ガムランを初めて聴くと、金属の響きが幾重にも重なり、時間がまっすぐ前へ進むというより、円を描くように感じるかもしれません。
西洋クラシック音楽では、和音が緊張と解決を作り、主題が展開し、曲が終止へ向かう聴き方に慣れている人が多いでしょう。ところがガムランでは、巨大なゴングが周期を区切り、青銅の鍵盤楽器や小型ゴング、太鼓、笛、弦、歌が層を作り、舞踊や影絵芝居、儀礼の場と一体になって音楽が進みます。
この記事では、ガムランを「不思議な民族音楽」としてではなく、インドネシアの宮廷、村、宗教儀礼、舞踊、影絵芝居、そして共同体の中で発展した高度な合奏文化として解説します。読み終えるころには、ガムランがなぜ西洋音楽と違って聴こえるのか、ジャワとバリで何が違うのか、そしてなぜ「循環する時間」の音楽といえるのかが見えてくるはずです。
- 30秒で分かる結論──ガムランは「共同体で時間を回す」音楽
- ガムランとは何か──青銅楽器が作るインドネシアの合奏音楽
- なぜガムランは西洋音楽と違って聴こえるのか
- ジャワガムランとバリガムラン──ゆったりした響きと激しいきらめき
- スレンドロとペロッグ──ドレミとは違う音階の世界
- ゴングが時間を区切る──ガムランの「循環する時間」
- 宮廷、村、儀礼──ガムランが鳴る場所
- ワヤンとガムラン──影絵芝居を支える音の宇宙
- 舞踊とガムラン──身体と音が一体になる芸能
- 西洋音楽・日本音楽と比べると何が違うのか
- 植民地期、近代、世界音楽──ガムランは世界へどう届いたか
- 初めてガムランを聴くときの楽しみ方
- よくある誤解
- 現代とのつながり──無形文化遺産、教育、そして日本での体験
- FAQ
- まとめ|ガムランは、共同体で時間を回す音楽だった
- このテーマを続けて読む
- 参考文献・参考サイト
30秒で分かる結論──ガムランは「共同体で時間を回す」音楽
ガムランとは、一つの楽器名ではありません。インドネシア各地にある、青銅の打楽器やゴングを中心とした合奏全体、またはその楽器群を指す言葉です。
| ポイント | 初心者向けの説明 |
|---|---|
| 何の音楽か | インドネシアの合奏音楽。主にジャワ、バリ、スンダなどで発展しました。 |
| 中心になる音 | 青銅の鍵盤楽器、大小のゴング、太鼓、竹笛、弦楽器、歌などです。 |
| 西洋音楽との違い | 和声進行よりも、周期、層、音色、場の流れが重視されます。 |
| 重要な考え方 | ゴングが大きな周期を区切り、その内側で複数の楽器が役割を分けます。 |
| 関わる芸能 | ワヤン・クリ、宮廷舞踊、村の儀礼、祭り、劇場、現代のコンサートなどです。 |
| 聴き方 | 主旋律だけを追うのではなく、ゴングの帰着点、太鼓の合図、音の層の変化を聴きます。 |
一言でいえば、ガムランは「一人の作曲家の作品を楽譜通りに再現する音楽」というより、「人々が集まり、役割を分け、同じ周期の中で音と身体と物語を動かす音楽」です。
ガムランとは何か──青銅楽器が作るインドネシアの合奏音楽
ガムランは、インドネシアの伝統的な打楽器合奏、またはその楽器一式を指す言葉です。UNESCOの無形文化遺産の解説でも、ガムランは「インドネシアの伝統的な打楽器オーケストラ」であり、同時に「楽器一式」を指すものとして説明されています。中心になるのは、手で鍛えられた金属製の打楽器、ゴング、ゴングチャイム、太鼓、木琴、竹笛、弦楽器などです。
ここで大切なのは、ガムランが「ガムランという単体の楽器」ではないことです。ピアノやヴァイオリンのように一つの楽器を指すのではなく、サロン、ボナン、グンデル、ゴング、クンダンなどが組み合わさった合奏全体を指します。
ガムランは地域ごとに違う
インドネシアは、多くの島々、多様な民族、言語、宗教、王国、植民地経験を持つ国です。そのため、ガムランにも一つの標準形があるわけではありません。
- 中部ジャワでは、宮廷文化、ワヤン、ゆったりした美学と結びつくガムランが発展しました。
- バリでは、寺院儀礼、舞踊、劇的なテンポ変化、鋭くきらめく音響を特徴とする様式が発展しました。
- 西ジャワのスンダ地域には、デグンなど独自の編成や音階感を持つガムランがあります。
つまり「ガムランとはこういう音」と一言で決めると、すぐに地域差を取り落としてしまいます。この記事では、初心者が最初につまずきやすいジャワとバリの違いを軸にしながら、必要に応じてスンダなどの地域差にも触れていきます。
なぜガムランは西洋音楽と違って聴こえるのか
ガムランが西洋音楽と違って聴こえる理由は、「珍しい楽器を使っているから」だけではありません。音階、楽器の響き、時間の区切り方、合奏の役割分担、そして音楽が置かれる場が違います。
違い1:音階がドレミと同じではない
ガムランでは、スレンドロとペロッグという音階・調律体系が重要です。スレンドロはおおまかに五音を基礎とする音階、ペロッグは七音の音集合を持ち、実際の演奏ではその中から五音程度を選んで用いることが多い音階として説明されます。
ただし、これは「西洋の五音音階」「西洋の七音音階」と同じという意味ではありません。ガムランの楽器は、アンサンブルごとに調律されます。同じスレンドロやペロッグでも、ピアノのように世界共通の基準音にぴったり合わせるわけではなく、楽器群ごとの音程差や響きが個性になります。
違い2:和声よりも、重なり合う層が大事
西洋クラシック音楽では、和音の進行が曲の方向感を作る場面が多くあります。ガムランでは、同じ旋律の骨格を、楽器ごとに異なる密度で演奏する層の重なりが重要です。
たとえば、低いゴングや大型の楽器はゆっくりと大きな節目を示し、サロンなどは骨格となる旋律を示し、ボナンやグンデルなどはその周りを細かく飾ります。クンダンと呼ばれる太鼓は、テンポや場面転換の合図を出します。
これは一人の主旋律に他の楽器が伴奏を付ける関係とは少し違います。複数の楽器が、それぞれ別の時間幅で同じ音楽を支えているのです。
違い3:曲が「終わり」へ一直線に進むとは限らない
ガムランでは、大きなゴングが鳴るところが、周期の終わりであり、同時に次の周期への入口にもなります。この考え方を知ると、ガムランの聴こえ方は大きく変わります。
西洋音楽の終止形は「ここで落ち着いた」と感じさせることがあります。ガムランのゴングも強い到達感を持ちますが、それはしばしば「終点」ではなく「戻ってきた場所」です。大きな円を一周して、また次の円が始まる。その繰り返しの中で、音色、密度、テンポ、舞踊、物語が変化していきます。
ジャワガムランとバリガムラン──ゆったりした響きと激しいきらめき
初心者がよく混同しやすいのが、ジャワガムランとバリガムランです。どちらもインドネシアのガムランですが、響き、テンポ感、社会的な場、舞踊との関係には違いがあります。
| 比較 | ジャワガムラン | バリガムラン |
|---|---|---|
| 印象 | ゆったり、深い、内側へ沈むような響き | 鋭い、明るい、急激に変化するきらめき |
| よく結びつく場 | 宮廷、ワヤン、儀礼、古典舞踊 | 寺院儀礼、舞踊劇、村の行事、観光公演、現代作品 |
| 時間感覚 | 大きな周期の中で、密度が変わりながら進む | 急な合図、停止、爆発的な展開が目立つことが多い |
| 音の特徴 | 余韻を含む落ち着いた金属音、歌や弦の柔らかさ | ペアでわずかに調律差をつけた楽器によるうなり、細かい交互奏 |
| 初心者の聴きどころ | ゴングの周期、太鼓の合図、ゆっくり変わる音の層 | 急なテンポ変化、コテカンの細かい連打、舞踊との同期 |
ジャワガムラン──大きな周期の中で深まる音楽
中部ジャワのガムランでは、ゴング周期、旋律の骨格、太鼓の合図、歌や弦の柔らかな線が重なります。ゆっくり聴こえる曲でも、実際には複数の層が異なる密度で動いています。
ここで重要なのが、イラマという考え方です。これは単なるテンポではなく、基本的な拍と、装飾する楽器がどれくらい細かく音を入れるかという密度の関係を含みます。曲が遅くなったように聴こえても、内部では音の密度が増し、時間が引き伸ばされたような感覚が生まれることがあります。
バリガムラン──身体を動かす鋭いエネルギー
バリのガムラン、とくにゴン・クビャールのような20世紀に発展した様式では、急激な強弱、停止、テンポ変化、細かい交互奏が印象的です。二人の奏者が互いの隙間を埋めるように演奏するコテカンは、一人では弾けないほど速い連続音を作り出します。
バリガムランを聴くときは、「誰か一人が超高速で演奏している」と考えるより、「複数の奏者が一つの線を分担している」と見ると分かりやすくなります。音楽の迫力は、個人技だけでなく、集団の精密な同期から生まれています。
スレンドロとペロッグ──ドレミとは違う音階の世界
ガムランの響きが西洋音楽と違って聴こえる大きな理由が、スレンドロとペロッグです。
スレンドロとは
スレンドロは、五つの音を基礎とする音階です。西洋の耳には、音と音の間が比較的均等に並んでいるように感じられることがあります。ただし、平均律のピアノで正確に再現できるものではありません。ガムランの音階は、楽器一式ごとの調律と結びついているからです。
スレンドロは、なめらかで浮遊感のある響きとして感じられることがあります。ワヤンやジャワの古典曲では、場面や時間帯、旋法に応じて使い分けられます。
ペロッグとは
ペロッグは、七つの音の集合を持つ音階です。ただし、常に七音すべてを同じように使うわけではなく、実際には五音程度の組み合わせが中心になることが多くあります。音と音の間隔は均等ではなく、狭いところと広いところがあり、それが独特の緊張感を生みます。
初心者向けにいえば、スレンドロは「なめらかな五音の世界」、ペロッグは「音程差の陰影が濃い七音の世界」と考えると入りやすいでしょう。ただし、これはあくまで入口です。実際には地域、楽器、曲、演奏慣習によって印象は大きく変わります。
ガムランは「音程がずれている」のではない
初めて聴く人の中には、ガムランを「音程がずれている」と感じる人もいます。しかし、それはピアノの平均律を基準に聴いているからです。
ガムランでは、楽器一式が一つの世界として調律されています。西洋音楽で「どのピアノでも同じ曲を弾ける」ことが重視されるとすれば、ガムランでは「この楽器群だけが持つ響き」が重視されます。楽器一式そのものが、一つの個性を持つ音の共同体なのです。
ゴングが時間を区切る──ガムランの「循環する時間」
ガムランを理解するうえで最も重要なのが、ゴングです。大きなゴングは、単に低い音を出す楽器ではありません。音楽の時間を区切り、曲の大きな呼吸を示す存在です。
コロトミーとは何か
ガムランでは、ゴング、クノン、クンプル、クトゥック、クンピャンなど、節目を示す楽器が階層的に働きます。このように、特定の打楽器が時間の構造を示す仕組みは、英語では colotomic structure と呼ばれます。日本語では「コロトミー」「コロトミック構造」などと説明されます。
初心者向けにいえば、コロトミーとは「ゴング類が、音楽の句読点を打つ仕組み」です。小さな句読点、大きな句読点、段落の終わりのような点があり、最も大きな区切りに大ゴングが置かれます。
ゴング周期とは何か
ガムランでは、大きなゴングから次の大きなゴングまでが一つの周期になります。この周期をゴンガンと呼ぶことがあります。周期の内側では、より小さなゴング類や太鼓、旋律楽器が役割を分けて動きます。
たとえるなら、ゴングは時計の針が一周して戻る場所です。途中に小さな目盛りがあり、半分の地点、四分の一の地点にも合図があります。しかし最も重い意味を持つのは、大きなゴングが鳴る帰着点です。
循環する時間は、止まった時間ではない
「循環する」と聞くと、同じことを何度も繰り返すだけの音楽だと思うかもしれません。しかし、ガムランの周期は単調なループではありません。
周期は戻ってきますが、そのたびに音の密度、装飾、テンポ、舞踊の動き、物語の状況が変わります。円を描きながら、少しずつ景色が変わっていく。ここに、ガムランの時間感覚の面白さがあります。
宮廷、村、儀礼──ガムランが鳴る場所
ガムランは、コンサートホールで鑑賞するためだけの音楽ではありません。むしろ歴史的には、宮廷、村、寺院、儀礼、劇場、祭り、婚礼、影絵芝居、舞踊など、さまざまな場と結びついてきました。
宮廷文化の中のガムラン
ジャワの宮廷では、ガムランは王権、儀礼、舞踊、洗練された作法と結びつきました。宮廷は単なる政治の場所ではなく、音楽、舞踊、文学、衣装、礼法を統合する文化の中心でもありました。
ここでガムランは、権力を誇示する大音量の音楽というより、世界の秩序を音で整えるような役割を担いました。大きなゴング周期、ゆっくりした舞、静かな身振りは、宮廷的な時間の流れを作ります。
村や共同体の中のガムラン
一方、ガムランは宮廷だけのものではありません。村の儀礼、祭り、共同体の行事にも深く関わってきました。UNESCOの解説でも、ガムランは宗教儀礼、式典、伝統演劇、祭り、コンサートなどで演奏され、年齢や性別を問わず多くの人が関わる文化として説明されています。
ここでのガムランは、観客が静かに座って聴く芸術作品であると同時に、人々を集め、役割を分け、場を成立させる社会的な仕組みでもあります。
ワヤンとガムラン──影絵芝居を支える音の宇宙
ガムランを語るうえで、ワヤン・クリは欠かせません。ワヤン・クリは、水牛の皮などで作られた人形を、光と白い幕を使って映す影絵芝居です。
東京国立博物館の解説によれば、ワヤン・クリはインドネシアを代表する伝統的な人形劇の一つで、ヒンドゥー教が伝わって以降、マハーバーラタやラーマーヤナなどの叙事詩を題材にしてきました。上演はしばしば夜通し続き、ダランと呼ばれる人形遣いが人形を操り、台詞を語り、伴奏するガムランへ合図を出します。
ダランは語り手であり、指揮者でもある
ワヤンで中心になるのは、ダランです。ダランは人形を動かすだけでなく、登場人物の声を演じ、物語を進め、冗談や時事的な話題を挟み、場面に応じてガムランへ合図を送ります。
つまり、ワヤンのガムランは「BGM」ではありません。戦い、旅、恋、助言、神々の登場、道化の場面など、物語の呼吸を作るもう一つの語り手です。
ラーマーヤナとマハーバーラタは、インドから来て地域で変わった
ワヤンには、ラーマーヤナやマハーバーラタに由来する物語が多く登場します。ただし、これはインドの叙事詩がそのまま上演されるという意味ではありません。ジャワやバリの社会、宗教観、倫理観、笑い、政治感覚の中で、物語は地域化されてきました。
ガムランは、その地域化された物語に音を与えます。異国由来の叙事詩、ジャワやバリの宮廷文化、村の観客、ダランの即興、青銅の響きが一つの夜の中で重なります。
舞踊とガムラン──身体と音が一体になる芸能
ガムランは、舞踊とも切り離せません。ジャワでもバリでも、音楽は身体の動きと密接に結びつきます。
ジャワ舞踊──静けさの中の緊張
ジャワの宮廷舞踊では、動きはゆっくり、視線や指先、足運びは繊細です。ガムランの大きな周期は、舞人の身体に時間の枠を与えます。観客は派手な跳躍よりも、わずかな角度、静かな停止、袖や手の動きに意味を読みます。
ここでは、音楽は踊りを急がせません。むしろ、身体が音の周期の中に沈み込み、時間を伸ばしていくように感じられます。
バリ舞踊──目、指、足、合図が音と同期する
バリ舞踊では、目の動き、指の反り、首や肩の細かな動き、急な停止がガムランと鋭く同期します。音楽が止まると身体も止まり、太鼓や合図で次の動きが一気に始まる。観客は、音と身体が同時に切り替わる瞬間に強い快感を覚えます。
バリガムランの急激なテンポ変化やコテカンのきらめきは、舞踊の身体感覚と深く結びついています。耳だけで聴くより、舞踊と一緒に見ると、なぜこの音楽がこのように動くのかが分かりやすくなります。
西洋音楽・日本音楽と比べると何が違うのか
ガムランを理解するには、西洋音楽や日本音楽と比べると分かりやすい点があります。ただし、比較は優劣を決めるためではありません。音楽が何を中心に発展したのかを見えるようにするためです。
| 観点 | 西洋クラシック音楽 | ガムラン | 日本の伝統音楽との接点 |
|---|---|---|---|
| 時間の感覚 | 主題の展開、和声進行、終止へ向かう流れが重要 | ゴング周期の中で、時間が循環しながら変化する | 雅楽や能楽にも、急がず場を満たす時間感覚がある |
| 音の中心 | 旋律、和声、対位法、楽譜上の構造 | ゴング、音色、層、周期、場面転換 | 謡、囃子、間、舞の関係に近い部分もある |
| 作品観 | 作曲家、楽譜、作品名、演奏解釈が重視されやすい | 楽器群、演奏共同体、儀礼、舞踊、ワヤンの場が重視される | 流派、型、場、師弟関係が作品以上に意味を持つことがある |
| 音階 | 平均律、長音階・短音階、調性の体系 | スレンドロ、ペロッグなど、楽器一式ごとの調律 | 雅楽や民謡にも、西洋平均律とは異なる音程感がある |
西洋音楽が「楽譜に固定された作品を、別の場所で再演できる仕組み」を強めていったとすれば、ガムランは「特定の楽器群、演奏者、場、物語、身体が結びつく仕組み」を強めてきました。
もちろん、現代には作曲された新作ガムランもありますし、大学や海外のガムラン団体では楽譜や教材も使われます。それでも、ガムランの根には、共同体で音を分担し、同じ時間を回すという感覚が残っています。
植民地期、近代、世界音楽──ガムランは世界へどう届いたか
ガムランは、インドネシアの内部だけで閉じていたわけではありません。植民地期の博覧会、民族音楽学、録音、大学教育、世界音楽ブームを通じて、欧米や日本にも広がりました。
植民地期と博覧会
19世紀から20世紀初頭、オランダ領東インドの文化は、ヨーロッパの博覧会や植民地展示の中で紹介されました。ここには、植民地支配のまなざしという問題があります。ヨーロッパの観客は、ガムランをしばしば「異国的な音」として受け取りました。
一方で、その出会いは西洋音楽にも影響を与えました。1889年のパリ万国博覧会でジャワのガムランに接したクロード・ドビュッシーは、音色、旋法、反復、層の発想から刺激を受けたと語られることが多く、ピアノ曲「パゴダ」などをめぐってしばしば言及されます。
ただし、「ドビュッシーはガムランをそのまま西洋音楽に移植した」と単純に言うのは正確ではありません。彼が受け取ったのは、特定の曲のコピーではなく、音楽の時間や響きを別の角度から考えるきっかけでした。
大学と世界音楽の中のガムラン
20世紀後半以降、ガムランは世界各地の大学や研究機関で学ばれるようになりました。アメリカのコーネル大学やウェズリアン大学、ミシガン大学などにもガムラン関連の教育・研究資料があります。日本でも、演奏団体や大学の研究会を通じて、ガムランを体験できる機会が増えています。
この広がりは、ガムランを世界へ開いた一方で、「静かで瞑想的な異国音楽」という一面的なイメージを生むこともありました。ジャワのゆったりした曲だけでなく、バリの激しい様式、スンダの繊細な響き、村の儀礼やワヤンの長い夜も含めて見ることが大切です。
初めてガムランを聴くときの楽しみ方
ガムランは、専門用語を全部覚えなくても楽しめます。最初は、次の五つに注目してみてください。
1. 大きなゴングが鳴る場所を探す
まずは、大きな低いゴングがどこで鳴るかを聴いてみましょう。そこが周期の大きな帰着点です。何度か聴いているうちに、「そろそろ戻ってくる」という感覚が生まれます。
2. 太鼓の合図を聴く
クンダンは、ただリズムを刻むだけではありません。速くする、遅くする、止める、舞踊の動きを変えるといった合図を出します。曲が急に変わったと感じたら、太鼓に耳を向けてみてください。
3. 低い音と高い音の役割を分けて聴く
低いゴングや大型楽器は大きな時間を作り、高い楽器は細かい装飾を作ります。低い音を「地面」、高い音を「光の粒」と考えると、音の層が見えやすくなります。
4. ジャワとバリを聴き比べる
同じガムランでも、ジャワとバリでは印象が大きく違います。ジャワは深い余韻と大きな周期、バリは急激な変化と鋭いきらめきに注目すると、地域差が分かりやすくなります。
5. できれば映像で、舞踊やワヤンと一緒に見る
ガムランは、音だけで完結する場合もありますが、舞踊やワヤンと一緒に見ると理解が深まります。人形遣いの合図、踊り手の目や手、太鼓の合図、ゴングの帰着点がつながると、ガムランが「場を動かす音楽」であることが分かります。
よくある誤解
誤解1:ガムランは一つの楽器である
ガムランは一つの楽器名ではなく、合奏全体や楽器群を指します。ゴング、サロン、ボナン、グンデル、クンダンなどが役割を分けて一つの音楽を作ります。
誤解2:ガムランは全部同じに聴こえる
ジャワ、バリ、スンダなど、地域によって編成、音階、演奏慣習、儀礼との関係が異なります。最初は同じように聴こえても、ゴングの周期、テンポ変化、音色、舞踊との関係を見ると違いが分かってきます。
誤解3:ガムランは楽譜がないから単純である
ガムランには記譜法や教材もありますが、すべてを西洋五線譜のように固定するわけではありません。口伝、型、合図、身体で覚える部分が大きく、むしろ高度な共同作業が必要です。
誤解4:西洋音楽より未発達である
これは大きな誤解です。ガムランは、和声や五線譜を中心に発展しなかっただけで、時間構造、音色、合奏の層、舞踊や物語との結びつきにおいて非常に精密な体系を持っています。音楽の発展方向が違うのです。
現代とのつながり──無形文化遺産、教育、そして日本での体験
ガムランは、現在もインドネシア各地で演奏され、教育、儀礼、観光、公演、現代音楽、国際交流の中で生きています。2021年には、インドネシアのガムランがUNESCOの無形文化遺産代表一覧表に記載されました。
これは、ガムランが「古いもの」として博物館にしまわれたという意味ではありません。むしろ、世代を超えて受け継がれ、地域のアイデンティティや共同体の関係を支える生きた文化として国際的に認識されたということです。
日本でも、ガムランの演奏会、ワークショップ、大学の公開講座、インドネシア文化イベントなどで実際に音に触れる機会があります。映像で聴くのも入口として有効ですが、可能であれば一度、同じ空間で青銅の響きを浴びてみると、録音では分かりにくい余韻と身体感覚が伝わります。
FAQ
ガムランはどこの国の音楽ですか?
主にインドネシアの音楽です。とくにジャワ、バリ、スンダなどでよく知られています。ただし、地域ごとに編成や響きは異なります。
ガムランは何人くらいで演奏しますか?
編成によって異なります。小規模なものもありますが、大きなガムランでは多くの奏者が参加し、ゴング、鍵盤打楽器、太鼓、笛、弦、歌などを分担します。
スレンドロとペロッグは、ドレミで弾けますか?
近似的に説明することはできますが、ピアノのドレミに完全に置き換えることはできません。ガムランの音階は、楽器一式ごとの調律と結びついています。
ジャワガムランとバリガムランは、どちらから聴くのがおすすめですか?
落ち着いた響きや大きな周期を感じたいならジャワ、迫力やテンポ変化を感じたいならバリから聴くと入りやすいでしょう。両方聴くと、ガムランの幅広さがよく分かります。
ガムランは宗教音楽ですか?
宗教儀礼と深く関わるガムランもありますが、すべてが宗教音楽というわけではありません。宮廷、村の行事、舞踊、ワヤン、劇場、コンサート、教育など、さまざまな場で演奏されます。
まとめ|ガムランは、共同体で時間を回す音楽だった
ガムランとは、インドネシアの青銅打楽器やゴングを中心とする合奏音楽です。しかし、それは単なる楽器の集合ではありません。
ゴングは時間の大きな円を区切り、サロンやボナンやグンデルは旋律の骨格と装飾を分け合い、クンダンは場面の呼吸を動かします。ワヤンでは、ダランの語りと人形の影が音楽を導き、舞踊では、身体の動きがガムランの合図と一体になります。宮廷では秩序と洗練を示し、村では共同体の儀礼や祭りを支えます。
西洋音楽が和声、楽譜、作曲家、オーケストラを中心に発展した側面を持つとすれば、ガムランは青銅の響き、循環する時間、共同体の合奏、舞踊と物語の場を中心に発展しました。
だから、初めてガムランを聴くときは、曲がどこへ進むのかだけを追わなくて大丈夫です。大きなゴングが鳴る場所に戻ってくる感覚、音の層が厚くなったり薄くなったりする変化、太鼓が場を動かす瞬間、舞踊や影絵と音が重なる瞬間を味わってみてください。
ガムランは、時間をまっすぐ消費する音楽ではありません。人々が集まり、音を分け合い、同じ周期の中で何度も戻りながら、少しずつ世界を変えていく音楽なのです。
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参考文献・参考サイト
- UNESCO “Gamelan, another Indonesian tradition, on the UNESCO Representative List of Intangible Cultural Heritage”
- UNESCO Intangible Cultural Heritage “Gamelan”
- Cornell University Department of Music “Gamelan”
- University of Michigan Center for Southeast Asian Studies “On the Spirit of Tuning”
- University of Michigan Center for Southeast Asian Studies “Indonesia: Javanese Gamelan Music”
- Sumarsam, Wesleyan University “Temporal and Density Flow in Javanese Gamelan”
- Michael Tenzer “Theory and Analysis of Melody in Balinese Gamelan”
- Smithsonian Folkways “Music of Indonesia”
- 東京国立博物館 “Wayang Kulit: Heroes from the Mahabharata”
- NPO法人日本ガムラン音楽振興会
- ABC Classic “Classically Curious: Debussy and the Paris Expo of 1889”
