文は欧州で憲法制度を学び、枢密院で草案を審議しました。1889年、大日本帝国憲法が発布されます。

この憲法では、天皇が統治権を総攬するとされました。一方で、法律や予算には帝国議会の協賛が必要となり、臣民の権利も法律の範囲内で認められました。つまり、天皇中心の国家原理と、議会・内閣・裁判所などの近代制度が組み合わされたのです。

ここで注意したいのは、現代の日本国憲法とは制度の前提が大きく違うことです。明治憲法下の議会は重要な政治機関でしたが、内閣は議会多数派から必ず作られるわけではなく、軍の統帥や外交などには議会が直接及びにくい領域もありました。

重要人物・重要語句

  • 板垣退助:自由民権運動の中心人物の一人です。
  • 伊藤博文:憲法調査と大日本帝国憲法制定に深く関わりました。
  • 自由民権運動:国会開設、憲法制定、政治参加を求めた運動です。
  • 大日本帝国憲法:1889年に発布された明治国家の基本法です。
  • 帝国議会:貴族院と衆議院からなる議会です。

読みどころ

この時期の『明治天皇紀』では、憲法発布や議会開設が、天皇の儀礼・詔勅と結びついて記録されます。ここを読むと、明治国家が立憲政治を単なる制度改革ではなく、天皇の権威と結びつけて国民へ示そうとしたことがわかります。

対外戦争と帝国日本|国際的地位の上昇と支配の拡大

一言でいうと

日清戦争と日露戦争で日本の国際的地位は大きく上がりましたが、その過程で台湾・韓国などへの支配も拡大しました。

30秒でいうと

1894年、朝鮮をめぐる清との対立から日清戦争が始まり、下関条約で清は朝鮮の独立を認め、台湾・澎湖諸島などを日本へ割譲しました。1904年には満州と韓国をめぐるロシアとの対立から日露戦争が始まり、ポーツマス条約でロシアは韓国における日本の指導権・監督権を認めました。1910年には韓国併合条約が結ばれ、日本は韓国を植民地支配下に置きます。

もう少し詳しく

日清戦争は、明治国家が初めて本格的な対外戦争を経験した大事件でした。戦争は日本国内で強い高揚感を生み、政府・軍・新聞・国民感情を結びつけました。一方で、戦争の結果として台湾・澎湖諸島が日本の支配下に入り、東アジアの国際秩序は大きく変化します。

日露戦争は、さらに大きな国際的衝撃を与えました。日本は戦局を有利に進めましたが、戦争を長期に続ける国力には限界がありました。アメリカの仲介でポーツマス条約が結ばれ、ロシアは韓国における日本の優越的地位を認め、南満州の権益や南樺太の割譲などが決まりました。

しかし、賠償金が得られなかったことなどから、国内では日比谷焼打事件のような激しい不満も起こりました。ここには、政府の外交判断、軍事的現実、国民世論の期待が食い違う問題が表れています。

1910年の韓国併合は、明治の終わり近くに起こった重大局面です。日本側の公文書では条約と詔書として記録されますが、現代の歴史理解では、韓国側の主権喪失、植民地支配、抵抗、同化政策、土地制度、教育政策なども含めて検討しなければなりません。『明治天皇紀』だけを読んでいると、支配された側の経験は見えにくくなります。

重要人物・重要語句

  • 伊藤博文:日清戦争期の首相、のち韓国統監を務めました。
  • 陸奥宗光:日清戦争期の外務大臣で、下関条約交渉に関わりました。
  • 小村寿太郎:日露戦争後のポーツマス条約交渉で日本側全権を務めました。
  • 下関条約:日清戦争の講和条約です。
  • ポーツマス条約:日露戦争の講和条約です。
  • 韓国併合:1910年に韓国を日本へ併合し、植民地支配を始めた出来事です。

読みどころ

対外戦争の時期は、『明治天皇紀』の公式記録としての性格が特に強く出ます。宣戦、講和、詔勅、軍事報告、外交儀礼は詳しく記録されます。一方で、戦場の兵士、占領地の住民、台湾や韓国の人々、戦争に反対した声は、中心には出てきにくい。だからこそ、読む側は「何が見えているか」と同時に「何が見えていないか」も意識する必要があります。

人物・組織・制度の関係を分けて見る

『明治天皇紀』を読むときに最も大切なのは、明治天皇、政府、制度、戦争、国民を一つに混ぜないことです。

主な担い手 何を見ればよいか
天皇・宮中 明治天皇、側近、侍従、宮内省 巡幸、儀礼、詔勅、宮中行事、天皇の動静
政府中枢 太政官、内閣、元老、各省 制度改革、外交、憲法、財政、産業政策
陸軍、海軍、参謀本部、軍令機関 徴兵、戦争、統帥、軍事動員
議会・政党 帝国議会、政党、民権家 国会開設、予算、法律、政府批判、世論
地域社会・国民 士族、農民、商工業者、学生、新聞読者 負担、抵抗、参加、生活文化の変化
国外・植民地 清、ロシア、欧米諸国、朝鮮、台湾 条約、戦争、外交、支配された側の経験

明治天皇は国家の中心に位置づけられました。しかし、政策を立案した官僚、戦争を進めた軍、予算を審議した議会、制度を受け入れたり反発したりした人々も、明治史の主人公です。

公式記録として読むときの注意点

強み

  • 日付順に出来事を追いやすい
  • 宮中儀礼、詔勅、天皇の動静を確認しやすい
  • 国家が重要と考えた出来事の並びがわかる
  • 明治天皇と明治国家の関係を大きな流れで見られる

限界

  • 政府・宮中側の視点が中心になりやすい
  • 政策決定の裏側や反対意見が十分に見えない場合がある
  • 庶民、植民地支配を受けた人々、戦争被害者の経験は中心に出にくい
  • 関係者の談話には、記憶違いや自己正当化が混じる可能性がある
  • 「天皇の動き」と「政府の決定」を同一視しやすい

したがって、『明治天皇紀』は「これ一冊で明治史のすべてがわかる本」ではありません。むしろ、明治史を読むための太い幹です。枝や葉にあたる部分は、公文書、新聞、日記、議会記録、地方史、植民地研究、外交史、社会史と合わせて読むことで立体的になります。

よくある誤解

誤解1:『明治天皇紀』は明治天皇の人物伝だけである

人物伝としても読めますが、それだけではありません。明治天皇の生涯を軸に、国家制度、外交、軍事、社会の変化を追う公式記録です。

誤解2:明治天皇がすべての政策を直接主導した

明治天皇は国家の中心に位置づけられましたが、具体的な政策は政府高官、官僚、軍、議会、外交環境によって決まりました。天皇の裁可や詔勅があることと、個別政策を天皇一人が立案したことは同じではありません。

誤解3:明治維新は近代化だけをもたらした

近代制度、産業、教育、交通の発展があった一方で、内戦、身分秩序の崩壊、税負担、徴兵、士族反乱、植民地支配もありました。明治史は「明るい近代化」だけでも「暗い抑圧」だけでも説明できません。

誤解4:公式記録だから客観的に完全である

公式記録は信頼できる基礎史料ですが、記録には目的と視点があります。何を重視して記録したか、何が記録されにくいかを考えることが重要です。

初心者はどこに注目すればよいか

『明治天皇紀』をいきなり全巻通読するのは大変です。初心者は、次の五つの視点で読むと全体像をつかみやすくなります。

1. 年号ではなく「転換点」で読む

嘉永、慶応、明治という年号を暗記するより、王政復古、戊辰戦争、廃藩置県、憲法発布、日清戦争、日露戦争、韓国併合という転換点を押さえましょう。

2. 天皇の移動を見る

京都から東京へ、東京から地方巡幸へ。明治天皇の移動は、国家の中心がどう作られ、地方へどう示されたかを読む手がかりです。

3. 詔勅と制度をセットで見る

五箇条の御誓文、憲法発布、宣戦・講和など、天皇の言葉として示された文書は、制度や政策と結びついています。言葉だけでなく、その後に何が実行されたかを見ると理解が深まります。

4. 政府の政策と人々の生活を分ける

徴兵制や地租改正は、政府から見ると近代国家づくりですが、人々から見ると負担や生活変化でもあります。政策名を覚えるだけでなく、誰が得をし、誰が負担を負ったのかを考えましょう。

5. 戦争は「勝敗」だけで読まない

日清・日露戦争は日本の国際的地位を変えましたが、台湾・韓国・満州への支配拡大とも結びつきます。戦争を国内の高揚感だけでなく、東アジア全体の変化として読む必要があります。

現地・資料で見られる場所

  • 国立国会図書館:『明治天皇紀』の書誌情報や所蔵情報を確認できます。巻によってはデジタル化情報もありますが、公開範囲に制限がある場合があります。
  • 宮内公文書館・宮内庁書陵部:明治天皇紀関係の公文書や附図稿本など、宮内省・宮内庁系資料の目録を確認できます。
  • 国立公文書館:五箇条の御誓文、徴兵令、地租改正、憲法、条約など、明治国家形成に関する公文書を展示・デジタル資料で確認できます。
  • 外交史料館:条約改正、日清・日露戦争、ポーツマス条約など外交関係資料を調べる入口になります。
  • 明治神宮・明治神宮ミュージアム:明治天皇・昭憲皇太后を祀る神社で、明治という時代の記憶がどのように継承されたかを考える場所です。

FAQ

『明治天皇紀』は初心者が読むべきですか?

いきなり全巻を読む必要はありません。初心者は、まずこの記事のような全体像をつかんでから、関心のある時期の巻や索引を使って調べるのがおすすめです。

全文はインターネットで読めますか?

国立国会図書館サーチなどで書誌情報やデジタル化情報を確認できますが、オンライン閲覧の範囲には制限がある場合があります。利用したい巻がある場合は、国立国会図書館や大学図書館、公共図書館の所蔵情報を確認してください。

『明治天皇紀』だけ読めば明治史は十分ですか?

十分ではありません。公式記録として非常に重要ですが、政府側・宮中側の視点が中心です。自由民権運動、農民、士族、女性、労働者、台湾・韓国など、別の視点の史料や研究書と合わせて読む必要があります。

明治天皇は政治をどこまで動かしていたのですか?

明治天皇は国家の中心に位置づけられ、裁可や詔勅を通じて政治制度の重要な場面に関わりました。ただし、個別政策を一人で立案し主導したと単純化するのは適切ではありません。政府高官、官僚、軍、議会、国際情勢の働きを分けて考える必要があります。

『明治天皇紀』を読むとき、最初に見るべき巻はどこですか?

明治維新に関心があるなら第1巻、憲法制定に関心があるなら明治20年代を扱う巻、戦争外交に関心があるなら日清・日露戦争期を扱う巻から入ると読みやすいです。人物や事件から探す場合は索引が便利です。

まとめ|『明治天皇紀』は明治日本を読むための太い幹である

『明治天皇紀』は、明治天皇の一代を記した公式記録であり、同時に明治日本の国家形成を読む入口です。

幕末の動乱、王政復古、戊辰戦争、東京奠都、廃藩置県、岩倉使節団、徴兵制、地租改正、自由民権運動、大日本帝国憲法、帝国議会、日清・日露戦争、韓国併合。これらを明治天皇の生涯という時間軸で並べると、明治日本がどのように近代国家となり、同時に帝国へ向かっていったのかが見えてきます。

大切なのは、天皇、政府、制度、戦争、国民、植民地を混同しないことです。『明治天皇紀』は明治天皇を軸にした記録ですが、明治という時代は、天皇一人の物語ではありません。政府を動かした政治家、制度を作った官僚、戦争に動員された人々、税や徴兵を負った国民、支配された地域の人々まで含めて、初めて立体的に見えてきます。

だからこそ、『明治天皇紀』は「読んだら終わり」の本ではなく、明治史の入口です。公式記録の太い幹をつかみ、そこから公文書、新聞、日記、地域史、外交史、植民地史へ枝を伸ばしていくことで、明治日本の姿はより深く、より複雑に見えてきます。

参考資料・参考サイト

  1. 国立国会図書館サーチ『明治天皇紀 第1(嘉永五年九月-明治元年十二月)』
  2. CiNii Books『明治天皇紀』
  3. 国立国会図書館サーチ『明治天皇紀 13 索引』
  4. 宮内庁書陵部所蔵資料目録・画像公開システム「明治天皇紀1」
  5. ゆまに書房『臨時帝室編修局史料「明治天皇紀」談話記録集成』
  6. 国立公文書館「近代国家 日本の登場 ―公文書にみる明治―」
  7. 国立公文書館「戊辰戦争―菊と葵の500日―」
  8. 国立公文書館「五箇条の御誓文が発せられる」
  9. 国立公文書館「変貌 年表」
  10. 国立公文書館「版籍奉還と廃藩置県」
  11. 国立公文書館「岩倉使節団」
  12. 国立公文書館「徴兵令が発せられる」
  13. 国立公文書館「地租改正条例が制定される」
  14. 国立公文書館「国会開設前夜」
  15. 国立公文書館「大日本帝国憲法の発布」
  16. 国立公文書館「日清戦争」
  17. 国立公文書館「日露戦争」
  18. 国立公文書館「韓国併合条約が結ばれる」
  19. 国立公文書館「明治の産業」
  20. 国立国会図書館「知識を世界に求めて―明治維新前後の翻訳事情―」
  21. 明治神宮「明治神宮とは」
  22. 松尾正人編『明治維新と文明開化』吉川弘文館、2004年。
  23. 宮地正人『天皇制の政治史的研究』校倉書房、1981年。
  24. ドナルド・キーン『明治天皇』新潮社、2001年。