文京シビックセンターの歴史と建築|江戸の大名屋敷から昭和の文京公会堂へ

2018年の文京シビックセンター外観。高層庁舎と張り出した展望フロア

春日町交差点に立つと、上部に円盤状のフロアを張り出した文京シビックセンターが見えます。現在は文京区役所や文京シビックホールが入るこの場所には、かつて三面大時計のある庁舎と、2,008席を備えた文京公会堂がありました。1959年には第1回日本レコード大賞が開かれ、海外の音楽家や地域の子どもたちも同じ舞台に立っています。

春日町の変化をさらにさかのぼると、江戸の武家地、明治に整えられた道路、市電の走る街へと行き着きます。旧公会堂の文化史を軸に、街の姿が変わった経緯をたどります。

江戸の大名屋敷から、明治の春日通りへ

地中に残っていた武家地の痕跡

現在のシビックセンターの建設に伴い、1991年と1996年に発掘調査が行われました。その成果は、2000年刊行の『春日町遺跡第Ⅲ・Ⅳ地点――文京区役所庁舎等建設に伴う発掘調査報告書』にまとめられています。

調査地は、水戸藩徳川家の小石川屋敷、駿河小島藩松平家、播磨安志藩小笠原家の屋敷跡に関係する遺跡として記録されています。木簡に関する報告もあり、春日町の地下に江戸時代の土地利用の痕跡が残されていました。複数の屋敷に関係する地点を含むため、現在の庁舎敷地全体を特定の一藩の屋敷と重ねることは避ける必要があります。

近くの小石川後楽園は水戸徳川家の庭園です。現在の区役所の周辺と合わせてみると、江戸の大名屋敷と庭園が現代の街に異なる形で残っていることがわかります。

1908年に市電が通った春日通り

文京ふるさと歴史館によると、春日町交差点から大塚方面へ向かう現在の春日通りは、江戸時代の絵図にはなく、明治以降に整えられた道路です。江戸期の周辺には旗本屋敷や町屋、寺院があり、明治になると旧武家地の市街地化が進みました。

1908年(明治41年)、本郷三丁目から伝通院前まで路面電車が開通し、1910年には大塚仲町まで延長されます。この路線は1971年(昭和46年)の廃止まで、沿線の移動を支えました。後に区役所や公会堂が集まる春日町は、市電と幹線道路が通る街になっていきました。

当時の道路や1959年ごろの航空写真は、文京ふるさと歴史館「春日通り」で公開されています。

1947年、文京区の誕生と総合庁舎への道

小石川区と本郷区が一つになった

1947年(昭和22年)3月15日、旧小石川区と旧本郷区が合併して文京区が誕生しました。区名「文京」は、この地域が学問・文化と関わりの深い土地であることにちなんで選ばれました。

合併後も当面は旧小石川区役所を本庁舎、旧本郷区役所を支所として使い、窓口は離れた場所にありました。行政機能をまとめる転機となったのが、1959年の文京総合庁舎の建設です。

1959年、区役所と公会堂が同時に完成

1959年(昭和34年)3月、文京総合庁舎と文京公会堂が落成しました。総合庁舎には区役所に加えて税務事務所や福祉事務所などが入り、東京23区で初めての総合庁舎として注目されました。行政の窓口と文化施設を同じ場所に集めた建築でした。

併設された文京公会堂は地上4階建て、固定席2,008席。文京アカデミーの広報紙によれば、完成当時の都内で客席数が4番目に多いホールでした。学校の音楽発表会からクラシック音楽の公演、テレビ番組まで、さまざまな催しに使われました。広報紙には稼働率96%という記録もあります。

1959〜1977年、文京公会堂が刻んだ昭和

佐藤武夫が工事中から調整した「音の響き」

旧文京公会堂の設計は佐藤武夫建築設計事務所が担いました。佐藤武夫は劇場・ホールの設計と建築音響に取り組んだ建築家です。約2,000人を収容し、講演の声を明瞭に届けながら、音楽には豊かな響きを与えるという課題がありました。

佐藤武夫と三木韶が1959年に発表した論文「文京公会堂の音響設計について」には、「Tailor Making System」という方法が記されています。建設の途中で音を測り、測定結果に応じて内装や音の反射の仕方を調整していく考え方です。限られた工費のもと、現場で設計変更を重ねました。

壁には、音をさまざまな方向へ散らす曲面状の「ポリシリンダー」を設け、一部は回転式としました。客席天井には、弧の半径や間隔を変えたルーバーを配置。舞台には可動式の音響反射板を備え、講演、演劇、音楽に応じて響きを調整しました。平面図や断面図、残響の検討は当時の学会論文に残っています。

第1回日本レコード大賞の会場

公会堂が誕生した1959年12月27日、第1回日本レコード大賞が開かれました。大賞は水原弘の「黒い花びら」。作詞は永六輔、作曲は中村八大です。後に年末の代表的な音楽番組となる賞の出発点が、春日の新しい公会堂にありました。

1961年、ヴィルヘルム・ケンプのベートーヴェン全32曲

1961年10月、ドイツのピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプが、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲を7夜にわたって演奏しました。NHKが録音した公演は後にCD化され、建物がなくなった現在も演奏を聴くことができます。

旧公会堂で使われ、名ピアニストたちの署名が残るスタインウェイ製グランドピアノは、2013年に新しいシビックホール内で展示されました。演奏の録音とピアノは、旧ホールの文化活動を伝える資料です。

1964年、春日町の目印になった三面大時計

1964年(昭和39年)、総合庁舎に三面大時計が設置されました。交差点から見上げられる時計塔は、区の象徴として親しまれました。文京区「区制80周年記念 文京区の歩み」には、旧庁舎と時計塔の写真が掲載されています。

旧庁舎の時計塔と路面電車を描いた手描き風のイメージ図
旧庁舎の時計塔と路面電車のある街並みを描いたイメージ図です

道路には市電が走り、公会堂では音楽会が開かれ、庁舎の時計が時を知らせる。昭和30〜40年代の春日町には、交通、行政、文化の機能が集まっていました。

テレビの公開番組と地域の発表会

文京公会堂はTBSの『8時だョ!全員集合』の会場にもなりました。1974年春には、荒井注の脱退と志村けんの加入というドリフターズの転換期と重なる時期に、同番組がこの会場で収録・放送された記録があります。個別の出演日や初出演の会場までは、当時の放送記録との照合が必要です。

一方、合唱コンクール、学校の音楽発表会、政治集会、子ども向けの催しも開かれました。文京ふるさと歴史館は2000年の特別展「文京公会堂とその時代」で、公会堂と戦後の地域生活との関わりを取り上げています。

1977年、開館から約18年で閉館

旧文京公会堂は1977年(昭和52年)に閉館しました。利用団体の回顧では、老朽化や消防関係の規制変更が理由として挙げられています。閉館判断に至る設備上の詳細は資料によって確認できる範囲が異なりますが、1959年から約18年続いた2,008席のホールは、この年に役目を終えました。

1990年代、時計塔のある街から超高層庁舎へ

1994年に庁舎棟、1999年にホール棟が完成

旧総合庁舎と公会堂の後継となる施設の整備は、1980年代末から進められました。庁舎棟は1994年、ホール棟は1999年に完成し、2000年に新しい文京シビックホールが開館します。旧施設と同じく、行政と文化の機能を一つの場所にまとめる計画でした。

建設をめぐっては、費用や将来の維持管理、埋蔵文化財の調査、近隣の小石川後楽園など歴史的景観への影響も議論されました。建物の建設に伴う発掘調査が1991年と1996年に行われたのも、この再整備の過程でした。

日建設計が設計した高さ約142メートルの庁舎

設計は日建設計。建物の高さは約142メートルで、高層の行政庁舎に低層の文化施設を組み合わせています。日建設計コンストラクション・マネジメントの資料では、延床面積は約80,490平方メートル。鉄骨、鉄骨鉄筋コンクリート、鉄筋コンクリートを組み合わせた構造です。

上部の円盤状に張り出した部分には展望ラウンジがあります。四角い執務階に対して、上部の曲面が外観の特徴になっています。

文京シビックセンターの上部に張り出した円形の展望フロアと外壁
上部の張り出しと曲線状の展望フロア。撮影:Kentin/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0

新しい「響きの森文京公会堂」

新公会堂の名称は1993年に公募され、全国から約2,800通の応募が集まりました。選ばれたのは「響きの森公会堂」。現在の文京シビックホールの正式名称は「響きの森文京公会堂」です。

大ホールは1,802席で、旧公会堂より206席少ないものの、オペラやバレエにも対応するオーケストラピット、音響反射板などを備えています。小ホールは341席。大ホールの残響時間は空席時約2.3秒、満席時の予測値約2.0秒と公表されています。佐藤武夫の時代から続くホールの音響への関心を、新しい設備で形にした施設です。

2000年の開館記念公演には当時の中村勘九郎(後の十八代目中村勘三郎)と息子たちが出演しました。息子の中村勘九郎と中村七之助は文京区出身で、2023年に文京シビックホールの名誉館長に就任しています。

1977年・1997年・2017年の交差点を見比べる

文京ふるさと歴史館の「1.春日町交差点」では、同じ場所から撮影した1977年、1997年、2017年の写真を見ることができます。旧公会堂閉館の年、新庁舎完成後、そして現在に近い街並みを比べられる、貴重な地域の記録です。

現在のシビックセンターに残る、行政と文化の機能

24階の区議会と25階の展望ラウンジ

24階には文京区議会の議場があり、区の予算や条例が審議されます。その上の25階には地上約105メートルの展望ラウンジがあり、東側に東京スカイツリー、西側に新宿副都心や富士山、北側に筑波山を望みます。

展望ラウンジは入場無料で、従来の開放時間は9時から20時30分でした。2025年3月1日から改修工事のため閉鎖中で、文京区は2026年12月上旬の再開を予定しています。

2019年の文京シビックセンター25階展望ラウンジ内部
改修前の25階展望ラウンジ(2019年)。撮影:DXR/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0

富士山と小石川後楽園に見る、新旧の風景

展望ラウンジは「関東の富士見百景」に選ばれています。西側の新宿の高層ビル群と、その奥に見える富士山を同時に眺められる場所です。

文京シビックセンター展望ラウンジから望む富士山方向の夕景
展望ラウンジからの富士山方向の眺め(2015年)。撮影:Manish Prabhune/Wikimedia Commons/CC BY 2.0

一方、近くの小石川後楽園からは、江戸の庭園の樹木や池の向こうにシビックセンターが立つ姿が見えます。大名庭園と平成の超高層庁舎が同じ視界に入る風景です。

小石川後楽園から望む文京シビックセンターと周辺風景
小石川後楽園から望む文京シビックセンター(2013年)。撮影:Guilhem Vellut/Wikimedia Commons/CC BY 2.0

完成から約30年、建物は再び変わる

2032年度まで続く大規模改修

文京区は2018年度から2032年度を対象とする改修計画を策定し、2026年3月に改定しました。防災機能、議会フロア、基幹設備、執務フロアなどを段階的に更新する計画で、3期合計の概算費用は約265億円(税抜き)です。庁舎を使いながら空調・電気設備などを更新する、長期の工事が進んでいます。

25階では旧レストランの区画を会議室、多目的スペース、休憩施設などへ転用する方針です。区制80周年に向けて区民から集めた写真によるフォトモザイクアートを制作し、2027年3月ごろに展望ラウンジへ設置する計画もあります。

春日町で歴史の痕跡をたどる

春日町交差点では高層の庁舎棟と低層のホール棟を見比べられます。旧庁舎の三面大時計や公会堂の姿は、文京区と文京ふるさと歴史館が公開する歴史写真で確認できます。現地の建物と、1977年・1997年・2017年の定点写真を見比べると、街の移り変わりを具体的に追えます。

所在地は東京都文京区春日1-16-21。東京メトロ後楽園駅と都営地下鉄春日駅からアクセスできます。展望ラウンジは改修に伴って閉鎖中のため、再開日や館内各施設の利用条件は文京区の公式案内で確認してください。

参考文献・公式資料

  1. 文京区「区制80周年記念 文京区の歩み」 https://www.city.bunkyo.lg.jp/b003/p008262.html
  2. 公益財団法人文京アカデミー『文京アカデミーSQUARE』第236号(2020年8月)「文京シビックホール大ホールへのあゆみ」 https://www.b-academy.jp/square/upload/Square%20Vol.236.pdf
  3. 佐藤武夫・三木韶「文京公会堂の音響設計について」『日本建築学会論文報告集』63号第2部、1959年、145–148頁 https://www.jstage.jst.go.jp/article/aijsaxx/63.2/0/63.2_KJ00004443093/_pdf/-char/ja
  4. 伊藤毅「文京公会堂の音響特性について」同、149–152頁 https://www.jstage.jst.go.jp/article/aijsaxx/63.2/0/63.2_KJ00004443094/_pdf/-char/ja
  5. 日本作曲家協会「第1回日本レコード大賞」 https://www.jacompa.or.jp/record/1.php
  6. CDJournal「第1回日本レコード大賞の会場」 https://www.cdjournal.com/research/-/8414
  7. タワーレコード「ヴィルヘルム・ケンプ、1961年日本公演の録音」 https://tower.jp/article/feature_item/2013/06/26/1102
  8. 文京アカデミー『SQUARE』2013年11月号 https://www.b-academy.jp/square/upload/square155.pdf
  9. 文京ふるさと歴史館「春日通り」 https://www.city.bunkyo.lg.jp/rekishikan/p004334.html
  10. 文京ふるさと歴史館「1.春日町交差点」 https://www.city.bunkyo.lg.jp/rekishikan/p004343.html
  11. 文京区遺跡調査会『春日町遺跡第Ⅲ・Ⅳ地点』2000年(書誌・目録。本文全文は未確認) https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA64532670
  12. 奈良文化財研究所・遺跡報告書総覧 https://sitereports.nabunken.go.jp/90194
  13. 文京ふるさと歴史館『文京公会堂とその時代』2000年(書誌・公開目次参照。本文全文は未確認) https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002863929
  14. 日建設計コンストラクション・マネジメント「文京シビックセンター」 https://www.nikken-cm.com/project/bunkyo_civic_center/
  15. 『新建築』1995年2月号「文京シビックセンター(第1期)」(掲載情報を確認、本文全体は未確認) https://data.shinkenchiku.online/projects/articles/SK_1995_02_179-0
  16. 文京アカデミー「大ホール施設案内」 https://www.b-academy.jp/rental/bc/mainhall.html
  17. 文京区「シビックセンター階層図」 https://www.city.bunkyo.lg.jp/b040/p006604.html
  18. 文京区「展望ラウンジ」 https://www.city.bunkyo.lg.jp/b014/p003985.html
  19. 文京区「文京シビックセンター改修基本計画」 https://www.city.bunkyo.lg.jp/b040/p006611.html
  20. 文京区「改修工事進捗状況」 https://www.city.bunkyo.lg.jp/b041/p006610.html
  21. 文京区「区制80周年フォトモザイクアート」 https://www.city.bunkyo.lg.jp/b014/p007744.html
  22. 文京ふるさと歴史館「写真等の転載に関する案内」 https://www.city.bunkyo.lg.jp/rekishikan/p004365.html