「成金」「高飛車」「王手」は本当に将棋由来?史料でたどる9語の歴史

「成金」「高飛車」「王手」「詰んだ」など、将棋と結び付けて説明される日常語は数多くあります。辞書の古い用例を比べると、将棋の専門用法から比喩用法へ移った順序が追える語と、年代関係が未確定の語が分かれます。以下の年代は辞書が掲げる最古級の用例で、実際の成立時期はさらに古い可能性があります。

成金――1718年の将棋語から1766年の「金持ち」へ

「成金」は、将棋で歩が成って金将と同じ働きをする「成金」が元です。精選版『日本国語大辞典』は、将棋の用例として1718年の浄瑠璃『山崎与次兵衛寿の門松』を挙げています。歩を敵陣に進めて成らせる場面で「なり金」が使われています。

急に金持ちになった人を指す用例は、1766年の『川柳評万句合』に見えます。辞書に採られた用例では、将棋の意味が48年先行します。

第一次世界大戦期には、大戦景気で急速に財を築いた実業家が「大正成金」「戦争成金」と呼ばれました。国立国会図書館の「近代日本人の肖像」では、内田信也が1914年に内田汽船を設立し、戦争景気に乗って「船成金」となった人物として紹介されています。

王手――1603~04年の『日葡辞書』に見える将棋語

「王手」は、次の手で王将を取れる状態に追い込む手を指します。精選版『日本国語大辞典』は、将棋用法を1603~04年の『日葡辞書』までさかのぼらせています。

現代では「優勝に王手をかける」のように、最終的な勝利や達成まであと一歩の段階にも使います。デジタル大辞泉と精選版『日本国語大辞典』はいずれも比喩義を載せています。公開辞書では比喩義の初出年が示されておらず、一般化した時期は未確定です。

高飛車――将棋の「浮き飛車」と高圧的な態度

「高飛車」は、将棋では飛車を自陣の低い位置から前へ進出させた「浮き飛車」を指します。デジタル大辞泉と精選版『日本国語大辞典』は、この将棋義と、相手に高圧的な態度を取る比喩義を併記しています。

比喩義の古い用例として、精選版『日本国語大辞典』は1814年の式亭三馬『古今百馬鹿』を挙げています。一方、公開項目には将棋義の初出年が記されていません。将棋義の初出年が分からないため、専門語と比喩義の年代差は未確定です。

「詰んだ」――将棋義と一般語の「詰む」が重なる

将棋の「詰む」は、王将の逃げ道が完全になくなることです。精選版『日本国語大辞典』は、この用例を1633年の俳諧集『犬子集』に採っています。

同じ「詰む」には将棋以外の古い語義もあります。同辞書では「終局に至る、終わる」が1689年、「前方がつまる、行きづまる」が1908年の用例として収録されています。現代の「人生が詰んだ」「もう詰んだ」は将棋の終局感と近い一方、日本語の「詰む」が持ってきた複数の語義も重なります。

文化庁の令和4年度「国語に関する世論調査」では、全国16歳以上を対象に「どうしようもなくなった」という意味で「詰んだ」を使うかを尋ねています。有効回答3,579人のうち、「使うことがある」は30.5%でした。年齢別では若い層ほど使用割合が高い傾向が確認されています。

持ち駒――1914年の将棋用法から1960年代の比喩へ

「持ち駒」は、相手から取って手元に置き、必要なときに盤上へ打てる駒です。精選版『日本国語大辞典』は、将棋義の例として1914年の夏目漱石『こゝろ』を挙げています。

人や物を「必要なときに使える資源」に見立てた比喩義は、1960~62年の花田清輝『鳥獣戯話』が同辞書の初出例です。辞書収録例の順序では、将棋用法が先にあり、その後に人物や資源を指す比喩用法が現れます。

捨て駒――戦術から人や組織を表す言葉へ

将棋の「捨て駒」は、将来の利益を見込んで、駒損を承知で相手に取らせる駒を指します。デジタル大辞泉は、将棋義に加えて「全体のために使い捨てにされる人や組織」という比喩義を載せています。

精選版『日本国語大辞典』の公開項目では将棋義のみが示され、比喩義の最古級用例は確認できていません。軍事や政治、企業組織で使われる「捨て駒」が何年ごろ一般化したかは、公開資料の範囲では未確定です。

手駒――「持ち駒」と「自由に使える部下」

「手駒」も、現代の辞書では二つの意味を持ちます。将棋では手持ちの駒、比喩では自分の指示で動かせる部下や手下です。『福武国語辞典』系の辞書は、将棋義から「転じて」部下・手下を指す語として説明しています。

大型辞書の公開情報では、二つの語義の最古級年代をそろえて比較する材料が確認されておらず、成立年代は未確定です。

将棋倒し――『太平記』に見える「駒を倒す遊び」

「将棋倒し」の起点は、将棋の駒を少しずつ間隔をあけて一列に立て、端の駒を押して次々に倒す遊びです。日本大百科全書は、この遊びが『太平記』に見えると説明しています。

精選版『日本国語大辞典』も、『太平記』巻七の「将碁倒をする如く」という例を、遊びの意味の最古級用例として挙げています。人や物が次々と折り重なって倒れる比喩は、室町末から近世初期の狂言『首引』にも見えます。

一枚上手――辞書と研究論文は役者の看板に結び付ける

「一枚上手」は、相手より技量や駆け引きが一段上であることを表します。一般向けの語源紹介では、将棋の駒落ちと結び付ける説明も見られます。

一方、デジタル大辞泉は「役者が一枚上」という表現について、芝居の番付や看板で上位から役者名を記したことに由来すると説明しています。大阪大学の山口清美「英語類別詞と認知」でも、「一枚上手」を役者の看板の順番から転じて、役割や技量が上位にあることを示す表現として論じています。

「一枚上手」を将棋の駒落ちから生じたと確定する古い史料は未確認です。辞書と研究論文で確認できる材料は、役者の看板・番付との関係を支持しています。

参考資料・出典