チョコレートの世界史|カカオから植民地・産業革命・フェアトレードまで

チョコレートは、いまではコンビニやスーパーで気軽に買える、とても身近なお菓子です。疲れたときに一粒食べる、コーヒーと一緒に楽しむ、バレンタインに贈る。日本の暮らしの中にも、チョコレートはすっかり入り込んでいます。

しかし、その一枚の板チョコの背後には、思った以上に長い世界史があります。カカオを重んじたメソアメリカの人々、スペイン帝国、砂糖と植民地、産業革命、ヨーロッパとアメリカの菓子企業、西アフリカのカカオ農家、そして児童労働や森林破壊、フェアトレードの問題まで、チョコレートは多くの歴史をつないでいます。

この記事では、チョコレートを「甘いお菓子」としてだけでなく、世界史・経済史・技術史・食文化史が交差する存在として見ていきます。読み終えるころには、チョコレート売り場で見る原材料、産地、認証マーク、ブランド名の意味が、少し違って見えるはずです。

30秒でわかる結論

  • チョコレートの出発点は、現在のような甘い板チョコではなく、カカオを使った飲み物や儀礼の文化でした。
  • マヤやアステカなどのメソアメリカ社会では、カカオは飲み物、贈答、身分、儀礼、交換価値と結びついていました。
  • スペインによるアメリカ大陸征服後、カカオはヨーロッパへ伝わり、砂糖や香辛料と結びついて上流階級の飲み物になりました。
  • チョコレートが甘く広まる背景には、砂糖のプランテーション、植民地支配、奴隷制、大西洋交易がありました。
  • 19世紀の産業革命と機械化により、飲むチョコレートは、食べる板チョコやミルクチョコレートへ変化しました。
  • 現代のカカオ生産は西アフリカ、とくにコートジボワールとガーナに大きく依存しています。
  • 児童労働、低所得、森林破壊、気候変動などの課題がある一方、フェアトレード、認証制度、トレーサビリティ、Bean to Barなどの改善の動きも広がっています。

まず、チョコレートとは何か

チョコレートの歴史を理解するには、まず「カカオ」「ココア」「チョコレート」という言葉を分けて考える必要があります。日本語では何となく同じもののように使われますが、世界史の中では意味が少しずつ違います。

用語 意味 歴史を見るポイント
カカオ カカオの木、またはその実・種子を指す言葉です。 メソアメリカの飲料文化や儀礼、現代の農業・産地問題と関係します。
カカオ豆 カカオの実の中にある種子を発酵・乾燥させたものです。 チョコレートの原料であり、交易品としても重要でした。
カカオマス カカオ豆を焙煎してすりつぶしたペースト状の原料です。 ここからココアバターやココアパウダーが分かれます。
ココアバター カカオ豆に含まれる脂肪分です。 なめらかな固形チョコレートを作るうえで重要です。
ココアパウダー カカオマスから脂肪分を一部取り除き、粉にしたものです。 19世紀のココアプレスの発明で広く使いやすくなりました。
チョコレート カカオ由来の原料に、砂糖、乳製品、香料などを組み合わせた食品です。 時代によって、飲み物、薬、嗜好品、お菓子、贈答品など姿を変えました。

つまり、チョコレートとは単に「甘いお菓子」ではありません。カカオ豆を加工し、人間が好む味、香り、形に作り替えた文化的な食品です。そして、その作り替え方は、時代・地域・技術・交易のあり方によって大きく変わってきました。

全体像|チョコレートの歴史を一本の流れで見る

時代 主な舞台 チョコレートの姿 世界史とのつながり
古代〜16世紀 メソアメリカ カカオ飲料、儀礼、贈答、交換価値 マヤ、アステカなどの社会と宗教・権威
16〜17世紀 スペイン、ヨーロッパ宮廷 砂糖や香辛料を加えた飲み物 征服、植民地、宮廷文化
17〜18世紀 カリブ海、南米、ヨーロッパ 甘い高級飲料 砂糖プランテーション、奴隷制、大西洋交易
19世紀 オランダ、イギリス、スイス ココア、板チョコ、ミルクチョコ 産業革命、機械化、都市化、大量生産
20世紀 欧米、日本 大衆向け菓子、広告商品、贈答品 企業、流通、広告、戦争、消費文化
21世紀 西アフリカ、世界市場 グローバル商品、認証商品、Bean to Bar 児童労働、農家所得、森林破壊、フェアトレード

この流れを見ると、チョコレートの歴史は「メソアメリカの飲み物が、ヨーロッパで甘くなり、産業革命で固形化し、グローバル市場で大量消費されるようになった歴史」と整理できます。

チョコレートの原点はメソアメリカにある

チョコレートの原点は、現在のメキシコ南部から中米に広がるメソアメリカの文化にあります。カカオの起源そのものについては、南米北部やアマゾン流域を含む考古学・植物学上の議論がありますが、カカオを飲み物・儀礼・身分・交換価値と結びつけ、世界史上はっきり見える文化に育てた重要な舞台がメソアメリカでした。

スミソニアンの解説では、カカオはメソアメリカで栽培され、マヤやアステカの社会で非常に高く評価されたと説明されています。カカオ豆は多くの地域で交換手段、つまり通貨のようにも使われました。単なる食材ではなく、価値を持つもの、贈るもの、支配者や神々と結びつくものだったのです。

オルメカについては文字資料が残っていないため断定には注意が必要ですが、出土した容器にカカオ由来の成分が見つかっており、紀元前2千年紀から紀元前1千年紀にかけてカカオを飲料や粥のような形で使っていた可能性が指摘されています。

マヤやアステカの人々が飲んだカカオ飲料は、現在の甘いホットチョコレートとはかなり違いました。すりつぶしたカカオに水を加え、唐辛子、トウモロコシ、バニラ、花、香辛料などを組み合わせることがあり、泡立てて飲むこともありました。砂糖をたっぷり入れたデザート飲料ではなく、苦味や香り、刺激を持つ特別な飲み物でした。

ここで大切なのは、チョコレートの歴史を「ヨーロッパ人が発見したお菓子の歴史」として始めないことです。カカオは、ヨーロッパに渡る前から、メソアメリカの人々によって長く意味づけられていました。後のヨーロッパは、その文化を取り込み、砂糖や植民地交易の仕組みの中で別の形へ変えていったのです。

スペイン征服と、カカオのヨーロッパ伝来

16世紀、スペインはアメリカ大陸へ進出し、アステカ帝国を征服しました。その過程で、スペイン人はカカオ飲料に出会います。コロンブスやコルテスをめぐる逸話はよく語られますが、どの人物がどの時点でヨーロッパ普及の決定的な役割を果たしたのかは、資料によって語られ方に差があります。したがって、ここでは「スペイン人がメソアメリカのカカオ文化を知り、16世紀以降ヨーロッパへ持ち込んだ」と慎重に理解するのがよいでしょう。

スペイン人にとって、カカオ飲料は最初から親しみやすい味ではありませんでした。苦く、油分があり、泡立ち、唐辛子なども加わる飲み物だったからです。しかし、スペイン側はそこに砂糖、シナモン、バニラなどを加え、ヨーロッパの味覚に合う飲み物へ変えていきました。

こうしてチョコレートは、スペイン宮廷や修道院、貴族の間で珍しい飲み物として広まります。のちにはフランス、イタリア、イギリスなどにも伝わり、ヨーロッパ上流階級の社交文化に入っていきました。17世紀以降のヨーロッパでは、コーヒー、茶、チョコレートという新しい嗜好飲料が、都市生活や社交の場を変えていきます。

同じように、飲み物が宗教・帝国・都市文化と結びついた例としては、当サイトのコーヒーの世界史でも詳しく紹介しています。コーヒーとチョコレートは味も産地も違いますが、どちらも「遠い地域の植物が、交易と都市文化を通じて世界商品になった」という点でよく似ています。

砂糖と植民地が、チョコレートを甘くした

私たちが思い浮かべるチョコレートの甘さは、カカオだけでは生まれません。チョコレートを甘くしたのは砂糖です。そして砂糖の歴史は、植民地支配、プランテーション、奴隷制と深く結びついていました。

ヨーロッパ人はサトウキビを大西洋世界へ広げ、カリブ海や南米のプランテーションで砂糖を大量生産しました。スミソニアンの砂糖交易の解説が示すように、カリブ海や南米のサトウキビ農園は大きな利益を生みましたが、その中心には大西洋を越えて強制的に移送された多くの奴隷労働がありました。

チョコレートは、カカオだけでは現在の味になりません。カカオをヨーロッパ向けに飲みやすくし、のちに大衆向けの甘い菓子へ変えたのは、砂糖の存在でした。つまり、チョコレートの世界史は「カカオの歴史」であると同時に「砂糖の歴史」でもあります。

ここで見えてくるのは、甘さの背後にある不均衡です。ヨーロッパの宮廷や都市で楽しむ人々がいる一方で、カカオや砂糖を作る場所では、植民地支配や強制労働がありました。チョコレートを悪者にする必要はありません。しかし、甘い食べ物がどのような労働と交易の上に成立したのかを知ることは、世界史を理解するうえでとても大切です。

産業革命が「飲むチョコレート」を「食べるチョコレート」に変えた

長い間、チョコレートは主に飲み物でした。現在のような板チョコが当たり前になるには、19世紀の技術革新が必要でした。ここで重要なのが、ココアプレス、食べるチョコレート、ミルクチョコレート、コンチングという4つの転換点です。

人物・企業 出来事 意味
1828年 ヴァン・ホーテン家 油脂分を分離するココアプレスが特許化される ココアパウダーとココアバターの利用が進み、飲み物も固形化も作りやすくなりました。
1847年 J. S. Fry & Sons 現在の板チョコに近い食べるチョコレートを製造 チョコレートが「飲むもの」から「食べるもの」へ大きく近づきました。
1875年 ダニエル・ペーター、ネスレ 練乳を使ったミルクチョコレートの開発 苦味の強いチョコレートが、よりまろやかで大衆に親しみやすい食品になりました。
1879年 ロドルフ・リンツ コンチング技術を発明 チョコレートのざらつきが減り、なめらかな口どけが実現しました。

1828年、オランダのヴァン・ホーテン家は、カカオマスからココアバターを取り除くココアプレスを発展させました。これによって、脂肪分の多い重い飲み物だったチョコレートは、粉末ココアとして扱いやすくなります。同時に、取り出されたココアバターは、なめらかな固形チョコレートを作る重要な材料になりました。

1847年、イギリスのFry社は、ココアパウダー、砂糖、ココアバターを組み合わせ、現在の板チョコに近い「食べるチョコレート」を作りました。ここでチョコレートは、飲み物中心の高級嗜好品から、固形で持ち運べる菓子へ変わり始めます。

さらにスイスでは、ダニエル・ペーターがネスレの練乳を使い、ミルクチョコレートを生み出しました。ロドルフ・リンツは1879年にコンチングを発明し、チョコレートを長時間練り上げることで、香りとなめらかさを高めました。これらの技術がそろって、現代のチョコレートらしい食感と味が形作られていきます。

産業革命の意味は、単に機械が増えたことではありません。都市に労働者が集まり、鉄道や蒸気船で原料と商品が動き、印刷技術と広告が消費を刺激し、包装によって商品が清潔で持ち運びやすくなりました。チョコレートは、こうした近代産業の仕組みの中で大衆商品になっていったのです。

チョコレート企業はどう世界市場を作ったのか

19世紀から20世紀にかけて、Cadbury、Fry、Nestlé、Lindt、Hersheyなどの企業が、近代的なチョコレート産業を形作りました。ここで大切なのは、企業名を年表のように覚えることではありません。彼らが変えたのは、技術、価格、流通、広告、そして消費者のイメージでした。

イギリスのCadburyは、飲むチョコレートやココアの製造から成長し、クエーカー系企業として労働者の生活環境にも関心を向けました。Fryは、食べるチョコレートの発展に重要な役割を果たしました。スイスではNestléやLindtが、ミルクチョコレートやなめらかな食感を通じて、チョコレートの味の基準を変えていきます。

アメリカではMilton Hersheyが、ミルクチョコレートを大量生産し、より手の届きやすい商品にしました。Hershey社は1900年に最初のチョコレートバーを販売したと説明しています。これは、チョコレートがヨーロッパの高級品から、アメリカ型の大量消費文化へ組み込まれていく象徴的な出来事でした。

20世紀になると、チョコレートは子どものお菓子、労働者の栄養補給、軍用携行食、贈答品、広告商品として広がります。戦争や大量流通、テレビ広告、スーパーやコンビニの棚も、チョコレートの歴史の一部です。甘い一枚の板チョコは、実は近代産業と広告文化の成功例でもありました。

カカオ生産の中心は、なぜ西アフリカになったのか

現在、チョコレートをよく食べる国と、カカオを大量に生産する国は一致していません。チョコレートの大きな消費地はヨーロッパ、北米、日本などですが、カカオ豆の生産は西アフリカ、とくにコートジボワールとガーナに大きく依存しています。

FAOや国際機関、業界団体の資料では、カカオ生産と輸出の中心としてコートジボワール、ガーナ、エクアドル、カメルーンなどが挙げられます。とくにコートジボワールとガーナは、世界のカカオ供給の中で大きな比重を占めています。International Cocoa Organization(ICCO)は、カカオの国際統計を扱う政府間機関として、需給や価格、作柄を追ううえで重要な情報源です。

なぜ西アフリカなのでしょうか。理由はひとつではありません。カカオが育つには高温多湿の熱帯気候が必要です。西アフリカの一部地域はその条件に合っていました。さらに、ヨーロッパの植民地支配、換金作物としての奨励、港湾や貿易網、国際市場への接続が重なりました。

しかし、この構造は大きな不均衡を生みました。チョコレートとして高い付加価値を得る工程の多くは消費国側にあり、カカオ農家は国際価格の変動、病害、気候、仲買や輸出制度の影響を受けやすい立場に置かれています。つまり、チョコレートの価値は世界中で生まれているのに、その利益は同じようには分配されていないのです。

甘いチョコレートの裏側にある問題

現代のカカオ産業には、児童労働、低所得、価格変動、森林破壊、気候変動など、重大な課題があります。ただし、ここで注意したいのは「すべてのチョコレートが児童労働で作られている」といった単純な断定を避けることです。状況は国、地域、農家、企業、サプライチェーンによって異なります。

International Labour Organization(ILO)は、2001年のHarkin-Engel Protocol以降、とくにコートジボワールとガーナのカカオ供給網で児童労働の撤廃に向けた取り組みが続いてきたと説明しています。U.S. Department of Laborも、コートジボワールのカカオ部門における児童労働対策、教育、社会保護、トレーサビリティ強化の取り組みを報告しています。

International Cocoa Initiative(ICI)は、コートジボワールとガーナのカカオ栽培世帯に暮らす子どものうち、推計で約156万人が児童労働に従事していると説明しています。この数字は、問題が一部の例外ではなく、構造的な課題であることを示しています。

児童労働の背景には、単に「悪い農家がいる」という話では片づけられない事情があります。農家所得が低い、学校が遠い、学用品を買う余裕がない、収穫期に人手が足りない、地域の社会保護が弱い、国際価格の変動が激しい。こうした条件が重なったとき、子どもが危険な作業に巻き込まれやすくなります。

環境面でも課題があります。カカオ栽培は、地域によっては森林破壊と結びついてきました。コートジボワールとガーナのカカオ栽培地を衛星データで調べた研究では、保護区の森林減少にカカオ栽培が関わっている可能性が示されています。また、気候変動、病害、違法採掘などが、近年の収穫量や農家収入に影響を与えていると報じられています。

ここで大切なのは、チョコレートを食べる人に罪悪感だけを押しつけることではありません。むしろ、チョコレートが安く安定して買える背景には、見えにくい労働、自然、制度があると知ることです。その理解が、次の選択につながります。

フェアトレード、認証、Bean to Barは何を変えようとしているのか

こうした問題に対して、さまざまな改善の動きがあります。代表的なものが、フェアトレード、認証制度、トレーサビリティ、人権・環境デューデリジェンス、Bean to Barです。

フェアトレードは、生産者により公正な取引条件を提供し、最低価格やプレミアムを通じて農家や協同組合を支える仕組みです。Fairtrade Internationalは、カカオに関する基準や価格、プレミアムを公表しています。もちろん、フェアトレードだけですべての問題が解決するわけではありませんが、消費者が「安さの裏側」を考える入口になります。

認証制度には、フェアトレード以外にもさまざまなものがあります。児童労働を監視し、見つかった場合に通学支援や家庭支援につなげるChild Labour Monitoring and Remediation System(CLMRS)のような仕組みもあります。企業には、サプライチェーン上の人権リスクや環境リスクを調べ、予防・是正する人権デューデリジェンスが求められるようになっています。

EUの森林破壊防止規則(EUDR)は、カカオ、コーヒー、パーム油、牛、木材、ゴム、大豆などを対象に、森林破壊と関係する商品を市場から減らそうとする制度です。実施時期や細部には変更や議論がありますが、カカオ産業に対して農園レベルの位置情報、合法性、森林破壊との関係を確認する流れを強めています。

Bean to Barは、カカオ豆の選定から焙煎、粉砕、成形までを一貫して行う考え方です。小規模な作り手が、豆の産地や農家との関係、発酵、焙煎、味の個性を前面に出すことが多く、チョコレートを「工業製品」だけでなく「農産物の個性を生かす食品」として見直す動きでもあります。

ただし、Bean to Barや認証マークも万能ではありません。大切なのは、ラベルを見て終わりにするのではなく、どの産地の豆を使い、どのように農家と関わり、価格や環境、人権にどう向き合っているのかを、少しずつ見ていくことです。

日本とチョコレート

日本にチョコレートが知られるようになったのは、江戸時代後期から明治以降にかけてです。明治の解説では、日本でチョコレートが入ってきたことがわかる初期の記録として、1797年の長崎の資料に「しょくらあと」という記載があることが紹介されています。長崎の出島を通じたオランダ商人との関係の中で、チョコレートらしきものが入っていたと考えられます。

本格的に産業として動き出すのは、明治以降です。森永製菓は、1899年に森永太一郎が「森永西洋菓子製造所」を設立したことを沿革で紹介しており、チョコレートクリームの製造にも早くから取り組みました。さらに森永の資料では、国産板チョコやカカオ豆からの一貫製造にも触れられています。

明治の「明治ミルクチョコレート」は1926年に発売され、日本のチョコレート文化を代表するロングセラーになりました。明治や森永のような企業は、欧米から入ってきたチョコレートを、日本の嗜好、流通、価格、広告、贈答文化に合わせて定着させていきます。

戦後になると、チョコレートは子どものお菓子、贈答品、季節商品としてさらに広がります。バレンタイン文化もその一部です。ただし、日本のバレンタインをチョコレート史の中心に置きすぎると、カカオ、植民地、産業革命、西アフリカという大きな流れが見えにくくなります。日本のチョコレート文化は、世界史の長い流れの最後に加わった、ひとつの地域的な展開として見ると理解しやすくなります。

よくある誤解

誤解1:チョコレートは最初から甘いお菓子だった

違います。長い間、チョコレートは飲み物でした。メソアメリカでは苦味や香り、泡立ちを持つ飲料として使われ、ヨーロッパに伝わってから砂糖と結びつきました。

誤解2:ヨーロッパ人がチョコレートを発明した

ヨーロッパ人はカカオを自分たちの味覚や産業に合わせて変化させましたが、カカオ文化の土台はメソアメリカにありました。チョコレートの歴史は、ヨーロッパの発明だけでなく、先住民文化の長い歴史から始まります。

誤解3:安いチョコレートはすべて悪い、高いチョコレートはすべて良い

価格だけでは判断できません。大切なのは、原料の産地、調達の透明性、農家への支援、児童労働対策、森林破壊対策などです。高級品でも情報が不透明な場合はありますし、大手企業でも改善に取り組んでいる場合があります。

誤解4:認証マークがあれば完全に安心

認証制度は重要な手がかりですが、完全な保証ではありません。現地の監査、価格、教育、社会保護、森林管理など、多くの仕組みが組み合わさって初めて改善につながります。

現代とのつながり|チョコレート売り場で見られる世界史

チョコレート売り場には、世界史の断片がたくさん並んでいます。パッケージに「ガーナ」「エクアドル」「ベネズエラ」と書かれていれば、それはカカオ産地の物語です。「ミルクチョコレート」と書かれていれば、19世紀スイスの技術革新とつながります。「カカオ70%」という表示は、カカオ分と砂糖の比率を意識する現代の消費文化を示しています。

「フェアトレード」「オーガニック」「レインフォレスト」「シングルオリジン」「Bean to Bar」といった表示は、21世紀の課題と選択肢を表しています。そこには、児童労働、農家所得、森林破壊、気候変動、トレーサビリティという問題が背景にあります。

つまり、チョコレート売り場は、メソアメリカ、スペイン帝国、カリブ海の砂糖、産業革命、西アフリカ、日本の贈答文化までが重なった、小さな世界史の展示室でもあるのです。

現地で見られる場所・資料

チョコレートの歴史は、日本にいながらでも資料で学ぶことができます。まず、スミソニアンのチョコレート関連資料は、メソアメリカとアメリカにおけるカカオ文化を知る入口になります。Cornell University Libraryのオンライン展示「Chocolate: Food of the Gods」も、カカオとチョコレートの歴史を俯瞰するのに役立ちます。

現代の統計を見るなら、International Cocoa Organization(ICCO)やFAOの資料が重要です。児童労働や人権デューデリジェンスについては、ILO、U.S. Department of Labor、International Cocoa Initiativeの資料が参考になります。フェアトレードについては、Fairtrade Internationalの基準や価格資料を確認すると、認証の仕組みが見えてきます。

日本の受容史については、森永製菓や明治の公式沿革・ブランド史が参考になります。企業公式資料は宣伝的な面もありますが、発売年や企業沿革を確認するうえでは有用です。必要に応じて第三者資料と照らし合わせると、より正確に理解できます。

FAQ

チョコレートとココアは同じですか?

同じカカオ豆から作られますが、同じではありません。一般にココアはカカオ豆から脂肪分を一部取り除いて粉末にしたもの、チョコレートはカカオマスやココアバターに砂糖や乳製品などを加えて固形・液状にした食品です。

カカオ豆は本当にお金として使われたのですか?

はい。地域や時代によって使われ方は異なりますが、マヤやアステカの社会でカカオ豆が高く評価され、交換や貢納、贈答と結びついたことは複数の資料で確認できます。ただし、現代の貨幣制度とまったく同じものと考えるより、価値ある交換財として理解するとよいでしょう。

なぜチョコレートには砂糖が多いのですか?

カカオは本来かなり苦味のある原料です。ヨーロッパに伝わったあと、砂糖を加えることで飲みやすく、食べやすい嗜好品になりました。そのためチョコレートの歴史は、砂糖の世界史と切り離せません。

フェアトレードのチョコレートを買えば問題は解決しますか?

フェアトレードは改善に向けた重要な仕組みですが、完全な解決策ではありません。農家所得、教育、児童労働監視、森林管理、気候変動対策など、複数の取り組みが必要です。ただし、消費者が背景を知り、選択するための有力な入口になります。

Bean to Barとは何ですか?

カカオ豆の選定から焙煎、粉砕、成形までを、作り手が一貫して行う考え方です。豆の産地や発酵、焙煎の違いを味に反映しやすく、カカオを農産物として味わう文化とも結びついています。

チョコレートの歴史をひとことで整理すると

チョコレートの歴史をひとことで言えば、「メソアメリカのカカオ文化が、スペイン帝国と砂糖の世界を経て、産業革命で固形化し、現代のグローバルな倫理的消費の課題へつながった歴史」です。

最初は、カカオを飲み、神々や権威、贈答、交換と結びつける文化がありました。次に、スペインとヨーロッパがそれを砂糖入りの飲み物として取り込みました。砂糖と植民地が甘さを支え、産業革命が食べるチョコレートを生み、企業と広告が世界市場を広げました。そして現在、私たちはその結果として、安く、豊富で、多様なチョコレートを手にしています。

同時に、その便利さの裏側では、カカオ農家の所得、児童労働、森林破壊、気候変動という問題が続いています。チョコレートの歴史は、甘さと苦さが重なった世界史なのです。

まとめ|チョコレート売り場は、世界史の入口になる

チョコレートは、甘いだけの食べ物ではありません。そこには、カカオを重んじたメソアメリカの人々、スペイン帝国、砂糖と奴隷制、産業革命、欧米企業、西アフリカの農家、日本の菓子文化、そして現代のフェアトレードや環境問題が重なっています。

だからといって、チョコレートを楽しんではいけないという話ではありません。むしろ、背景を知ることで、チョコレートをより深く味わえるようになります。

次にチョコレートを買うとき、原材料表示を見てみてください。カカオの産地はどこか。砂糖やミルクはどのように使われているか。認証マークはあるか。Bean to Barの商品なら、どの農園や地域の豆なのか。そんな小さな視点の変化が、身近なお菓子を世界史の入口に変えてくれます。

参考文献・参考サイト

  1. Smithsonian Institution, “Cocoa and Chocolate in American History and Culture”
  2. Smithsonian Magazine, “What We Know About the Earliest History of Chocolate”
  3. Cornell University Library, “Chocolate: Food of the Gods”
  4. Cornell University Library, “Coenraad Van Houten”
  5. Van Houten Professional, “History”
  6. Cadbury, “Cadbury Story”
  7. Nestlé, “The timeline of Nestlé’s company history”
  8. Lindt & Sprüngli, “Rodolphe Lindt”
  9. The Hershey Company, “A History of Goodness”
  10. International Cocoa Organization(ICCO), “Home / About ICCO”
  11. FAO, “Cocoa”
  12. World Cocoa Foundation, “From Bean to Bar”
  13. International Labour Organization, “Towards child labour free cocoa growing communities”
  14. U.S. Department of Labor, “Child Labor in Côte d’Ivoire”
  15. International Cocoa Initiative, “Child labour in cocoa”
  16. Fairtrade International, “Fairtrade Standard for Cocoa”
  17. European Commission, “Regulation on Deforestation-free products”
  18. National Museum of American History, “The Sugar Trade”
  19. 森永製菓「沿革・歴史」
  20. 森永製菓「森永の歴史年表」
  21. 明治「明治ミルクチョコレート 開発・設計のケーススタディ」
  22. 明治「チョコレートの歴史を解説!世界や日本での歴史を紹介」