「締切が迫ってテンパる」「予想外の質問にテンパった」。現在の「テンパる」は、焦って余裕を失う場面でよく使われます。語の土台になったのは、麻雀の「聴牌(テンパイ)」です。精選版『日本国語大辞典』も「テンパる」を「テンパイ」の動詞化として立項し、麻雀の意味と、俗語の「せっぱつまった状態になる」という意味を載せています。
聴牌は「あと一枚で上がれる」状態
日本プロ麻雀連盟の用語辞典では、聴牌を「あと1枚必要な牌がくれば和りになる状態」と説明しています。
聴牌とリーチは別の用語です。聴牌は手牌の状態を指し、立直(リーチ)は聴牌したことを他家に宣言して1000点を供託する行為・役を指します。聴牌していてもリーチをかけない場面があります。
日本の麻雀は明治末から昭和初期に広がった
麻雀博物館は、日本に麻雀牌が持ち込まれた初期の資料として、名川彦作が1909年(明治42年)に中国から持ち帰った牌を紹介しています。名川は中国・四川省で英語教師を務めたのち帰国し、その牌で周囲に麻雀を教えたとされています。
同館の麻雀史では、1923年の関東大震災後に一般への普及が進み、1929年には日本麻雀聯盟が結成され、全国選手権大会も開かれました。1930年前後には麻雀が都市文化の一角を占め、麻雀語が新聞や文学に現れる環境が整っていました。
1931年には「テンパイ」の用例が確認できる
国立国会図書館には、中山由五郎ら編『モダン語漫画辞典』が1931年11月刊として所蔵されています。「日国友の会」の「テンパイ」投稿では、この辞典が既存の早い資料として言及されています。
さらに「日国友の会」には、井伏鱒二「仕事部屋」の1931年発表時の用例が報告されています。麻雀の手について「テンパイ」と表現した例で、『日本国語大辞典 第二版』に載る1959~60年の文例より29年早いと編集部がコメントしています。
同投稿の語釈には、麻雀の聴牌から転じた意味として「十分に用意が整うこと」も掲げられています。麻雀卓の外へ意味が広がる下地は、「焦る」という現在の意味が定着する以前から存在していました。
1931年は「テンパイ」が日本語資料に現れる確かな定点です。確認できる最古級の用例は、実際の誕生時期より後になる可能性があるため、1931年は史料で確認できる年として位置づけられます。
「テンパる」は「テンパイ」を動詞にした語
精選版『日本国語大辞典』は、「テンパる」を「テンパイ(聴牌)」の動詞化した語と説明しています。第一の意味は、麻雀であと一枚そろえば上がれる状態に達することです。
公開されている辞書解説では、阿佐田哲也『新麻雀放浪記』の「テンパった」という麻雀用例が紹介されています。CiNii Booksの書誌では同書は文藝春秋から1981年4月に刊行されています。
今回確認した公開資料では、動詞「テンパる」の確実な麻雀用例を1981年より前まで遡らせる資料には到達していません。1981年は動詞の誕生年ではなく、現時点で確認できる確かな用例の一つです。
1995年には麻雀を離れた「テンパった」が現れる
スチャダラパーのアルバム『5th WHEEL 2 the COACH』は、非麻雀用法を確認できる資料です。ユニバーサルミュージックの資料では、オリジナルCDの発売日は1995年4月26日。表題曲の歌詞には、麻雀の対局を述べる文脈から離れて「テンパった末」という表現が使われています。
この例から、遅くとも1995年には「テンパる」が麻雀卓の外で使われていたことが確認できます。1990年代半ばには非麻雀用法が表に現れていました。
2001年刊の松沢呉一『風俗ゼミナール お客編』には、冷静さを失った人物について「頭がテンパっている」とする用例があります。「日国友の会」はこの例を、精神的な圧力で動揺する意味の資料として紹介しています。
2003年の若者語調査では学校・友人・テレビが登場する
赤嶺幸枝「若者の世代が使用する動詞に関する考察」は、2003年9月に沖縄県の中学生32人、高校生39人、大学生27人の計98人を対象として、「〜る」形の動詞を調査しました。「テンパる」も19語の一つに選ばれています。
調査表で「テンパる」の意味は「テンションが高すぎて余裕がない」とされ、使用理由には「皆が使うから」「便利だから」が挙がりました。使用場所・接触場所では「学校」と「テレビ」、よく使う相手では「友達」が上位でした。
この調査は沖縄県の98人を対象にしています。全国の若者全体の使用率ではなく、2003年当時に学校や友人間で「テンパる」が使われ、テレビでも耳にする語だったことを確認できる地域調査です。
大型国語辞典への採録は2000年代に進んだ
赤嶺論文の辞書比較では、『日本国語大辞典 第二版』2004年版の調査語一覧に「テンパる」は入っておらず、『大辞林 第三版』と『広辞苑 第六版』には収録されています。三省堂の書誌では『大辞林 第三版』は2006年10月27日発行です。
赤嶺論文は『広辞苑 第六版』を2007年として比較しています。岩波書店の案内では第六版は2008年刊です。
「準備が整う」と「焦る」の間にある意味変化
麻雀の聴牌は、上がりまであと一枚という完成直前の状態です。「日国友の会」の「テンパイ」投稿には、そこから広がった「十分に用意が整う」という語釈があります。一方、精選版『日本国語大辞典』の「テンパる」には「せっぱつまった状態になる」という俗語義があります。
この二つの意味の間を、「上がり牌を待つ緊張が焦りに変わった」と説明する紹介は広く見られます。任天堂の麻雀紹介ページも、聴牌時の緊張から落ち着きを失うという説明を採っています。今回確認できたのは年代ごとの用例と語釈で、心理的経路を直接記録した資料は見つかっていません。
英語の temper 説と「聴牌+る」
インターネット上では英語の temper と結びつける説明も見つかります。精選版『日本国語大辞典』は「テンパイ(聴牌)」の動詞化と明記し、麻雀義の実例もあります。1931年の「テンパイ」と後代の「テンパる」の用例もつながるため、辞書資料と年代資料は「聴牌+る」という語源説明を支持しています。
参考文献・資料
- 日国友の会「テンパイ【聴牌】」
- 日国友の会「テンパる」
- 国立国会図書館サーチ『モダン語漫画辞典』
- 麻雀博物館「宝物閲覧 日本」
- 日本プロ麻雀連盟「初級/麻雀用語辞典」
- CiNii Books『新麻雀放浪記 : 申年生まれのフレンズ』
- 意味大辞典「テンパるとは?」
- ORICON NEWS「5th WHEEL 2 the COACH」歌詞情報
- ユニバーサル ミュージック『5th WHEEL 2 the COACH』商品情報
- 赤嶺幸枝「若者の世代が使用する動詞に関する考察――『〜る』形の動詞に関して――」『明海日本語』第13号、2008年
- 三省堂『大辞林 第三版』
- 岩波書店『広辞苑 第七版』特色(第六版の刊行年参照)
- コトバンク「テンパる」(精選版 日本国語大辞典)
- 任天堂「世界のアソビ大全51:誰かに言いたい 世界のアソビ裏話」
