モンゴル音楽とは何か|馬頭琴・ホーミー・草原の音の世界

モンゴル音楽を聴くと、広い草原に風が吹き、馬が走り、人の声が遠くまで届くような感覚があります。馬頭琴の低く深い響き、ホーミーの不思議な倍音、長い歌の伸びやかな旋律。そこには、教会や劇場ではなく、草原と遊牧生活の中で育った音楽の世界があります。

西洋音楽は、教会、宮廷、劇場、市民社会、楽譜出版、音楽学校、コンサートホールの中で発展してきました。一方、モンゴル音楽は、草原、馬、家畜、移動、風、山、川、儀礼、叙事詩、共同体の記憶と深く結びついてきました。

この記事では、モンゴル音楽を「馬頭琴が美しい」「ホーミーが珍しい」という紹介だけで終わらせず、なぜその音が生まれ、どのように人々の暮らしと結びつき、現代のロックや世界音楽へ広がっているのかを、初心者向けに一本の流れとして解説します。

この記事で分かること

  • モンゴル音楽はなぜ西洋音楽と違って聴こえるのか
  • 馬頭琴、ホーミー、長い歌(オルティンドー)の基本
  • 草原、遊牧、馬、風、自然音が音楽にどう関係するのか
  • 叙事詩、英雄譚、シャーマニズム、チベット仏教との関係
  • モンゴル国、内モンゴル、トゥバを混同しない見方
  • 伝統音楽が現代のロックや世界音楽へどう広がったのか

30秒で分かる結論──モンゴル音楽は「草原とともに響く音楽」

モンゴル音楽を一言でいうなら、草原と遊牧生活の中で、人の声と楽器が自然・馬・共同体の記憶を運ぶ音楽です。

もちろん、現在のモンゴルには音楽学校、劇場、録音産業、ポップス、ロック、クラシックのオーケストラもあります。しかし伝統音楽の核を見ると、音を「屋内で楽譜どおりに再現するもの」と考えるより、自然と暮らしの中で「遠くへ届き、記憶を呼び起こし、人と動物と土地をつなぐもの」と見るほうが理解しやすくなります。

要素 代表例 何を表しているか
ホーミー、長い歌、短い歌 風、山、川、動物、遠くへ届く呼びかけ
楽器 馬頭琴、トブシュール、口琴、笛 馬の歩み、家畜、語り、歌の伴奏
物語 叙事詩、英雄譚、神話、祝詞 共同体の歴史、英雄像、家系や土地の記憶
暮らし 遊牧、祭り、宴、儀礼、家畜との関係 移動する生活のリズム、自然への感覚
現代 保存活動、国民文化化、世界音楽、The HUなど 伝統を現代のステージや録音文化へ翻訳する動き

この全体像を持っておくと、馬頭琴、ホーミー、長い歌が別々の珍しい芸ではなく、草原の生活から生まれた一つの音の世界として見えてきます。

モンゴル音楽はなぜ西洋音楽と違って聴こえるのか

モンゴル音楽が西洋音楽と違って聴こえる理由は、単に音階や楽器が違うからではありません。音楽が育った「場所」と「役割」が違うからです。

西洋音楽、とくにクラシック音楽は、長い時間をかけて教会の聖歌、宮廷の儀礼、都市の劇場、市民のコンサート、楽譜出版、音楽院の教育と結びついてきました。そこでは、複数の声部をどう重ねるか、和声をどう進めるか、楽譜にどう記録して再演するか、室内やホールでどう響かせるかが大きな課題になりました。

一方、モンゴル音楽の伝統を理解するときは、まず草原を想像すると分かりやすいです。固定された劇場ではなく、移動する生活。壁に囲まれた音響空間ではなく、風が抜ける開けた大地。楽譜を読む専門家だけでなく、家族、遊牧民、語り手、歌い手、馬や家畜と向き合う人々。こうした環境では、音楽は鑑賞物であると同時に、呼びかけ、祈り、語り、記憶、しるしにもなります。

そのため、モンゴル音楽には次のような特徴が見られます。

  • 旋律が広く伸び、音と音のあいだに大きな空間を感じさせる
  • 一つの声から複数の響きを出すホーミーのように、声そのものを楽器化する
  • 馬頭琴が馬の歩み、いななき、風景、物語を思わせる音を担う
  • 歌や語りが、共同体の歴史や英雄譚を伝える記憶装置になる
  • 自然音の模倣が、単なる効果音ではなく世界観の表現になる

ただし、「モンゴル音楽=楽譜がない」「西洋音楽=自然と無関係」と単純に分けるのは正確ではありません。現代のモンゴルでは楽譜教育も音楽院も発達していますし、西洋音楽にも自然を描いた作品は数多くあります。大切なのは、モンゴル音楽の伝統では、音が草原の生活、馬、声、移動、記憶と強く結びついてきたという点です。

草原と遊牧生活──音楽が生まれる場所が違う

モンゴル高原の暮らしを考えると、音楽の意味が見えてきます。遊牧生活では、人は季節に合わせて移動し、馬、羊、山羊、牛、ラクダなどの家畜とともに暮らします。家は固定された石造建築ではなく、移動可能なゲルです。遠くの人へ声を届けること、動物の動きを感じること、天候や地形を読むことは、生活の感覚そのものです。

そのような世界では、音楽は「余暇の楽しみ」だけではありません。宴の歌、家畜に関わる旋律、子どもに聞かせる物語、英雄をたたえる語り、祈りや儀礼の音、旅の孤独を慰める歌が、生活の節目に置かれます。

たとえば、馬頭琴には、動物をなだめるための旋律が伝わると説明されることがあります。ユネスコの馬頭琴に関する解説でも、馬頭琴は長い歌、神話的な語り、儀礼、馬に関わる日常作業に伴うことがあり、家畜をなだめる旋律が残るとされています。ここで重要なのは、音楽が人間だけの閉じた芸術ではなく、動物と暮らす世界の一部として考えられてきたことです。

また、草原では「沈黙」も音楽の背景になります。都市の雑音に囲まれた音楽とは違い、広い空間に長く伸びる声や弦の響きは、音が消えていく時間まで含めて味わわれます。長い歌のゆったりした旋律や、ホーミーの倍音が風景を思わせるのは、この時間感覚と無関係ではありません。

馬頭琴とは何か──馬と人をつなぐ弦楽器

馬頭琴は、モンゴル語でモリンホール(Morin khuur)と呼ばれる、モンゴルを代表する擦弦楽器です。日本語名の「馬頭琴」は、棹の先端に馬の頭をかたどった彫刻が付くことに由来します。

基本的には二本の弦を持ち、弓でこすって音を出します。弦や弓には馬の尾の毛が用いられることがあり、見た目だけでなく素材の面でも馬と深く結びついています。国立音楽大学楽器学資料館の解説でも、馬頭琴は馬の頭の彫刻だけでなく、弓の毛や弦に馬のしっぽの毛を使うなど、馬と密接な関わりがある楽器として紹介されています。

馬頭琴の音は何を表すのか

馬頭琴の音は、しばしば馬の足音、いななき、風、遠い地平線を思わせると語られます。実際、馬頭琴の演奏には、馬の疾走を描くような曲、語りを伴う曲、長い歌の伴奏、儀礼や宴の場で弾かれる曲があります。

ユネスコの「Traditional music of the Morin Khuur」は、馬頭琴が独奏だけでなく、踊り、長い歌、神話的な語り、儀礼、馬に関わる日常作業にも伴うと説明しています。つまり馬頭琴は、単なる「民族楽器」ではなく、歌、語り、馬、儀礼を横につなぐ中心的な楽器なのです。

「スーホの白い馬」と馬頭琴の物語

日本では、馬頭琴というと絵本や国語教材で知られる『スーホの白い馬』を思い出す人も多いでしょう。大切な馬を失った少年が、その馬をしのんで楽器を作るという物語は、馬頭琴を「馬と人の記憶を鳴らす楽器」として印象づけました。

ただし、馬頭琴の起源を一つの物語だけで説明することはできません。モンゴル周辺には、翼を持つ馬、亡くなった馬、恋人に会いに行く若者など、馬頭琴の由来を語る複数の伝承があります。これらは歴史的事実をそのまま記録したものというより、モンゴルの人々にとって馬がどれほど重要な存在だったかを伝える物語として読むのがよいでしょう。

ホーミーとは何か──一人の声から複数の音が響く喉歌

ホーミー、またはホーメイは、喉歌・倍音唱法として知られる歌唱法です。最大の特徴は、一人の歌い手が低い持続音を出しながら、その上に笛のような高い倍音の旋律を響かせることです。

普通の歌では、一人の声から一つの旋律が聞こえるように感じます。ところがホーミーでは、低い基音が地面のように鳴り、その上に細い高音が浮かび上がります。口の形、舌、唇、喉、鼻腔などを細かく調整し、声に含まれる倍音の一部を強調することで、複数の音が同時に聞こえるようにするのです。

ユネスコの「Mongolian traditional art of Khöömei」は、ホーミーを西モンゴルのアルタイ山脈に起源を持つ歌唱として説明し、歌い手が自然の音を模倣しながら、持続するドローンと倍音の旋律を同時に発すると述べています。ここでも鍵になるのは、声が自然音と結びついている点です。

ホーミーは「特殊効果」ではなく自然観の表現

ホーミーを初めて聴くと、「どうやって出しているのか」という技術に驚きます。しかし技術だけに注目すると、ホーミーの本質を見落とします。

スミソニアン・フォークウェイズの解説では、トゥバの喉歌について、歌い手が動物、山、川、草原の強い風など、自然の音を模倣すると説明されています。モンゴルのホーミーでも、鳥、風、水、山、動物の音を思わせる響きが重要です。つまりホーミーは、声の曲芸ではなく、人間の身体を通して自然の響きを再構成する芸能なのです。

モンゴルのホーミー、内モンゴルのホーメイ、トゥバのホーメイ

ここで注意したいのが地域差です。日本語では、モンゴル国のホーミー、内モンゴルのホーメイ、トゥバのホーメイがまとめて「喉歌」と紹介されることがあります。確かに、いずれも倍音唱法を含み、中央アジア・北アジアの草原文化と関係します。

しかし、同じものとして扱いすぎると誤解が生まれます。モンゴル国の「Mongolian traditional art of Khöömei」は2010年にユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に登録されています。一方、中国の内モンゴルなどで伝承される「Mongolian art of singing, Khoomei」は、中国の登録として2009年に登録されています。さらにトゥバは現在ロシア連邦内の共和国で、トゥバ語はモンゴル語ではなくテュルク系の言語です。トゥバのホーメイは、モンゴル系の文化と隣り合いながらも、トゥバ人の歴史と自然観の中で発展してきました。

したがって、この記事では「草原音楽圏の近い親戚」として並べつつ、モンゴル国、内モンゴル、トゥバを同一視しないように整理します。

長い歌(オルティンドー)──草原の時間を伸ばす歌

長い歌は、モンゴル語でオルティンドー(Urtiin Duu / Urtyn duu)と呼ばれます。名前だけ見ると「曲の時間が長い歌」と思いがちですが、それだけではありません。長い歌の「長さ」は、音節を長く引き伸ばし、広い音域を使い、自由なリズムで旋律を展開するところにあります。

ユネスコは、オルティンドーを装飾、ファルセット、非常に広い声域、自由な構成を特徴とする叙情的な歌として説明し、その演奏と創作がモンゴル遊牧民の牧畜生活と深く結びつくと述べています。登録名は「Urtiin Duu, traditional folk long song」で、モンゴル国と中国の共同の要素として2008年に代表一覧表に記載されています。

なぜ「草原の時間」を感じるのか

長い歌では、一つの言葉が大きく引き伸ばされます。歌詞の情報量は少なくても、声の揺れ、装飾、息の長さ、音の上がり下がりによって、広い空間を移動するような感覚が生まれます。

これは、西洋音楽の「拍子に合わせて旋律を進める」感覚とはかなり違います。もちろん長い歌にも音楽的な規則や型はありますが、聴く側には、一定の拍で前へ進む音楽というより、草原の地平線に沿って声がゆっくり伸びていくように感じられます。

短い歌(ボギンドー)との違い

モンゴルの歌には、長い歌だけでなく、短い歌(ボギンドー)もあります。短い歌は、比較的はっきりしたリズムや親しみやすい旋律を持ち、日常の楽しみ、恋愛、労働、宴席などと結びつきます。

長い歌が「広い空間と長い息」を感じさせる歌だとすれば、短い歌は人々の日常や共同体の場に近い歌といえます。モンゴル音楽を理解するには、長い歌だけを神秘化するのではなく、短い歌、民謡、踊りの音楽、語り物もあわせて見る必要があります。

叙事詩と英雄譚──音楽は記憶を運ぶものだった

モンゴル音楽を語るうえで、叙事詩と英雄譚を外すことはできません。文字で書かれた歴史書だけでなく、歌い、語り、唱えることによって、共同体の記憶は受け継がれてきました。

ユネスコの「Mongol Tuuli: Mongolian epic」は、モンゴルのトゥーリを、数百行から数千行に及ぶ英雄叙事詩の口承伝統として説明しています。そこには、祝詞、讃辞、呪文、ことわざ、昔話、神話、民謡などが組み込まれ、モンゴルの口承伝統の生きた百科全書とも表現されています。

ここでいう叙事詩は、単なる娯楽作品ではありません。英雄の戦い、旅、試練、家族、土地、祖先の記憶を、声と旋律と語りで共有する仕組みです。広い草原で移動しながら暮らす社会では、固定された記念碑や建物だけが記憶を残すわけではありません。語り手の声、楽器の伴奏、聞き手の記憶もまた、歴史を運ぶ媒体でした。

その意味で、モンゴル音楽は「音楽史」であると同時に「記憶の歴史」です。歌い手、語り手、楽器奏者は、単に音を出す人ではなく、共同体の過去と現在をつなぐ役割を担ってきました。

シャーマニズム、仏教、儀礼──音楽と信仰の関係

モンゴル音楽と信仰の関係を語るときは、慎重さが必要です。モンゴルの音楽をすべて「シャーマニズムの音楽」と言い切るのも、すべて「仏教音楽」として説明するのも正確ではありません。地域、時代、民族集団、儀礼の種類によって関係は変わります。

それでも、音と信仰が深く結びついてきたことは重要です。モンゴル高原では、天、山、川、祖先、精霊、動物への感覚が、人々の世界観に大きな影響を与えてきました。ユネスコのホーミー解説でも、ホーミーは鳥から学ばれたと信じられることがあり、鳥の霊がシャーマニズムの実践で重要だと説明されています。

また、モンゴルではチベット仏教も大きな位置を占めてきました。寺院の読経、法要、楽器、仮面舞踊、祭礼は、民間の歌や遊牧生活の音とは異なる宗教的な音の世界を作りました。社会主義時代には宗教が抑圧された時期もありましたが、1990年前後の民主化以降、信仰や伝統文化の復興も進みました。

つまり、モンゴル音楽の信仰性は一枚岩ではありません。自然と精霊への感覚、遊牧社会の儀礼、仏教寺院の音、国家的な舞台芸術、現代の保存活動が、時代ごとに重なり合っていると見るのが適切です。

モンゴル国、内モンゴル、トゥバ──草原音楽圏の広がり

「モンゴル音楽」と聞くと、現在のモンゴル国だけを思い浮かべがちです。しかし、モンゴル系の音楽文化は、モンゴル国、中国の内モンゴル自治区、ロシアのブリヤートやカルムイク、さらにトゥバなど、周辺地域と複雑につながっています。

ただし、ここでも混同は禁物です。国境、言語、民族集団、政治制度、教育制度、保存政策が異なるため、同じ「草原の音楽」といっても、地域ごとに伝承の形は変わります。

地域 関係する音楽文化 注意点
モンゴル国 馬頭琴、ホーミー、長い歌、短い歌、叙事詩、舞踊、現代ロックなど 国家の象徴として保存・教育・舞台化されてきた側面がある
中国・内モンゴル ホーメイ、長い歌、馬頭琴、民謡、現代民族音楽 中国の少数民族政策、学校教育、舞台芸術の中で展開してきた
ロシア・トゥバ トゥバのホーメイ、イギル、口琴、英雄叙事詩、シャーマニズム復興 トゥバ人はテュルク系で、モンゴル語圏と近接するが同一ではない
ブリヤート、カルムイクなど モンゴル系の歌、楽器、仏教文化、口承伝統 ロシア領内の歴史、宗教、言語政策の影響を受けてきた

このように見ると、モンゴル音楽は一つの国の中だけで完結する文化ではありません。草原を移動してきた人々の歴史、帝国の記憶、国境で分かれた近現代史、ユネスコ登録をめぐる文化政策が重なった音楽圏なのです。

現代のモンゴル音楽──伝統からロック、世界音楽へ

現代のモンゴル音楽は、伝統がそのまま保存されているだけではありません。保存、教育、舞台化、録音、観光、国民文化化、世界音楽化、ロックやヒップホップとの融合が同時に進んでいます。

20世紀のモンゴルでは、社会主義国家のもとで劇場、歌舞団、音楽教育、作曲、舞台芸術が整備されました。伝統的な歌や楽器は、地域の暮らしの中だけでなく、国家を代表する文化として編成され、舞台で演奏されるようにもなりました。これは伝統の消滅ではなく、伝統が新しい制度の中に移された出来事でもありました。

21世紀になると、馬頭琴やホーミーは世界音楽の文脈でも広く知られるようになります。録音、動画配信、海外公演、フェスティバル、コラボレーションを通じて、草原の音は世界の聴衆へ届くようになりました。

The HUと「Hunnu Rock」

現代の例として分かりやすいのが、モンゴルのバンドThe HUです。公式サイトでは、The HUは2016年にウランバートルで結成された音楽グループで、自らのスタイルを「Hunnu Rock」と呼び、メンバーが馬頭琴、喉歌、トブシュール、口琴、ツォールなどを担当すると紹介されています。

The HUの音楽は、伝統音楽そのものではありません。西洋のロック、メタル、録音技術、ミュージックビデオ、世界市場の仕組みを使っています。しかし、馬頭琴、喉歌、モンゴル語の歌詞、遊牧民や古代の記憶を思わせるイメージを組み合わせることで、伝統の響きを現代のロックへ翻訳しています。

ここに、現代モンゴル音楽の面白さがあります。伝統は博物館の中で凍っているのではなく、新しいメディアの中で姿を変えながら生きています。

西洋音楽・日本音楽・インド音楽・中国音楽と比べると何が違うのか

モンゴル音楽の特徴は、他地域の音楽と比べるとより見えやすくなります。ただし、どの地域の音楽も多様であり、次の表はあくまで初心者向けの大まかな比較です。

音楽文化 育った主な場 重視されやすいもの モンゴル音楽との違い
西洋クラシック 教会、宮廷、劇場、都市のホール、音楽院 和声、対位法、楽譜、管弦楽、建築音響 モンゴル音楽は自然音、声、馬、移動、口承との結びつきが強い
日本の伝統音楽 宮廷、寺社、能舞台、座敷、祭礼、芸能集団 間、語り、節回し、楽器の音色、舞との関係 モンゴル音楽は草原の広がり、馬、遊牧生活、倍音唱法が大きな軸になる
インド音楽 宮廷、寺院、師弟関係、都市の演奏会 ラーガ、ターラ、即興、声と旋律の精密な展開 モンゴル音楽は長い歌やホーミーを通じて、風景・自然音・遊牧の時間感覚を強く出す
中国古典・民間音楽 宮廷、文人文化、劇場、祭礼、地域芸能 楽器文化、劇音楽、詩文、地域ごとの旋律 内モンゴルは中国内の少数民族音楽として展開し、モンゴル国とは制度的背景が異なる
モンゴル音楽 草原、ゲル、遊牧生活、儀礼、語り、近現代の劇場・学校 馬頭琴、ホーミー、長い歌、叙事詩、自然音、共同体の記憶 音を、建物の中の再現だけでなく、土地・馬・声・移動の経験としてとらえる

この比較から分かるように、モンゴル音楽の独自性は「珍しい発声」や「異国情緒」だけではありません。音楽が、草原の暮らしの中で何を担っていたのかに注目すると、その違いが立体的に見えてきます。

よくある誤解──モンゴル音楽を聴く前に整理しておきたいこと

誤解1:モンゴル音楽は全部ホーミーである

ホーミーは非常に有名ですが、モンゴル音楽の一部です。馬頭琴、長い歌、短い歌、叙事詩、舞踊音楽、仏教儀礼の音、現代ポップスやロックなど、実際には幅広い音楽があります。

誤解2:ホーミーとトゥバの喉歌は完全に同じである

近い関係はありますが、モンゴル国、内モンゴル、トゥバでは言語、歴史、技法の分類、伝承の文脈が異なります。まとめて「喉歌」と呼ぶことはできますが、細かく見ると地域ごとの差があります。

誤解3:長い歌は、ただ演奏時間が長い歌である

長い歌の特徴は、曲の分数だけではありません。一つの音節を長く伸ばし、広い声域と装飾を使って歌う点が特徴です。草原の広がりや、ゆったりした時間感覚を感じさせる歌です。

誤解4:馬頭琴は昔のまま変わっていない

馬頭琴は伝統的な楽器ですが、近現代には舞台演奏、教育制度、合奏、改良、国際公演の中で新しい形も生まれました。伝統は固定された過去ではなく、受け継がれながら変化するものです。

誤解5:The HUを聴けば伝統音楽を全部理解できる

The HUは伝統要素を現代ロックへ翻訳した重要な存在ですが、伝統音楽そのものではありません。入口としては魅力的ですが、そこから馬頭琴独奏、長い歌、ホーミー、民謡、叙事詩へ広げて聴くと、モンゴル音楽の奥行きが見えてきます。

現地で見られる場所・資料・聴き方

モンゴル音楽を理解するには、文章で読むだけでなく、実際に音を聴くことが大切です。まずは、馬頭琴、ホーミー、長い歌を別々に聴き、その後で組み合わさった演奏を聴くと違いが分かりやすくなります。

  • ユネスコ無形文化遺産の公式ページで、登録名と国・地域を確認する
  • Smithsonian Folkwaysなどの録音・教材で、喉歌や馬頭琴の音を聴く
  • 日本国内では、国立音楽大学楽器学資料館など、世界の楽器を展示する施設の情報を確認する
  • 公演では、馬頭琴だけでなく、歌、語り、踊り、口琴、笛がどう組み合わさるかを見る
  • 現代音楽では、The HUのようなバンドを入口に、伝統音楽との違いも意識する

聴く順番としては、最初に馬頭琴の独奏を聴き、次に長い歌、ホーミー、叙事詩や語り、最後に現代のロックや世界音楽へ進むのがおすすめです。そうすると、現代の迫力あるサウンドの奥に、草原の音の記憶が残っていることに気づきやすくなります。

FAQ

モンゴル音楽はどんな音楽ですか?

馬頭琴、ホーミー、長い歌、短い歌、叙事詩、民謡、舞踊音楽、儀礼音楽、現代ポップスやロックまでを含む広い音楽文化です。伝統的には、草原、遊牧、馬、自然音、共同体の記憶と深く結びついています。

馬頭琴はバイオリンの仲間ですか?

弓で弦をこすって音を出す擦弦楽器という点では、バイオリンやチェロと同じ大きな仲間に入ります。ただし、構造、構え方、音色、調弦、演奏文脈は異なります。モンゴルでは馬との象徴的な関係がとくに重要です。

ホーミーはどうして二つの音に聞こえるのですか?

声にはもともと基音と倍音が含まれています。ホーミーでは、喉、口腔、舌、唇などを調整して特定の倍音を強調するため、低い持続音の上に高い笛のような旋律が聞こえます。

長い歌は何が「長い」のですか?

曲の長さだけでなく、一つの音節を長く伸ばし、広い声域と装飾を使って歌う点が特徴です。草原の広がりや、ゆったりした時間感覚を感じさせる歌です。

モンゴル音楽とトゥバ音楽は同じですか?

近い関係はありますが、同じではありません。トゥバは現在ロシア連邦内の共和国で、トゥバ人はテュルク系の言語を話します。トゥバのホーメイは有名ですが、モンゴル国や内モンゴルのホーミー/ホーメイとは地域的・歴史的な違いがあります。

まとめ|モンゴル音楽は、草原とともに響く音楽だった

モンゴル音楽は、建物の中で楽譜を再現する音楽というより、広い草原、馬、風、移動、自然との共生の中で、人の声と楽器が遠くへ響く音楽として育ってきました。

馬頭琴は、馬と人の関係を音にする楽器です。ホーミーは、人間の身体を通して風、鳥、山、川の響きを思わせる喉歌です。長い歌は、草原の広がりと長い息を旋律に変える歌です。叙事詩や英雄譚は、共同体の記憶を声で運ぶ仕組みでした。

そして現代のモンゴル音楽は、伝統をただ保存するだけではありません。劇場、音楽学校、録音、ユネスコ登録、世界音楽、ロック、動画配信の中で、伝統の響きを新しい形へ変え続けています。

モンゴル音楽を聴くときは、珍しい発声や異国風の楽器だけに注目するのではなく、その背後にある草原、遊牧、馬、自然、語り、記憶を想像してみてください。すると、馬頭琴の一音、ホーミーの倍音、長い歌の伸びる声が、別々の音ではなく、一つの草原の世界として響いてくるはずです。

関連記事

参考資料・参考文献

  1. UNESCO Intangible Cultural Heritage, “Traditional music of the Morin Khuur”(最終確認:2026年7月8日)
  2. UNESCO Intangible Cultural Heritage, “Mongolian traditional art of Khöömei”(最終確認:2026年7月8日)
  3. UNESCO Intangible Cultural Heritage, “Mongolian art of singing, Khoomei”(最終確認:2026年7月8日)
  4. UNESCO Intangible Cultural Heritage, “Urtiin Duu, traditional folk long song”(最終確認:2026年7月8日)
  5. UNESCO Intangible Cultural Heritage, “Mongol Tuuli, Mongolian epic”(最終確認:2026年7月8日)
  6. Smithsonian Folkways, “Throat Singing: A unique vocalization from three cultures”(最終確認:2026年7月8日)
  7. Smithsonian Folkways, “Musical Hooves on the Steppes: The Morin Huur of Mongolia”(最終確認:2026年7月8日)
  8. The HU Official, “Band”(最終確認:2026年7月8日)
  9. 外務省「モンゴル基礎データ」(最終確認:2026年7月8日)
  10. 国立音楽大学楽器学資料館「楽器の10分講座『馬頭琴』」(最終確認:2026年7月8日)