街の地下や山の中には、太平洋戦争期に造られた地下壕が今も各地に残っています。
地下壕には、空襲時に住民が逃げ込む小さな防空壕のほか、軍の司令部を置く巨大地下施設、航空機を造る地下工場、魚雷を整備する施設、通信室、病院、学校の避難施設などがあり、目的も規模も大きく異なります。
沖縄では、自然洞窟の「ガマ」が住民の避難場所や軍の陣地、病院などに使われた例もあります。

全国に地下壕はどれくらい残っている?
国土交通省は、地方公共団体と協力して現存する「特殊地下壕」の実態調査を行っています。
2023年3月時点の令和4年度調査では、政令指定都市を除く都道府県分が7,358か所、政令指定都市分が502か所でした。合計すると7,860か所です。
そのうち「危険又はその可能性がある」とされたものは、都道府県分320か所、政令指定都市分4か所の計324か所でした。
国土交通省の7,860か所は、陥没、落盤、壁面のひび割れ、出水などによって周辺に危険を及ぼす地下壕の状況を把握し、安全対策につなげる防災行政上の調査件数です。軍事施設としての役割、建設の経緯、動員された人々、戦後の保存状況、文化財としての価値などは、自治体や研究機関、保存団体による個別調査で検証されています。
なぜ日本各地に地下施設が造られたのか
地下壕が増えた背景には、本土空襲の激化があります。
国立公文書館は、戦時下の日本で空襲被害を受けた都市が215都市に及び、1945年ごろから空襲が激しさを増したと説明しています。
住民の防空体制は、1937年の防空法公布によって制度化されました。灯火管制、消防、防毒、避難、救護などが民間防空の対象となりました。
軍需生産でも地下化が進みます。1945年2月23日に閣議決定された「工場緊急疎開要綱」では、航空機・兵器・重要機械などの生産を維持するため、「分散、地下移設等」の方法を取る方針が明記されました。
戦争末期には、航空機工場の機械を山中の坑道へ移したり、飛行場の関連施設を地下へ移したりする工事が各地で進められました。すでに造られていた軍事施設を地下化した例もあれば、終戦直前の突貫工事で完成しきらなかった施設もあります。施設ごとに、計画、工事、完成、実使用まで進んだ段階が異なります。
地下壕は用途で見ると分かりやすい
全国の地下壕は、「何を地下へ移したのか」によって役割が分かれます。
住民を守る防空壕
住宅地や学校、工場などに造られ、空襲時の避難に使われた地下空間です。規模は数人が入る小さなものから、学校単位で利用する大規模なものまでさまざまです。
長崎県佐世保市の無窮洞は、旧宮村国民学校の生徒らが掘った防空壕として知られています。教室として使える地下空間などを備えています。
軍の司令部を置く地下壕
空襲を受けても指揮系統を維持するため、軍の中枢機能を地下へ移した施設です。
慶應義塾大学日吉キャンパス周辺に残る日吉台地下壕では、太平洋戦争末期に連合艦隊司令部が日吉へ移り、大学の地下が海軍の指揮拠点となりました。

長野県の松代大本営地下壕は、長野市によると舞鶴山・皆神山・象山に掘られた地下壕群の延長が約10km余りに及びます。
戦争末期、政府や軍の中枢機能を東京から松代へ移す構想のもとで建設されました。現在は象山地下壕の一部が一般公開されています。
地下軍需工場
工場を空襲から守り、兵器や航空機の生産を続けるための地下施設です。
東京都八王子市の浅川地下壕は、中島飛行機の航空機エンジン生産を地下へ疎開させるために造られました。終戦後には米国戦略爆撃調査団(USSBS)が内部を調査し、工作機械が並ぶ坑道の写真や配置図を残しています。

埼玉県の吉見百穴地下軍需工場も中島飛行機関係の巨大地下工場です。古墳時代の横穴墓群で知られる吉見百穴の地下に、戦争末期の航空機工場が重なって残っています。
岡山県倉敷市の亀島山地下工場は、空襲を避けて航空機生産を続けるために掘られた施設です。倉敷市の調査では総延長2,055mに及び、一部未完成ながら、1945年6月の水島大空襲後も地下工場などで終戦まで航空機生産が続けられました。
同じ「地下工場」でも、工事だけで終わった施設と、機械が搬入され実際に生産が行われた施設があります。
海軍航空基地を支えた地下施設
海軍航空基地の周辺には、飛行機の格納施設に加え、司令部、通信、兵舎、整備、魚雷関連施設などがありました。空襲が激しくなると、それらも地下へ移されていきます。
千葉県館山市の赤山地下壕は、館山海軍航空隊に関係する大規模な地下施設です。見学施設として公開されてきましたが、館山市は2025年11月に見学ルートの一部崩落を確認し、2026年8月28日時点でも安全性が確認できるまで臨時休壕としています。

神奈川県横須賀市では、追浜周辺の貝山地下壕や、久里浜の旧海軍通信学校地下壕など、海軍関連の地下施設が残っています。
熊本県錦町の人吉海軍航空基地跡では、地下魚雷調整場、地下兵舎壕、地下作戦室・無線室が現存しています。「ひみつ基地ミュージアム」では、これらを専任ガイドと巡る見学プランが設定されています。

鹿児島県垂水市の浜平地下壕は、海軍航空基地に関連する地下施設です。垂水市の調査によると総延長は約1.75km。旧垂水海軍航空隊が空襲で被害を受けた後、機能の地下移設が進められました。浜平地下壕は、魚雷整備場としての役割が主な機能だったと考えられています。
鹿児島県鹿屋市の串良基地跡には、特攻隊員との連絡に使われた地下壕電信司令室が残ります。深さ約7m、全長約51mで、特攻隊からの最後の通信を受け取った場所として市指定文化財になっています。
全国の代表的な地下壕・地下軍事施設
| 都道府県 | 施設 | 主な役割・特徴 | 現在の見方 |
|---|---|---|---|
| 埼玉 | 吉見百穴地下軍需工場 | 中島飛行機関係の地下工場 | 吉見百穴は見学可。地下軍需工場跡内は点検・調査のため立入禁止 |
| 東京 | 浅川地下壕 | 航空機エンジン生産の地下工場 | 見学会などで公開される区画あり |
| 神奈川 | 日吉台地下壕 | 連合艦隊司令部 | 保存活動・見学会あり |
| 神奈川 | 貝山地下壕 | 横須賀・追浜の海軍航空拠点 | 公開機会を確認して見学 |
| 神奈川 | 旧海軍通信学校地下壕 | 海軍通信教育・関連地下施設 | 現在の久里浜駐屯地周辺に残る |
| 神奈川 | 千代ヶ崎砲台 | 明治期の沿岸砲台。弾薬庫・掩蔽部・地下交通路 | 土日祝を中心に公開。地下施設はガイド見学 |
| 神奈川 | 野島掩体壕 | 航空機を守るトンネル型巨大掩体壕 | 壕口を外観見学。内部は一般公開されていない |
| 千葉 | 赤山地下壕 | 館山海軍航空隊関連 | 2026年8月28日時点で臨時休壕中 |
| 長野 | 松代大本営地下壕 | 政府・軍中枢機能の移転計画 | 象山地下壕の一部を一般公開 |
| 岡山 | 亀島山地下工場 | 航空機生産 | 坑内ではなく遺構・資料を中心に理解 |
| 長崎 | 無窮洞 | 学校の大規模防空壕 | 歴史遺産として見学可能 |
| 長崎 | 立山防空壕 | 長崎県防空本部 | 無料公開 |
| 熊本 | 人吉海軍航空基地地下施設 | 魚雷調整・兵舎・作戦・無線 | ガイドツアーで地下施設を見学 |
| 鹿児島 | 浜平地下壕 | 海軍航空基地関連・魚雷整備と推定 | 調査・保存対象。無断入壕不可 |
| 鹿児島 | 串良基地地下壕電信司令室 | 特攻隊との通信 | 市指定文化財 |
| 沖縄 | 旧海軍司令部壕 | 沖縄方面根拠地隊司令部 | 保存・公開施設 |
| 沖縄 | 南風原陸軍病院壕群20号 | 陸軍病院 | 事前予約制で見学 |
| 沖縄 | 糸数アブチラガマ | 住民避難・軍陣地・病院 | 予約・ガイド付きで入壕 |
| 沖縄 | 第32軍司令部壕 | 沖縄戦の日本陸軍司令部 | 発掘・保存活用事業が進行中 |
公開状況は調査・工事・天候などで変わります。現地へ行く場合は各自治体・管理施設の最新案内を確認してください。
長崎では「原爆投下後の行政」が地下壕に残る
長崎市の立山防空壕は、一般的な避難用防空壕と役割が異なり、戦時中は長崎県防空本部が置かれていました。
1945年8月9日の原爆投下直後、地上では被害の全体像さえ分からない混乱が続きました。その中で、立山の防空本部には各地から情報が集まり、国への被害報告や救援・救護要請が行われました。
現在は無料で見学でき、壕内にいた人の証言を紹介するパネルや、地下壕で発見された救護用電話の部品などが展示されています。
沖縄の「ガマ」は本土の防空壕と同じではない
沖縄県は、沖縄本島から八重山諸島までに沖縄戦関係の戦争遺跡を1,077か所確認しています。そのうち沖縄本島と周辺離島では865か所です。沖縄県の整理では、「壕」には軍が造った人工壕、住民が避難するために造った壕など、さまざまな形態があります。
沖縄では、石灰岩地帯などに形成された自然洞窟の「ガマ」も戦争中に利用されました。
糸数アブチラガマは南城市にある全長270mの自然洞窟です。もともと糸数集落の避難指定壕でしたが、日本軍の陣地壕・倉庫として使われ、戦場の南下に伴って南風原陸軍病院の分室となりました。公式案内では600人以上の負傷兵が収容されたとされています。同じ空間に住民、軍人、負傷兵、医療関係者が置かれることもありました。
本土で多くみられる「工場を地下へ移す」「司令部を地下へ移す」といった施設と、沖縄のガマでは、成立の経緯も戦争中の使われ方も大きく異なります。

沖縄には人工的に掘られた大規模な軍事地下施設もあります。旧海軍司令部壕はその代表例です。第32軍司令部壕も首里に残り、沖縄県は保存・公開に向けた調査と整備を進めています。
2026年8月には第1坑口周辺で発掘調査が行われ、8月30日に、検出された遺構について専門員が説明する現地説明会も開催されました。2026年時点では、壕内全体の一般公開に先立ち、発掘、記録、保存、公開に向けた取り組みが進行中です。
地下壕は「今も入れるか」だけで価値が決まるわけではない
非公開の地下壕にも、歴史資料としての価値があります。
地下工場の図面、終戦直後の米軍調査写真、自治体の測量図、発掘成果、当時の証言などが残っていれば、内部へ入らなくても施設の役割を具体的に追えます。亀島山地下工場や浜平地下壕のように自治体が詳細な調査を公表している施設では、坑道の規模や機能、残存状況まで確認できます。
落盤、陥没、出水などの危険が現在まで残るため、国土交通省は地下壕の実態調査を続けています。管理者が公開していない地下壕へ無断で立ち入らず、公開施設や正式な見学会を利用してください。
地下壕を見るときに注目したい5つのポイント
1.何を地下へ移したのか
人、軍司令部、工場、通信設備など、地下へ移された機能によって施設の性格が異なります。
2.いつ造られたのか
戦争前から存在した施設もあれば、1944~45年の本土空襲を受けて急造された施設もあります。
3.完成して実際に使われたのか
地下壕には、計画段階で終わったもの、工事中だったもの、完成したもの、軍需生産や指揮に実際に使われたものがあります。
4.誰が掘ったのか
地域住民、学生、工場労働者、動員された人々など、建設主体は施設によって異なります。朝鮮半島出身者を含む労働動員が記録されている施設もあります。人数や動員形態は資料間で表現が異なる場合があります。
5.戦後どう扱われたのか
埋め戻された壕、住宅地の地下に残った壕、文化財となった壕、公開施設になった壕があります。戦後80年以上の間に、保存、忘却、再発見の経緯も施設ごとに異なります。
個別記事を用途別・地域別に探す
シリーズの個別記事は、施設名だけでなく「何を地下化したのか」で比べると違いが分かりやすくなります。見学条件や公開状況は変わるため、最新情報は各個別記事で確認してください。
地下司令部・戦闘指揮施設
- 日吉台地下壕(神奈川)―連合艦隊司令部
- 松代大本営地下壕(長野)―政府・軍中枢の移転計画
- 八幡山特殊地下壕(栃木)―地域司令部
- 筑波海軍航空隊地下戦闘指揮所(茨城)―航空基地の地下指揮
- 屯鶴峯地下壕(奈良)―本土決戦期の地下指揮施設
- 第32軍司令部壕(沖縄)―沖縄戦の陸軍指揮中枢
- 旧海軍司令部壕(沖縄)―沖縄方面の海軍指揮中枢
- 硫黄島の地下壕・地下陣地(東京・小笠原)―実戦で使われた地下要塞
地下軍需工場・生産施設
- 浅川地下壕(東京)―航空機エンジン生産
- 吉見百穴地下軍需工場(埼玉)―航空機関連の地下工場
- 亀島山地下工場(岡山)―航空機生産
- タチソ地下工場(大阪)―航空機生産の地下疎開
- 大谷地下軍需工場(栃木)―採石場を利用した地下生産
- 三菱兵器住吉トンネル工場(長崎)―魚雷関連の地下工場
海軍航空基地・通信・魚雷・特攻関連
- 赤山地下壕(千葉)―海軍航空基地関連
- 貝山地下壕(神奈川)―横須賀・追浜の海軍地下施設
- 旧海軍通信学校地下壕(神奈川)―通信教育・通信関連
- 人吉海軍航空基地地下施設(熊本)―魚雷調整・兵舎・作戦・無線
- 串良基地跡地下壕第一電信室(鹿児島)―特攻隊との通信
- 浜平地下壕(鹿児島)―魚雷整備関連
- 大津島回天運搬用トンネル(山口)―回天の運搬
- 鶉野飛行場地下指揮所(兵庫)―航空基地の地下指揮
防空・行政・病院・住民避難
- 立山防空壕(長崎)―県防空本部・原爆投下後の行政対応
- 無窮洞(長崎)―学校の大規模防空壕
- 南風原陸軍病院壕20号(沖縄)―人工の病院壕
- 糸数アブチラガマ(沖縄)―自然洞窟を避難・軍事・病院に利用
- チビチリガマ/シムクガマ(沖縄)―住民避難のガマ
- 豊川海軍工廠の防空壕(愛知)―軍需工場の防空施設
完成・実使用の段階で比べる
地下施設は、計画・掘削中で終戦を迎えたもの、完成したもの、実際に司令部や工場として使われたもの、実戦の地下要塞として使われたものに分けられます。松代大本営・八幡山特殊地下壕・屯鶴峯地下壕は本格使用前に終戦を迎えた例、浅川・亀島山・大谷などは生産段階に入った例、日吉台・旧海軍司令部・第32軍司令部壕は実際の指揮施設、硫黄島は実戦で使われた地下陣地として比較できます。
何を地下化したか、現在どう見られるかで比べる
地下化された対象は、人、司令部、工場、通信、魚雷整備、病院、航空基地機能などに分かれます。現在の見方も、通常公開、予約・ガイド制、外観のみ、非公開、VR・3D公開などさまざまです。全国比較はこのページ、沖縄特有の自然洞窟・軍民混在・沖縄戦の経緯は沖縄のガマ・地下壕ガイドで詳しく整理しています。
参考文献・確認先
- 国土交通省「令和4年度特殊地下壕実態調査結果について」
- 国土交通省「都市災害復旧事業等(特殊地下壕対策事業)」
- 国立公文書館「災害に学ぶ―明治から現代へ― 15 空襲と防空」
- 国立公文書館デジタルアーカイブ「防空法・御署名原本・昭和十二年・法律第四七号」
- 国立国会図書館リサーチ・ナビ「工場緊急疎開要綱」
- 長野市「松代象山地下壕のご案内」
- 倉敷市「『亀』地下工場(亀島山地下工場)」
- ひみつ基地ミュージアム「展示・見学のご案内」
- ひみつ基地ミュージアム「開館時間・料金」
- 垂水市「旧垂水海軍航空隊と浜平地下壕」
- 鹿屋市「鹿屋市内の県・市指定文化財一覧」
- 佐世保市「映像作品『佐世保に残る歴史遺産「無窮洞」』を公開しました」
- 長崎市「県防空本部跡(立山防空壕)」
- 沖縄県「沖縄県の戦争遺跡」
- 南風原町「沖縄陸軍病院南風原壕群20号 見学案内」
- 糸数アブチラガマ公式サイト
- 沖縄県「第32軍司令部壕」
- 沖縄県「第32軍司令部壕(首里司令部壕跡)現地説明会のご案内」
- 館山市「『赤山地下壕跡』見学のご案内」
- 吉見町「吉見百穴/地下軍需工場跡」
