世界を説明する数式の歴史|ピタゴラスからニュートン、相対性理論・量子力学・標準模型まで

1689年に描かれたアイザック・ニュートンの肖像

石が落ち、月が地球を回り、光が届き、電波が飛び、原子が決まった色の光を出し、半導体の中を電子が動く。見た目はまるで別々の現象ですが、人類はそれらを少しずつ数式の中へ結びつけてきました。数式は自然を短く書く記号であると同時に、「次に何が起こるか」を計算する道具でもあります。

その歩みは曲折を重ねました。ある式が広い範囲を説明できるようになると、説明できない現象が残り、その穴を埋めるために新しい数学や新しい物理が生まれました。古い理論も、適用範囲の中では今も高精度な近似として使われています。

  1. 古代ギリシャ――形の世界を数で表す
  2. ガリレオ――運動を測る
  3. デカルト――位置を数で表す
  4. ニュートンとライプニッツ――変化を計算する微積分
  5. ニュートン――地上と宇宙を同じ法則で結ぶ
  6. エネルギーという別の見方
  7. 産業革命と熱力学――熱を数式で扱う
  8. ボルツマン――温度とエントロピーを原子の統計から説明
  9. 波の数学――音・弦・光への準備
  10. ファラデーとマクスウェル――電気・磁気・光の統一
  11. 19世紀末――完成したはずの古典物理に亀裂が入る
  12. プランク1900――量子の入口
  13. アインシュタイン1905――時間と空間を作り直す
  14. アインシュタイン1905――光は波だけでは説明できない
  15. ラザフォードとボーア――原子の中を見る
  16. アインシュタイン1915――重力は時空の曲がり
  17. ネーター1918――対称性と保存則がつながる
  18. ド・ブロイ1924――粒子にも波がある?
  19. ハイゼンベルク、ボルン、ヨルダン――行列力学
  20. シュレーディンガー1926――波動力学
  21. ボルン1926――波動関数を確率として読む
  22. シュレーディンガー方程式を実際に読む
  23. 自分で量子力学を計算する――1nmの箱の中の電子
  24. 水素原子を解くと1s・2pが現れる
  25. ディラック1928――相対論と量子力学を結ぶ
  26. 量子場理論と標準模型――粒子は場の励起として扱われる
  27. 現在の二本柱と、まだ説明できないもの
  28. 方程式が分かっていても答えが簡単には出ない世界
  29. 世界を説明する数式の歴史はまだ終わっていない
  30. 参考文献・一次資料・公式資料

古代ギリシャ――形の世界を数で表す

古代ギリシャの数学では、図形の性質を論理的に証明する方法が大きく発達しました。いわゆる「ピタゴラスの定理」はピタゴラス本人だけの発見として単純に帰属できず、古バビロニア数学にも直角三角形の数の組に関する先行知識がありました。ギリシャではピタゴラス学派や、その後のユークリッド『原論』の体系の中で、図形と数の関係が証明の対象になっていきます。

a² + b² = c²

直角三角形で、直角をはさむ2辺が a と b、斜辺が c です。辺の長さが3と4なら、3²+4²=9+16=25なので、c=5。目で見た形を数で予測できる、という感覚がここにあります。

ただし、この式が扱うのは主に「形」です。物体がなぜ動くのか、どれだけ速く落ちるのかまではまだ式になっていません。

ガリレオ――運動を測る

17世紀初め、ガリレオ・ガリレイは落下や斜面上の運動を測定し、運動を数量として比較しました。後世の物理では、初速度0、空気抵抗を無視し、重力加速度 g を一定とした自由落下を、現在一般的な表記で次のように書けます。

x = 1/2 gt²

自分で計算:2秒でどれだけ落ちるか

求めるのは落下距離 x です。g=9.80665 m/s²、t=2 s を入れると、x=1/2×9.80665×2²=19.6133 m。約19.6 mです。

時間を2倍にすると距離は4倍になります。運動が「速い・遅い」という言葉から、時間と距離の関係へ変わりました。

デカルト――位置を数で表す

1637年、ルネ・デカルトの『幾何学』は代数を幾何に結びつけました。彼の著作は、点や曲線を数と式で扱う解析幾何の発展に大きな土台を与えました。現在使われる直交座標は、その後の数学者たちによる記法や体系化も経て整いました。

原点から点(3,4)までの距離は、古代の三平方の定理を座標上で使って √(3²+4²)=5 と求められます。位置を x や y という数で表せるようになると、物体の位置を時間の関数 x(t) として記述する道が開きます。

ニュートンとライプニッツ――変化を計算する微積分

17世紀後半、アイザック・ニュートンとゴットフリート・ライプニッツは、それぞれ独立に微積分びせきぶんを発展させました。ニュートンは「流率」、ライプニッツは dx や ∫ を用いる記法を整え、のちに優先権をめぐって激しい論争になります。現在は両者の独立した貢献が区別して扱われます。

物理で重要なのは、位置→速度→加速度という「変化の連鎖」を計算できることです。たとえば位置が x=t² なら、速度は v=dx/dt=2t、さらに加速度は a=dv/dt=2。微分は、一瞬ごとの変化率を取り出す道具になりました。

ニュートン――地上と宇宙を同じ法則で結ぶ

1687年、ニュートンは『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』を刊行しました。そこには運動の法則と万有引力ばんゆういんりょくが体系化されています。現代の教科書でおなじみの F=ma はニュートンが『プリンキピア』にそのまま書いた式ではなく、第二法則を一定質量の場合に現代的な記号で表した形です。

F = ma

F は物体に働く合力、m は質量、a は加速度です。2 kgの物体に6 Nの合力が働けば、a=F/m=6/2=3 m/s²。力が運動の変化と結びつきます。

F = G Mm/r²

こちらは2つの質量 M と m の間に働く重力です。地球表面では m を消去して、重力加速度を g=GM/R² と書けます。

自分で計算:地球の質量と半径から g を出す

G=6.67430×10⁻¹¹ m³/(kg·s²)、地球質量 M=5.9722×10²⁴ kg、地球半径 R=6.371×10⁶ m とすると、g=GM/R²≈9.82 m/s²。学校で使う約9.8 m/s²が、地球の質量と大きさから出てきます。

同じ重力法則で、地上の落下と月・惑星の運動を扱えることがニュートン力学の大きな統一でした。リンゴの逸話にはニュートン自身が晩年に語った核がありますが、落ちるリンゴを見た瞬間に万有引力を完成したという形は後世に単純化されたものです。

エネルギーという別の見方

運動を時間ごとに追わず、エネルギーの出入りから答えを出す見方も発達しました。代表的なのが運動エネルギー K と、地表近くの重力による位置エネルギー U です。

K = 1/2 mv²

U = mgh

自分で計算:高さ5mから落とすと直前の速さは?

空気抵抗を無視し、静かに落とすと、最初の位置エネルギー mgh が地面直前の運動エネルギー 1/2 mv² に変わります。m は両辺から消え、v=√(2gh)。g=9.80665 m/s²、h=5 m なら v≈9.90 m/sです。

「保存される量」を探す考え方は、のちにネーターの定理によって対称性と結びつきます。

産業革命と熱力学――熱を数式で扱う

蒸気機関の効率をどう高めるかという現実の問題から、19世紀の熱力学ねつりきがくが育ちました。サディ・カルノーは1824年に理想的な熱機関を考え、ジュールらは熱と仕事の等価性を明らかにし、クラウジウスは第二法則とエントロピーの考えを整えました。

現代のカルノー機関の最大効率は、高温側と低温側の絶対温度だけで決まります。

η = 1 – Tc/Th

自分で計算:600Kと300Kの熱源

Th=600 K、Tc=300 K なら、η=1-300/600=0.5。理論上の最大効率は50%です。ケルビン(K)は絶対温度の単位で、温度差だけでなく比を取る計算にも使えます。

第二法則は、熱が自然に高温側から低温側へ移り、実在の機関ではすべての熱を仕事へ変換できないことを表します。エントロピーは、その方向性を数量化する中心概念になりました。

ボルツマン――温度とエントロピーを原子の統計から説明

ルートヴィヒ・ボルツマンは、熱や温度を膨大な数の粒子の運動から説明しようとしました。当時は原子の実在そのものをめぐる論争が残っていましたが、統計力学とうけいりきがくは巨視的な熱現象と微視的な粒子を結びつけます。

S = k ln W

S はエントロピー、k はボルツマン定数、W は同じ巨視的状態を作れる微視的な状態の数です。硬貨2枚なら、表裏の組合せは「表表・表裏・裏表・裏裏」の4通りです。粒子が10²³個ほど集まる物質では、可能な並び方が途方もなく多くなり、確率の偏りが「熱の向き」として現れます。

波の数学――音・弦・光への準備

18世紀にはダランベール、オイラー、ベルヌーイらが弦の振動を数式で論じ、フーリエは複雑な波を単純な波の重ね合わせとして扱う方法を発展させました。代表的な1次元波動方程式は次の形です。

∂²u/∂t² = c² ∂²u/∂x²

u は弦などの変位、c は波の速さです。方程式を解くには、両端が固定されている、といった「境界条件」が必要です。長さ L の両端固定弦では、許される波長は次のようになります。

λₙ = 2L/n

自分で計算:長さ1mの弦に許される波長

L=1 mなら、n=1で λ₁=2 m、n=2で1 m、n=3で約0.667 m。境界条件を入れると、どんな波長でも許されるのではなく、飛び飛びの値だけが残ります。この構造は、のちの「箱の中の電子」で再登場します。

ファラデーとマクスウェル――電気・磁気・光の統一

マイケル・ファラデーは電気と磁気を「場」として捉える直観を育て、ジェームズ・クラーク・マクスウェルはそれを数理的な体系へまとめました。マクスウェル本人の体系は、現在の4本のベクトル方程式とは異なる形でした。19世紀後半、ギブズらがベクトル解析を発展させる一方、オリヴァー・ヘヴィサイドはマクスウェルの体系をベクトル形式へ再構成し、現在よく見る4本の形へ整理しました。

1870年頃のジェームズ・クラーク・マクスウェルの肖像
ジェームズ・クラーク・マクスウェル(1870年頃)/Wikimedia Commons(Public Domain)

現在一般的なSI単位系での4本は、次の形です。

∇·E = ρ/ε₀

∇·B = 0

∇×E = -∂B/∂t

∇×B = μ₀J + μ₀ε₀ ∂E/∂t

  • 電荷が電場 E の源になる(ガウスの法則)
  • 磁場 B には電荷のような単独の源が見つかっていない
  • 変化する磁場が電場を生む(ファラデーの法則)
  • 電流と変化する電場が磁場を生む(アンペール=マクスウェルの法則)

真空ではこれらから電磁波が導かれ、その速さは c=1/√(μ₀ε₀) となります。μ₀=1.25663706212×10⁻⁶、ε₀=8.8541878128×10⁻¹² を入れると c≈299,792,458 m/s。光速そのものです。光が電磁波だと分かったことで、光学と電磁気学でんじきがくが同じ理論に入ります。

電磁波を実験で確かめたヘルツの仕事は、やがて無線通信へつながります。装置と通信網がどのように成立したかは「無線通信を発明したのは誰?」で詳しくたどれます。

19世紀末――完成したはずの古典物理に亀裂が入る

19世紀末、力学・電磁気学・熱力学は大きな成功を収めていました。一方で、黒体から出る光の強度分布、金属に光を当てたときに電子が飛び出す光電効果、原子が特定の色だけを出すスペクトルなど、古典論だけではうまく説明できない現象が残ります。

とくに黒体放射を古典的な考えで高周波側まで延ばすと、放射エネルギーが際限なく増える予測になりました。後に「紫外破綻」と呼ばれる問題です。

プランク1900――量子の入口

ベルリンのマックス・プランクは黒体放射の実験結果を説明するため、1900年にエネルギーのやり取りが連続ではなく、周波数 ν に比例する単位で起こるとする考えを導入しました。

1938年のマックス・プランクの肖像
マックス・プランク。フーゴー・エルフルト撮影(1938年)/Wikimedia Commons(Public Domain)

E = hν

h はプランク定数です。1900年のプランクは、放射と物質のエネルギー交換を量子化する文脈でこの考えを使いました。光そのものを粒子のような量子として扱った1905年のアインシュタインとは役割が異なります。

自分で計算:可視光の1量子のエネルギー

ν=5.0×10¹⁴ Hz、h=6.62607015×10⁻³⁴ J·s とすると、E=hν=3.313×10⁻¹⁹ J。電子ボルトでは約2.07 eVです。1 eVは電子1個が1 Vの電位差で得るエネルギーで、1 eV=1.602176634×10⁻¹⁹ Jです。

アインシュタイン1905――時間と空間を作り直す

電磁気学では真空中の光速 c が特別な定数として現れます。1887年のマイケルソン=モーリー実験は、当時想定されていた光の媒質「エーテル」に対する地球の運動を検出しようとして予想された差を見いだせませんでした。1905年、アルベルト・アインシュタインは光速度不変と相対性原理を基礎に特殊相対性理論を提示します。

γ = 1/√(1-v²/c²)

自分で計算:0.8cで動くと時間はどうなるか

v=0.8c とすると、γ=1/√(1-0.8²)=1/0.6≈1.67。運動する時計の固有時間が1時間進む間に、その時計を動いているものとして見る慣性系では約1.67時間が対応します。日常速度では v²/c² が極小なので γ はほぼ1になり、ニュートン力学が高精度の近似として残ります。

E = mc²

質量1 g=0.001 kgに対応する静止エネルギーは E=0.001×(299,792,458)²≈8.99×10¹³ Jです。この値は、1 gの質量すべてをエネルギーへ変換した場合に対応します。実際の化学反応や核反応で変換されるのは質量の一部です。

アインシュタイン1905――光は波だけでは説明できない

同じ1905年、アインシュタインは光電効果を説明するため、光のエネルギーが hν のまとまりとして振る舞うと考えました。プランクの量子化を光そのものの性質へ踏み込ませた点が大きな違いです。

Kmax = hν – φ

自分で計算:光子3.0eV、仕事関数2.2eV

金属から電子を取り出すのに必要な仕事関数 φ=2.2 eV、光子エネルギー hν=3.0 eVなら、最大運動エネルギー Kmax=3.0-2.2=0.8 eVです。周波数が低く hν<φ なら、光を強くしても電子は飛び出しません。強さは主に光子の数、周波数は1個あたりのエネルギーに対応します。

ラザフォードとボーア――原子の中を見る

1909年のガイガーとマースデンの散乱実験を受け、マンチェスターのアーネスト・ラザフォードは1911年、原子の正電荷と大半の質量がごく小さな原子核に集中する模型を提示しました。ところが古典電磁気学では、原子核の周囲を回る電子は電磁波を出してエネルギーを失い、安定な原子を説明しにくくなります。

1913年、ニールス・ボーアは水素原子に飛び飛びの許された状態を仮定しました。水素原子のエネルギー準位は、現在よく使われる形で次のように書けます。

1922年頃のニールス・ボーアの肖像
ニールス・ボーア(1922年頃)/AB Lagrelius & Westphal/Wikimedia Commons(Public Domain)

Eₙ = -13.6/n² eV

n=1なら -13.6 eV、n=2なら -3.40 eV、n=3なら約 -1.51 eV。n=3からn=2へ移ると差は約1.889 eVで、その光の波長は約656.4 nm。赤いHα線に対応します。ボーア模型は水素のスペクトルを見事に説明しましたが、許された軌道を仮定として置く必要があり、多電子原子やより細かな構造の説明には限界がありました。

アインシュタイン1915――重力は時空の曲がり

アインシュタインは特殊相対論の後、重力を含む理論へ進み、ベルリンで1915年に一般相対性理論いっぱんそうたいせいりろんの場の方程式を完成させました。現代的な表記の一つは次の形です。

Gμν + Λgμν = (8πG/c⁴)Tμν

左辺は時空の幾何学的な曲がり、右辺は物質やエネルギーの分布を表します。重力を「空間の中で働く力」から「時空そのものの構造」へ置き換えた式です。

rₛ = 2GM/c²

自分で計算:太陽のシュヴァルツシルト半径

太陽質量 M=1.98847×10³⁰ kg を入れると rₛ≈2953 m、約3 kmです。太陽がその半径の内側に収まるほど圧縮された場合の事象の地平面の尺度になります。一般相対論は水星の近日点移動、重力レンズ、ブラックホール、重力波などを記述します。

1922年に来日したアインシュタイン夫妻と日本側の人々
1922年に来日したアルベルト・アインシュタイン夫妻を囲む日本側の人々。撮影者不詳/Wikimedia Commons/Public Domain

アインシュタインは1922年に来日し、日本でも大きな注目を集めました。この写真は1905年や1915年の研究現場ではなく、その後の世界的な名声を伝える補助資料です。来日時の社会的な反響は世界的著名人の来日で読む日本近現代史で詳しく扱っています。

ネーター1918――対称性と保存則がつながる

ゲッティンゲンで数学と理論物理の交流が進む中、エミー・ネーターは1918年に、連続的な対称性と保存則を結ぶ定理を発表しました。物理法則が時間を少しずらしても同じ形ならエネルギー保存、空間の位置をずらしても同じなら運動量保存が対応します。

前半で「便利な保存量」として使ったエネルギーは、さらに深い対称性の構造から理解できるようになりました。現代の場の理論でも、どんな対称性を持つかが理論を組み立てる中心になります。

ド・ブロイ1924――粒子にも波がある?

パリ大学のルイ・ド・ブロイは1924年の博士論文で、光に粒子性があるなら、電子のような物質にも波としての性質があるのではないかと提案しました。

1929年の物理学者ルイ・ド・ブロイの肖像
ルイ・ド・ブロイ、1929年。撮影者不詳/Wikimedia Commons/Public Domain。

λ = h/p

自分で計算:速度100万m/sの電子

非相対論的に p=mv として、電子質量 m=9.109×10⁻³¹ kg、v=1.0×10⁶ m/s を入れると、λ=h/(mv)≈7.27×10⁻¹⁰ m=0.727 nm。原子の大きさと同程度のスケールです。電子の波が原子内部の構造に関係する可能性が具体的な長さで見えてきます。

ハイゼンベルク、ボルン、ヨルダン――行列力学

1925年、ヴェルナー・ハイゼンベルクは観測できる量を中心に新しい量子力学を組み立て、ゲッティンゲンのマックス・ボルンとパスクアル・ヨルダンが行列の数学との対応を明確にしました。

1933年の物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクの肖像
ヴェルナー・ハイゼンベルク、1933年。Bundesarchiv, Bild 183-R57262/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0 de。

2×2行列なら、4つの数を長方形に並べたものです。量子力学では、位置や運動量のような物理量を行列(より一般には演算子)で表し、その掛け算の順序が結果に影響することがあります。

ΔxΔp ≥ ħ/2

ハイゼンベルクが1927年に示した不確定性関係ふかくていせいかんけいは、位置のばらつき Δx と運動量のばらつき Δp の積に下限があることを表します。測定器の精度不足だけを言っているのではなく、量子状態そのものの構造から生じます。

シュレーディンガー1926――波動力学

ド・ブロイの物質波の発想を受け、チューリヒ大学のエルヴィン・シュレーディンガーは1926年に波動力学を発表しました。

物理学者エルヴィン・シュレーディンガーの肖像
エルヴィン・シュレーディンガー。Robertson撮影/Smithsonian Institution Libraries/Wikimedia Commons/No known copyright restrictions。

iħ ∂ψ/∂t = Ĥψ

未知数は粒子の位置そのものではなく、波動関数はどうかんすう ψ です。Ĥ(ハミルトニアン)は系のエネルギーに対応する演算子です。時間変化が不要な定常状態では、

Ĥψ = Eψ

という固有値問題として扱えます。シュレーディンガー方程式単体の意味、成立史、応用はシュレーディンガー方程式とは?高校生にもわかる数式の意味・誕生の歴史・何に役立つのかで詳しく解説しています。

ボルン1926――波動関数を確率として読む

シュレーディンガーは当初、ψを物理的な波として捉えようとしました。1926年、マックス・ボルンは散乱の研究から、|ψ|²を粒子を見つける確率密度として読む解釈を示しました。

∫|ψ|² dx = 1

全空間で見つかる確率を合計すると1になる、という正規化条件です。古典力学では方程式から位置 x(t) を追えました。量子力学では、方程式から確率分布を与える状態 ψ を求めることになります。

シュレーディンガー方程式を実際に読む

-(ħ²/2m)d²ψ/dx² + V(x)ψ = Eψ

  • ψ:量子状態を表す波動関数
  • m:粒子の質量
  • V(x):位置によって決まるポテンシャルエネルギー
  • E:その定常状態の全エネルギー
  • ħ:h/2πで定義される定数
  • d²ψ/dx²:波動関数が空間でどれほど曲がっているかを表す二階微分

前半で登場した要素がここで集まります。微分は「変化」を扱い、VとEは「エネルギー」を扱い、ψは「波」を表し、解を決めるには「境界条件」が必要です。式の見た目は新しくても、必要な部品はすでに歴史の中で育っていました。

自分で量子力学を計算する――1nmの箱の中の電子

幅 L の両端で波動関数が0になる「無限に深い箱」を考えると、許されるエネルギーは次のようになります。

Eₙ = n²π²ħ²/(2mL²)

L=1 nm=1.0×10⁻⁹ m、電子質量 m=9.1093837×10⁻³¹ kg、ħ=1.0545718×10⁻³⁴ J·s を入れます。

  • n=1:E₁≈0.376 eV
  • n=2:E₂≈1.50 eV
  • n=3:E₃≈3.38 eV

古典的な粒子なら箱の中で任意の運動エネルギーを考えられます。量子力学では境界条件のため波長が飛び飛びになり、その波長と結びつくエネルギーも飛び飛びになります。1mの弦で見た「境界条件→許される波長が離散的」という構造が、そのまま量子化の理解につながります。

水素原子を解くと1s・2pが現れる

水素原子では、電子と陽子のクーロン力を V(r) に入れて3次元のシュレーディンガー方程式を解きます。その結果として、エネルギー準位だけでなく、主量子数・方位量子数・磁気量子数が現れ、1s、2s、2pといった原子軌道が得られます。

水素原子の波動関数の絶対値二乗を立体表示した原子軌道アニメーション
水素原子の原子軌道。波動関数の絶対値二乗を3D表示。Jacopo Bertolotti/Wikimedia Commons/CC0 1.0。

軌道は電子が小さな惑星のように通る線ではなく、|ψ|²から得られる確率分布の形です。学校で記号として覚える1sや2pが、方程式の解として出てきます。

ディラック1928――相対論と量子力学を結ぶ

シュレーディンガー方程式は低速領域を扱う非相対論的な方程式です。ポール・ディラックは1928年、特殊相対論と量子力学を結ぶ電子の方程式を発表しました。自然単位系でよく使われる共変形は次のように書けます。

(iγ^μ∂_μ – m)ψ = 0

この方程式は電子のスピンを自然に含み、負のエネルギー解の意味を追う過程から反粒子の概念へつながりました。1932年にカール・アンダーソンが陽電子を実験で発見し、数学が未知の粒子を先回りしていたことが明確になりました。

量子場理論と標準模型――粒子は場の励起として扱われる

20世紀中盤以降、粒子を「場の量子的な励起」として扱う量子場理論が発達しました。量子電磁力学(QED)、弱い相互作用と電磁相互作用の統一、量子色力学(QCD)、クォーク、ゲージ対称性、ヒッグス機構が組み合わさり、標準模型が作られます。

ℒSM = ℒgauge + ℒfermion + ℒHiggs + ℒYukawa

  • ℒgauge:電磁・弱・強い相互作用を担うゲージ場
  • ℒfermion:クォークとレプトンの運動
  • ℒHiggs:ヒッグス場と対称性の破れ
  • ℒYukawa:ヒッグス場とフェルミ粒子の結合、粒子質量に関係

実際の標準模型ラグランジアンは各項をさらに展開した長い式ですが、構造としては「どの場があり、どう相互作用するか」を一つの原理で記述します。半導体の性質も量子力学から理解されますが、素粒子の標準模型はさらに小さなスケールの基本粒子と相互作用を扱います。

標準模型は電磁気力・弱い力・強い力を高精度で説明しますが、重力を含みません。

現在の二本柱と、まだ説明できないもの

現代物理では、ミクロの素粒子を扱う標準模型(量子場理論)と、重力・時空を扱う一般相対性理論が大きな二本柱です。どちらも極めて成功していますが、同じ条件で自然に一つへ統合する量子重力の完成形は得られていません。

  • ダークマター:重力的な影響は観測されていますが、何でできているかは未解明です。
  • ダークエネルギー:宇宙の加速膨張を説明するために用いられる名称ですが、その正体は未解明です。
  • 物質・反物質非対称:なぜ観測宇宙が物質優勢なのかは未解決です。
  • ニュートリノ質量:ニュートリノに質量があることは振動実験から分かっていますが、その質量の起源は標準模型の最小形だけでは説明しきれません。

一般相対論を使った宇宙観測は、理論を現実の天体へ照らし返す役割を持ちます。宇宙望遠鏡の観測史に関心があれば、写真でたどるハッブル宇宙望遠鏡もつながる読み物です。

方程式が分かっていても答えが簡単には出ない世界

未解決には二種類あります。一つは、量子重力のように基礎方程式そのものの完成形が分かっていない問題。もう一つは、方程式は知られていても、一般解や長期予測が極めて難しい問題です。

三体問題では、ニュートンの運動方程式と万有引力が分かっていても、3天体の一般的な運動を一つの簡単な式で書くことはできません。カオスでは初期条件のわずかな差が長期的に大きな差へ成長し、天気予報の予測可能性にも限界を作ります。

水や空気の流れを記述するナビエ–ストークス方程式も知られていますが、乱流らんりゅうの一般的な振る舞いは難問です。特に3次元非圧縮性ナビエ–ストークス方程式について、滑らかな解が常に存在するかという「存在と滑らかさ」の問題は、クレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題として未解決です。

世界を説明する数式の歴史はまだ終わっていない

三平方の定理は形を数にし、座標は位置を数にし、微積分は変化を計算できるようにしました。ニュートンは地上と宇宙を結び、熱力学と統計力学は熱を巨視的・微視的に結び、波の数学とマクスウェル方程式は光と電磁気を統一しました。相対論は時空を作り直し、量子力学は原子の飛び飛びのエネルギーを方程式から導きました。

人類が新しい数式を必要としたのは、既存の式で説明できない現象が残ったときです。現在も、量子重力やダークマターなどの問いが残っています。次の方程式がどんな数学を必要とするのかは、まだ決まっていません。

参考文献・一次資料・公式資料