メサイアとは?ヘンデルが作った53曲を全曲わかりやすく解説

1741年にヘンデルが書いたメサイア自筆譜の一頁

有名な「ハレルヤ」は《メサイア》の終曲ではありません。53曲で数える体系では第44曲に置かれ、その後に第3部の9曲が続きます。最後に響くのは、子羊への賛美「Worthy Is the Lamb」と長大な「Amen」です。

ヘンデルの《メサイア》HWV 56は、旧約・新約聖書の言葉を組み合わせ、救世主の到来、受難、復活、福音の広がり、死への勝利を三部で描く英語オラトリオです。イエスの生涯を場面順に再現する劇ではなく、聖書の預言と成就を結びつけて「救済とは何か」をたどります。

メサイアとは?53曲で何を描いているのか

「Messiah(メサイア)」は、ヘブライ語・アラム語系の「油を注がれた者」に由来し、ギリシア語の「Christ(キリスト)」と対応する語です。キリスト教ではイエスを救い主として指す呼称になりました。

オラトリオは、独唱・合唱・管弦楽を用いて大きな物語や宗教的主題を描く声楽作品です。《メサイア》は舞台装置や衣装を前提とするオペラとは異なり、英語の聖書本文を音楽で構成します。キリスト教の礼拝そのものではなく、演奏会で上演される作品として成立しました。

第1部は預言・降誕・慰め、第2部は受難じゅなん・復活・昇天しょうてん・福音・神の勝利、第3部は死者の復活・死への勝利・永遠の賛美へ進みます。物語の時間を一直線に追うよりも、旧約の預言と新約の言葉を往復しながら、救世主の意味を段階的に深める構成です。

メサイアはいつ、どこで、誰が作った?

作曲者はゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(George Frideric Handel, 1685–1759)です。ドイツのハレに生まれ、イタリアで経験を積んだのちロンドンを活動の中心とし、1727年には英国に帰化しました。1740年代には、イタリア語オペラに加えて英語オラトリオが重要な創作分野になっていました。

1740年ごろの作曲家ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルの肖像
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル、1740年ごろ。John Theodore Heins/Stiftung Händel-Haus Halle/Wikimedia Commons/Public Domain。

《メサイア》はロンドンで1741年8月22日に書き始められ、9月14日に全体の記譜を終えました。約3週間余りという非常に短い期間です。

1741年にヘンデルが書いたメサイア自筆譜の一頁
ヘンデル《メサイア》自筆譜、1741年。「And He shall reign for ever and ever」の部分。George Frideric Handel/Wikimedia Commons/Public Domain。

初演は1742年4月13日、アイルランドのダブリン、フィッシャンブル・ストリートのGreat Music Hallで行われました。ヘンデルは1741–42年の演奏シーズンにダブリンへ招かれ、現地で演奏活動を行っていました。《メサイア》初演は債務者救済、Mercer’s Hospital、Charitable Infirmaryのための慈善演奏会として組まれ、作品はロンドンより先にダブリンで聴衆の前に出ました。

歌詞を組み立てたチャールズ・ジェネンズ

《メサイア》の音楽を書いたのはヘンデルですが、テキストを選び、全体の順序を組み立てたのはチャールズ・ジェネンズ(Charles Jennens, 1700–1773)です。ジェネンズはヘンデルの協力者で、聖書の一節を大量に書き下ろしたのではなく、既存の聖書本文を選び、三部の流れとして編集しました。

ヘンデルのメサイアの台本を編んだチャールズ・ジェネンズの肖像
チャールズ・ジェネンズ、1745年ごろ。Thomas Hudson/Handel House Museum/Wikimedia Commons/Public Domain。

原語が英語なのは、ヘンデルがロンドンで英語オラトリオを作曲していたからです。本文は主としてAuthorized Version、いわゆるKing James Bible(欽定訳きんていやく聖書)の言葉を用い、詩編にはBook of Common Prayer(英国国教会の祈祷書)に収められたPsalterの文言も関係します。祈祷書や英国国教会の位置づけは、キリスト教の教派を知ると背景がつかみやすくなります。

ジェネンズの構成は「誕生→活動→受難→復活」と福音書を順に要約する方式を取りません。イザヤ書、詩編、福音書、パウロ書簡、ヨハネの黙示録などを横断し、古い預言がキリスト教的にどのように読み直されるかをつなげます。そのため《メサイア》では、出来事の説明より「出来事の意味」が前面に出ます。

第1部・第1〜21曲 預言から誕生、慰めへ

第1部は、苦難の後の慰めから始まり、救世主到来の預言、降誕、羊飼いへの告知、癒やしと安らぎへ進みます。

慰めと預言

原題何を歌うか/主な聖書出典
1Overture器楽による序曲。王の到来を思わせる荘重な導入で、救世主をめぐる全体の物語を開きます。
主な聖書出典:器楽曲(聖書本文なし)
2Comfort Ye苦難の時が終わり、エルサレムに慰めが告げられる場面です。
主な聖書出典:イザヤ書40:1–3
3Ev’ry Valley谷は高く、山は低くされ、主の道が整えられるという預言を歌います。
主な聖書出典:イザヤ書40:4
4And the Glory of the Lord主の栄光が現れ、すべての人がそれを見るという約束です。
主な聖書出典:イザヤ書40:5
5Thus Saith the Lord天地と諸国が揺さぶられ、待望された者が来ると告げます。
主な聖書出典:ハガイ書2:6–7、マラキ書3:1
6But Who May Abideその到来に誰が耐えられるのかと問い、清めの火を描きます。
主な聖書出典:マラキ書3:2
7And He Shall Purifyレビの子らが清められ、正しい供え物を献げるようになると歌います。
主な聖書出典:マラキ書3:3

救世主の到来

原題何を歌うか/主な聖書出典
8Behold, A Virgin Shall Conceiveおとめが子を宿し、その子が「神はわれらと共にいる」と呼ばれる預言です。
主な聖書出典:イザヤ書7:14、マタイ福音書1:23
9O Thou That Tellest Good Tidings to Zionシオンとエルサレムに「あなたの神を見よ」と喜びの知らせを告げます。
主な聖書出典:イザヤ書40:9、60:1
10For Behold! Darkness Shall Cover the Earth地を覆う闇の中に主の栄光が現れることを告げます。
主な聖書出典:イザヤ書60:2–3
11The People That Walked in Darkness闇の中を歩んでいた民が大きな光を見るという預言です。
主な聖書出典:イザヤ書9:2
12For unto Us a Child Is Bornひとりの子が与えられ、平和をもたらす支配者となると歌います。
主な聖書出典:イザヤ書9:6

羊飼いと天使

原題何を歌うか/主な聖書出典
13Pastoral Symphony (Pifa)羊飼いの場面へ移る器楽曲で、降誕の静かな情景を整えます。
主な聖書出典:器楽曲(聖書本文なし)
14There Were Shepherds / And Lo! The Angel of the Lord野宿する羊飼いたちの前に天使が現れ、主の栄光が周囲を照らします。
主な聖書出典:ルカ福音書2:8–9
15And the Angel Said unto Them天使が、ダビデの町に救い主が生まれたという大きな喜びを告げます。
主な聖書出典:ルカ福音書2:10–11
16And Suddenly There Was with the Angel天使の大軍が現れ、神を賛美する場面へ進みます。
主な聖書出典:ルカ福音書2:13
17Glory to God天には神の栄光、地には平和と歌い、降誕の知らせを祝います。
主な聖書出典:ルカ福音書2:14

喜びと癒やし

原題何を歌うか/主な聖書出典
18Rejoice Greatlyシオンの娘に喜べと呼びかけ、平和を語る王の到来を祝います。
主な聖書出典:ゼカリヤ書9:9–10
19Then Shall the Eyes of the Blind目が開き、耳が聞こえ、足の不自由な者が跳び、口の利けない者が歌うという回復の預言です。
主な聖書出典:イザヤ書35:5–6
20He Shall Feed His Flock / Come unto Him羊飼いのように民を養う姿と、疲れた者に休息を与えるイエスの招きを重ねます。
主な聖書出典:イザヤ書40:11、マタイ福音書11:28–29
21His Yoke Is Easyイエスの軛は負いやすく、その荷は軽いと歌い、第1部を穏やかに閉じます。
主な聖書出典:マタイ福音書11:30

第2部・第22〜44曲 受難、復活、そしてハレルヤ

第2部は「神の子羊」から受難へ入り、死、復活、昇天、福音の拡大、諸国の反抗を経て「Hallelujah」で神の支配を宣言します。

受難と復活

原題何を歌うか/主な聖書出典
22Behold the Lamb of God世の罪を取り除く「神の子羊」としてキリストを示し、受難の部を始めます。
主な聖書出典:ヨハネ福音書1:29
23He Was Despised人々に蔑まれ、苦しみと辱めを受ける姿を描きます。
主な聖書出典:イザヤ書53:3、50:6
24Surely He Hath Borne Our Griefs人の悲しみと罪を彼が負い、傷つけられたという受難の意味を歌います。
主な聖書出典:イザヤ書53:4–5
25And with His Stripes彼の傷によって人々が癒やされると簡潔に宣言します。
主な聖書出典:イザヤ書53:5
26All We Like Sheep人は羊のように道を外れ、その罪が彼に負わされたと歌います。
主な聖書出典:イザヤ書53:6
27All They That See Him人々が彼を嘲笑し、首を振る場面を描きます。
主な聖書出典:詩編22:7
28He Trusted in God「神が彼を救うなら救わせよ」という嘲りを合唱で突きつけます。
主な聖書出典:詩編22:8
29Thy Rebuke Hath Broken His Heart辱めによって心が砕かれ、慰める者もいない孤独を歌います。
主な聖書出典:詩編69:20
30Behold and Seeこの苦しみに比べられる悲しみがあるかと問いかけます。
主な聖書出典:哀歌1:12
31He Was Cut Off命ある者の地から断たれた、すなわち死に至ったことを告げます。
主な聖書出典:イザヤ書53:8
32But Thou Didst Not Leave神がその魂を死の支配に捨てず、朽ちるままにしなかったと復活を示します。
主な聖書出典:詩編16:10

昇天と福音の広がり

原題何を歌うか/主な聖書出典
33Lift Up Your Heads栄光の王を迎えるため門を上げよと呼びかけ、勝利と昇天の場面へ進みます。
主な聖書出典:詩編24:7–10
34Unto Which of the Angels神が「あなたは私の子」と語った相手は天使ではない、とキリストの特別な地位を示します。
主な聖書出典:ヘブライ人への手紙1:5
35Let All the Angels of God神の天使たちがキリストを礼拝するよう歌います。
主な聖書出典:ヘブライ人への手紙1:6
36Thou Art Gone Up on High高く上り、捕らわれを連れ、賜物を受けたという昇天のイメージを歌います。
主な聖書出典:詩編68:18
37The Lord Gave the Word主が言葉を与え、それを告げ知らせる者が大勢いると歌います。
主な聖書出典:詩編68:11
38How Beautiful Are the Feet平和と良い知らせを伝える者の歩みの美しさを歌います。
主な聖書出典:イザヤ書52:7、ローマ人への手紙10:15
39Their Sound Is Gone Out福音の声が全地へ広がり、世界の果てまで届くと歌います。
主な聖書出典:ローマ人への手紙10:18、詩編19:4

世界の反抗と神の勝利

原題何を歌うか/主な聖書出典
40Why Do the Nations諸国と王たちが主とその「油を注がれた者」に逆らう姿を描きます。
主な聖書出典:詩編2:1–2
41Let Us Break Their Bonds Asunder人々が神の支配を振りほどこうと反抗する言葉を合唱で表します。
主な聖書出典:詩編2:3
42He That Dwelleth in Heaven天におられる神が人間の反抗を退ける場面です。
主な聖書出典:詩編2:4
43Thou Shalt Break Them反抗する勢力が鉄の杖で砕かれるという神の勝利を歌います。
主な聖書出典:詩編2:9
44Hallelujah全能の神が治め、世の王国が主とそのキリストのものとなり、永遠に支配すると賛美します。
主な聖書出典:ヨハネの黙示録19:6、11:15、19:16

「Hallelujah」はヘブライ語由来の「主を賛美せよ」という言葉です。第44曲では「全能の神が治める」「世の王国は主とそのキリストのものになった」「王の王、主の主」と、ヨハネの黙示録の言葉が重ねられます。受難から始まった第2部が、神の支配の勝利で閉じるため、この位置に置かれています。

第3部・第45〜53曲 死を超える復活と最後のアーメン

第3部は「私の贖い主は生きている」という個人の信仰から始まり、死者の復活、死への勝利、神への感謝、子羊への永遠の賛美へ進みます。

復活への確信

原題何を歌うか/主な聖書出典
45I Know That My Redeemer Liveth「私の贖い主は生きている」という個人の確信から、キリストの復活へつなげます。
主な聖書出典:ヨブ記19:25–26、コリントの信徒への手紙一15:20
46Since by Man Came Deathアダムによって死が入り、キリストによって復活がもたらされるという対比です。
主な聖書出典:コリントの信徒への手紙一15:21–22
47Behold, I Tell You a Mystery最後のラッパとともに人が一瞬にして変えられるという「奥義」を告げます。
主な聖書出典:コリントの信徒への手紙一15:51–52
48The Trumpet Shall Soundラッパが鳴り、死者が朽ちない者として復活し、死すべきものが不死をまとうと歌います。
主な聖書出典:コリントの信徒への手紙一15:52–53

死への勝利と永遠の賛美

原題何を歌うか/主な聖書出典
49Then Shall Be Brought to Pass「死は勝利にのみ込まれた」という預言が実現すると告げます。
主な聖書出典:コリントの信徒への手紙一15:54
50O Death, Where Is Thy Sting死と墓に向かって、その力と勝利はどこにあるのかと問いかけます。
主な聖書出典:コリントの信徒への手紙一15:55–56
51But Thanks Be to Godキリストを通して勝利を与える神への感謝を歌います。
主な聖書出典:コリントの信徒への手紙一15:57
52If God Be for Us神が味方なら誰も決定的に敵対できないとし、キリストの死・復活・執り成しを語ります。
主な聖書出典:ローマ人への手紙8:31、33–34
53Worthy Is the Lamb / Amenほふられた子羊に力・富・知恵・誉れ・栄光を帰し、最後の「アーメン」で全曲を閉じます。
主な聖書出典:ヨハネの黙示録5:12–14

終曲「Worthy Is the Lamb」は、ヨハネの黙示録5章の天上の礼拝をもとに、屠られた子羊が力・富・知恵・威力・誉れ・栄光・賛美を受けるにふさわしいと歌います。続く「Amen」は「まことに」「そのとおり」といった同意の言葉で、三部を通じて積み重ねた賛美を音楽的に確定して全曲を閉じます。

なぜハレルヤで終わらないのか

「Hallelujah」は第2部の終結です。ここで示されるのは、受難と復活を経たキリストの王権と、神の支配の勝利です。第3部は視点を人間の死へ移し、死者が復活し、朽ちる身体が不死をまとうという希望を扱います。

第44曲で神の勝利を宣言したあと、第45曲「I Know That My Redeemer Liveth」が「私」の言葉で始まるため、壮大な救済史が一人ひとりの死と復活の問題へ接続されます。最後の「Worthy Is the Lamb / Amen」は、その救いを永遠の賛美へ帰着させる終結部です。

53曲と54曲、曲番号が違う資料がある理由

《メサイア》の曲番号は、楽譜や録音によって一致しません。ヘンデル自身が上演のたびに独唱曲を差し替えたり編曲したりしたうえ、後世の版では短いレチタティーヴォを別曲として数えるか、隣の曲とまとめるかが異なるためです。たとえば羊飼いの場面は「There Were Shepherds」と「And Lo! The Angel of the Lord」を14a・14bのように分ける資料があります。終結の「Worthy Is the Lamb」と「Amen」を別々に数える体系もあります。

このページでは、The Tabernacle Choirが示す「三部・53 movements」の考え方に合わせ、14a/14bを第14曲としてまとめ、最後の「Worthy Is the Lamb / Amen」を第53曲としてまとめています。そのため、54曲など別の番号体系と曲順を照合すると番号が1つ前後することがあります。

日本語でメサイア全曲を聴くと何が分かる?

原作は英語です。英語版ではヘンデルが母音や子音、語のアクセント、反復に合わせて書いた音楽と原文の結びつきを直接聴けます。日本語訳詞で歌う演奏では、聖書の意味や場面転換を耳からすぐ追いやすく、「預言→降誕→受難→復活→死への勝利」という構成がつかみやすくなります。

日本で《メサイア》が受容された歴史は明治期の部分演奏までさかのぼり、1920年代半ばには第1部から第3部までを含む通し演奏が本格化しました。研究では、原語だけでなく日本語訳詞による演奏も行われるようになったことが確認されています。日本語で聴くことは、53曲を「有名曲の集まり」ではなく、聖書句が連鎖する一つの構成として理解する助けになります。

参考文献

Handel & Hendrix in London, “Learn About Handel”(作曲期間、ヘンデルの活動)

GFHandel.org / The Handel Institute, “Handel’s Messiah”(HWV 56、作曲・初演情報)

The Foundling Museum, “Messiah Libretto”(1742年ダブリン初演の台本、ジェネンズ)

The Tabernacle Choir, “Messiah in 53 Movements: Video and Commentary”(53曲体系、各曲の構成)

The Tabernacle Choir, “Messiah Oratorio Libretto with Scripture Links”(各曲の聖書出典)

津上智実「ヘンデルのオラトリオ《メサイア》の日本初演―その実態と成立の経緯―」『音楽学』68巻2号(2022)(日本での受容史)