全国宝生流学生能楽連盟(全宝連)2026|演目と「仕舞・クセ・キリ」を初心者向けに解説

全国宝生流学生能楽連盟、通称「全宝連」は、宝生流の謡や仕舞、舞囃子などを学ぶ学生が、日頃の稽古の成果を舞台で披露する催しです。2026年は6月27日・28日の二日間、東京・水道橋の宝生能楽堂で開催されます。

この記事で扱うのは、6月28日の番組です。学校名や出演者名ではなく、演目の物語と「仕舞」「クセ」「キリ」などの能楽用語を中心に解説します。同じ演目が複数回登場するのも全宝連の面白さで、共通の型を土台にしながら、姿勢、速度、間、扇の扱いなどの違いを見比べられます。

午前10時から午後にかけて学生自演会があり、15時30分からは有料の能楽鑑賞会が行われます。開催日は全国宝生流学生能楽連盟自演会2026公式Xでも確認できます。

この記事の読み方

番組表に「クセ」「キリ」「後」と書かれていたら、能一曲のどの部分を取り出しているかを示しています。まず用語を確認し、その後で気になる演目の解説へ進むと、当日の舞台がつかみやすくなります。

宝生流とは?

能の中心人物であるシテをはじめ、ツレ、子方、地謡、後見などを担当する流派を「シテ方」と呼びます。現在のシテ方には、観世流・宝生流・金春流・金剛流・喜多流の五流があり、宝生流はその一つです。

宝生流は、大和猿楽四座のうち外山座を源流とし、祖は観阿弥の長兄とされる宝生大夫と伝えられます。江戸時代には、能を愛好した5代将軍徳川綱吉の後援を受け、加賀藩でも重んじられました。その歴史から、現在も東京と北陸に大きな基盤があります。

芸風は重厚で堅実と評されますが、力強さだけが特徴ではありません。「謡宝生」と呼ばれるほど謡にも特色があり、節を細やかに扱う優美さ、言葉を明瞭に運ぶ端正さも魅力です。宝生流を含むシテ方五流の成り立ちや特徴は、the能ドットコムの「入門・能の世界:シテ方」でも詳しく紹介されています。

番組を見る前に知っておきたい能楽用語

自演会

学生が日頃稽古している謡、仕舞、舞囃子、連吟などを、それぞれ独立した上演形式として披露する会です。「学生だけで能一曲を簡略上演する会」という意味ではありません。短い形式にも、それぞれ固有の構成と鑑賞のポイントがあります。

仕舞〔しまい〕

能一曲の中から、物語の核心や舞の見せ場となる短い部分を抜き出して舞う形式です。一般には能面や本装束、囃子を用いず、紋付袴姿の舞手と地謡を中心に演じます。単なる練習用の短縮版ではなく、型、姿勢、間、詞章を凝縮して鑑賞する独立した芸能です。

舞囃子〔まいばやし〕

能一曲の舞の見せ場を、地謡と笛・小鼓・大鼓・太鼓などの囃子を伴って演じます。能面や本装束を着けて物語全体を演じる能とは異なりますが、仕舞より音楽的な広がりを感じやすく、舞と囃子の緊張した掛け合いが魅力です。

連吟〔れんぎん〕

複数人が能の一部分を、舞を伴わず声で謡う形式です。詞章の意味だけでなく、節の運び、声の重なり、全員で息をそろえる感覚を聴きます。

能面、装束、シテ、ワキ、地謡、囃子方などをそろえ、物語全体を上演する形式です。今回の番組では、最後に『黒塚』が能一曲として上演されます。仕舞では見えにくい人物関係や前後の物語も、時間をかけて追えます。

クセ

能の中盤に置かれることが多く、物語の背景、過去の出来事、人物の心情を比較的長く語り舞う重要部分です。日常語の「癖」とは意味が違います。地謡に合わせてシテが舞う曲もあれば、座したまま進む曲もあるため、必ず激しく舞う場面とは限りません。

キリ

能の終曲部分、または最後の山場です。鬼との戦い、亡霊の消滅、修羅道の苦しみ、神仏による救済などが描かれることが多い一方、静かに余韻を残すキリもあります。

後〔のち〕

前場に対する後場のことです。中入りの後、シテが亡霊、鬼、神、精霊など本来の姿を現して再登場する場合が多くあります。『船弁慶 後』は静御前との別れを描く前半ではなく、船出後に平知盛の亡霊が現れる後半です。

段〔だん〕

一曲の中にある、独立性の高いまとまった場面です。『芦刈』の「笠之段」は、芦売りの男が笠を手に、難波の景色や笠にまつわる言葉を軽快に謡い舞う部分です。

シテ、ワキ、ワキツレ

シテは能の中心人物を演じる役です。『黒塚』では、前半の女と後半の鬼女を同じシテが演じます。ワキはシテと出会い、その物語や正体を引き出す役で、「重要でない脇役」という意味ではありません。ワキツレはワキに同行する人物です。

間・アイ〔あい〕

多くの場合は狂言方が担当し、前場と後場をつないだり、土地や物語の事情を説明したりします。『黒塚』では、山伏一行に同行する従者が、禁じられた部屋を覗くことで物語を大きく動かします。

後見〔こうけん〕

舞台後方に控え、装束を直す、小道具を渡す、舞台進行を助けるなどの役割を担います。舞台に出ない裏方ではなく、舞台上で上演を支える正式な役です。

地謡〔じうたい〕

舞台横に並ぶ合唱役です。風景、出来事、人物の心情を謡い、ときにはシテに代わって一人称の言葉も担当します。単なる背景音楽ではなく、物語を進める語り手でもあります。

四拍子〔しびょうし〕

  • :能管。鋭く抜ける音で、場面の空気や舞の流れを作ります。
  • 小鼓:肩に載せて打ち、掛け声とともに繊細な音色を作ります。
  • 大鼓:膝の上で打つ締めた鼓。乾いた強い音で舞台を引き締めます。
  • 太鼓:台に置いて撥で打ち、神・鬼・精霊が現れる曲などで大きな推進力を生みます。

囃子は舞の後ろで一定の拍を刻むだけではありません。舞手や地謡と互いに呼吸を読み、緊張関係を保ちながら舞台を進めます。

6月28日の学生自演会・演目解説

以下は、6月28日の番組に登場する演目を、原則として番組の流れに沿ってまとめたものです。同じ曲が複数回出る場合は、物語の説明を一つにまとめ、比較して見たいポイントを添えました。

嵐山〔あらしやま〕

番組での形式:仕舞。

吉野山から京都の嵐山へ移された桜を守る神々が現れ、春の盛りと国土の繁栄を祝う祝言曲です。蔵王権現の力強さと、山々へ春が広がるような華やかさが重なります。短い仕舞の中でも、堂々とした構えから祝福の気分が立ち上がるところに注目してください。

経政〔つねまさ〕

番組での形式:仕舞「キリ」。

琵琶を愛した平経政の亡霊が、ゆかりの寺で奏でられる音に引かれて現れます。優雅な公達である一方、死後は修羅道で戦い続ける武士でもあるという二面性が作品の核です。キリでは、戦う姿を人に見られることを恥じた経政が灯火を消し、闇へ消えていきます。激しい型の後に訪れる暗転を、動きの収まり方から想像してみてください。

生田敦盛〔いくたあつもり〕

番組での形式:仕舞「キリ」と舞囃子。

平敦盛の遺児が生田の森を訪れ、父の霊と初めて対面します。父子はようやく会えたのに、亡霊は夜明けとともに去らなければなりません。『敦盛』が熊谷直実と敦盛の関係を中心にするのに対し、『生田敦盛』は父と子の再会に焦点を当てます。仕舞では別れの余韻、舞囃子では音楽に押し広げられる感情の波を比べられます。

敦盛〔あつもり〕

番組での形式:仕舞「クセ」。

一ノ谷で敦盛を討った熊谷直実は出家して蓮生法師となり、敦盛を弔います。現れた敦盛の亡霊は、平家一門の優雅な日々と自らの最期を語ります。クセでは、笛を愛する若武者の美しさと、戦争によって命を奪われる悲惨さが対照的に描かれます。扇や視線が、宴の記憶から戦場へどう切り替わるかが見どころです。

熊野〔ゆや〕

番組での形式:仕舞「クセ」。複数回上演。

故郷で病む母のもとへ帰りたい熊野は、主人の平宗盛に引き留められ、清水寺の花見へ同行させられます。桜、牛車、都の春という華やかな情景の中に、母を案じる悲しみが絶えず流れています。同じクセでも、姿勢の低さ、歩みの速度、静止の長さ、扇の開き方で、抑えた悲しみの表れ方が変わります。

芦刈〔あしかり〕

番組での形式:学生自演会は仕舞「キリ」。能楽鑑賞会では仕舞「笠之段」。

貧しさから妻と別れ、難波で芦を売って暮らす男と、夫を捜しに来た妻が再会する物語です。学生自演会のキリは、夫婦が和解し、明るい結末へ向かう部分。午後の「笠之段」は、再会前の芦売りの男が笠を使って軽快に謡い舞う見せ場です。同じ一曲から、喜劇味のある場面と幸福な結末が別々に取り出されます。

天鼓〔てんこ〕

番組での形式:仕舞。

天から降った不思議な鼓とともに生まれた少年・天鼓は、鼓を皇帝へ差し出すことを拒み、命を奪われます。父が鼓を打つと初めて音が鳴り、後半では天鼓の霊が現れて舞います。父の悲しみと、音楽によって死者が戻るような神秘性が重なります。音を目で見るつもりで、身体の弾みや扇の運びに注目すると楽しめます。

紅葉狩〔もみじがり〕

番組での形式:仕舞。複数回上演。

平維茂は山中の紅葉狩りの宴へ誘われますが、美しい女性の正体は鬼でした。前半の優雅な酒宴と、後半の鬼退治の激しさが鮮やかに対照をなします。仕舞では、強い構え、足拍子、扇を武器のように見せる扱い、動き出す前の「ため」に注目してください。複数の演者で速度感がどう変わるかも見比べどころです。

西王母〔せいおうぼ〕

番組での形式:仕舞。

中国の皇帝のもとへ、不老長寿を司る仙女・西王母が現れ、仙桃を献じて舞う祝言曲です。事件の解決を追う作品ではなく、長寿、平和、繁栄を舞台上に現すことが目的です。ゆったりした足運びや、空間を大きく使う扇の扱いから、宮廷と仙境の広がりを感じてみてください。

鶴亀〔つるかめ〕

番組での形式:仕舞。

古代中国の宮廷で、鶴と亀が皇帝の前に進み出て長寿を祝う作品です。筋の意外性より、宮廷儀礼の大らかさと祝言性を味わいます。安定した足運び、正面へ向ける姿勢、動きの端正な収まりが、祝いの場の格を作ります。

箙〔えびら〕

番組での形式:仕舞。

一ノ谷の合戦で、梶原景季が梅の枝を矢を入れる箙に挿して戦った故事を描きます。花を身につけた美しい武者と、命を争う激しい戦場の取り合わせが印象的です。勇壮さだけでなく、梅の香や色まで想像させる優美な型にも注目してください。

雲雀山〔ひばりやま〕

番組での形式:仕舞「クセ」。

中将姫は中傷によって父から殺害を命じられますが、侍従は姫を殺さず、雲雀山に隠して守ります。クセでは、山中での乏しい暮らしと、姫を守り続けた侍従の献身が語られます。派手な事件よりも、長い時間に耐える忠義と悲しみを、静かな姿勢の中から受け取る場面です。

女郎花〔おみなめし〕

番組での形式:仕舞。

秋草の女郎花にまつわる男女の悲劇です。恋への執着によって死後も苦しむ男女の霊が現れ、僧に供養を求めます。美しい秋草の名と、執着や地獄の苦しみとの落差が作品の深みです。柔らかな草花の情景から苦悩へ転じる身体の変化を見てください。

猩々〔しょうじょう〕

番組での形式:仕舞。

高風が中国の潯陽江のほとりに酒を用意して待つと、自らを「海中に住む猩々」と名乗る者が現れます。猩々は酒を飲んで舞い、いくら汲んでも尽きない酒壺を高風に与えます。猩々の住みかは海中で、姿を現して舞う場所が潯陽江のほとりです。酔いの楽しさを表しながら型が崩れない、祝言の舞として味わいましょう。

船弁慶〔ふなべんけい〕

番組での形式:仕舞「クセ」「キリ」と、後場を扱う舞囃子。

兄・源頼朝に追われる源義経が都を離れる物語です。前半では静御前との別れ、後半では船上に平知盛の亡霊が現れます。クセは静御前が義経との別れを惜しんで舞う場面。「後」は船出、嵐、知盛の出現を含む後半、キリは知盛が襲いかかり、弁慶の祈りによって退けられる最後の山場です。

一曲の中に、別れを受け入れようとする静けさと、荒海での激しい戦いがあります。同じ作品でも、クセでは抑えた感情、後・キリでは強い足拍子や大きな構えという、全く異なる身体表現を見られます。

融〔とおる〕

番組での形式:舞囃子。

京都・六条河原院の跡を訪れた僧の前に、源融の霊が現れます。融は自邸に海水を運ばせ、陸奥の塩竈を都に再現した風流人でした。月光、廃墟、失われた貴族文化への懐旧が作品を包みます。舞囃子では、囃子の広がりの中で月を見る所作や、過ぎ去った時間を惜しむ気分を味わえます。

田村〔たむら〕

番組での形式:舞囃子。

清水寺を訪れた僧の前に少年が現れ、寺の由来や桜の名所を案内します。その正体は坂上田村丸の霊です。前半の清水寺と桜の美しさに対し、後半では鈴鹿山での鬼神退治が語られます。舞囃子では、春の明るさと武将の力強さが音楽の中で切り替わる瞬間が見どころです。

海人〔あま〕

番組での形式:舞囃子。

藤原房前の母である海女が、息子を出世させるため龍宮から宝珠を取り戻し、命を落とす物語です。母の自己犠牲、海中への冒険、息子の供養による救済が大きな流れです。水中を進む緊張と、宝珠を得た喜び、命を失う痛みが、囃子の変化と舞の速度にどう現れるかを聴き見てください。

清経〔きよつね〕

番組での形式:仕舞「キリ」。

平清経は平家の将来に絶望して海へ身を投げ、その後、妻の夢に現れます。妻は形見だけを送った夫を責め、清経も自分の苦しみを理解しない妻を責めます。キリでは修羅道の戦いが再現され、最後は念仏によって救われます。夫婦の感情のすれ違いと、武者の激しい動きが一つの作品に共存します。

胡蝶〔こちょう〕

番組での形式:仕舞と連吟。

蝶の精は、早春に咲く梅とは季節が合わず、これまで縁がありませんでした。しかし法華経の功徳によって梅と結ばれ、喜びの舞を舞います。仕舞では蝶が舞うような身体の動き、連吟では詞章と声の重なりを楽しめます。同じ物語が、視覚中心と聴覚中心でどう変わるかを比べられる好例です。

山姥〔やまんば〕

番組での形式:仕舞「キリ」。

「山姥の山廻り」を得意とする芸能者が、本物の山姥に出会います。山姥は季節を問わず山々を巡り続ける存在として描かれ、単純な妖怪退治の物語ではありません。自然の果てしなさ、人生の苦労、終わりのない労働を感じさせます。キリでは、山々を巡る大きなスケールを限られた舞台上に作る動きが見どころです。

鞍馬天狗〔くらまてんぐ〕

番組での形式:仕舞。

鞍馬山で少年・牛若丸に大天狗が出会い、兵法を授けます。後の源義経の活躍を予告する英雄誕生譚です。牛若の軽快さに対し、大天狗は舞台を包むような大きく力強い動きを見せます。仕舞では、とりわけ大天狗の威厳と、未来を見通すような視線に注目してください。

黒塚〔くろづか〕

番組での形式:学生自演会は仕舞、能楽鑑賞会は能一曲。

旅の山伏一行が安達原の一軒家に泊まり、家の女から奥の部屋を見ないよう告げられます。ところが従者が部屋を覗くと死体が積まれており、女の正体が鬼女だったと分かります。

仕舞『黒塚』は、主に後半の鬼女との対決を短く凝縮します。能『黒塚』では、孤独な女との会話、糸繰り、禁断の部屋、正体の発覚、鬼女との対決までを通して見られます。前半で同情した女を、後半には恐れなければならない構造が重要です。「孤独な人間」と「人を襲う鬼女」のどちらが本当の姿なのか、簡単には決められない曖昧さも残ります。

草紙洗〔そうしあらい〕

番組での形式:舞囃子。

宮中の歌合で、大伴黒主は小野小町を陥れようと、小町の歌を古い歌集へ書き加えて盗作だと訴えます。小町が草紙を水で洗うと、後から加えられた墨だけが消え、無実が証明されます。平安時代の法廷劇、推理劇のような面白さがある作品です。舞囃子では、疑いを晴らした小町の晴れやかさを、明快な舞と音楽から感じられます。

橋弁慶〔はしべんけい〕

番組での形式:舞囃子。

五条橋で武蔵坊弁慶と牛若丸が戦い、弁慶は牛若の技量に感服して家来となります。牛若の素早く軽快な動きと、弁慶の豪快な動きの対照が見どころです。舞囃子では、橋上の距離感や斬り合いを、実際の舞台装置をほとんど使わずに作り出す型の力を味わえます。

能楽鑑賞会の演目

学生自演会の後、15時30分から能楽鑑賞会が行われます。番組は、仕舞『笠之段』、仕舞『杜若』クセ、仕舞『俊成忠度』キリ、仕舞『枕慈童』、能『黒塚』です。短い仕舞で型の凝縮を見た後、最後に能一曲を通して鑑賞できる構成です。

笠之段〔かさのだん〕

形式:仕舞。『芦刈』の中の一段。

『芦刈』全体は、貧しさから別れた夫婦が難波で再会する物語です。その中の「笠之段」では、芦売りの男が笠を使いながら、難波の風景やさまざまな笠を軽快に謡い舞います。物語全体の悲哀から少し離れ、言葉遊びと小道具の扱いを集中して楽しめるのが、一段だけを取り出して見る面白さです。

杜若〔かきつばた〕クセ

形式:仕舞「クセ」。

三河国八橋で、僧が杜若の精と出会います。舞台の背景には『伊勢物語』と在原業平があり、八橋で詠まれた「かきつばた」の五文字を各句の頭に置く和歌も物語に重なります。クセでは、業平の旅や恋の記憶が和歌を介して語られます。花の精の話でありながら、人間の恋と文学の記憶が幾重にも折り重なる場面です。

俊成忠度〔しゅんぜいただのり〕キリ

形式:仕舞「キリ」。

平忠度を討った岡部六弥太が、忠度の辞世の歌を、和歌の師である藤原俊成へ届ける物語です。忠度は武将であると同時に、歌を後世へ残したいと願う歌人でした。キリでは戦場の激しさと、名ではなく和歌によって記憶されたいという思いが重なります。

枕慈童〔まくらじどう〕

形式:仕舞。

中国の皇帝の臣下が霊水を求めて山へ入り、不老の少年・慈童に出会う物語です。慈童は、皇帝から授けられた経文を菊の葉に記し、その露を飲んで長い年月を生き続けています。不老長寿、仙境、浮世離れした舞が見どころです。曲名は宝生流の番組表記に合わせて『枕慈童』とします。流派によっては『菊慈童』の名で上演されます。

能『黒塚』

能一曲では、前半の女の孤独、山伏との会話、糸繰り、禁じられた部屋、正体発覚、後半の鬼女との対決までを通して見られます。

シテは前半の女と後半の鬼女を演じ分け、ワキの山伏は女の身の上を聞き、後に祈りによって鬼女へ対抗します。ワキツレは山伏に同行し、間の従者は禁じられた部屋を覗いて物語を転換させます。後見は装束や進行を舞台上で支え、地謡は女の心情や情景を語り、囃子方は静かな糸繰りから鬼女の出現へ、舞台の温度を大きく変えていきます。

仕舞で見た鬼女の対決が、能一曲ではどのような人間の物語から生まれるのか。前半の静けさが長いほど、後半の恐ろしさが深く感じられます。

同じ演目でも、上演形式によってここまで違う

『船弁慶』

クセ:静御前が義経との別れを惜しむ、静かな前半。

後・キリ:船出後、平知盛の亡霊が襲う激しい後半。

『黒塚』

仕舞:鬼女との対決を短く凝縮し、強い型を集中して見る。

能:孤独な女が鬼女として正体を現すまでの全過程を見る。

『胡蝶』

仕舞:蝶の飛翔や喜びを身体の動きから味わう。

連吟:詞章、節、複数の声の重なりを聴く。

『芦刈』

笠之段:芦売りの男による軽快な笠の舞。

キリ:夫婦再会後、明るい結末へ向かう部分。

初心者はどこに注目すればよい?

  • あらすじを完全に覚えていなくても大丈夫です。まず「誰が、何を思っている場面か」だけ押さえましょう。
  • 足の運び、扇の向き、姿勢、静止している時間に注目すると、動きの少なさが表現の豊かさに変わります。
  • 同じ演目が繰り返されるときは、演者ごとの速度、間、構え、視線の違いを見比べてください。
  • 仕舞では、わずかな動きが海、山、戦い、涙など何を表しているのか想像します。
  • 舞囃子では、舞が囃子に合わせるだけでなく、互いに押し引きしている掛け合いを聴きます。
  • 連吟では、言葉の意味だけでなく、複数の声が一つの流れを作る響きを楽しみます。
  • 能『黒塚』では、前半の静けさと後半の激しさの落差を見てください。
  • 分からない部分があっても、舞台の雰囲気、謡の響き、型の美しさから楽しんで構いません。

まとめ

全宝連は、学生の技量だけを評価する場ではありません。宝生流の多彩な演目と、仕舞、舞囃子、連吟、能という異なる上演形式に、同じ一日の中で触れられる機会です。

同じ演目が何度も登場するからこそ、型を共有しながら生まれる個性を比較できます。午後の能楽鑑賞会まで見ると、仕舞が一曲の見せ場をどれほど濃く切り出しているか、そして能一曲では前後の物語がどれほど人物像を深くするかを実感できます。

能を初めて見る人にとっても、「物語」「上演部分」「型」「音」の四つを意識するだけで、舞台はぐっと見やすくなります。すべてを理解しようとせず、まず気になった一曲から楽しんでみてください。

参考資料・参考文献

  1. 公益社団法人 宝生会「宝生能楽堂スケジュール」
  2. 公益社団法人 宝生会「宝生流を知る」
  3. 公益社団法人 能楽協会「曲目データベース」
  4. the能ドットコム「入門・能の世界:シテ方」
  5. the能ドットコム「入門・能の世界:シテ方以外の役方」
  6. the能ドットコム「入門・能の世界:型」
  7. the能ドットコム「入門・能の世界:謡」
  8. the能ドットコム「能楽用語事典:舞囃子」