東京を歩いていると、妙に曲がった道、坂の多い場所、川が見えないのに橋の名前だけが残る交差点、寺が集まる一角、古い町名の名残に出会うことがあります。
現代の地図だけでは偶然に見える風景も、古地図を重ねると、川や台地の縁、大名屋敷、寺社、街道、鉄道、軍用地、工場の跡が形を変えて残ったものだと分かることがあります。
古地図は、東京の街が江戸・明治・大正・昭和・現代へとどのように重なってきたのかを読む道具です。
30秒で分かる結論
- 古地図は、昔の地名や道だけでなく、川、坂、寺社、屋敷地、旧道、町の成り立ちを読む道具です。
- 江戸切絵図は、江戸の町を地区ごとに歩く感覚で見るのに向いています。
- 明治以降の地形図や空中写真は、鉄道、軍用地、工場、埋立地、市街地の広がりを見るのに向いています。
- 現代地図と比べると、暗渠、旧道、坂、橋、町名、寺社の意味が見えてきます。
- 古地図は時代や目的によって精度が違うため、1枚だけで断定せず、複数資料で確認することが大切です。
古地図とは何か|「昔の地図」ではなく街の記憶を読む道具
古地図とは、過去に作られた地図の総称です。この記事では、江戸の絵図や切絵図、道中図、名所図に加え、明治・大正・昭和初期の地形図、都市計画図、地籍図、空中写真までを、東京の街歩きに役立つ歴史地図として扱います。
古地図は、作成目的を踏まえて読みます。江戸時代の絵図には、道案内、土地の把握、名所案内、幕府や藩の管理、商業出版など、それぞれの目的がありました。方位や距離の正確さより、案内や管理の目的が優先された資料もあります。
古地図には、武家地、町人地、寺社地、堀、橋、坂、旧町名、屋敷名、街道、河岸など、現代地図では見えにくい情報があります。これらは、当時の人が街をどう見ていたか、各場所がどんな役割を持っていたかを伝えます。
東京の街歩きでは、地図の作成目的と、何が強調されているかに注目します。
まず知りたい古地図・地図資料の種類
古地図といっても、江戸切絵図と明治の地形図、戦後の空中写真では、見えるものがまったく違います。最初は、目的別に使い分けます。
| 種類 | 見える時代 | 分かること | 街歩きでの使い方 |
|---|---|---|---|
| 江戸切絵図 | 江戸後期〜幕末 | 武家地、町人地、寺社、坂、橋、堀、町名 | 江戸の地区ごとの骨格を読む |
| 江戸の大絵図 | 江戸時代 | 江戸全体の広がり、城下町の構造、街道や水路 | 現在の東京中心部との大まかな位置関係を見る |
| 道中図・名所図 | 江戸時代 | 街道、名所、寺社、旅の目印 | 昔の人の移動や観光の感覚を知る |
| 明治以降の地形図 | 明治〜昭和 | 鉄道、道路、地形、集落、軍用地、工場、市街地 | 近代化で街が変わる過程を見る |
| 都市計画図 | 近代〜現代 | 道路計画、区画整理、公園、公共施設 | 再開発や幹線道路の背景を読む |
| 空中写真 | 戦前・戦後〜現代 | 建物密度、工場、団地、河川、埋立、再開発前後 | 地図では分かりにくい土地利用の変化を見る |
| 地籍図・土地利用図 | 近代〜現代 | 土地の区画、所有、用途の変化 | 細かな道筋や敷地の形を確認する |
古地図を見るときの基本ルール
1. まず時代を見る
同じ場所でも、江戸、明治、大正、昭和では街の意味が変わります。江戸の大名屋敷が明治以降に官庁、大学、病院、公園、軍用地へ変わることもあります。まず地図の年代を確認します。
2. 範囲を見る
江戸全体図なのか、切絵図のような地区別地図なのか、地形図なのかで読み方は変わります。全体図は都市の骨格、切絵図は地区の関係、地形図は距離や地形の確認に向いています。
3. 方位を見る
古地図には、道案内や見やすさを優先して方位を変えたものがあります。現代地図と比べる前に、川、城、主要道路、海岸線などを手がかりに向きを確認します。
4. 縮尺を見る
距離を測るための地図か、場所の関係を示す案内図かを区別します。江戸切絵図は、形や距離を厳密に読むより、町名、屋敷、寺社、橋、坂の関係を読むのに向いています。
5. 色分けや記号を見る
武家地、町人地、寺社、川、堀、橋などの表現には、地図ごとの約束があります。凡例がある場合は確認し、同じ色や書き方が何を示しているかを見比べます。
6. 現代地図と比べる
古地図は1枚で完結させず、現在の地図、地形図、空中写真と比べます。川が道路になったのか、屋敷地が大学や公園になったのか、道筋が今も残るのかを確認します。
7. すぐ断定しない
地名や道筋が似ていても、現在と位置がずれる場合があります。古地図、自治体資料、現地の案内板を照合して判断します。
古地図で街歩きが楽しくなる10の視点
街歩きでは、次の10項目を手がかりにします。
| 見るもの | 分かること | 現地での探し方 |
|---|---|---|
| 川と暗渠 | 水路、低地、消えた川の痕跡 | 橋名、緑道、蛇行する道、低い土地を見る |
| 台地と低地 | 坂、谷、湧水、土地利用の違い | 坂の連続、崖線、標高差を見る |
| 坂道 | 地形、寺社、屋敷、景観の記憶 | 坂名標、坂下の川跡、坂上の屋敷地を見る |
| 旧道 | 街道、参道、村道、商店街の名残 | 曲がる道、斜め道、古い商店街を見る |
| 橋と堀 | 水運、江戸の都市構造、埋立の歴史 | 橋名、交差点名、欄干、親柱を見る |
| 寺社 | 寺町、門前町、移転、境内地の変化 | 寺社の集積、参道、墓地、門前の店を見る |
| 武家地・大名屋敷 | 江戸の土地利用と明治以降の転用 | 大学、官庁、公園、病院、大使館を見る |
| 町名 | 旧地名、職人町、地形、施設の記憶 | 町名板、学校名、公園名、橋名を見る |
| 鉄道と駅 | 近代以降の都市軸、商業地の変化 | 高架、廃線跡、貨物線跡、駅前広場を見る |
| 軍用地・工場・再開発 | 近代都市、戦後利用、団地や公園への転用 | 広い敷地、団地、公園、公共施設を見る |
1. 川と暗渠|見えない川を探す
古地図に川や水路があり、現在は道路や緑道になっている場所があります。川にふたをして下水道や道路にした区間が暗渠です。
暗渠の特定には、橋名、河川資料、下水道資料、地形図、空中写真を照合します。渋谷川は、東京都建設局「渋谷川・古川河川整備計画」に、昭和36年から昭和45年にかけて稲荷橋より上流が暗渠化された経緯が記されています。
暗渠の定義や、細い道・緑道・橋跡から消えた川を見つける方法は、暗渠まるわかりガイドで詳しく解説しています。
2. 台地と低地|坂が多い場所には理由がある
東京の中心部は、武蔵野台地の縁、谷、低地、埋立地が複雑に入り組んでいます。坂が多い場所は、台地と低地の境目に位置することがあります。
上野公園は「上野の山」と呼ばれる台地と不忍池からなる場所です。台地、水辺、寺社、公園、博物館が重なっており、古地図と地形を比べる街歩きに向いています。
3. 坂道|坂名は地形だけでなく記憶を残す
坂名には、寺社、屋敷、職業、地形、見晴らし、伝承などが反映される場合があります。たとえば赤坂周辺では、坂、堀、大名屋敷、寺社が近接しており、古地図で見ると地名と地形の関係が分かります。
坂名標に加え、坂上の施設、坂下の川や堀の跡、周囲の寺社や大使館を確認します。
4. 旧道|曲がった道には過去の都合が残る
現代の都市計画道路はまっすぐに通されることが多い一方、旧街道、参道、村道、用水沿いの道は、土地の境界や地形に合わせて曲がっていることがあります。
曲がった道の由来は、古地図、明治以降の地形図、自治体の史跡案内を照合し、同じ道筋が複数の時代に確認できるかで判断します。
5. 橋と堀|江戸は水の都だった
江戸の町は、川、堀、運河、河岸と深く結びついていました。橋の名前は、川や堀が埋め立てられた後も、地名、交差点名、商店街名、学校名として残ることがあります。
日本橋魚河岸は関東大震災後に築地へ移り、築地市場は1935年に開業しました。経緯は築地場外市場「築地を知る|歴史」で確認できます。日本橋周辺には、橋、河岸、商業地の関係が残っています。
6. 寺社|移転と集積を見る
寺社は、江戸の都市構造を読む手がかりです。寺町、門前町、参道、境内地、墓地、火除地などは、現在の街区にも影響を残すことがあります。
上野は、寛永寺、不忍池、上野の山、公園化、博物館・美術館の集積が重なる場所です。江戸の宗教空間が、明治以降に公園・文化施設の集積地へ変わった例です。
7. 武家地と大名屋敷|広い敷地は何に変わったか
江戸の広い大名屋敷は、明治以降に大学、官庁、公園、病院、大使館、軍用地などへ転用された例が多くあります。
代表例のひとつが本郷の東京大学です。東京大学附属図書館「加賀藩前田家本郷邸と東京大学本郷キャンパス」では、本郷の地に加賀藩前田家の藩邸が置かれ、天和3年(1683年)に上屋敷となった経緯が説明されています。現在も赤門や三四郎池周辺に、大名屋敷の広い敷地と大学キャンパスの対応が残ります。
8. 町名|消えた地名は別の形で残る
現在の町名だけでなく、旧町名、坂名、橋名、学校名、公園名、商店街名には、昔の地名が残る場合があります。
地名の由来には俗説や複数説があります。区史、地名辞典、自治体の地域資料、郷土資料館の解説を照合して確かめます。
9. 鉄道と駅|明治以降の街の軸を見る
明治以降の地図を見ると、鉄道と駅が街の構造を変えていく様子が分かります。駅前に商業地が生まれ、貨物線や路面電車が物流や人の流れを変え、郊外住宅地が広がっていきました。
渋谷は谷地形、川、鉄道、百貨店、再開発が重なる場所です。渋谷〜原宿(キャットストリート)の街歩きでは、橋名板や渋谷ストリーム周辺を紹介しています。
10. 軍用地・工場・再開発|江戸だけで東京は読めない
近代以降、軍用地、工場、鉄道用地、浄水場、市場、倉庫、埋立地が、戦後に公園、団地、大学、公共施設、再開発地へ変わった例があります。
赤羽台周辺の軍用地跡や団地化は、その分かりやすい例です。赤羽台の軍用地跡を歩く記事では、軍都と呼ばれた北区の痕跡を紹介しています。
江戸切絵図の見方|江戸の町を歩くための地図
江戸切絵図とは、江戸の町を地区ごとに描いた案内図・区分図です。尾張屋板の江戸切絵図はよく知られ、東京都立図書館デジタルアーカイブ「TOKYOアーカイブ」でも「尾張屋板切絵図」として公開されています。
切絵図で注目したいのは、武家地、町人地、寺社、坂、橋、堀、町名です。大名や旗本の屋敷名が細かく記され、寺社や町屋の位置も分かります。たとえば「日本橋北内神田両国浜町明細絵図」は、現在の日本橋、神田、浜町周辺を読む手がかりになります。
切絵図は、形や距離の測定より、場所同士の関係、地名、屋敷、寺社、橋や坂の配置を読む資料です。現代地図と比べる際は、川、堀、主要道路、寺社など、残りやすい目印を使います。
明治・大正・昭和の地図を見ると何が分かるか
明治以降の東京では、鉄道、道路、橋、学校、病院、官庁、工場、軍用地、埋立地、市街地拡大が街の形を大きく変えました。
国土地理院の資料では、現代地図、標高、地形分類、年代別の空中写真を重ねて見られます。地図・空中写真閲覧サービスでは、国土地理院が整備した地図や空中写真を検索・閲覧できます。図歴では、明治以降に作成された旧版地図の刊行状況を確認できます。
| 資料名 | 向いている用途 | 注意点 |
|---|---|---|
| 地理院地図 | 現代地図、標高、地形、空中写真を重ねて見る | 表示できる情報が多いので、最初は標高と写真に絞る |
| 地図・空中写真閲覧サービス | 過去の地図・空中写真を検索する | 撮影年や範囲を確認し、現代地図と比べる |
| 図歴(旧版地図) | 旧版地図の刊行状況を調べる | 図そのものの閲覧とは使い方が異なる |
| 東京都公文書館 | 東京府・東京市・東京都の行政資料や地図を調べる | 検索語を変えながら探すと見つかりやすい |
新宿西口は、江戸の宿場、近代の鉄道・浄水場、戦後の副都心計画を重ねて読む地域です。築地・月島周辺は、江戸の水辺、明治以降の埋立、海軍関係施設、市場、再開発を合わせて読みます。
初心者におすすめの古地図・地図資料の探し方
古地図散歩は、次の公的・公式資料から調べ始めます。
| 資料名 | 向いている用途 | 注意点 |
|---|---|---|
| 国立国会図書館デジタルコレクション | デジタル化された古地図・絵図を探す | 資料ごとに公開範囲や利用条件を確認する |
| 国立国会図書館リサーチ・ナビ | 古地図の探し方を調べる | 検索の入口として使い、実資料は各サービスで確認する |
| 東京都立図書館 TOKYOアーカイブ | 江戸図、切絵図、浮世絵、江戸東京資料を見る | 画像利用条件は資料ごとに確認する |
| 東京都公文書館 | 東京府・東京市・東京都の公文書や地図を調べる | 行政資料は名称が難しいため、地名や年代を変えて探す |
| 国土地理院 | 地形図、標高、空中写真、旧版地図を調べる | 地図、写真、図歴の役割を分けて使う |
| 自治体資料・郷土資料館 | 地名、暗渠、旧道、寺社、地域史を調べる | 地域ごとに公開状況が異なる |
画像を記事やSNSに使う際は、各機関の利用条件を確認します。インターネットで閲覧できる画像にも転載条件があります。
古地図散歩の始め方|まずはこの順番で見る
- 歩きたい場所を決める。 日本橋、上野、本郷、神田、渋谷、赤坂、築地など、最初は範囲を狭くします。
- 現代地図で気になる形を探す。 川、坂、寺社、曲がった道、橋名、古い町名に注目します。
- 国土地理院の地図で地形と標高を見る。 坂や谷、台地と低地の関係を確認します。
- 江戸切絵図や古地図を見る。 昔の町名、寺社、屋敷地、水路、橋、坂を探します。
- 明治以降の地形図や空中写真を見る。 鉄道、工場、軍用地、学校、病院、再開発前の姿を確認します。
- 現地で確認する。 橋名、坂名、石碑、寺社、道の曲がり方、地形の高低差を実際に見ます。
- 分からない点は地域資料で調べる。 区史、自治体資料、郷土資料館、図書館の地域資料で裏取りします。
地図で確認した後に現地を歩くと、線で示された道の勾配、橋の親柱、寺社の門前に続く古い道筋を確認できます。
よくある誤解と注意点
| 誤解 | 注意したい点 |
|---|---|
| 古地図は現代地図と完全に重なる | 方位、縮尺、目的が違うため、ズレることがあります。 |
| 古地図の地名と現在の同名地名は同じ範囲 | 町域は変更されるため、名前だけで判断しないようにします。 |
| 川跡らしい道はすべて暗渠 | 河川資料、下水道資料、地形図、空中写真で確認します。 |
| 曲がった道は必ず旧道 | 地形、土地境界、区画整理など別の理由もあります。 |
| 地名の由来は一つに決まる | 俗説や複数説があるため、自治体資料などで確認します。 |
| 江戸時代の地図だけで東京が分かる | 明治以降の鉄道、軍用地、工場、空襲、再開発も重要です。 |
| 古地図画像は自由に転載できる | 所蔵機関ごとの利用条件を必ず確認します。 |
古地図から広がる関連記事
古地図は、暗渠、坂道、旧道、橋、町名、近代建築、団地、鉄道、軍用地など、多くの街歩きテーマへ広がります。関連する街歩き記録として、渋谷川・穏田川の痕跡を歩く渋谷〜原宿(キャットストリート)、軍用地と団地の変化を考える赤羽台の軍用地跡散策、川に囲まれた地形を歩く霊岸島・中央区新川の記事も参考になります。
まとめ|古地図は、街を「時間ごと」歩くための道具
古地図は、川、暗渠、坂、旧道、橋、寺社、町名、屋敷地、鉄道、軍用地を現代地図と比べ、東京の街が現在の形になった過程を読む道具です。
判断には、現代地図、地形図、空中写真、自治体資料、現地の案内板を照合します。
参考文献・参考サイト
- 国立国会図書館リサーチ・ナビ「国立国会図書館所蔵の近世以前の絵図・古地図」
- 国立国会図書館リサーチ・ナビ「日本の古地図(江戸期以前)を探す」
- 国立国会図書館デジタルコレクション
- 国土地理院「地図・空中写真・地理調査」
- 国土地理院「地理院地図」
- 国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」
- 国土地理院「図歴(旧版地図)」
- 東京都立図書館「江戸東京資料案内」
- 東京都立図書館デジタルアーカイブ「TOKYOアーカイブ」
- 東京都立図書館デジタルアーカイブ「日本橋北内神田両国浜町明細絵図」
- 東京都公文書館「所蔵資料案内」
- 東京都建設局「渋谷川・古川河川整備計画」
- 東京都建設局「上野恩賜公園」
- 東京大学附属図書館「加賀藩前田家本郷邸と東京大学本郷キャンパス」
- 築地場外市場「築地を知る|歴史」

