インド音楽はなぜ西洋音楽と違うのか|ラーガとターラで読む祈りと即興の歴史

インド音楽を初めて聴くと、西洋音楽とも日本音楽とも違う、不思議な流れに驚くかもしれません。

和音が次々に進むというより、一つの旋律がゆっくり広がっていく。拍子を四角く区切るというより、時間が大きな輪になって回り続ける。演奏者は楽譜どおりに再現するのではなく、受け継いだ型の中で、その場の音を深く掘り下げていきます。

その中心にあるのが、旋律の世界をつくるラーガ、時間の周期をつくるターラ、そして声と師弟伝承を重んじる音楽観です。

この記事では、インド音楽を「エキゾチックな民族音楽」としてではなく、西洋音楽とは別の理論と美意識を持つ巨大な音楽体系として、初心者向けに解説します。

30秒で分かる結論|インド音楽は「旋律と時間を深く旅する音楽」

西洋クラシック音楽は、長い歴史の中で、和声、楽譜、作曲家、管弦楽、作品という考え方を発達させました。もちろん西洋音楽にも旋律や即興はありますが、近代以降の中心には「書かれた作品を、決まった構成で再現する」という考え方が強くあります。

一方、インド古典音楽では、曲を支える根本単位が少し違います。演奏者は、ラーガという旋律の宇宙と、ターラという時間の周期の中で、即興的に音楽を展開します。

見るポイント 西洋クラシック音楽で重視されやすいもの インド古典音楽で重視されやすいもの
音の進み方 和音の進行、転調、対位法 ラーガに沿った旋律の展開
時間の考え方 小節、拍子、楽章構成 ターラという周期、サムへの回帰
作品の考え方 作曲家が書いた楽譜を再現する 伝承された型を演奏者が深める
演奏の中心 合奏、和声、楽器群の配分 声、旋律、即興、師弟伝承
音の土台 調性、和声、伴奏 タンプーラのドローン音と主音

つまり、インド音楽は「たくさんの和音を移り変わる音楽」ではなく、一つの音の中心に戻りながら、旋律と時間を深く旅する音楽だと考えると分かりやすくなります。

インド音楽はなぜ西洋音楽と違って聴こえるのか

インド音楽が西洋音楽と違って聴こえる最大の理由は、音楽を動かすエンジンが違うからです。

西洋音楽、とくにバロック以降のクラシック音楽では、旋律の背後で和音が変わります。たとえば、明るく安定した和音から、少し不安な和音へ進み、最後に落ち着いた和音へ戻る。これが音楽の緊張と解決を生みます。

インド音楽では、和音の変化よりも、主音を中心にした旋律の動きが重要です。演奏の背景では、タンプーラが主音とその周辺の響きを持続させます。この持続音をドローンといいます。ドローンは「伴奏」というより、音楽全体の地平線です。演奏者はその地平線の上で、ラーガに許された音、避けるべき動き、特徴的な節回しを使いながら、旋律を育てます。

そのため、インド音楽では「次の和音は何か」よりも、「この音をどのように揺らすか」「どの音へどの道筋で向かうか」「いつ中心に戻るか」が聴きどころになります。

もう一つ大きいのは、時間の感じ方です。西洋音楽では、楽譜の小節線が時間を前へ進めていく印象があります。インド音楽では、ターラという拍の周期が回り続けます。演奏者はその輪の中で自由に遊びながら、周期の始点であるサムへ戻ってきます。この「戻ってきた」という瞬間に、聴き手は大きな納得感を味わいます。

ラーガとは何か|単なる音階ではなく、旋律・情感・時間を含む世界

ラーガは、よく「インドの音階」と説明されます。入口としては間違いではありませんが、それだけではかなり足りません。

音階は、使える音を低い順や高い順に並べたものです。しかしラーガは、使える音の一覧だけではありません。上行と下行、重要な音、よく使う旋律型、避けるべき動き、装飾の仕方、演奏されやすい時間帯、季節、情感まで含む、もっと立体的な概念です。

ラーガを構成する主な要素

要素 意味
スワラ 音。サ・レ・ガ・マ・パ・ダ・ニという七つの基本音で説明されることが多い
アーローハ 上行。低い音から高い音へ進むときの道筋
アヴァローハ 下行。高い音から低い音へ戻るときの道筋
ヴァーディ ラーガの中で特に重要な中心的な音
サンヴァーディ ヴァーディに次いで重要な音
パカド そのラーガらしさを示す特徴的な旋律句
ラサ 味わい、情感。穏やかさ、献身、恋情、悲しみなどの雰囲気と関わる
時間帯・季節 北インド音楽では、特定の時間帯や季節と結びつけて語られるラーガがある

たとえば、同じ音を使っていても、上がるときと下がるときの道順が違えば、まったく別のラーガとして扱われることがあります。ある音を長く響かせるのか、一瞬だけ触れるのか、音をまっすぐ出すのか、すべらせるのかによっても印象は変わります。

つまりラーガは、地図に似ています。地図には道がありますが、歩き方は一つではありません。演奏者は道から外れずに、しかし毎回少し違う旅をします。

ラーガは「気分を染める」もの

ラーガという語は、もともと「色づける」「染める」という意味と関係づけて説明されます。ここでいう色は、赤や青という物理的な色だけではありません。聴き手の心を、ある雰囲気に染める力です。

メトロポリタン美術館のラガマーラー絵画の解説でも、ラーガは音楽だけでなく、絵画や宮廷文化の中で、季節、恋、祈り、自然、人物像と結びついて表現されました。ラーガは抽象的な音の規則であると同時に、イメージを呼び起こす文化的な枠組みでもあったのです。

ターラとは何か|インド音楽の時間は円を描く

ターラも、よく「拍子」と訳されます。これも入口としては便利ですが、ターラは単なる拍子より広い考え方です。

西洋音楽の拍子は、4分の4拍子、3拍子、6拍子のように、小節の中で強拍と弱拍を整理する仕組みとして理解されることが多いでしょう。ターラは、拍を一定数まとめた周期的な時間構造です。周期の始まりに戻る感覚が非常に重要です。

北インド音楽でよく知られるティーンタールは16拍の周期です。4拍ずつに分けられますが、単に「16拍子」と考えるより、1拍目のサムへどう戻るかが大切です。演奏者は複雑なリズムの遊びをしながら、最後にぴたりとサムへ着地します。

ターラの聴きどころ

  • サム:周期の始まり。旋律とリズムが戻ってくる重心
  • ターリー:手拍子で示される区切り
  • カーリー:手を振るなどして示される軽い区切り
  • ボル:タブラなどで使う太鼓の音を表す音節

南インドのカルナータカ音楽にもターラはあり、アーディ・ターラなどがよく用いられます。南インドでは、手拍子、指折り、手を返す動作によって拍の構造を示す方法が発達しました。ここでも重要なのは、時間が直線的に流れ去るだけではなく、周期として繰り返されることです。

インド音楽を聴くとき、最初からターラを数え切る必要はありません。むしろ、タブラやムリダンガムが作るリズムの輪を感じ、「戻ってきた」と分かる瞬間を探すだけでも、音楽の見え方が変わります。

即興は自由すぎる演奏ではない|厳格なルールの中で深める音楽

インド古典音楽では即興が重要です。ただし、ここでいう即興は「思いついた音を何でも出す」ことではありません。

演奏者は、ラーガの文法を守ります。使える音、避ける動き、特徴的な旋律、終止の仕方、リズムの入り方を身につけたうえで、その場で展開します。即興は自由の表れであると同時に、伝統をどれだけ深く理解しているかが見える場でもあります。

北インド音楽の演奏展開

北インドの器楽や声楽では、演奏がゆっくり始まることがあります。アーラープでは、打楽器を伴わず、ラーガの音世界を一音ずつ示します。まだ拍の輪は強く前面に出ません。聴き手は、ラーガの色が少しずつ立ち上がるのを待ちます。

その後、リズム感が加わり、タブラが入ると、ラーガとターラの対話が始まります。旋律楽器や声は、ターラの周期の中で自由に動き、タブラはそれを受け止めたり、挑発したりします。最後に速い部分へ進むと、技巧と集中力が前面に出ます。

南インド音楽の即興

南インドのカルナータカ音楽では、作曲されたクリティが大きな役割を持ちます。ティヤーガラージャ、ムトゥスワーミ・ディークシタル、シャーマ・シャーストリは「カルナータカ音楽の三位一体」として語られる代表的作曲家です。

ただし、作曲された作品を歌うから即興が少ない、というわけではありません。ラーガ・アーラーパナ、ニラヴァル、カルパナ・スワラなど、作品を土台にした即興が高度に発達しています。北インド音楽がラーガの探究を長く広げる印象を持つのに対し、南インド音楽は作品、歌詞、リズム、即興が緊密に組み合わさる印象があります。

古代インドの音楽思想|ヴェーダ詠唱、サーマ・ヴェーダ、ナーティヤ・シャーストラ

インド音楽の歴史を語るとき、古代の宗教儀礼と芸能論を避けることはできません。ただし、「いまのラーガ音楽がそのまま古代から続いている」と単純に言い切るのは注意が必要です。古代の詠唱、劇場芸能、宮廷、寺院、民間信仰、イスラム王朝、近代の教育制度が重なりながら、現在の古典音楽が形づくられてきました。

ヴェーダ詠唱とサーマ・ヴェーダ

ヴェーダは、古代インドの宗教文献群です。中でもサーマ・ヴェーダは、詠唱と深く関わる文献として知られます。ヴェーダの詩句は、儀礼の場で正確な音高、長短、抑揚を守って唱えられました。

UNESCOは、ヴェーダ詠唱の伝統をインドの無形文化遺産として代表一覧表に記載しています。ここで重要なのは、文字に書かれたテキストだけでなく、声で正確に伝える技術そのものが文化遺産と見なされていることです。インド音楽で声と師弟伝承が大切にされる背景を考えるうえで、この点は重要です。

ナーティヤ・シャーストラとラサ

『ナーティヤ・シャーストラ』は、演劇、舞踊、音楽、舞台、身振り、感情表現などを扱う古代インドの芸能論書です。成立年代には幅がありますが、古代インドの総合芸術を考える基本文献として重視されています。

この文献で重要なのが、ラサという考え方です。ラサは「味わい」と訳され、演劇や音楽が観客の内側に呼び起こす感情の質を指します。ラーガが単なる音の配列ではなく、情感や時間帯と結びついて語られる背景には、こうしたインド美学の長い流れがあります。

インド音楽では、音は物理的な高さだけではありません。音は祈りになり、情感になり、身体の動きになり、時間の経験になります。この総合性が、西洋近代の「音楽だけを独立した作品として見る」感覚とは違う響きを生んでいます。

北インド音楽と南インド音楽|ヒンドゥスターニーとカルナータカ

インド古典音楽には、大きく分けて北インドのヒンドゥスターニー音楽と、南インドのカルナータカ音楽があります。どちらもラーガとターラを基礎にしますが、歴史的環境、演奏形式、代表楽器、作曲作品の扱いが異なります。

項目 ヒンドゥスターニー音楽 カルナータカ音楽
主な地域 北インド、東インド、中部インドなど 南インド、タミル、テルグ、カンナダ、マラヤーラム語圏など
歴史的背景 デリー・スルターン朝、ムガル宮廷、藩王国、近代音楽学校などと関わる ヒンドゥー寺院、宮廷、バクティ信仰、南インド諸語の歌曲伝統と関わる
演奏の印象 ラーガをゆっくり展開し、即興の探究を大きく広げる 作曲作品を中心に、旋律・歌詞・リズムの緊密な展開を行う
代表的形式 ドゥルパド、キヤール、トゥムリ、器楽のアーラープ・ガットなど ヴァルナム、クリティ、ラーガ・アーラーパナ、ニラヴァルなど
代表楽器 シタール、サロード、タブラ、サーランギー、バンスリーなど ヴィーナ、ムリダンガム、ヴァイオリン、ナーダスワラム、ガタムなど
代表的人物 ラヴィ・シャンカル、アリー・アクバル・カーン、ビムセン・ジョーシーなど ティヤーガラージャ、M.S.スブラクシュミなど

研究者の整理では、北インドのヒンドゥスターニー音楽と南インドのカルナータカ音楽は、18世紀後半以降、理論面でもはっきり区別されるようになったと説明されます。北ではイスラム王朝の宮廷文化が大きく関わり、南では寺院やバクティ信仰、作曲家の歌曲伝統が強く残りました。

ただし、両者を完全に別物と考える必要はありません。どちらも声を重んじ、ラーガとターラを共有し、即興と伝承を大切にします。違うのは、同じ基礎をどの歴史環境で育てたかです。

宮廷、宗教、師弟伝承が音楽を育てた

インド音楽の歴史は、音楽家だけの歴史ではありません。宗教儀礼、寺院、宮廷、藩王、都市の聴衆、近代の学校、録音産業が、それぞれ音楽の居場所を作りました。

宮廷音楽とイスラム王朝

北インドでは、12世紀以降のイスラム勢力の到来、デリー・スルターン朝、ムガル帝国の宮廷文化が音楽の発展に大きな影響を与えました。宮廷は、音楽家に保護と競争の場を与えました。タンスェーンのような伝説的音楽家が語られるのも、アクバル帝の宮廷という文脈があるからです。

ムガル帝国が弱体化すると、各地の藩王やナワーブが音楽家を保護するようになります。そこから、特定の地域、宮廷、師匠筋に結びついたガラーナが育ちました。

寺院、バクティ運動、南インドの歌曲

南インドでは、ヒンドゥー寺院、巡礼、神への献身を重んじるバクティの詩歌が音楽を育てました。ティヤーガラージャの作品は、技巧だけでなく、ラーマ神への献身と結びついています。M.S.スブラクシュミの歌唱が広い敬意を集めたのも、卓越した声楽技術と宗教的な響きが重なったからです。

ここでも、音楽は単なる鑑賞物ではありません。祈り、言葉、身体、共同体、場所が結びついた文化です。

グル・シシュヤ・パランパラー

インド音楽の伝承でよく語られるのが、グル・シシュヤ・パランパラー、つまり師弟伝承です。弟子は楽譜だけで学ぶのではなく、師匠のそばで、声、身体、時間感覚、音の扱い方を吸収します。

近代以降は音楽学校、大学、録音、オンライン教材も広がりました。それでも、ラーガを本当に理解するには、音の動き方、装飾、間、戻り方を身体で覚える必要があります。だからこそ、師弟関係は現代でも象徴的な意味を持ち続けています。

シタール、タブラ、タンプーラ|インド音楽を支える楽器

インド音楽の楽器は、単に音色を飾るためにあるのではありません。それぞれが、ラーガ、ターラ、ドローン、声の模倣という役割を担っています。

楽器 主な地域・系統 役割
タンプーラ 北・南インド共通 主音と倍音を持続させるドローン楽器。音楽の地平線を作る
シタール 北インド ラヴィ・シャンカルで世界的に知られた撥弦楽器。ラーガの旋律を展開する
サロード 北インド 金属的で深い音色を持つ撥弦楽器。アリー・アクバル・カーンが代表的人物
タブラ 北インド 二つ一組の太鼓。ターラを示し、旋律と対話する
ヴィーナ 南インド カルナータカ音楽を代表する弦楽器。声楽的な旋律表現を行う
ムリダンガム 南インド カルナータカ音楽の中心的打楽器。複雑なリズム構造を支える
バンスリー 北インドなど 竹の横笛。息の表情でラーガを歌う
サーランギー 北インド 弓奏弦楽器。声に近い表情を持ち、声楽伴奏にも用いられる
ヴァイオリン 南インド中心 西洋由来の楽器だが、座奏でカルナータカ音楽に深く定着した

ここで特に大切なのはタンプーラです。タンプーラは、目立つ旋律を弾く楽器ではありません。しかし、タンプーラの持続音があるから、ラーガの音がどこへ戻るのかが分かります。インド音楽では、主音は単なる出発点ではなく、音楽全体が帰ってくる場所なのです。

ラヴィ・シャンカルから映画音楽まで|世界へ広がるインド音楽

20世紀後半、インド音楽は世界の聴衆へ広がりました。その象徴的人物が、シタール奏者のラヴィ・シャンカルです。

ラヴィ・シャンカルは、インド古典音楽を西洋の舞台で紹介し、東西文化の橋渡しをした人物として国際的に評価されました。福岡アジア文化賞の顕彰文でも、彼のシタール音楽が東西文化を結ぶ大きな役割を果たしたと紹介されています。彼の活動は、単に「インド風の音色」を西洋に流行させたのではなく、ラーガという長大な音楽体系を、コンサートホールや録音を通じて世界へ届けました。

同じく世界的に重要なのが、サロード奏者アリー・アクバル・カーンです。彼は演奏だけでなく、教育を通して北インド音楽を海外へ広めました。声楽では、北インドのビムセン・ジョーシー、南インドのM.S.スブラクシュミのように、圧倒的な声の力で伝統を現代へつないだ音楽家がいます。

映画音楽は古典音楽を消したのではなく、別の回路で広げた

現代のインド音楽を語るうえで、映画音楽、とくにヒンディー語映画の音楽を避けることはできません。ボリウッド音楽は、古典音楽、民謡、イスラム詩歌、ガザル、西洋ポップス、電子音楽などを大胆に混ぜ合わせてきました。

映画音楽は古典音楽そのものではありません。しかし、多くの映画歌曲にはラーガの影響が見られます。古典音楽を専門的に学んでいない人でも、映画を通じてラーガ的な旋律、タブラやドローンの響き、インド的な装飾音に触れることになりました。

これは日本で、学校唱歌、流行歌、映画、ラジオ、レコードが近代音楽を広げた流れとも比較できます。日本の近代音楽の展開については、関連記事「日本近代音楽の歴史|幕末の洋楽受容から滝廉太郎・古賀政男・歌謡曲まで」でも整理しています。

西洋音楽・日本音楽と比べると何が違うのか

最後に、西洋音楽、日本音楽、インド音楽を比較してみましょう。もちろん、それぞれの内部には大きな多様性があります。ここでは初心者が全体像をつかむための整理として見てください。

観点 西洋クラシック音楽 日本の伝統音楽 インド古典音楽
音楽の中心 和声、形式、楽譜化された作品 声、間、詞章、型、場面 ラーガ、ターラ、即興、主音
時間感覚 小節と楽章が前へ進む 間や場面転換を重んじる 周期が回り、サムへ戻る
伝承 楽譜、音楽院、作曲家名 家元、流派、口伝、稽古 師弟伝承、ガラーナ、音楽学校
即興 時代やジャンルによって差が大きい 型の中の変化が重要 ラーガとターラの中で大きく展開
音の土台 調性と和声 旋律型、詞章、楽器ごとの音色 ドローン音と主音

日本音楽との比較では、インド音楽も「声」「型」「師弟伝承」を重んじる点で近く感じられる部分があります。一方、インド音楽ではラーガとターラの理論が非常に体系化され、即興の展開が長大になる点が特徴です。

雅楽のように、音楽が儀礼、舞、場所と結びつく芸能もあります。神社で雅楽を見る面白さについては、関連記事「七夕の歌宴とは?神明雅楽・和歌披講・催馬楽・央宮楽を初心者向け解説」も参考になります。

よくある誤解|インド音楽は「なんとなく神秘的」な音楽ではない

誤解1:ラーガはインドの音階である

ラーガには音階の要素があります。しかし、ラーガは音階だけではありません。上行下行、重要音、特徴的な旋律句、装飾、時間帯、情感を含む概念です。「使う音」よりも「どう動くか」が重要です。

誤解2:ターラは拍子と同じである

ターラは拍子と似ていますが、周期としての性格が強いものです。聴きどころは、拍を数えることだけでなく、サムへ戻る緊張と解決にあります。

誤解3:即興だから毎回適当に演奏している

即興は、ルールがないという意味ではありません。むしろ、ラーガとターラのルールを深く身につけているからこそ、演奏者はその場で自由に展開できます。

誤解4:インド音楽はすべて宗教音楽である

インド音楽は宗教と深く関わりますが、すべてが儀礼音楽というわけではありません。宮廷音楽、舞台芸能、恋愛詩、映画音楽、現代の実験音楽など、幅広い領域があります。

誤解5:北インド音楽と南インド音楽は同じである

どちらもラーガとターラを基礎にしますが、歴史、形式、楽器、曲の作り方、演奏会の構成は異なります。インドの言語や地域の多様性を知ると、音楽の違いも理解しやすくなります。地域の基礎については「インド28州・8連邦直轄領の違いをわかりやすく」でも整理しています。

現代とのつながり|聴くときは何に注目すればよいか

インド音楽を初めて聴くときは、すべての用語を覚える必要はありません。まずは次の四つに注目すると、聴きやすくなります。

  • 背景で鳴り続けるタンプーラの音を探す
  • 旋律がどの音へ戻るのかを感じる
  • 打楽器が入ったら、周期が回っている感覚を追う
  • 演奏が速くなる前の、ゆっくり音を広げる時間を味わう

動画や録音では、短い名演よりも、少し長めの演奏を一度聴くのがおすすめです。インド音楽は、最初の数分で結論を出す音楽ではありません。香りが立ち上がるように、ラーガの輪郭が少しずつ見えてきます。

また、現代ではコンサート、大学講座、オンラインアーカイブ、博物館のデジタル展示を通して学べます。Sangeet Natak Akademi、ITC Sangeet Research Academy、The Metropolitan Museum of Artのラガマーラー関連資料などは、インド音楽を文化史として理解する入口になります。

FAQ|インド音楽を聴く前によくある質問

Q1. ラーガは何種類ありますか?

数え方によって大きく変わります。文献や流派によって数百から千を超えるとも語られますが、実際の演奏会で頻繁に聴かれるものはその一部です。重要なのは数を暗記することではなく、各ラーガが固有の動き方と雰囲気を持つことです。

Q2. インド音楽には和音がないのですか?

まったくないわけではありませんが、西洋クラシック音楽のように和声進行を中心に作る音楽ではありません。主音を支えるドローンの上で、旋律が細かく展開することが中心です。

Q3. タンプーラはなぜ同じような音を鳴らし続けるのですか?

タンプーラは、旋律が戻る中心を示すために鳴り続けます。背景の持続音があることで、演奏者も聴き手も、ラーガの音がどのような距離感を持っているかを感じられます。

Q4. 北インド音楽と南インド音楽は、初心者にはどちらから聴くとよいですか?

どちらからでも構いません。ゆっくりラーガが広がる感じを味わいたければ北インドのシタールや声楽、作品とリズムの密度を楽しみたければ南インドの声楽やヴァイオリン、ムリダンガムの演奏から入ると分かりやすいでしょう。

Q5. ボリウッド音楽を聴くことはインド古典音楽の勉強になりますか?

入口にはなります。映画音楽は古典音楽そのものではありませんが、ラーガ的な旋律、タブラやドローンの響き、古典声楽出身の歌手の歌い方に触れる機会になります。そこから古典演奏へ進むと、共通点と違いが見えやすくなります。

まとめ|インド音楽は、旋律と時間を深く旅する音楽だった

インド音楽が西洋音楽と違って聴こえるのは、音楽の中心に置いているものが違うからです。

西洋音楽が和声、楽譜、作曲家、オーケストラ、作品概念を発展させたのに対し、インド音楽は、ラーガ、ターラ、即興、声、師弟伝承、宗教儀礼、宮廷文化を中心に発展しました。

ラーガは単なる音階ではありません。旋律の動き、重要音、情感、時間帯まで含む「音の世界」です。ターラは単なる拍子ではありません。演奏者と聴き手が共有する、周期的な時間の輪です。そして即興は、自由奔放な思いつきではなく、厳格な伝統を深く理解したうえで行われる創造です。

インド音楽を聴くときは、最初からすべてを分析しようとしなくても大丈夫です。タンプーラの持続音に耳を澄ませ、旋律がどの音へ戻るかを感じ、リズムが大きな輪を描くことに気づく。その瞬間、インド音楽は「不思議な音楽」ではなく、別の理論と美意識を持つ、精密で豊かな音楽体系として見えてきます。

関連記事

参考文献・参考サイト

  1. UNESCO Intangible Cultural Heritage, “Tradition of Vedic chanting”
  2. Vedic Heritage Portal, “Vedic Chanting UNESCO”
  3. Sangeet Natak Akademi, “Music”
  4. 岡田恵美「Performing, Teaching, and Listening to Ragas in Hindustani Classical Music」『国立民族学博物館研究報告』48巻4号、2024年
  5. The Metropolitan Museum of Art, “Rasa and Raga: Painting and Music in Indian Art”
  6. ITC Sangeet Research Academy
  7. Fukuoka Prize, “Ravi Shankar”
  8. Oxford Scholarship Online, “A Moment of Historical Conjuncture in Mumbai: Playback Singing, Hindi Film Song, and the Female Voice”
  9. Cambridge Core, “More Than Bollywood: Studies in Indian Popular Music”
  10. The Kennedy Center, “Rhythm and Raga: Learn the basics of Indian music”
  11. Indian Council for Cultural Relations, “Empanelment of Artists/Groups”