六本木から麻布十番へ向かう約2.6kmの道には、江戸の大名屋敷、近代の軍用地、2000年代の大規模再開発、そして元麻布の坂道が重なっています。2023年7月に実施した夜散歩のルートをたどりながら、現在の街並みの下に残る土地の履歴を紹介します。
六本木の通史は六本木1〜7丁目の歴史にまとめています。ここでは六本木から麻布十番へ実際に歩く順番に絞り、現地で見えるものを中心に見ていきます。
六本木から麻布十番へ歩く歴史散歩
当時の地図表示では、六本木側から麻布十番まで約2.6km、徒歩約36分のルートです。立ち止まって史跡や作品を見る時間を加えると、街の高低差や土地利用の変化までゆっくり味わえます。

歩兵第一聯隊跡――軍用地から東京ミッドタウンへ
東京ミッドタウンと檜町公園一帯は、江戸時代には萩藩毛利家の下屋敷でした。明治7年(1874)には歩兵第一聯隊の駐屯地となり、六本木周辺は近代日本の「軍隊の街」という顔を持つようになります。現在も檜町公園の池のそばに「歩一の跡」の碑が残っています。
敗戦後は米軍将校宿舎として使われ、返還後は防衛庁の檜町庁舎となりました。2000年に防衛庁本庁が市ヶ谷へ移転し、その跡地で再開発が進み、2007年3月に東京ミッドタウンが開業しました。江戸の屋敷地から軍用地、官庁、複合都市へと、同じ土地の用途が大きく変わった場所です。

六本木7丁目から東京ミッドタウン周辺までの軍用地の変化は、六本木7丁目・乃木坂の歴史散歩で詳しくたどれます。
六本木ヒルズの《ママン》と《守護石》
六本木ヒルズへ進むと、街の入口で巨大な蜘蛛の彫刻《ママン》が迎えます。作者はフランス出身のルイーズ・ブルジョワ。蜘蛛は、タペストリーの修復に携わった母を象徴するモチーフで、ブルジョワが繰り返し制作した重要な主題です。現在では六本木ヒルズを象徴するパブリックアートの一つになっています。
近くにある《守護石》は、アメリカの彫刻家マーティン・プーリエによる2003年の作品です。素材は黒御影石。六本木ヒルズでは建物だけでなく、広場や通りにパブリックアートとストリートファニチャーが組み込まれ、再開発後の街を歩く体験そのものが設計されています。

この一帯が大名屋敷から住宅地、テレビ朝日、六本木ヒルズへ変わった経緯は、六本木5〜6丁目の歴史散歩で詳しく紹介しています。
六本木さくら坂とさくら坂公園――再開発に残る土地の記憶
六本木ヒルズの再開発で生まれた六本木さくら坂には、約400mにわたって75本のソメイヨシノが植えられました。その南側にある港区立さくら坂公園は、起伏を利用した遊具が並ぶ「ロボロボ公園」としても知られています。
公園には、平成15年(2003)に毛利家屋敷跡から移設された「乃木希典大将生誕の地」の碑があります。乃木は嘉永2年(1849)、現在の六本木6丁目にあった長府藩毛利家の上屋敷で生まれました。再開発によって街路や建物が大きく変わった後も、生誕地を伝える碑は近隣に移され、土地の記憶をつないでいます。


狸坂――元麻布の高低差を歩く
六本木ヒルズを離れて元麻布へ入ると、街の印象は高層建築から坂道へ変わります。狸坂は元麻布2丁目から3丁目へ続く坂です。港区によると、人を化かす狸が出たという伝承から名が付いたとされ、東へ上ることから「旭坂」とも呼ばれました。
このあたりでは、台地と谷がつくる高低差が道の形としてそのまま残っています。六本木から麻布十番へ向かう散歩では、再開発された大街区から細い坂道へ景観が切り替わる地点です。
大黒坂――大法寺と坂名の由来
大黒坂は元麻布1丁目にある坂で、「大国坂」とも書かれます。坂の中腹北側にある大法寺に大黒天が祀られていたことが坂名の由来です。狸坂から大黒坂へ歩くと、元麻布の台地から麻布十番側の低地へ下っていく地形を体で感じられます。

麻布十番――「十番」の名に古川改修の記憶が残る
坂を下ると麻布十番です。「十番」の由来には、江戸時代の古川改修工事で「第10番目の工区」だったという説のほか、「10番目の土置き場」「第10番目の工夫を出した地域」などの説があります。港区は、土置き場を示す杭が後に残っていたという記録から「10番目の工区」説の信憑性が高いと紹介しています。
現在の「麻布十番」という町域は、昭和37年(1962)の住居表示によって、麻布網代町、麻布坂下町、麻布新網町、麻布南日ヶ窪町、麻布宮村町、麻布一本松町、麻布山元町などを合わせて成立しました。商店街のにぎわいの背後には、古川沿いの低地と周囲の台地を結ぶ坂の町という地形が続いています。
2023年7月の夜散歩でたどった景色
この散歩では、軍用地の記憶が残る東京ミッドタウン周辺から六本木ヒルズへ進み、パブリックアートと再開発の街路を抜け、元麻布の狸坂・大黒坂を下って麻布十番へ向かいました。約2.6kmの短い距離の中で、江戸の屋敷地、近代の軍隊、戦後の土地利用、現代の再開発、古い坂名が連続します。
元麻布から南麻布までさらに歩くコースは、元麻布~南麻布ナイトウォークでも紹介しています。

