2026年8月8日(土)・9日(日)、東京・水道橋の宝生能楽堂で「第十五回 七葉会」が開かれます。両日とも午前10時開演、入場無料。宝生流の七つの社中が集まり、弟子や愛好者が日頃の稽古の成果を披露する合同同門会です。
能一曲を最初から最後まで上演する会とは異なり、番組には仕舞、舞囃子、素謡、独吟、連吟、一調・独調が並びます。同じ曲が別の形式で再登場するため、舞、声、地謡、囃子の役割を実際の番組で比べられる二日間です。
30秒で分かる結論
- 七葉会は、同世代の宝生流シテ方能楽師7人が、弟子の発表の場を合同で設けたことから始まりました。
- 8月8日は仕舞・素謡・独吟・連吟が中心、9日は舞囃子・一調・独調も加わり、上演形式の違いがより明確になります。
- 『龍田』『草紙洗』『海人』『猩々』『鶴亀』『羽衣』などが複数の形式で登場し、同じ物語の焦点が声・舞・囃子によって変わります。
第十五回七葉会しちようかい2026の開催概要
- 日程:2026年8月8日(土)・9日(日)
- 開演:両日とも午前10時
- 会場:宝生能楽堂
- 入場:無料
- 公式日程の表記:七葉会(七葉會 主催同門会)
配布番組の表紙には、憲宝会(髙橋憲正)、澤風会(澤田宏司)、萬融会(亀井雄二)、尚月会(東川尚史)、篁風会(藪克徳)、飛雲会(内藤飛能)、朔月会(土屋周子)の七つの会が記されています。番組は縦書き冊子の右ページから左ページへ、各ページでは右列から左列へ進みます。
8月8日の番組
午前10時ごろの仕舞『嵐山』『天鼓』『殺生石』『半蔀クセ』『玉之段』から始まり、素謡『鶴亀』『枕慈童』、仕舞『猩々』『胡蝶』『高砂』『田村クセ』『葛城キリ』『経政キリ』『鉄輪』へ続きます。昼前後には独吟『朝長』『天鼓』『鞍馬天狗』、仕舞『熊野キリ』『巻絹キリ』『綱之段』『猩々』『加茂』、連吟『小鍛冶』、素謡『頼政』が置かれています。
午後は仕舞『野守』『熊野クセ』『羽衣キリ』、素謡『祇王』、連吟『井筒』、仕舞『三井寺』『鵜之段』『八島』、独吟『龍田』『藤栄』『胡蝶』『松風』、連吟『蝉丸』、素謡『海人』などが続きます。終盤は仕舞『花月キリ』『杜若キリ』『玉葛』『班女アト』『桜川』『通小町』『熊坂』、独吟『東北』を経て、午後5時ごろの番外仕舞『歌占クセ』『大江山』『邯鄲』と附祝言で結ばれます。
8月9日の番組
午前10時ごろの連吟『船弁慶』、仕舞『草薙』『経政キリ』『田村キリ』、連吟『猩々』、仕舞『草紙洗』、連吟『富士太鼓』で始まります。その後、仕舞『熊野クセ』『小歌』、舞囃子『龍田』『春日龍神』『田村』、素謡『忠信』『絃上』、仕舞『籠太鼓』『敦盛クセ』、連吟『草紙洗』、一調『蝉丸』へ続きます。
午後は仕舞『鶴亀』『天鼓』『忠度』、舞囃子『高砂』『桜川』『井筒』、独吟『葵上』『舎利』、素謡『海人』、多数の仕舞、連吟『玉葛』、独吟『女郎花』『富士太鼓』『高野物狂 道行』が並びます。終盤には舞囃子『通小町』『草紙洗』『海人』『源氏供養』、仕舞『枕慈童』『羽衣キリ』『小督』『田村クセ』『難波』『笹之段』『鵜之段』『班女』『熊坂』、独調『橋弁慶』、素謡『西王母』、連吟『百万』が続き、午後6時25分ごろの番外仕舞『西王母』『敦盛キリ』『葵上』と附祝言で締めくくられます。
時刻は番組に印刷された大きな区切りを基準にした目安で、進行により前後することがあります。
七葉会とは何か
七葉会は、同世代の宝生流シテ方能楽師7人が、各自の弟子を集めて発表できる場をつくろうと始めた合同の会です。東川尚史師の公式インタビューによると、当初は「合同浴衣会」の名で第5回まで開かれ、その節目に「七葉会」へ改称されました。
名の由来は、7人が自分たちを「まだ木ではなく葉である」と考え、七枚の葉を重ねたことにあります。東京藝術大学や内弟子時代から関係を重ねた同世代が、単独の社中では難しかった規模の発表会を共同で支えてきました。
宝生流と、番組に並ぶ上演形式
能の中心人物であるシテをはじめ、ツレ、子方、地謡、後見などを担当する流派をシテ方と呼びます。現在のシテ方には観世流・宝生流・金春流・金剛流・喜多流があり、宝生流はその一つです。大和猿楽四座の外山座を源流とし、江戸時代には徳川綱吉の後援や加賀藩との結びつきを得ました。重厚で堅実な芸風に加え、謡を大切にする「謡宝生」の伝統でも知られます。
能が日本音楽史の中で担った位置は日本音楽史まるわかりガイドで、能と狂言の違いや舞台の基本は能・狂言まるわかりガイドで詳しく紹介しています。

写真は国立能楽堂の能舞台で、宝生能楽堂の舞台写真ではありません。橋掛かり、地謡座、囃子方の位置関係など、能舞台全体の構造を知る資料として掲載しています。
仕舞・舞囃子・素謡
仕舞は能一曲の見せ場を、通常は面・本装束・囃子を用いず、舞手と地謡を中心に舞う形式です。舞囃子は地謡に笛・小鼓・大鼓・太鼓などの囃子が加わります。素謡は面・装束・舞・囃子を用いず、謡によって一曲またはまとまった場面を聴かせます。
独吟・連吟・一調・独調
独吟は一人が一節を謡い、声、節、詞章の運びが前面に出ます。連吟は複数人で謡い、声の重なりと息のそろい方が焦点になります。一調は一人の謡と一人の打楽器奏者が向き合う形式です。番組で「独調」と記された『橋弁慶』も、謡と打楽器の緊張した応答を聴かせます。
クセ・キリ・段・道行
クセは物語の背景や心情を比較的長く語り舞う中核部、キリは終曲部や最後の山場です。段は一曲中の独立性が高いまとまり、道行は地名を重ねながら旅の距離と心情を表す部分です。『熊野クセ』『敦盛キリ』『玉之段』『高野物狂 道行』という表記は、曲全体ではなく、その部分を取り出して演じることを示します。
初日11時55分までの演目を物語から予習
能の作品は、登場する役柄や曲趣によって五つに分ける「五番立」で整理されます。伝統的な分類名は、神が現れて天下泰平などを寿ぐ脇能物(一番目物)、戦死した武将の霊を中心とする修羅物(二番目物)、女性や優美な精霊を主人公とする鬘物(三番目物)、狂女・執念・神仏・中国故事など幅広い題材を含む雑能物(四番目物)、鬼・天狗・妖怪・霊獣などが力強く現れる切能物(五番目物)です。実際の番組では、この順序どおりに並ばない場合もあります。
嵐山 神物(脇能)
勅使が桜の名所・嵐山を訪れると、吉野から移された桜を守る木守・勝手の神が姿を現します。やがて蔵王権現も出現し、満開の桜とともに国土の平安を寿ぎます。静かな春景色から神々の力強い舞へ移る、華やかな祝祭曲です。
天鼓 雑能物(四番目物)
不思議な鼓を授かった少年・天鼓は、鼓を宮中へ差し出すよう命じられながら従わず、処刑されます。父の王伯が召されて鼓を打つと、初めて妙音が響きます。後半には天鼓の霊が現れ、父への思いと音楽への喜びを舞に託します。
殺生石 鬼物(切能)
那須野を訪れた僧が、近づく生き物を死なせるという石に出会います。石の正体は、鳥羽院を惑わせた美女・玉藻前に化けていた九尾の狐の執念でした。僧の供養によって石が割れ、狐の霊が本性を現したのち、悪心を改めて去ります。
半蔀(クセ) 女物(鬘物)
僧が夕顔の花を供養していると、一人の女性が現れ、五条あたりに住む者だと告げます。のちに半蔀を上げた粗末な家から夕顔の霊が現れ、光源氏との短い恋を回想します。クセでは、はかなく閉じた恋の記憶が優美な謡と舞に凝縮されます。
海人(玉之段) 女物(鬘物)
藤原房前の母である海女が、奪われた宝珠を龍宮から取り戻すため海へ潜ります。乳の下を切って珠を隠し、命と引き換えに我が子の将来を開きました。玉之段は、その決死の潜水と追手を逃れる緊迫した場面を、鋭い所作で描きます。
鶴亀 神物(脇能)
中国の宮廷で新春の節会が開かれ、鶴と亀が皇帝の長寿と治世の繁栄を祝って舞います。四季の花が咲き、月日が穏やかに巡る理想世界が描かれます。大きな事件よりも、めでたい景色と整った舞を味わう、晴れやかな祝言曲です。
枕慈童 雑能物(四番目物)
魏の皇帝の臣下が薬水の源を訪ねると、山中に若い姿の慈童が暮らしています。慈童は、菊の葉に経文を書いたところ、その露が不老長寿の霊水となり、七百年を生きてきたと語ります。菊、酒、長寿が結びつく、清らかな祝福の曲です。
猩々 鬼物(切能)
親孝行な高風は、夢のお告げに従って酒を売り、富を得ます。そこへ海中に住む酒好きの霊獣・猩々が現れ、酒を酌み交わして上機嫌に舞います。最後には、汲んでも尽きない酒壺を高風へ授けます。赤い装束と酔いの舞が鮮やかな祝言曲です。
胡蝶 女物(鬘物)
吉野から都へ来た僧が梅を眺めていると、女が現れます。女は、自分は蝶でありながら春の早い時期に咲く梅には縁が薄いと嘆き、供養を頼んで姿を消します。夜、蝶の精となって現れ、法華経の功徳に喜びながら花の間を優雅に舞います。
高砂 神物(脇能)
阿蘇の神主が高砂の浦を訪れると、松の木陰を掃く老夫婦に出会います。二人は高砂と住吉の松の精で、離れていても心を通わせる相生の松の徳を語ります。後半には住吉明神が現れ、和歌の繁栄、夫婦和合、天下泰平を祝って舞います。
田村(クセ) 男物(修羅物)
清水寺を訪れた僧の前に童子が現れ、寺の由来や春の景色を語ります。童子の正体は、征夷大将軍・坂上田村麻呂の霊でした。クセでは、花の清水寺の情景と観音の霊験が重なり、後半の鈴鹿山での鬼神退治へつながる英雄の記憶が語られます。
葛城(キリ) 女物(鬘物)
葛城山で雪に難儀する山伏を一人の女が宿へ導きます。女は、役行者に命じられた岩橋を完成できず、蔦で縛られた葛城の女神でした。キリでは女神が夜の闇に紛れて大和舞を舞いますが、夜明けとともに醜い姿を恥じ、再び岩戸へ隠れます。
経政(キリ) 男物(修羅物)
仁和寺で平経政を弔う管絃講が営まれると、琵琶の名手だった経政の霊が現れます。生前愛用した名器「青山」を懐かしみ、優雅な音楽に心を遊ばせますが、やがて修羅道の戦いがよみがえります。キリでは、音楽への執着と戦死者の苦しみが交錯します。
鉄輪 雑能物(四番目物)
夫に捨てられた女が、貴船明神へ丑の刻参りを続け、夫と新しい妻を呪おうとします。神託に従い、鉄輪を逆さに頭へ載せて鬼となった女は、陰陽師・安倍晴明の祈祷に立ち向かいます。嫉妬と悲しみが鬼の姿へ変わる過程が生々しく描かれます。
朝長 男物(修羅物)
源義朝の子・朝長は、平治の乱に敗れて東国へ落ちる途中、傷が悪化し、父の足手まといになることを恐れて自害します。旅僧の前に現れた霊は、宿の女とともに最期の様子を語ります。若い武将の覚悟と、残された者の哀惜が静かに響く曲です。
鞍馬天狗 鬼物(切能)
鞍馬寺の花見で、稚児たちから疎まれた山伏に、ただ一人、牛若丸が心を寄せます。山伏の正体は大天狗で、平家の子らに囲まれて孤独な牛若丸を励まし、兵法を授けます。後半では天狗の威力と兵法修行が力強く描かれ、源義経の未来を予告します。
熊野(キリ) 女物(鬘物)
熊野は、故郷で病む母のもとへ帰りたいと願いますが、主君の平宗盛は許さず、都の花見へ伴います。清水寺の桜の下でも母を案じる心は晴れません。キリでは、にわか雨に散る花を見て和歌を詠み、その哀切に動かされた宗盛から帰郷を許されます。
巻絹(キリ) 雑能物(四番目物)
熊野へ巻絹を届ける勅使が、道中で音無天神に和歌を手向けたため遅参し、縄で縛られます。そこへ巫女が神懸かりとなって現れ、男が詠んだ歌を言い当て、その潔白を示します。キリでは神霊の力が高まり、巫女が祝詞と舞によって熊野の神徳を表します。
土蜘蛛(綱之段) 鬼物(切能)
病に伏す源頼光の前へ怪僧が現れ、蜘蛛の糸を投げかけて襲います。正体は土蜘蛛の精でした。綱之段では、騒ぎを聞いて駆けつけた渡辺綱らが、頼光から怪異の様子を聞き、血の跡をたどって討伐へ向かいます。後半の激しい蜘蛛退治へつながる緊迫した場面です。
加茂 神物(脇能)
播磨国の神職が京都の賀茂社を訪れると、矢を祀る二人の女性に出会います。二人は、賀茂の神が誕生した神話を語って姿を消します。後半には御祖神と別雷神が現れ、舞と雷鳴によって神威を示します。賀茂社の由来と国土安穏を寿ぐ、清々しい神能です。
小鍛冶 鬼物(切能)
刀工・三条宗近は、帝から名剣を打つよう命じられますが、相槌を務める者がなく困り果てます。稲荷明神へ祈ると、童子が現れて名剣の故事を語り、後に狐の姿の明神となって相槌を打ちます。人の技と神の助けが一体となり、名刀「小狐丸」が完成します。
頼政 男物(修羅物)
旅僧が宇治を訪れると、老人が平等院へ案内し、扇の形に残る芝について語ります。老人の正体は、以仁王とともに平家打倒へ立ち上がり、宇治川の戦いに敗れた源頼政の霊でした。後半では合戦と自害の記憶を再現し、武将の無念と成仏への願いを語ります。
代表演目から見る物語の幅
神と祝言――『高砂』『鶴亀』『嵐山』『西王母』
『高砂』は相生の松を通して夫婦和合と長寿を寿ぎ、『鶴亀』は皇帝の御代を鶴と亀の舞で祝います。『嵐山』は吉野から移された桜を守る神々と蔵王権現が現れ、春の繁栄を示す曲です。『西王母』は不老長寿の桃をもたらす中国の仙女を描きます。二日間の冒頭や終盤に祝意の強い曲が置かれることで、発表会全体が晴れやかな枠組みに包まれます。
武将の記憶――『敦盛』『忠度』『経政』『頼政』『八島』
平家物語を題材にした曲では、戦の勝敗よりも、死者がこの世に残した執着や記憶が中心になります。『敦盛』は若くして討たれた平敦盛、『忠度』は歌人でもあった平忠度、『経政』は琵琶の名手として知られる平経政を描きます。『頼政』は宇治川の戦いで最期を迎えた源頼政、『八島』は屋島合戦を回想する源義経が主題です。仕舞や素謡では、人物の生涯を凝縮した一場面が際立ちます。
女性の執念と救い――『葵上』『鉄輪』『班女』『熊野』
『葵上』は『源氏物語』の六条御息所の生霊、『鉄輪』は夫に捨てられた女性の怨みを描きます。どちらも激しい執念を扱いますが、単純な怪談ではなく、感情に縛られた魂を祈りによって鎮める構造を持ちます。『班女』は恋人を待ち続ける女性、『熊野』は病む母を案じながら都の花見に伴われる女性を描き、舞と詞章の中に切実な心の揺れが表れます。
親子の別れと再会――『桜川』『三井寺』『百万』
『桜川』では子を失った母が桜の花をすくいながら嘆き、『三井寺』では母が鐘の音に導かれて我が子と再会します。『百万』も生き別れた子を求める母の物語です。能の物狂いは、理性を失った人物を見世物にする仕組みではありません。喪失や執着によって日常から外れた人物の心を、歌と舞によって可視化する表現です。
異界と変身――『殺生石』『野守』『舎利』『鞍馬天狗』
『殺生石』は人を害する石に封じられた妖狐、『野守』は鬼神が持つ鏡、『舎利』は仏舎利を奪う足疾鬼を描きます。『鞍馬天狗』では大天狗が少年時代の源義経を導きます。これらの曲では、後半に異形の存在が本性を現し、動きの大きな舞や囃子によって舞台の空気が一変します。
同じ曲でも上演形式で何が変わるか
七葉会の大きな見どころは、同じ曲を異なる形式で比較できる点です。『龍田』は8日に独吟、9日に舞囃子で登場します。独吟では紅葉の神を描く詞章と節が前面に出ますが、舞囃子では笛と鼓が加わり、秋の気配が身体の動きと音の流れとして広がります。
『草紙洗』は仕舞・連吟・舞囃子の三形式で登場します。小野小町が歌をめぐる濡れ衣を晴らす物語で、仕舞では小町の気品と所作、連吟では場面を支える声の重なり、舞囃子では機知に富む展開のリズムが際立ちます。
『海人』は素謡と舞囃子で上演されます。海女が我が子のために海中から宝珠を取り戻す物語は、素謡では語りの緊迫感と母の思いが中心になり、舞囃子では海中へ潜る場面や龍宮の幻想性が音と舞によって立ち上がります。
『猩々』は仕舞と連吟、『鶴亀』は素謡と仕舞、『羽衣』は仕舞と連吟で登場します。同じ詞章でも、一人の身体、複数の声、地謡と囃子の組み合わせによって印象が変わります。曲名だけでなく、番組に記された形式まで見ると、二日間の構成が一つの比較展示のように見えてきます。
よくある疑問
能を初めて見る人でも楽しめますか
一曲を通して上演する能公演よりも短い演目が続くため、舞、謡、囃子の違いをつかみやすい構成です。途中の演目からでも、それぞれの形式の特徴を味わえます。
「同門会」は玄人の公演と同じですか
同門会は主に弟子や愛好者が稽古の成果を披露する会です。七葉会の能楽師による玄人公演「七葉會」とは性格が異なります。
番外仕舞と附祝言とは何ですか
番外仕舞は各会の通常の出演枠とは別に置かれた仕舞で、芸術上の格を示す名称ではありません。附祝言は一日の最後に祝意を込めた謡で締める慣例です。今回の番組には附祝言の曲名は記されていません。
まとめ
第十五回七葉会は、七つの社中が一堂に会し、宝生流の稽古文化を二日間にわたって見せる合同同門会です。番組には神を寿ぐ曲、武将の記憶、親子の再会、女性の執念、異界の物語が並びます。それらを仕舞・舞囃子・素謡・独吟・連吟・一調という異なる形式で聴き比べられる点に、この会ならではの面白さがあります。
共通演目の物語と仕舞・クセ・キリの基礎は、全国宝生流学生能楽連盟(全宝連)2026の演目解説もあわせて読むと理解が深まります。
参考資料・参考文献
- 『第十五回 七葉会』配布番組、2026年
- 公益社団法人宝生会「公演スケジュール」
- 公益社団法人宝生会「宝生能楽堂」
- 公益社団法人宝生会「宝生流について」
- 宝生会公式note、東川尚史・亀井雄二インタビュー
- 公益社団法人能楽協会「能楽を知る」
- 日本芸術文化振興会「文化デジタルライブラリー」
- the能.com「演目事典」

