ニュートリノの発生源候補を発見?約110億年前の銀河「Shadow Blaster」とは

約110億年前の銀河Shadow Blasterから地球へ届くニュートリノとALMA望遠鏡を描いた導入画像 雑学
約110億年前の銀河Shadow Blasterと、高エネルギーニュートリノを追うIceCube・ALMAのイメージ

南極の氷の奥深くに設置された観測装置が、宇宙から飛んできた一つの高エネルギーニュートリノを捉えました。

そのニュートリノが来た方向を世界各地の望遠鏡で詳しく調べたところ、約110億年前の宇宙に存在した、塵に包まれた活発な銀河が見つかりました。

その銀河の愛称が「Shadow Blaster(シャドウ・ブラスター)」です。

ニュートリノは非常に小さく、物質をほとんどすり抜けるため、「幽霊粒子」と呼ばれることがあります。

しかし、なぜ一つのニュートリノを追いかけることが、遠い銀河の正体や宇宙の歴史を調べることにつながるのでしょうか。

この記事では、素粒子や天文学をほとんど知らない方にも分かるように、今回の研究に必要な基礎から順番に解説します。

約110億年前の銀河Shadow Blasterから地球へ届くニュートリノとALMA望遠鏡を描いた導入画像
約110億年前の銀河Shadow Blasterと、高エネルギーニュートリノを追うIceCube・ALMAのイメージ

最初に結論――今回の何がすごいのか

今回の研究を、小学生にも伝わるように一言で表すと、次のようになります。

宇宙線は、途中で風に流される紙飛行機のように進む向きが変わるため、出発地点が分かりにくい粒子です。

一方、ニュートリノは、宇宙をほぼまっすぐ飛んでくる「差出人の方向が残った手紙」のような粒子です。

その手紙が飛んできた方向を調べることで、宇宙線を非常に高いエネルギーまで加速する「宇宙の天然加速器」の場所を探せます。

今回、その有力候補として見つかったのが、約110億年前の銀河Shadow Blasterです。

ただし、Shadow Blasterが発生源だと完全に確定したわけではありません。現時点では、IC 210922Aという一つのニュートリノ事象に対応する、最も有力な天体候補です。

高エネルギーニュートリノの検出からShadow Blasterが最有力候補となるまでの流れ
IC 210922Aの検出から、Shadow Blasterが有力な対応天体候補として見つかるまでの流れ

そもそも素粒子とは?

身の回りの物質を細かく分けると、分子、原子、原子核、陽子や中性子へとたどれます。

陽子や中性子は、さらにクォークという粒子からできています。

現在の物理学では、物質をつくる最も基本的な粒子と、粒子どうしに働く力を説明する理論を「標準モデル」と呼びます。標準モデルは、素粒子の世界の基本設計図のようなものです。

物質をつくる粒子は、大きくクォークとレプトンに分けられます。クォークには、アップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトムの6種類があります。

レプトンには、電子、ミュー粒子、タウ粒子と、それぞれに対応する3種類のニュートリノがあります。

  • 電子ニュートリノ
  • ミューニュートリノ
  • タウニュートリノ

今回の主役であるニュートリノは、電子と同じレプトンの仲間です。

標準モデルは電磁気力、強い力、弱い力を説明しますが、重力は含んでいません。また、ニュートリノの非常に小さな質量を含め、標準モデルだけでは十分に説明できない問題も残されています。

標準モデルの中でニュートリノがレプトンの仲間であることを説明する図
標準モデルにおけるクォーク、レプトン、力を伝える粒子とニュートリノの位置づけ

ニュートリノとは?

ニュートリノには、次の特徴があります。

  • 電気を帯びていない
  • 質量が非常に小さい
  • ほかの物質とほとんど反応しない

太陽などから来た大量のニュートリノが、今この瞬間にも私たちの体を通り抜けています。しかし、体内の原子と反応することはほとんどないため、私たちは何も感じません。

壁や地面だけでなく、地球全体を通り抜けるものもあります。

この「ほとんど何にも邪魔されずに進む」という性質は、観測を難しくします。その一方で、発生した場所の情報を失わずに遠くまで運べるという、天文学にとって重要な長所にもなります。

ニュートリノはどこで生まれる?

ニュートリノは、遠い銀河だけで作られるわけではありません。

地球の近く

原子炉の内部や放射性物質の崩壊でもニュートリノが生まれます。

また、宇宙線が地球の大気中の原子核と衝突すると、さまざまな粒子を経て「大気ニュートリノ」が生まれます。この大気ニュートリノは、スーパーカミオカンデがニュートリノ振動を発見するための重要な研究材料になりました。

太陽や恒星

太陽の中心では、軽い原子核が結びつく核融合反応が起きています。この反応でもニュートリノが作られています。

太陽から届くニュートリノを調べることで、光では直接見ることができない太陽内部の様子を知ることができます。

激しい宇宙現象

非常に高いエネルギーを持つニュートリノは、次のような場所で作られる可能性があります。

  • 超新星爆発
  • ブラックホールの周辺
  • 活動銀河核
  • ガンマ線バースト
  • 星が激しく作られている銀河
  • 高エネルギー宇宙線がガスや光と衝突する場所

今回注目されたShadow Blasterは、塵とガスが豊富で、非常に活発に星を作っている銀河です。

原子炉、大気、太陽、超新星、ブラックホール周辺などニュートリノの発生源を示す図
身近な原子炉や太陽から、超新星・活動銀河まで、ニュートリノが生まれる主な場所

宇宙線とは?

宇宙線とは、宇宙空間を飛び交う高エネルギーの粒子です。「線」という名前が付いていますが、その多くは光ではありません。

主な正体は、陽子、ヘリウムなどの原子核、電子です。中には、地上の人工加速器では簡単に作れないほど高いエネルギーを持つものがあります。

そのため、宇宙のどこかに粒子を極端な高エネルギーまで加速する「天然の巨大加速器」が存在すると考えられています。

なぜ宇宙線の加速場所を探すのか

「宇宙線がどこから来るか分かったとして、それが私たちに何の関係があるのか」と思うかもしれません。

宇宙線の加速場所を探す目的は、出発地点を地図に記すことだけではありません。宇宙で最も激しい天体現象の正体を知り、地上では再現できない極限環境で、粒子がどのように高エネルギーまで加速されるのかを解明することが目的です。

  • ブラックホール周辺では何が起きているのか
  • 超新星爆発のエネルギーが粒子へどう伝わるのか
  • 衝撃波や磁場が粒子をどのように加速するのか
  • 星が大量に作られる銀河が、宇宙へどのようにエネルギーを放出するのか
  • 極端な高エネルギーでも、現在知られている物理法則が成り立つのか

つまり、宇宙線研究は「宇宙のエンジン」と物理法則そのものを理解するための研究です。

宇宙線は出発地をまっすぐ指さない

宇宙線の多くは電気を帯びています。宇宙空間には磁場があるため、電気を帯びた粒子は進行方向を曲げられます。

地球へ到着した宇宙線の方向を後ろへ延ばしても、出発した天体には簡単にたどり着けません。

これに対して、ニュートリノは電気を帯びていません。宇宙磁場によって進行方向を曲げられにくいため、発生した方向を比較的よく保ったまま地球へ届きます。

そのため、高エネルギーニュートリノの到来方向を調べれば、宇宙線が加速された場所を絞り込める可能性があります。

宇宙線は磁場で曲がり、ニュートリノは直進しやすいことを比較する図
電荷を持つ宇宙線と、電荷を持たず直進しやすいニュートリノの違い

高エネルギーニュートリノが生まれる仕組み

高エネルギーまで加速された陽子などの宇宙線が、天体周辺のガスや光と衝突すると、パイ中間子などの粒子が生まれます。

荷電したパイ中間子が崩壊する過程では、ミュー粒子やニュートリノが生まれます。中性のパイ中間子は、主にガンマ線へ崩壊します。

そのため、宇宙線の衝突が起きる場所では、高エネルギーニュートリノとガンマ線が関連して作られる場合があります。

ニュートリノそのものを宇宙線と同一視するのではありません。ニュートリノは、宇宙線が加速され、何かに衝突した場所を知らせる手掛かりです。

IceCubeはどうやってニュートリノを見つける?

今回のニュートリノ「IC 210922A」を捉えたのは、南極にあるIceCube Neutrino Observatoryです。

IceCubeは、南極の透明な氷の中に多数の光センサーを設置した、約1立方キロメートル規模の巨大な観測装置です。

ニュートリノが氷の中でごくまれに反応すると、電気を帯びた粒子が生まれます。その粒子が氷の中を高速で移動すると、チェレンコフ光と呼ばれる青い光を発します。

IceCubeは、光が各センサーへ届いた時刻や明るさを解析し、元のニュートリノがどの方向から来たのか、どれほど高いエネルギーを持っていたのかを推定します。

ニュートリノそのものを写真に撮っているのではなく、ニュートリノの反応で生まれた荷電粒子の光を観測しています。

南極の氷の中でIceCubeがニュートリノ反応を検出する仕組み
南極の氷を利用したIceCubeニュートリノ観測装置の仕組み

IceCube紹介資料

千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター「IceCube実験」

https://www.youtube.com/watch?v=LwZ94aUTOJU

2021年に検出されたIC 210922A

2021年9月22日、IceCubeは、宇宙起源である可能性が高い高エネルギーニュートリノ事象を検出しました。この事象には「IC 210922A」という名前が付けられました。

推定エネルギーは約750テラ電子ボルトです。これは、カミオカンデが超新星1987Aから検出したニュートリノと比べて、数千万倍も高いエネルギーに相当します。

観測後、ニュートリノが来たと推定される空の領域が世界の研究者へ通知され、さまざまな望遠鏡による追跡観測が始まりました。

JCMTが見つけ、ALMAが詳しく調べた

宇宙のすべてが、人間の目に見える光で明るく見えるわけではありません。銀河の内部に大量の塵があると、星の光は塵に吸収されます。

そのため、可視光望遠鏡では暗く見えたり、ほとんど見えなかったりします。一方、塵や冷たいガスは、ミリ波やサブミリ波と呼ばれる電磁波を出します。

研究チームは、ハワイのジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(JCMT)やサブミリ波干渉計(SMA)で、IC 210922Aの到来方向を調べました。

その結果、非常に明るいサブミリ波天体「JCMT0402-0424」を発見しました。これがShadow Blasterです。

ALMAとは?

ALMAは、南米チリのアタカマ高地にある国際的な電波望遠鏡です。66台のアンテナを組み合わせ、一台の巨大な望遠鏡のように使います。

ミリ波・サブミリ波を高い解像度で観測できるため、可視光では塵に隠れて見えない銀河のガス、塵、星形成領域を詳しく調べられます。

ALMAの観測によって、Shadow Blasterが単なる一つの明るい点ではなく、手前の楕円銀河による重力レンズ効果で、弧状にゆがみ、複数の像に分かれて見えることが分かりました。

ALMA望遠鏡が塵に包まれた遠方銀河Shadow Blasterの性質を調べたことを示す図
ALMAによるShadow Blasterの観測と、重力レンズで複数像に見える仕組み

重力レンズとは?

非常に重い銀河や銀河団が手前にあると、その周囲では空間が曲がります。背後の遠い天体から来た光も、その曲がった空間に沿って進むため、光の経路が変わります。

その結果、遠い天体が実際より明るく見えたり、引き伸ばされたり、複数の像に分かれて見えたりします。これを重力レンズといいます。

Shadow Blasterは、この効果によって四つの明るい像として観測されています。

Shadow Blasterでは何が起きている?

多波長観測によって、Shadow Blasterは約110億年前の宇宙にあった、塵に覆われたコンパクトな星形成銀河だと分かりました。

銀河の中心部には、約1,500光年という比較的狭い領域に、膨大な量のガスと塵が密集した「コンパクトコア」があります。

活発に星が生まれる場所では、質量の大きな星も多く作られます。それらは寿命を終えると、超新星爆発を起こします。

多数の超新星爆発、衝撃波、強い磁場が存在すれば、陽子などの粒子を高エネルギーまで加速できる可能性があります。さらに、加速された宇宙線が銀河内部の濃いガスと衝突すると、高エネルギーニュートリノが生まれる可能性があります。

Shadow Blasterが発生源だと確定したのか?

現時点では、完全に確定したとはいえません。

今回の研究対象は、一つの高エネルギーニュートリノ事象です。また、IceCubeが推定した到来方向には一定の誤差範囲があります。

そのため、「発生源を特定した」と断言するのではなく、「最も有力な対応天体候補」「発生源との関連を示す観測的証拠」と理解するのが適切です。

カミオカンデ、スーパーカミオカンデとの違い

日本では、ニュートリノと聞くとカミオカンデやスーパーカミオカンデを思い浮かべる人が多いでしょう。

いずれも、ニュートリノが水や氷の中で反応して生じた荷電粒子のチェレンコフ光を、光センサーで捉えるという基本的な考え方は共通しています。ただし、主な研究目的と得意なエネルギー領域が異なります。

カミオカンデ

1987年、大マゼラン星雲で起きた超新星SN1987Aから届いたニュートリノを検出しました。

スーパーカミオカンデ

大気ニュートリノを調べ、飛行中にニュートリノの種類が変化する「ニュートリノ振動」の確かな証拠を示しました。

IceCubeと今回の研究

IceCubeは、南極の氷約1立方キロメートルを使い、非常に高いエネルギーを持つ宇宙ニュートリノを観測します。

今回の研究では、IceCubeが示した方向をALMAなどの望遠鏡で追跡し、宇宙線を加速した可能性のある遠方銀河を探しました。

カミオカンデ、スーパーカミオカンデ、IceCubeの役割の違いを比較する図
カミオカンデ、スーパーカミオカンデ、IceCubeの装置・代表的成果・主目的の比較

スーパーカミオカンデ紹介動画

https://www.youtube.com/watch?v=UenjX9LHHDM

マルチメッセンジャー天文学とは?

宇宙から地球へ届く情報は、可視光だけではありません。

  • 電波
  • 赤外線
  • 可視光
  • X線
  • ガンマ線
  • ニュートリノ
  • 宇宙線
  • 重力波

複数の種類の「宇宙からの便り=メッセンジャー」を組み合わせ、同じ天体や現象を調べる方法を、マルチメッセンジャー天文学といいます。

ニュートリノ、電波、可視光、X線などを組み合わせて宇宙を調べる考え方を示す図
複数の宇宙からのメッセンジャーを組み合わせるマルチメッセンジャー天文学

結局、私たちにとって何がすごいのか

今回の成果は、遠い銀河の名前を一つ増やしただけではありません。

見えない宇宙を調べられる

塵に隠れて可視光では見えにくい天体でも、ニュートリノや電波を使うことで、その内部で起きている現象へ近づけます。

宇宙の天然加速器の仕組みが分かる

宇宙線を極端な高エネルギーまで加速する環境を見つけることで、衝撃波や磁場、星形成活動の働きを調べられます。

約110億年前の宇宙を素粒子で調べられる

光だけでなく、ニュートリノという素粒子を手掛かりに、若い宇宙の銀河活動を研究できます。

宇宙全体のニュートリノの起源に近づく

同様の事例を積み重ねることで、IceCubeが捉える高エネルギーニュートリノが、どのような天体集団から来るのかを明らかにできる可能性があります。

まとめ

ニュートリノは、物質とほとんど反応せず、宇宙をほぼまっすぐ進む素粒子です。

そこで、宇宙線の衝突によって生まれる高エネルギーニュートリノを手掛かりに、宇宙線を加速する天体を探します。

今回、IceCubeが2021年9月22日に検出したIC 210922Aの方向から、約110億年前の塵に覆われた星形成銀河Shadow Blasterが見つかりました。

Shadow Blasterが発生源だと完全に確定したわけではありませんが、現時点で最も有力な対応天体候補です。

参考文献

  1. アルマ望遠鏡「天文学新時代へ! 宇宙論的距離におけるマルチメッセンジャー天文学の新たな展開」
  2. Yuji Urata et al., “Compact dusty starbursts at cosmic noon linked to high-energy neutrinos,” Nature Astronomy
  3. 千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター「IceCube実験」
  4. スーパーカミオカンデ公式「検出器について」
  5. スーパーカミオカンデ公式「研究史」
  6. スーパーカミオカンデ公式「5分でわかるスーパーカミオカンデ」
  7. CERN “The Standard Model”
  8. IceCube紹介動画
  9. スーパーカミオカンデ紹介動画