2021年9月22日、南極の観測装置IceCubeが、推定エネルギー約750テラ電子ボルトの高エネルギーニュートリノ「IC 210922A」を検出しました。到来方向を複数の望遠鏡で追跡した結果、約110億光年先にある塵に覆われた星形成銀河「Shadow Blaster(シャドウ・ブラスター)」が、最も有力な対応天体候補として見つかりました。
研究の重要点は、従来注目されてきた活発な巨大ブラックホールとは異なり、猛烈な星形成と高密度のガス・塵を持つ銀河が、高エネルギーニュートリノの発生源になり得る観測的証拠が得られたことです。
| 検出事象 | IC 210922A |
|---|---|
| 検出日 | 2021年9月22日 |
| 推定エネルギー | 約750 TeV |
| 有力候補 | JCMT0402−0424(Shadow Blaster) |
| 距離 | 約110億光年 |
| 現在の結論 | 発生源の確定ではなく、最も有力な対応天体候補 |
- 最初に結論――今回の何がすごいのか
- なぜShadow Blasterが最有力候補なのか
- そもそも素粒子とニュートリノとは?
- ニュートリノはどこで生まれる?
- 宇宙線の発生源をニュートリノで探せる理由
- IceCubeはどうやってニュートリノを見つける?
- 2021年に検出されたIC 210922A
- JCMT・SMA・ALMAは何を見つけた?
- ALMAと重力レンズが銀河の内部を明らかにした
- Shadow Blasterでは何が起きている?
- 従来の候補との違い――ブラックホールではなく星形成か
- Shadow Blasterが発生源だと確定したのか?
- カミオカンデ、スーパーカミオカンデとの違い
- マルチメッセンジャー天文学とは?
- 今回の研究で変わった高エネルギーニュートリノ像
- まとめ
- 参考文献
最初に結論――今回の何がすごいのか

宇宙線の多くは電荷を持つため、宇宙空間の磁場で進路が曲がります。地球へ届いた方向を逆にたどっても、出発した天体を特定しにくい粒子です。
ニュートリノは電荷を持たず、ほぼ直進します。到来方向を手掛かりにすれば、宇宙線を非常に高いエネルギーまで加速する「宇宙の天然加速器」を探せます。
IC 210922Aの方向で見つかったShadow Blasterには、約1,500光年の狭い領域へ大量のガスと塵が集まる「コンパクトコア」がありました。粒子がガスと繰り返し衝突し、ニュートリノを作りやすい環境です。
同種のコンパクトで塵に覆われた星形成銀河の集団は、宇宙から届く高エネルギーニュートリノ全体の最大約20%を担う可能性があります。
なぜShadow Blasterが最有力候補なのか
Shadow Blasterは、ニュートリノと同じ方向にあることに加え、複数の観測結果が一つの候補へ収束したため注目されました。
- IceCubeが示したIC 210922Aの到来方向にある
- JCMTとSMAの追跡観測で、極めて明るいサブミリ波天体として見つかった
- SwiftのX線・ガンマ線観測では、ほかの有力な高エネルギー対応天体が見つからなかった
- ALMAが、高密度のガスと塵を持つ約1,500光年のコンパクトコアを確認した
- 分子ガスの分析では、強いブラックホール活動より、猛烈な星形成がガスを加熱している可能性が高かった
発生源の確定には、複数のニュートリノ事象と統計的な検証が必要です。今回の成果は、Shadow BlasterをIC 210922Aの最も有力な対応天体候補とし、塵に隠れた星形成銀河が宇宙ニュートリノを作るという理論に観測的な裏付けを与えました。
そもそも素粒子とニュートリノとは?

素粒子は、現在の物理学で物質を形づくる基本的な粒子です。ニュートリノは電子と同じ「レプトン」の仲間で、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類があります。
ニュートリノは電荷を持たず、質量が非常に小さく、ほかの物質と反応しにくい粒子です。太陽などから来た大量のニュートリノが、今この瞬間にも私たちの体や地球を通り抜けています。
反応しにくい性質は検出を難しくする一方、発生場所の情報を保ったまま遠い宇宙から届くという長所になります。
ニュートリノはどこで生まれる?

ニュートリノは、原子炉の内部、放射性物質の崩壊、太陽の核融合、宇宙線と地球大気の衝突などで生まれます。
非常に高いエネルギーを持つ宇宙ニュートリノの候補地には、超新星爆発、ブラックホール周辺、活動銀河核、ガンマ線バースト、激しく星を作る銀河があります。
Shadow Blasterは、塵とガスが豊富な星形成銀河です。大量に生まれた大質量星が超新星爆発を起こし、その衝撃波や磁場が陽子などを高エネルギーまで加速した可能性があります。
宇宙線の発生源をニュートリノで探せる理由

宇宙線は、宇宙空間を飛ぶ高エネルギーの陽子、原子核、電子などです。中には地上の人工加速器で作ることが難しいほど高いエネルギーを持つものがあります。
宇宙線が天体周辺のガスや光と衝突すると、パイ中間子などが生まれます。荷電したパイ中間子の崩壊ではニュートリノが、中性のパイ中間子の崩壊では主にガンマ線が生まれます。
宇宙線は磁場で進路が曲がりますが、ニュートリノは発生方向を比較的よく保ちます。高エネルギーニュートリノは、宇宙線が加速され、周囲の物質と衝突した場所を指し示す手掛かりです。
IceCubeはどうやってニュートリノを見つける?

IceCube Neutrino Observatoryは、南極の透明な氷の中に多数の光センサーを埋め込んだ、約1立方キロメートル規模の観測装置です。
ニュートリノが氷の中でまれに反応すると、電気を帯びた粒子が生まれます。その粒子が高速で移動したときに発するチェレンコフ光をセンサーで捉え、光が届いた時刻と明るさから、ニュートリノの到来方向とエネルギーを推定します。
- 千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター「IceCube実験」(紹介記事)
- No.25 世界のニュートリノ実験 南極・IceCube実験(YouTube)
2021年に検出されたIC 210922A
IceCubeは2021年9月22日18時17分20.948秒(世界時)、宇宙起源である可能性が高い高エネルギーニュートリノ事象を検出しました。この事象がIC 210922Aです。
推定エネルギーは約750テラ電子ボルトでした。カミオカンデが超新星1987Aから検出したニュートリノと比べて、数千万倍高いエネルギーです。IceCubeは到来方向を世界の研究者へ通知し、各波長の望遠鏡が追跡観測を始めました。
JCMT・SMA・ALMAは何を見つけた?
銀河の内部に大量の塵があると、星の可視光は吸収されます。吸収されたエネルギーは赤外線やミリ波・サブミリ波として放射されるため、塵に隠れた銀河の探索には電波望遠鏡が有効です。
研究チームは、ハワイのジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(JCMT)とサブミリ波干渉計(SMA)でIC 210922Aの到来方向を調べ、極めて明るいサブミリ波天体「JCMT0402−0424」を見つけました。これがShadow Blasterです。
ALMAと重力レンズが銀河の内部を明らかにした

ALMAは、南米チリのアタカマ高地にある国際的な電波望遠鏡です。66台のアンテナを組み合わせ、ミリ波・サブミリ波を高い解像度で観測します。
Shadow Blasterの手前には楕円銀河があります。その重力が背後から来る光を曲げ、遠い銀河を明るく拡大して複数像に見せる「重力レンズ効果」を起こしました。ALMAではShadow Blasterが四つの像として観測されています。
すばる望遠鏡やジェミニ望遠鏡の可視光・赤外線データから重力レンズの影響をモデル化し、ALMAの観測と組み合わせることで、本来は塵に隠れた遠方銀河の内部構造を詳しく調べられました。
銀河の基本構造については、「アンドロメダ銀河とは|距離・見え方・天の川との衝突説まで解説」でも紹介しています。
Shadow Blasterでは何が起きている?
Shadow Blasterは、約110億年前の宇宙にあった、塵に覆われたコンパクトな星形成銀河です。この時代は、宇宙全体で星形成が最も活発だった「宇宙の正午(Cosmic Noon)」に当たります。
中心部には、直径約1,500光年の領域へ太陽の数千億倍に相当する大量のガスと塵が集まるコンパクトコアがあります。分子ガスの状態を調べた結果、ガスを温める主因は強力な活動銀河核より、猛烈な星形成である可能性が高いと分かりました。
活発な星形成では大質量星が多く生まれ、短い寿命の後に超新星爆発を起こします。超新星の衝撃波や強い磁場が陽子などを加速し、加速された宇宙線が高密度のガスと衝突すれば、高エネルギーニュートリノが生まれます。
従来の候補との違い――ブラックホールではなく星形成か
これまで個別の高エネルギーニュートリノと関連づけられた代表的な候補には、超大質量ブラックホールが活発に物質を取り込み、ジェットを噴き出す活動銀河核がありました。
| 比較点 | 従来注目された候補 | Shadow Blaster |
|---|---|---|
| 主なエネルギー源 | 活動銀河核や高エネルギー突発現象 | 猛烈な星形成が有力 |
| 観測上の特徴 | 強いX線・ガンマ線、ジェット | 強いX線・ガンマ線が見られず、サブミリ波で明るい |
| ニュートリノ生成環境 | ブラックホール周辺のジェットなど | 超新星、衝撃波、磁場、高密度ガス |
Shadow Blasterでは、ブラックホール活動に特徴的な強いX線やガンマ線が確認されず、分子ガスも星形成によって加熱されている可能性が高いとされました。高エネルギーニュートリノの候補を、活動銀河核以外の天体集団へ広げた点が今回の新しさです。
Shadow Blasterが発生源だと確定したのか?
Shadow Blasterは、IC 210922Aの最も有力な対応天体候補です。発生源としては未確定です。
研究対象は一つのニュートリノ事象で、IceCubeが推定した到来方向には誤差範囲があります。同じ銀河から複数のニュートリノが検出されることや、同種の銀河とニュートリノ事象の統計的な関連が確認されれば、証拠はさらに強くなります。
カミオカンデ、スーパーカミオカンデとの違い

三つの装置は、水や氷の中でニュートリノ反応によって生じた荷電粒子のチェレンコフ光を捉えます。主な観測対象と得意なエネルギー領域が異なります。
| 装置 | 主な成果・対象 | 今回との関係 |
|---|---|---|
| カミオカンデ | 超新星1987Aのニュートリノを観測 | ニュートリノ天文学を切り拓いた |
| スーパーカミオカンデ | 大気・太陽・加速器ニュートリノなど | ニュートリノ振動を発見した |
| IceCube | 超高エネルギー宇宙ニュートリノ | IC 210922Aを検出した |
カミオカンデによる宇宙ニュートリノ観測への貢献は小柴昌俊氏の2002年ノーベル物理学賞、スーパーカミオカンデによるニュートリノ振動の発見は梶田隆章氏の2015年ノーベル物理学賞につながりました。
マルチメッセンジャー天文学とは?

マルチメッセンジャー天文学は、電波、赤外線、可視光、X線、ガンマ線などの電磁波に、ニュートリノ、宇宙線、重力波を組み合わせて同じ天体や現象を調べる方法です。
今回の研究では、IceCubeがニュートリノの方向を示し、JCMTとSMAがサブミリ波天体を発見し、ALMAが内部のガスと塵を分析しました。すばる望遠鏡とジェミニ望遠鏡は重力レンズの解析に必要な可視光・赤外線データを提供し、Swiftは強いX線・ガンマ線を出す別の候補を調べました。
一種類の観測だけでは見えない天体像を、異なる情報を重ねて復元した例です。
今回の研究で変わった高エネルギーニュートリノ像
高エネルギーニュートリノの発生源候補には、強いジェットを持つ活動銀河核に加え、塵に隠れたコンパクトな星形成銀河も含まれます。Shadow Blasterは、その新しい候補像を観測で示しました。
同種の銀河は「宇宙の正午」に数多く存在しました。一つの銀河から届くニュートリノが微弱でも、集団として宇宙の高エネルギーニュートリノ背景の最大約20%を占める可能性があります。
今後、IceCubeや次世代観測装置で同様の事象を蓄積し、サブミリ波望遠鏡による追跡を重ねれば、どの天体集団が宇宙ニュートリノを作るのかを統計的に検証できます。
まとめ
- IceCubeは2021年9月22日、推定約750 TeVのIC 210922Aを検出した
- 約110億光年先のShadow Blasterが、最も有力な対応天体候補として見つかった
- 銀河中心の約1,500光年のコンパクトコアには大量のガスと塵が集まっている
- 強いブラックホール活動より、猛烈な星形成が粒子加速とニュートリノ生成に関わる可能性が高い
- 同種の銀河集団は、高エネルギーニュートリノ背景の最大約20%を担う可能性がある
- 一つの事象に基づくため、発生源としては未確定である
参考文献
- アルマ望遠鏡「天文学新時代へ! 宇宙論的距離におけるマルチメッセンジャー天文学の新たな展開」
- Yuji Urata et al., “Compact dusty starbursts at cosmic noon linked to high-energy neutrinos,” Nature Astronomy
- 千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター「IceCube実験」
- スーパーカミオカンデ公式「検出器について」
- スーパーカミオカンデ公式「研究史」
- スーパーカミオカンデ公式「5分でわかるスーパーカミオカンデ」
- CERN “The Standard Model”
- IceCube紹介動画
- スーパーカミオカンデ紹介動画

