「駄目」「一目置く」は本当に囲碁由来?12の日本語を初出年代で検証

「駄目」「一目置く」「定石」「布石」。普段の会話や文章で使う言葉には、囲碁との関係が語られるものが数多くあります。辞書の用例年代を並べると、専門用法が先に確認できる語もあれば、一般用法や軍事用法の方が古い語もあります。

囲碁との関係には、囲碁で使われる語と、囲碁から日常語へ広がった語があります。語源を判断する手掛かりは、専門用法と日常語・比喩用法の古い用例の順序です。

「初出年代」は確認できた古い用例の年代

辞書に載る古い用例は、文献上その語が使われていた時期を確かめる手掛かりです。文化庁の資料では、『日本国語大辞典』が「いちばん古いと思われるもの」を初出例として採る一方、さらに古い例が後から見つかることもあると説明されています。

初出年代は語の誕生年そのものではなく、現存資料で確認できた最古級の用例を示します。派生関係は、用例の年代順、辞書の語釈、別分野の古い用法、表記の一致などを組み合わせて判断します。

12語を史料上の確度で整理

語古い専門・関連用法古い一般・比喩用法判定
駄目囲碁・1275年無益の意味・1686年確実性が高い
駄目押し囲碁・1625年念を押す意味・1743年確実性が高い
一目置く囲碁の手合いに基づく語義比喩用例・1839〜41年確実性が高い
定石囲碁・1548年決まったやり方・1739年確実性が高い
布石囲碁書名・1901年1914年の辞書用例は「敷石」表記断定困難
捨て石囲碁用例・1910〜11年比喩用例・1710年再検証必要
岡目八目江戸期から囲碁との結び付きが確認される第三者の方が判断しやすい意味断定困難
目算囲碁・1213年見積もる意味・1345年断定困難
死活問題「死活」は囲碁でも使う「死活」1558〜70年頃、「死活問題」1911年再検証必要
手抜き現代の囲碁用語一般用例・1672年再検証必要
先手軍事・1459〜67年頃、囲碁・将棋1548年先に行動する意味・1593年再検証必要
後手軍事・1548年、囲碁・将棋1603〜04年先を越される意味・1687年再検証必要

「確実性が高い」は、辞書の語釈や用例年代が囲碁から一般語への流れを強く支える語です。「断定困難」は囲碁との結び付きが濃い一方、派生の経路に未確定部分があります。「再検証必要」は、囲碁以外の古い用法が先行するなど、囲碁起源説をそのまま採りにくい語です。

駄目――1275年の囲碁用法から「役に立たない」へ

囲碁の「駄目」は、黒白どちらの地にもならない空点を指します。『精選版 日本国語大辞典』は、この意味を1275年の『名語記』にさかのぼらせています。

「行っても効果がない」「役に立たない」という意味の古い用例は1686年です。盤上で打っても自分の地が増えない場所を表す語から、無益・無効を表す日常語へ広がった順序が確認できます。現在の「駄目だ」「それでは駄目」の遠い背景に、終局時の碁盤があります。

駄目押し――囲碁1625年、一般用法1743年

「駄目を押す」は、囲碁で駄目を詰める意味の用例が1625年の『太閤記』にあります。念のためにもう一度確かめる意味は1743年の『諸芸袖日記』に見えます。

現代では、確認を重ねる意味に加え、勝敗がほぼ決まった後の追加点を「駄目押し」と呼びます。

定石と一目置く――辞書が囲碁からの転用を支える語

定石――囲碁1548年、一般用法1739年

囲碁の定石は、主に序盤の隅で現れる定型的な打ち方です。『精選版 日本国語大辞典』は1548年の『運歩色葉』を資料として挙げ、1703年の実例も載せています。

「物事に対する決まったやり方」という一般義の用例は1739年です。現在の「交渉の定石」「販売の定石」のような使い方は、囲碁の定型から一般化した流れを追いやすい例です。将棋では「定跡」という表記が広く使われます。

一目置く――弱い側が先に石を置く

「一目置く」は、実力差がある対局で弱い側が先に一目を置いて始めることに由来する表現として辞書に載ります。そこから、自分より優れた相手に敬意を表して一歩譲る意味へ転じました。

比喩的な古い用例として、『精選版 日本国語大辞典』は1839〜41年の人情本『閑情末摘花』を挙げています。辞書も囲碁義からの転義として説明しています。

目算と布石――年代順は見えるが、派生関係には注意が要る

目算――囲碁の用例が1213年に現れる

「目算」は、囲碁で地の目数を計算する意味が1213年の『吾妻鏡』に見えます。「目で見て見積もる」意味の用例は1345年、計画や見込みの意味は1699年です。

確認できる年代では囲碁義が100年以上先行しますが、一般義への派生経路は未確定です。

布石――1901年の囲碁書に書名として確認できる

現在の囲碁で「布石」は序盤の石の配置を指します。CiNii Booksには、1901年刊の『圍碁布石法』が登録されており、少なくとも明治期には囲碁用語として定着していたことが分かります。国立国会図書館の囲碁特集でも、秀策と秀甫の棋譜解説に「布石の初頭」という表現が紹介されています。

一方、『精選版 日本国語大辞典』が「将来のために前もって手くばりをする」という意味で挙げる1914年の大杉栄の用例は、引用箇所の表記が「敷石」です。

捨て石――一般の比喩用例が囲碁の掲載例より古い

囲碁の捨て石は、相手に取らせる代わりに、それ以上の利益を得るための石です。日本囲碁連盟も「意識して相手に取らせる石」と説明しています。

ところが『精選版 日本国語大辞典』では、将来のための犠牲や予備的行為を表す比喩用例が1710年、囲碁の用例が1910〜11年です。掲載例の年代だけを見ると、比喩の方が約200年早くなります。

石を捨てて利益を得る発想自体は古く、国立国会図書館が紹介する「囲棋十訣」には「棄子争先」、すなわち石を棄てて先手を争うという格言があります。現時点の資料では、1710年の比喩用例と囲碁用語「捨て石」との直接の派生関係は未確認です。

岡目八目――囲碁との結び付きは強いが「八目」の説明が割れる

岡目八目は、当事者よりも傍らで見ている人の方が情勢をよく判断できるという意味です。囲碁の対局を外から見る人の方が局面を冷静に読める、という説明で広く知られています。

「八目」の解釈には複数説があります。「八手先まで読める」という説明には語法上の問題があります。囲碁では手数を「目」と数えないためです。毎日ことばplusが日本棋院囲碁殿堂資料館に取材した記事では、江戸時代の用語集は意味の説明にとどまり、日本棋院の出版物でも解釈が分かれているとされています。

「八目分の得をする妙手」という説のほか、柳田国男らが記した「八つの目=多くの目」とする説明もあり、「八目」の語源には複数説が併存しています。

手抜きと死活問題――現代の囲碁用語でも、語源は別に考える

手抜き――一般用法は1672年

囲碁の「手抜き」は、相手の着手への応手を省き、別の場所へ打つことです。日本囲碁連盟の用語解説にも現在の専門語として掲載されています。

一方、「本来行う手続きや手段の一部を省く」という一般語の古い用例は1672年の俳諧『女夫草』にあり、現時点で確認できる用例では一般語が先行します。

死活問題――「死活」には古い一般語の用例がある

囲碁では、石の一団が生きるか死ぬかを「死活」と呼びます。しかし「死活」という語は、死ぬことと生きること、存亡を表す一般語として1558〜70年頃の『詩学大成抄』に用例があります。

「死活問題」という複合語の古い用例は森鷗外「カズイスチカ」の1911年で、医者にとって患者の病気が生死に関わる問題であるという文脈です。現時点の史料では、「死活問題」の囲碁起源は未確認です。

先手・後手――囲碁より前に軍事語がある

先手――「さきて」の軍事用法が1459〜67年頃

囲碁・将棋では、先に着手する側を先手と呼びます。『精選版 日本国語大辞典』は、この意味を1548年の『運歩色葉』に載せています。

それより古いのが「さきて」と読む軍事語です。先陣・先鋒を表す用例が1459〜67年頃の『嘉吉記』にあります。人より先に行動する意味も1593年の『天草版金句集』で確認されます。

後手――1548年の軍事語、1603〜04年の囲碁・将棋語

「後手」も同様です。1548年の『運歩色葉』には、後方に備える予備の軍勢という意味が載ります。囲碁・将棋で先手の後に着手する意味は1603〜04年の『日葡辞書』に確認されます。

他人に先を越される、対応が遅れるという一般義の用例は1687年です。囲碁・将棋の語義が一般義に影響した可能性は残りますが、「後手」という語自体には軍事用法が先行しています。

参考文献・参照資料