JavaScriptを生んだブレンダン・アイクとは?10日間の原型開発からFirefox・Braveまで

JavaScriptを開発したブレンダン・アイクの2012年の公式肖像

ブラウザでボタンを押す。地図を動かす。チャットする。Webアプリを操作する。現在のWebでこうした動きを支えるJavaScriptの出発点は、1995年5月のNetscapeにあります。ブレンダン・アイクが約10日間の集中作業で作ったのは、現在の巨大なJavaScript仕様の完成品ではなく、新しいスクリプト言語エンジンのプロトタイプでした。その後も1995年の残りの期間を通じて、ブラウザへの統合、APIの整備、バグ修正、機能追加が続きました。

ブレンダン・アイクとは?

ブレンダン・アイク(Brendan Eich)は1961年生まれの米国のコンピュータープログラマーです。NetscapeでJavaScriptの初期設計を手がけ、のちにMozilla Projectの共同創設者の一人としてオープンなWebブラウザの開発に関わりました。2015年にはBrian BondyとBrave Softwareを共同創業し、2026年8月時点でFounder & CEOを務めています。

JavaScriptを開発したブレンダン・アイクの2012年の公式肖像
ブレンダン・アイク、2012年。撮影:Darcy Padilla/Mozilla Foundation/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

その経歴は、JavaScriptという一つの言語だけでは収まりません。Netscapeの急成長とブラウザ競争、MozillaとFirefox、そしてBraveへと、30年にわたるWebブラウザ史の複数の転換点に関わっています。

1995年、NetscapeでJavaScriptの原型を10日間で開発

1990年代前半のWebページは、文書を表示してリンクで別のページへ移動する使い方が中心でした。Netscapeは、ブラウザの中で簡単な処理を書ける軽量な言語を必要としていました。アイクは1995年にNetscapeへ入り、同年5月、新しいスクリプト言語のエンジンを試作します。

Allen Wirfs-Brockとアイクの共著『JavaScript: The First 20 Years』によると、このプロトタイプは10日間の集中作業で作られました。当初のコードネームは「Mocha」です。アイク自身も後年、「Engine prototype took ten days in May」と振り返り、続けて1995年の残りはブラウザ統合、DOMに相当するAPIの設計と実装、バグ修正、機能追加に費やされたと説明しています。

10日間という数字が指すのは、1995年5月の最初のエンジン・プロトタイプです。製品としてブラウザに組み込まれるまでには、その後の開発がありました。最初のNetscape Navigator 2.0ベータでは「LiveScript」と呼ばれ、言語の名前もまだ固まっていませんでした。

なぜ「JavaScript」という名前になったのか

転機は1995年12月4日です。NetscapeとSun Microsystemsは、LiveScriptを「JavaScript」と改称すると発表しました。当時のSunはJavaを強く推進しており、NetscapeもJavaをブラウザ戦略に取り込んでいました。発表ではJavaScriptを、Javaのアプレットなどを補完しながらHTMLページを動的にする言語として位置づけています。

JavaScriptとJavaは、設計も実行環境も異なる別の言語です。一方で「JavaScript」という名称には、当時のNetscapeとSunの提携、Javaのブランドを意識した戦略がありました。似た名前が偶然付いたわけではなく、技術的に同じ系統の言語だから同じ名前になったわけでもありません。

項目JavaScriptJava
1995年当時の主な狙いWebページ内の軽量なスクリプトより汎用的なアプリケーション開発
初期のブラウザでの位置づけHTMLやJavaアプレットを制御・補完Javaアプレットをブラウザ上で実行
関係別言語だが、命名にはNetscapeとSunの戦略的関係が影響

JavaScriptはどうやってWeb標準になった?

NetscapeだけがJavaScriptを抱えていた時代は長く続きませんでした。MicrosoftはInternet Explorerに独自実装「JScript」を投入します。ブラウザごとに言語の挙動が大きく違えば、同じWebページを広く利用してもらうことが難しくなります。そこでNetscapeは標準化へ動き、Ecma Internationalで仕様策定が進みました。

1997年6月、ECMA-262第1版が成立し、標準化された言語は「ECMAScript」と名付けられました。初心者向けに整理すると、JavaScriptは一般に使われる言語名、ECMAScriptはその中核となる標準仕様の名称です。

現在のJavaScriptは、アイクが1995年5月に書いたコードがそのまま30年間使われているものではありません。EcmaのTC39、各ブラウザベンダー、実装者、世界中の開発者によって仕様と実装が拡張されてきました。アイクの仕事はその出発点となる初期設計にあります。

Netscapeの敗北からMozillaとFirefoxへ

JavaScriptが標準化へ進む一方、NetscapeはMicrosoftのInternet Explorerとの激しいブラウザ競争に直面しました。1995年8月8日のNetscape上場はインターネット企業への期待を象徴する出来事となり、その後の熱狂はドットコム時代へつながります。この背景は1995年のNetscape上場とドットコムバブルでも詳しくたどれます。

競争の中でNetscape Navigatorの勢いは失われていきます。1998年、Netscapeはブラウザのソースコードを公開し、Mozilla Projectが始動しました。アイクとMitchell Bakerは共同創設者として中心的な役割を担います。2003年には非営利組織Mozilla Foundationが設立され、活動の基盤がNetscapeから独立した組織へ移りました。

2004年11月9日、Mozilla FoundationはFirefox 1.0を公開しました。Firefoxはアイク個人の作品ではなく、Mozillaの開発者と世界各地のコミュニティが築いたブラウザです。Internet Explorerが大きなシェアを持つ時代に、利用者の選択肢とオープンWebの競争を広げる役割を果たしました。

2010年のJSConf USで撮影されたブレンダン・アイク
ブレンダン・アイク、JSConf US 2010。JS Conf/Wikimedia Commons/CC BY 2.0。

JavaScriptもMozillaも、誕生後は一人の手を離れて、多数の実装者とコミュニティが育てるプロジェクトになっていきました。

Mozilla CEO就任と2014年の辞任

2014年3月24日、MozillaはアイクのCEO就任を発表しました。ところが過去の政治献金が改めて注目され、社内外から抗議や批判が起こり、Mozillaをめぐる大きな議論へ発展します。

4月3日、アイクはCEOを辞任しました。Mozillaが公開したFAQでは、アイク本人が辞任を申し出たと説明しています。取締役会が解雇したり辞任を要求したりしたものではなく、Mozilla側は別のC-levelの役割で残ることを提案しましたが、アイクは辞退しました。政治的な賛否とは分けて見ると、公式記録で確認できる退任の経緯はここまでです。

2015年、Braveを創業

翌2015年、アイクはBrian BondyとBrave Softwareを共同創業しました。Brave Browserは広告やトラッカーなどを標準で遮断する「Shields」を中心に、プライバシー保護を前面に出したブラウザとして開発されています。

Braveの主眼はJavaScriptそのものの遮断ではなく、広告・トラッカーなどプライバシー侵害につながる要素への対策です。JavaScriptを利用する一般のWebアプリも動作するブラウザとして設計されています。Brave公式Aboutページでは、2026年8月時点でもアイクをFounder & CEO、BondyをCo-founder & CTOとして掲載しています。

30年後も残るブレンダン・アイクの仕事

アイクの仕事をWeb史の中でたどると、三つの線が残ります。1995年のJavaScript初期設計、Mozillaを通じたオープンなブラウザ競争への関与、Braveでのプライバシー重視ブラウザへの取り組みです。

最初の10日間のプロトタイプは、標準化とブラウザ競争を経て、世界中の開発者が使う言語へ発展しました。現在はチャットやゲームのようなWebアプリにもJavaScriptが使われています。たとえばAIでLINE風P2Pチャットを作る例ではブラウザ内の処理をJavaScriptが担い、AIとGoogle Apps Scriptでゲームを作る例では、Googleが提供するクラウド上のJavaScript実行環境を利用しています。

1995年の試作から現在までをつないだのは、アイク一人の仕事ではなく、ECMAScriptの標準化、ブラウザベンダー、オープンソース・コミュニティ、多数の開発者の積み重ねでした。10日間で生まれた原型は、その長い共同作業の出発点になりました。

Web以前のパーソナルコンピュータとGUIの発展をたどるなら、DynabookやSmalltalkを構想したアラン・ケイの歴史もあわせて読めます。

参考文献