本郷区は現在の文京区東部にあたり、本郷、湯島、弥生、根津などを含みました。大正期には東京帝国大学を中心に、学校、病院、出版社、下宿、住宅が集まり、日本を代表する文教地区の一つになっていました。
地図で最も目立つのは東京帝国大学
本郷台地には東京帝国大学の広大な敷地があります。加賀藩前田家上屋敷跡を利用して整備された大学は、江戸の大名屋敷が近代国家の教育・研究機関へ転換した代表例です。大学の周囲には学生や教員を支える下宿、商店、書店が集まりました。
湯島は寺社・教育・商業が交わる
湯島天満宮や湯島聖堂に近い一帯は、江戸以来の学問・信仰の拠点でした。明治・大正期には学校、病院、商店が加わり、御茶ノ水・上野方面と結ばれる都市的な地域へ発展します。
本郷は文人と学生の町でもあった
明治から大正にかけて本郷周辺には多くの文人が暮らし、出版社や書店も発展しました。夏目漱石、森鴎外、樋口一葉らが活動した文京地域の文化的背景には、学校と住宅地が近接する都市環境がありました。
病院・医学教育の集積
大学医学部や関連病院が集まり、本郷は医学教育・医療の拠点でもありました。大正期の地図では、住宅地の中に大規模な教育・医療施設が入り込む様子が分かります。現在も東京大学医学部附属病院などにその系譜が続いています。
谷と台地が街の性格を分ける
本郷台地から根津・千駄木方面へ下る坂道は、土地利用と街の雰囲気を分けました。台地上の学校・住宅地と、谷筋の町場が近接する構造は現在も残っています。
現在に続く「文教の本郷」
東京大学、病院、書店、住宅地という本郷区の性格は現在まで強く残っています。古地図を現代の道と照合すると、大学周辺の街路や坂、寺社が大正期から連続していることが分かります。

