空気の外へ望遠鏡を置けば、星はもっと鮮明に見えます。
考え方は単純です。しかし、巨大な主鏡、精密な姿勢制御装置、交換可能な観測機器、太陽電池、通信設備を備えた望遠鏡を宇宙へ運び、何十年も使い続けることは大きな技術的挑戦でした。
ハッブル宇宙望遠鏡は1990年の打ち上げ直後、主鏡の重大な誤差が判明し、「数十億ドルの失敗」と批判されました。それでもNASAとESAは見捨てず、宇宙飛行士が軌道上で修理しました。

その後ハッブルは、銀河、星の誕生、ブラックホール、宇宙膨張、太陽系天体を観測し、人類が宇宙を見る方法を変えました。構想、製造、失敗、修理、五回の整備ミッション、代表的な観測成果までを27点の公的画像でたどります。
構想から打ち上げまで
「ハッブル」という名前はどこから来たのか

名称の由来となったエドウィン・ハッブルは、20世紀前半の天文学者です。彼はアンドロメダ星雲内の変光星を調べ、それが天の川の外にある独立した銀河だと示しました。さらに銀河の距離と後退速度の関係を示す観測が、膨張宇宙の理解につながりました。
膨張宇宙の理論と観測にはジョルジュ・ルメートル、ヴェスト・スライファー、ミルトン・ヒューメイソンなど多くの研究者が関わっています。
なぜ望遠鏡を宇宙へ置くのか
地上の望遠鏡は大気越しに宇宙を見ます。空気の揺らぎは星像をぼかし、水蒸気や分子は特定の波長を吸収します。宇宙望遠鏡なら大気の影響を受けず、紫外線、可視光、近赤外線の一部を安定して観測できます。
一方、宇宙望遠鏡は高価で、故障時の修理には大きな制約があります。鏡の大きさ、重量、電力、通信量にも制約があります。
ライマン・スピッツァーが描いた構想

1946年、天文学者ライマン・スピッツァーは、地球外へ大型望遠鏡を置く科学的利点を論じました。人工衛星の登場以前です。
1950年代以降、ロケットと人工衛星技術が発展し、NASAは小型の宇宙天文衛星を運用しました。その経験をもとに大型宇宙望遠鏡計画が進み、ESAも太陽電池、観測機器、人員などで参加しました。
ハッブルの構造
ハッブルは低地球軌道を回る反射望遠鏡です。主鏡の直径は2.4メートル。光は主鏡、副鏡を経てカメラや分光器へ送られます。
望遠鏡は高速で地球を周回しながら、遠方天体へ正確に向き続ける必要があります。ジャイロ、リアクションホイール、ファイン・ガイダンス・センサーを組み合わせて姿勢を制御します。
主鏡の失敗と軌道上修理
主鏡製造で起きたこと

ハッブルの主鏡は軽量構造で、表面を極めて正確な形へ研磨しました。ところが測定基準となるヌル補正器が誤った位置で組み立てられていました。
その装置に合わせて研磨したため、主鏡は誤った形へ高精度に仕上げられました。別の測定結果は矛盾を示していましたが、その矛盾は十分に追及されないまま製造が進みました。
地上での組立と修理可能な設計

ハッブルは、スペースシャトルによる整備を想定して設計されました。観測機器、ジャイロ、電子装置をユニット単位で交換でき、宇宙服の手袋でも扱える留め具や手すりが設けられました。
この設計が後の復活を可能にしました。宇宙での交換対象は観測機器やジャイロなどで、主鏡は対象外でした。
チャレンジャー事故による延期
ハッブルは1980年代に打ち上げ予定でしたが、1986年のChallenger事故でシャトル飛行が停止しました。ハッブルは地上保管され、追加試験や改良を受けながら再開を待ちました。
1990年、打ち上げ

1990年4月24日、DiscoveryがSTS-31で打ち上げられました。

貨物室には折り畳まれた太陽電池パネルを持つハッブルが固定されていました。

翌25日、ロボットアームで持ち上げられ、軌道へ放出されました。

太陽電池パネルは展開時に問題を起こしましたが、地上操作で展開できました。その直後、さらに重大な問題が見つかります。
最初の画像はなぜぼやけたのか
観測開始後、星の光が一点へ集まらず周囲へ広がりました。主鏡に球面収差があったのです。

球面収差とは、鏡の場所によって反射光の焦点がずれる現象です。ハッブル主鏡外縁部の誤差は約2.2マイクロメートル。髪の毛よりはるかに小さい差ですが、精密望遠鏡には重大でした。
測定装置の設定、品質保証、請負企業とNASAの情報共有、予算・工程、矛盾する検査結果を追跡しなかった組織体制が原因に関係しました。
修理前の観測
球面収差があっても、画像処理や分光観測によって科学研究は可能でした。設計どおりの性能には届かず、NASAは1993年の整備ミッションへ向けて修理方法を準備しました。
補正光学系で主鏡の誤差を直す
主鏡の誤差は規則的で正確に測定できました。逆向きの誤差を持つ補正光学系を入れれば、光を正しい位置へ戻せます。

COSTARは複数の観測機器へ補正された光を送る装置です。

新しいWFPC2は専用補正光学系を内蔵しました。観測機器へ届く手前で光を補正する方式を採り、主鏡はそのまま使いました。
1993年、第一回整備ミッション


EndeavourのSTS-61がハッブルへ接近し、ロボットアームで捕獲しました。宇宙飛行士は五回の船外活動でCOSTAR、WFPC2、ジャイロ、太陽電池パネルなどを交換しました。事前には水中施設と実物大模型で繰り返し訓練しました。
修理成功

修理前後のM100銀河を比べると、広がっていた星像が小さく集まり、内部構造が鮮明になっています。失敗した計画は、軌道上で大型科学機器を修理できることを実証しました。
代表的な観測成果
ハッブル・ディープ・フィールド

1995年、一見何もない小さな空へ長時間望遠鏡を向けると、数千個の銀河が写りました。写真の点の多くは星ではなく、何十億もの星を含む銀河です。遠くを見ることは、光が届くまでの時間だけ過去を見ることでもあります。
創造の柱

わし星雲のガスと塵の柱では新しい星が生まれています。周囲の高温星からの紫外線と恒星風がガスを削り、柱状の形を作ります。
画像の色は、異なるフィルターで得たデータへ色を割り当てたものです。色付けは観測データに基づいています。
木星への彗星衝突

1994年、シューメーカー・レヴィ第9彗星が木星へ衝突し、巨大な暗い痕跡を残しました。ハッブルは遠方銀河に加え、惑星、衛星、彗星、小惑星の変化も観測しています。
その後の整備と延命
1997年、第二回整備

STS-82ではSTISとNICMOSが追加され、紫外線から近赤外線までの観測能力が広がりました。

ハッブルを貨物室へ固定し、古い装置を新世代機器へ交換しました。整備は修理であると同時に、同じ望遠鏡を最新化する仕組みでした。
1999年、第三回整備A――ジャイロ故障

六基のジャイロのうち四基が故障し、科学観測を停止しました。第三回整備AにあたるSTS-103ではジャイロ、誘導センサー、コンピューター、送信機などを交換しました。新しいコンピューターは処理速度と記憶容量を大幅に高めました。
2002年、第三回整備B

第三回整備BにあたるSTS-109では新しい太陽電池、Advanced Camera for Surveys、NICMOS冷却装置などを導入しました。写真は修理と改良を終えたハッブルを写しています。
ウルトラ・ディープ・フィールド

2003~2004年の観測では、さらに暗く遠い銀河が写りました。宇宙が現在より若かった時代の銀河を調べ、銀河が成長する過程を研究する資料になりました。
2009年、最後の整備

Columbia事故後、ハッブル整備飛行は一時中止されました。ISSと異なる軌道だったため、シャトル損傷時には専用の救援計画が必要でした。安全対策と救援計画を整え、AtlantisのSTS-125が実施されました。

五回の船外活動で、従来は軌道上修理を想定していなかった装置内部にも手を入れました。固着ボルトや多数の小ねじを扱うため、専用工具と飛散防止治具が使われました。

WFC3は紫外線、可視光、近赤外線を観測できる高性能カメラです。宇宙起源分光器COSも追加され、銀河間ガスや銀河進化の研究能力が高まりました。

2009年5月19日、整備を終えたハッブルは再放出されました。これが人間による最後の訪問です。
ハッブルの成果と現在
ハッブルが明らかにしたもの
ハッブルは、宇宙膨張率と宇宙年齢、遠方銀河の進化、巨大ブラックホール、星形成、超新星、暗黒エネルギー、系外惑星大気、太陽系天体などの研究へ貢献しました。
科学成果は、長期観測、地上望遠鏡、他の宇宙望遠鏡、理論計算を組み合わせて導かれます。
ハッブル画像の色は本物か
ハッブルは波長ごとに光を測ります。紫外線や近赤外線は目に見えず、可視光でも複数フィルターの白黒データを合成します。
公開画像の色は肉眼色を再現する場合も、元素や温度、構造の違いを強調する場合もあります。観測データを人間が読み取れる形へ翻訳する処理です。
日本との関係
日本の大学、国立天文台、JAXAなどの研究者も、銀河、超新星、星形成、ブラックホール、系外惑星研究でハッブルデータを使ってきました。
観測時間は提案審査で配分され、一定期間後のデータはアーカイブから利用できます。過去データを新しい方法で解析し、当初とは異なる発見をすることもあります。
JWSTとの違い
JWSTとハッブルは観測波長と運用軌道が異なります。ハッブルは紫外線・可視光・近赤外線の一部を、JWSTは主に赤外線を観測します。ハッブルは低地球軌道、JWSTは地球から約150万キロ離れた太陽・地球系L2付近で運用され、主鏡の大きさも異なります。
同じ天体を両方で観測すると異なる波長情報を組み合わせられます。役割の違う望遠鏡として相互補完できます。
現在のハッブル
2026年8月時点でもハッブルは科学観測を続けています。NASAは2024年6月に一つのジャイロを使う運用方式へ移行し、もう一つの使用可能なジャイロを将来に備えて予備としました。NASAの運用情報では望遠鏡は現在も継続運用され、2026年8月にも新しいハッブル観測成果が公表されています。
一ジャイロ運用では、目標へ向きを変えて固定するまでの時間や観測できる方向に一部制約がありますが、多くの科学観測を続けられます。運用終了年や再突入年は未確定です。
よくある質問
主鏡は宇宙で交換したのですか
軌道上の修理では、COSTARと補正機能内蔵のWFPC2を使って光学的に補正しました。主鏡は地上製造時のものを使い続けました。
ハッブルは今も動いていますか
はい。2026年8月時点で科学観測を続けています。現在は一つのジャイロを使う運用方式です。
いつ地球へ落ちますか
再突入年は未確定です。時期は太陽活動、大気抵抗、軌道状態などで変化します。
まとめ――失敗から復活した修理可能な望遠鏡
ハッブルは主鏡を誤った形に研磨され、打ち上げ直後には世界的失敗と批判されました。しかし、修理できる構造、スペースシャトル、宇宙飛行士の訓練、地上技術者の分析、交換用観測機器によって復活しました。その後もジャイロ、コンピューター、太陽電池、カメラを交換し、同じ望遠鏡が世代を超えて進化しました。
五回の整備ミッションはSTS-61、STS-82、STS-103(第三回整備A)、STS-109(第三回整備B)、STS-125です。修理と更新を設計へ組み込んだことが、長期運用を支えました。

