南平台の政治家邸宅跡から青葉台の西郷山・菅刈公園へ、近代史をめぐる散策

大きな桜が咲く西郷山公園の広場 開催レポート
春らしい彩りに包まれた西郷山公園

2026年3月22日(日)、8人で渋谷区南平台から目黒区青葉台へ歩く散歩イベントを開催しました。テーマは、政治家や文化人が暮らした邸宅街と、西郷従道ゆかりの庭園を通して近代史をたどることです。渋谷駅周辺のにぎわいから少し離れるだけで、坂道と大きな敷地、個性的な建築が続く静かな街並みに変わります。

当日は春らしい心地よい気候で、桜もちょうど見頃でした。南平台の大豪邸を眺めながら歩くと、「渋谷のすぐ近くに、こんな場所があるとは」と驚く声が続きます。さらに青葉台では、旧西郷邸の跡地から生まれた二つの公園をめぐり、歴史と庭園、眺望、桜を一度に楽しむ一日になりました。

渋谷区南平台・目黒区青葉台

南平台町は、渋谷駅の南西側に広がる高台の住宅地です。国道246号や旧山手通りに近い一方、内側へ入ると落ち着いた邸宅街が続きます。青葉台は目黒川の西側に位置し、台地と谷の高低差が大きい地域です。西郷山公園からの眺望がよいのも、この地形によるものです。

東京都渋谷区の行政地図
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南平台と青葉台の歴史

現在の南平台周辺は、近代以降、都心に近く環境のよい高台として、政治家や文化人の邸宅が置かれました。岸信介や三木武夫といった内閣総理大臣経験者にゆかりの場所があり、市川崑が長く創作の拠点とした旧宅もあります。住宅地の静けさの奥に、戦後政治や映画文化の舞台が重なっている地域です。

一方の青葉台では、明治7年(1874年)に西郷隆盛の弟・西郷従道が土地を取得し、洋館・和館・庭園を備えた大規模な邸宅を築きました。旧邸の敷地はその後分割され、現在の菅刈公園と西郷山公園などへ受け継がれています。二つの公園は名前こそ異なりますが、どちらも同じ西郷従道邸の歴史につながっています。

地名の由来

南平台の名は、旧来の小名「平代(ひらたい)」をもとにしたという説があります。また、渋谷の南側にある台地という地形から理解しやすい名前でもあります。青葉台は、緑の多い高台のイメージを持つ比較的新しい町名で、現在も大使館や邸宅、公園が点在する落ち着いた景観にその印象が残っています。

今回歩いたルート

旧五島プラネタリウム投影機

渋谷区郷土博物館・文学館に展示された旧五島プラネタリウム投影機
渋谷の天文文化を伝える旧五島プラネタリウム投影機

最初に見学したのは、かつて渋谷駅前の東急文化会館にあった五島プラネタリウムの投影機です。1957年の開館から2001年の閉館まで、多くの人に星空を見せてきました。黒い球体に多数のレンズと機械部品が組み合わさった姿は、科学機器でありながら巨大な彫刻のようです。渋谷が買い物や若者文化だけでなく、科学教育の拠点でもあったことを伝えています。

南平台の邸宅街とマレーシア大使館

幾何学模様の外観が印象的な在日マレーシア大使館
南平台の街並みでひときわ目を引くマレーシア大使館

南平台へ入ると、大きな塀や植栽、ゆったりした敷地を持つ住宅が目立ちはじめます。なかでもマレーシア大使館は、白い外壁に幾何学模様を重ねた特徴的な外観で、参加者からは「万博のパビリオンみたい」という声が上がりました。街路から見える建築を観察するだけでも、各国の文化や時代のデザインを感じられます。

南平台の洋館風建築と玄関前のクラシックカー
豪邸の街らしい洋館風の建物とクラシックカー
南平台の坂道沿いに建つコンクリート造の現代的な邸宅
坂道と擁壁がつくる南平台らしい邸宅街の景観

洋館風の建物や現代的なコンクリート建築、坂道に沿った高い擁壁など、建物ごとに表情が異なります。豪邸の規模に驚きながらも、外観の細部、玄関までのアプローチ、庭木の配置まで見比べると、邸宅街歩きならではの面白さが見えてきました。

旧統一教会日本本部跡と岸信介旧居ゆかりの地

南平台には、かつて世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の日本本部が置かれた場所があり、その隣接地には元首相・岸信介の私邸がありました。宗教団体と戦後政治の関係が、抽象的なニュースではなく、実際の街の一角に刻まれていることを知る地点です。

参加者からは、後年の安倍晋三元首相銃撃事件まで想起し、「歴史の伏線がこの場所にもあったように感じる」という感想も出ました。ただし、過去の土地の隣接関係だけで事件の因果を説明できるものではありません。現地を歩くことで、複雑な政治史を単純化せずに考えるきっかけになりました。

三木武夫旧居跡

続いて、第66代内閣総理大臣・三木武夫の旧居跡へ向かいました。「クリーン三木」と呼ばれた三木は、金権政治への批判や政治改革を掲げた人物です。現在も邸宅建築の面影を残す場所からは、かつて政治家の私邸が会談や意思決定の舞台でもあった時代を想像できます。

市川崑記念室周辺

映画監督・市川崑は南平台に長く暮らし、この地を創作の拠点としました。『ビルマの竪琴』『東京オリンピック』など幅広い作品で知られ、スタッフから「南平台」と呼ばれるほど土地との結びつきが深かったといいます。政治家の邸宅だけでなく、日本映画史につながる場所が同じ住宅地に点在しているのが、このコースの奥行きです。

菅刈公園

桜が咲く菅刈公園の和館入口
春の花に迎えられた菅刈公園の和館

目黒区青葉台へ入り、旧西郷従道邸の庭園を一部復原した菅刈公園を歩きました。江戸時代には豊後岡藩の屋敷があり、池や滝を備えた庭園として知られた場所です。西郷従道はここに洋館と和館を建て、庭園を大きく整備しました。

池と石灯籠が配された菅刈公園の復原日本庭園
旧西郷従道邸庭園の面影を伝える菅刈公園
芝生と植栽に囲まれた菅刈公園の和館
庭園散策を楽しんだ菅刈公園

現在の園内には、池、石組み、灯籠、刈り込まれた植栽が配され、往時の名園を思わせる落ち着いた空間が広がります。桜の花と新緑が水面に映り、街中を歩いてきた緊張がほどけるようでした。和館の展示からも、西郷家と庭園の歴史を学べます。

西郷山公園

大きな桜が咲く西郷山公園の広場
春らしい彩りに包まれた西郷山公園

菅刈公園から西郷山公園へ移動すると、同じ旧西郷邸の敷地だったとは思えないほど雰囲気が変わります。こちらは明るい芝生広場と高台の眺望が魅力です。参加者からは「どちらも西郷従道ゆかりなら、同じ名前でもよさそう」という率直な感想も。庭園の菅刈公園、眺望の西郷山公園と、役割や景観の違いが現在の名称にも表れているようです。

高台からは街並みを広く見渡すことができ、この日は春の柔らかな空気のなかで気持ちのよい景色を楽しめました。晴れた冬の日には富士山を望めることもあります。

枝いっぱいに咲いた淡いピンク色の桜の花
散策の締めくくりを彩った桜

大きく枝を広げた桜は見応えがあり、散策の終盤を華やかに彩ってくれました。花を見上げながら近代史を振り返る時間は、史跡だけを急いで回るのとは違う、ゆる歴史散歩ならではのひとときです。

青葉台から鉢山町へ

南平台・青葉台界隈の坂道に建つ洋館風住宅
個性的な邸宅建築もこのコースの見どころ

帰路も、洋館風の住宅や個性的な建物を眺めながら歩きました。約2.3キロの短いコースですが、プラネタリウム、政治家邸宅跡、宗教史、映画史、大使館建築、西郷家の庭園と、テーマが次々に切り替わります。坂道が多いからこそ、地形と街の成り立ちを体で感じられるルートでもありました。

まとめ

今回の散歩では、南平台の豪邸街に残る政治・文化の記憶と、青葉台に受け継がれた西郷従道邸の庭園をめぐりました。岸信介、三木武夫、旧統一教会、市川崑、西郷従道という、一見別々に見える人物やテーマが、約2.3キロの街歩きのなかでつながっていきます。

満開に近い桜、菅刈公園の静かな水辺、西郷山公園からの眺望にも恵まれ、歴史を学びながら春の散歩を満喫できました。渋谷のすぐ隣にありながら、喧騒とは異なる時間が流れる南平台・青葉台。建物の外観や坂道、公園の名前に注目して歩くことで、街の見え方が大きく変わるコースでした。

今回利用したTimeWalk

今回の街歩きでは、現在地の近くにある歴史スポットを探せる街歩きWebアプリ「TimeWalk」を利用しました。