2026年7月12日(日)12:00〜14:30、16人で東京・茗荷谷のグルドワラを訪れ、シク教のディワーンと、宗教や身分を問わず食事を分かち合うランガルを体験しました。多くの参加者にとって初めてのシク教寺院訪問でしたが、礼拝の合間に日本語でも説明していただき、祈り、音楽、奉仕、平等というシク教の大切な考え方を、実際の場の空気とともに学ぶ時間になりました。
グルドワラはシク教の礼拝の場です。見物や無料の食事だけを目的に訪れる場所ではありません。訪問するときは、祈りの場への敬意を持ち、服装、頭を覆うこと、靴を脱ぐこと、撮影の可否など、その場の案内に従うことが大切です。グルドワラの概要や初参加時の礼拝・服装・ランガルの基本は、解説記事「シク教とは?東京のグルドワラに初めて行く人のための礼拝・服装・ランガルガイド」をご覧ください。
東京・茗荷谷のグルドワラとは
グルドワラは、シク教徒が聖典の前に集まり、祈り、聖歌を歌い、教えを学び、奉仕と食事を分かち合う場所です。今回訪れた寺院は文京区大塚、東京メトロ丸ノ内線の茗荷谷駅から歩いた先にあります。一般的な観光寺院のような外観ではなく、マンションの入口に掲げられた案内を目印に地下へ下りていくと、礼拝空間が現れました。

寺院の方から伺ったお話では、当初はインド料理店の一角で活動し、1999年にこの場所へ専用の礼拝所を設けたそうです。東京に暮らすシク教徒の信仰と交流を支える場であると同時に、今回のように敬意を持って学びに来た訪問者も温かく迎えてくださいました。
集合後の勉強会からグルドワラ到着まで
12:00 簡単な予習と自己紹介
集合後は、この日に体験するディワーンとランガルについて簡単に学び、参加者同士で自己紹介をしました。参加者の中にはインドのシク教寺院でグルドワラを訪れた経験がある方もいましたが、多くは今回が初めてです。「何をするのか分からない」という緊張を少しほぐしてから、茗荷谷駅を出発しました。
12:20 靴と靴下を脱ぎ、足を洗って入室
地下の礼拝所に到着すると、まず靴と靴下を脱ぎ、足を洗いました。日本人の団体として初めて訪れたことを伝えると、快く受け入れていただきました。入室後にはミルクチャイと豆を使ったスナックをいただき、寺院の成り立ちや当日の流れを聞きました。

初めての場所では作法が分からず戸惑いがちですが、一つずつ案内してもらえたことで、参加者も落ち着いて礼拝に向かうことができました。
ディワーンで体験した祈りとキールタン
12:45 説明を受けて礼拝へ
礼拝では、どのように座り、どのように敬意を示すのかを説明してもらい、周囲の方の動きを参考に参加しました。言葉の意味をすべて理解できたわけではありませんが、床に静かに座って、演奏と歌声に耳を傾けました。

キールタンは、シク教の聖典に収められた言葉を旋律に乗せて歌うものです。楽器の響きと声が礼拝空間を満たし、内容を理解する前に、まず音として祈りを受け取る時間になりました。日本人の団体が来ていることから、礼拝の合間には日本語でも少し説明してくださり、その気遣いが印象に残りました。
説明で学んだシク教の言葉と象徴
会場では、シク教の歴史とともに、代表的な挨拶や教え、象徴についても教えていただきました。
「サット・スリ・アカール」
シク教徒の代表的な挨拶が「サット・スリ・アカール(Sat Sri Akal)」です。「真実なるものは永遠である」といった意味を持ち、相手への敬意を込めて交わされます。宗教の用語というだけでなく、人と人が向き合うときの挨拶として使われていることが分かりました。
「イク・オンカール、サト・ナーム」
聖典の冒頭に現れる「イク・オンカール(Ik Onkar)」は「神は唯一である」、「サト・ナーム(Sat Nam)」は「その名は真実である」という教えを示します。シク教が唯一神への信仰を基礎とし、真実を重んじる宗教であることを端的に表す言葉です。

シク教の象徴「カンダ」
シク教の象徴は「カンダ(Khanda)」と呼ばれます。中央の両刃剣、その外側の円環、左右の湾曲した剣を組み合わせた形で、正義、精神と世俗の両面、神の唯一性や共同体の結びつきなどを表します。装飾として美しいだけでなく、信仰の理念を視覚化した印でもあります。

礼拝後のカラ・プラサード
13:30 手のひらで受け取る温かな菓子
祈りの後、最初にいただいたのはカラ・プラサードです。小麦粉、ギー、砂糖などを煮て作る温かな菓子で、訪問者にも分け隔てなく手渡されます。手のひらで受け取った一口は、素朴な甘さと香ばしさがあり、参加者からも自然に「おいしい」という声が上がりました。

ここで大切なのは、単なるデザートではなく、祈りの後にすべての人へ等しく分けられる「恵み」として受け取ることです。食べ物を通して平等を体験するという点で、続くランガルともつながっています。
列になって体験したランガル
その後は、いよいよランガルです。床に同じ高さで並び、金属のお皿を前に置くと、チャパティやカレーが次々と配られました。食事中も「もっとどうぞ」と何度もおかわりを勧めてくださり、お腹いっぱいになるまでいただきました。料理は意外にも辛さが控えめで、初めての参加者にも食べやすい味でした。

ランガルの場では、食べる人と配る人が固定された上下関係にあるわけではありません。そこにいる人たちは、奉仕する側も食事を受け取る側も、同じ共同体の一員です。料理を運び、皿に盛り、片付ける一連の動きが、誰かにサービスを提供するというより、互いに支え合うセーワーとして自然に行われていました。

一列に並んで同じ食事をいただく体験は、シク教が大切にする平等を、説明ではなく身体で理解する時間でした。参加前には「宗教儀礼は難しく、ほとんど理解できないのでは」と思っていた方もいましたが、日本語で補足していただいたことで、想像していたよりも一つ一つの意味をつかむことができました。
初めての宗教文化体験で感じたこと
今回の開催レポートで最も印象に残ったのは、礼拝、音楽、学び、食事、奉仕が別々のものではなく、一つの場の中でつながっていたことです。静かに祈る時間の後に、甘いプラサードを受け取り、全員で同じ食事を囲む。その流れ全体が、唯一の神、真実、平等、分かち合いという教えを具体的に表していました。
また、初訪問の日本人16人に対して、作法を一つずつ説明し、日本語で理解を助けてくださったことにも温かさを感じました。異なる宗教文化を学ぶとき、知識だけでなく、相手の信仰の場を尊重しながら実際に同じ時間を過ごすことの大切さを実感しました。
グルドワラを訪れる際は、ランガルだけを目的にせず、礼拝所であることを忘れずに参加してください。事前に「シク教とは?東京のグルドワラに初めて行く人のための礼拝・服装・ランガルガイド」を読むと、服装や作法、礼拝の流れを理解したうえで、より敬意を持って参加できます。
まとめ
東京・茗荷谷のグルドワラで体験したディワーンとランガルは、シク教を「知識として知る」だけではなく、祈りの音、床に座る姿勢、手のひらで受け取るプラサード、同じ列で食事を分かち合う時間を通して理解する機会になりました。奉仕する人も訪問者も同じ場をつくる一員であるという光景は、宗教や文化を越えて心に残るものでした。
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