2026年7月5日(日)19時から、ゆる歴史散歩会では「毎年恒例せたがやホタル祭りとサギ草市にいこう✨」を開催しました。参加者は12人。会場は世田谷区世田谷一丁目の世田谷代官屋敷とその周辺です。夜のボロ市通りに提灯が灯り、ホタル、サギ草、代官屋敷、郷土資料館を一度に楽しめる、夏らしい歴史散歩になりました。
今回の街歩きの面白さは、単にお祭りを楽しむだけでなく、世田谷という地域の古い行政拠点、冬の名物であるボロ市の歴史、区の花サギソウにまつわる伝説、そしてホタルの生態までを、夜の会場でまとめて体験できる点にあります。歴史初心者の方でも、実物を見ながら歩くことで「身近な場所にもこんなに多くの物語があるのか」と感じやすいルートでした。

世田谷区世田谷一丁目と上町周辺
今回歩いたのは、東急世田谷線の上町駅・世田谷駅に近い世田谷一丁目周辺です。現在は住宅地と商店、公共施設が並ぶ穏やかなエリアですが、江戸時代には彦根藩世田谷領を治める代官の役宅が置かれ、地域行政の中心でもありました。世田谷区立郷土資料館は、世田谷代官屋敷の敷地内にあります。
世田谷区公式サイトによると、世田谷代官屋敷は「江戸時代中期以来、彦根藩世田谷領20ヵ村の代官を世襲した大場家の役宅」で、国指定重要文化財・東京都史跡に位置づけられています。現存する大場家住宅主屋と表門は、近世中期の上層民家の姿をよく残す建造物として、住宅建造物では都内初の国重要文化財に指定されました。

この地域の歴史――代官屋敷、ボロ市、そして夏の祭り
世田谷代官屋敷は、大場家住宅とも呼ばれます。江戸時代の代官屋敷というと、年貢や訴訟を扱う役所のような場所を想像しがちですが、ここでは住居と地域支配の場が重なっていました。茅葺の主屋と表門が残ることで、江戸近郊の村を治めた人々の暮らしと仕事の両方を、いまも具体的に想像できます。
この一帯を語るうえで欠かせないのが、冬の風物詩「世田谷のボロ市」です。世田谷区公式サイトでは、現在のボロ市の代官行列について、江戸時代の市町見廻りをしのぶものとして紹介しています。市町の開催時、代官は火の元警備と市の監督のために市場内を見廻ったとされ、その記憶が地域行事として受け継がれてきました。観光情報では、ボロ市は1578年に北条氏政がこの地に楽市を開いたことに始まり、400年以上の歴史をもつ伝統行事と説明されています。
つまり今回の「せたがやホタル祭りとサギ草市」は、夏のイベントでありながら、会場そのものは世田谷の政治・文化・商いの歴史が折り重なる場所です。代官屋敷を見て、ボロ市通りを歩き、郷土資料館に立ち寄ることで、世田谷の歴史が一つの線でつながって見えてきます。
案内ページの基本情報
世田谷区公式ホームページの案内は、公開後に更新・削除される可能性があるため、当記事にも基本情報を記録しておきます。
「せたがやホタル祭りとサギ草市」
日程:2026年7月4日(土)・5日(日)16時〜21時
ホタル観賞:両日17時開始、20時45分頃に並び終了
会場:世田谷代官屋敷(世田谷1-29-18)およびその周辺
入場無料。サギ草の生育状況や天候により、内容が変更または中止となる場合あり。
また、世田谷区立郷土資料館の季節展「ホタルとさぎ草伝説」は、2026年6月27日(土)から7月19日(日)まで開催され、7月4日・5日は地域行事に合わせて午後9時まで開館していました。展示では、映画「さぎ草物語」で使用された江口準次氏の原画、さぎ草伝説に関わる資料、ホタルの一生を紹介する生態模型などが紹介されていました。
今回歩いたルート
会場に着くと、まず日本酒からスタート
19時に集合して会場へ向かうと、最初に反応が大きかったのは日本酒でした。参加者12人のうち5人がさっそく日本酒を楽しむ流れになり、今回の散歩会は一杯のお酒からゆるやかに始まりました。夜の祭りらしく、通りには人が多く、会場のあちこちから明るい声が聞こえてきます。


サギ草エリアへ――初めて見る人にも分かりやすい花
日本酒を楽しんだあとは、サギ草エリアへ進みました。サギ草を初めて見る参加者も多く、花の形を見て「本当にサギみたい」と感じやすいのが印象的でした。白く細い花弁が翼を広げた鳥のように見えるため、名前の由来を説明されなくても直感的に分かります。植物に詳しくない人でも楽しめる、歴史散歩向きの題材でした。
世田谷代官屋敷の前でホタル鑑賞の列へ
ホタル鑑賞の列は長く見えましたが、少しずつ進み、20分ほどで入ることができました。並んでいる間も参加者同士で話しながら待っていたので、体感としてはあっという間でした。会場は自然の川辺ではなくテントの中ですが、その分、近い距離でホタルを見られるのが魅力です。ホタルを初めて見た参加者はもちろん、見たことがある人にとっても、日常的に見られる生き物ではないため、光の小ささや動きに改めて惹きつけられました。



夜間公開の世田谷区立郷土資料館へ
ホタル鑑賞のあとは、この日特別に夜間公開されていた世田谷区立郷土資料館へ向かいました。展示室では、世田谷の歴史展示と季節展「ホタルとさぎ草伝説」をみんなで見学。古代から近世、近代にいたる地域の資料を見ていくと、普段歩いている街の下に、長い時間の積み重なりがあることが実感できます。
「知らないことばかりで、身近なところにこんなにたくさんの歴史があることに驚いた」という感想もありました。サギ草伝説を初めて知った人も多く、夜の祭りから郷土資料館へつながる流れは、まさに「東京の歴史を歩いて学ぶ」散歩会らしい時間でした。




サギ草とは――世田谷区の花になった白いラン
サギ草はラン科の植物で、白鷺が翼を広げたような純白の花を咲かせます。世田谷区公式サイトでは、サギソウは青森と北海道を除く日本各地の低地の日当たりのよい湿地に自生する植物と説明されています。一方で、低地の開発によって自生地は大きく減り、現在は準絶滅危惧種に指定されています。
世田谷区では、サギソウは1968年(昭和43年)に公募で「区の花」に制定されました。かつては区内にも多く自生し、サギソウにまつわる伝説も残っていますが、現在は区内で自生していないとされています。九品仏浄真寺の区立「鷺草園」やフラワーランド(瀬田農業公園)などで、開花期に見られるよう整えられています。
今回のようなサギ草市は、単なる花の販売や展示にとどまらず、世田谷が失ってしまった湿地の記憶や、地域のシンボルとして花を守り伝える活動にも触れられる機会です。
サギ草伝説の要約――奥沢城と常盤姫の物語
郷土資料館の季節展では、世田谷に残るサギ草伝説も紹介されていました。展示パネルによると、物語は世田谷城主・吉良頼康と、奥沢城主・大平出羽守の娘である常盤姫をめぐる伝承として語られます。頼康に迎えられた常盤姫は寵愛を受けますが、周囲の嫉妬や疑いに巻き込まれ、悲劇へ進んでいきます。
伝説では、常盤姫が頼康へ思いを託す場面で白鷺が重要な役割を果たします。白鷺、常盤姫、奥沢の地、そしてのちに咲いたサギ草が結びつき、花の形と悲しい物語が重なって伝えられてきました。史実としてそのまま受け取るというより、世田谷城・奥沢城の記憶、地名、寺社、花のイメージが重なりながら、地域の人々に語り継がれてきた伝説と考えると分かりやすいです。
展示パネルにも、一般に「鷺草物語」の名で親しまれるこの物語は、江戸中期以降に成立したと考えられること、後世になって常盤塚や常在寺の開基などと結びつき、「史実」のように語られる面を持つことが説明されていました。今回の散歩会では、花そのものを見たあとに伝説を読むことで、サギ草が単なる植物ではなく、世田谷の記憶を背負った存在として感じられました。

ホタルの生体――光る理由と一生
ホタルと聞くと、夜に成虫が光る姿を思い浮かべますが、展示では卵、幼虫、蛹、成虫という一生が紹介されていました。ゲンジボタルの場合、幼虫は水中で生活し、カワニナなどを食べて成長します。その後、上陸して土の中で蛹になり、成虫として夜に光ります。成虫の発光は、相手を見つけるための合図としてよく知られています。
環境省のホタルに関する子ども向け資料では、ホタルはそれぞれの地域の環境と結びついて生きているため、別の場所に移したり持ち込んだりすることは避けるべきだと説明されています。ゲンジボタルにも地域差があり、発光間隔などが異なることから、保全では「その土地のホタル」を大切にする視点が必要です。
今回の会場は自然の川ではなく鑑賞用のテントでしたが、近くで見られたからこそ、ホタルが小さな体で発する光の不思議さをじっくり感じられました。自然の中でのホタル観察とは違う形ですが、ホタルの生態や環境を学ぶ入口として、とても分かりやすい体験でした。

まとめ
今回の「毎年恒例せたがやホタル祭りとサギ草市にいこう」は、夏祭りのにぎわい、日本酒、サギ草、ホタル、世田谷代官屋敷、郷土資料館の展示が一つにつながる、読み応えのある歴史散歩になりました。夜の会場を歩くだけでも楽しいイベントですが、代官屋敷やボロ市の歴史を知ると、この場所が長く地域の中心であり続けてきたことが見えてきます。
サギ草を初めて見た人も、ホタルを初めて見た人も、すでに知っていた人も、それぞれに新しい発見がありました。東京の街歩きは、遠くの観光地へ行かなくても、身近な場所に残る歴史や自然の記憶を見つけられるのが魅力です。
ゆる歴史散歩会では、東京周辺の歴史スポットや文化施設を、初心者にも分かりやすく巡る街歩きイベントを開催しています。一人参加の方も多く、歴史に詳しくない方でも気軽に参加しやすい雰囲気です。

