花札はなぜ生まれたのか|カード賭博の取締りと『サマーウォーズ』のこいこい

江戸中期に手描きされた十二か月の花札 食文化・暮らし・雑学
江戸中期(1704~1789)の手描き花札。制作者不明/三池カルタ・歴史資料館蔵/Wikimedia Commons/Public domain

『サマーウォーズ』の終盤で、世界の命運を左右する勝負に使われるのは、最新の兵器や格闘ゲームではなく、畳の上で親しまれてきた花札です。

勝負の途中で繰り返される「こいこい」は、役ができた時点で得点を確定せず、さらに大きな役を狙って勝負を続ける宣言です。続ければ得点を伸ばせますが、その間に相手が役を作れば形勢が逆転します。

花札の48枚には、1月から12月までの草花、鳥、獣、月、短冊が描かれています。その祖先には、16世紀にポルトガル人が日本へ伝えたカードがあります。外来の遊具は、賭博取締り、絵画や和歌の季節感、各地の遊び方と重なり、日本独自の札へ変化しました。

花札はどんな札か

一般的な花札は48枚で、1月から12月まで各月4枚ずつあります。数字や文字を大きく記す代わりに、松、梅、桜、藤、牡丹ぼたん、紅葉などの図柄で月を見分けます。

札は、光札ひかりふだ種札たねふだ、短冊札、カス札などに分けられます。豪華な図柄ほど価値が高い傾向がありますが、勝敗は高い札を一枚取るだけで決まりません。特定の札を組み合わせて「役」を作ることが重要です。

遊び方はいくつもあります。二人で遊ぶ「こいこい」、三人で遊ぶ「花合わせ」や「八八」などが代表例です。どの遊びでも、同じ月の札を合わせて場から取り、自分の札を増やしていく仕組みが基本になります。

ポルトガルのカードが日本で変わった

「かるた」という言葉は、ポルトガル語でカードを意味する「carta」に由来します。16世紀、ポルトガル人との交易を通じて、四種類のマークと数字を持つヨーロッパ式のカードが日本へ入りました。

日本で作られた初期の模造品は、天正てんしょうかるたと呼ばれます。天正年間は1573年から1592年です。現存する国産最古級の札には「三池住貞次」と記され、現在の福岡県大牟田市域にあたる三池と、初期の国産かるたとの関係を伝えています。

江戸時代前期には、札の種類を増やしたウンスンカルタなども広まりました。外来カードの構成を保った札、図柄や名称を日本化した札、地域独自の札が並行して使われ、かるた文化は複数の形で発展しました。

ポルトガル船が日本へ来航した背景には、インド洋から東アジアへ延びた海上交易があります。16世紀の南蛮貿易と日本の位置は、世界の教科書で日本はいつ登場するのか|各国から見た日本史の意外な入り口でも扱っています。ポルトガルの海上進出を支えた香辛料貿易は、香辛料の世界史|胡椒・シナモン・ナツメグが世界を動かした理由につながります。

17世紀末から18世紀初頭には、花や植物を組にした「花かるた」が存在していました。土佐光成とさ みつなりが1705年以前に描いた一組は、100種類の花や植物を各4枚、計400枚で構成していたと考えられています。現存札のうち、現在の花札に対応する39枚を見ると、外来のカードが日本の植物意匠を持つ札へ変わった過程が分かります。

1705年以前に土佐光成が描いた花かるたのうち現代の花札に対応する札
土佐光成筆の花かるた(1705年以前)。現代の花札に対応する39枚/日本かるた文化館/Wikimedia Commons/Public domain

江戸時代に花札が形づくられた

かるたは遊び道具として広がる一方、金品を賭ける勝負にも使われました。幕府の取締りは、すべてのかるたを一律に禁じたものではなく、賭博に使われる札と行為を対象に、時期によって強弱を変えています。

寛政の改革で規制された札

寛政かんせい3年(1791)、江戸の町奉行所は、きんごかるた、よみかるた、めくりかるたを「博奕ばくえきに用いるかるた」と判断し、製造や販売の規制を進めました。取締りの中心にあったのは、当時賭博で流行していためくりカルタです。

花札の起源については、「寛政の改革で従来のかるたが禁止され、取締りを逃れるために花鳥の図柄へ変えた」という説明が広く知られています。しかし、土佐光成とさ みつなりの花かるたは1705年以前に描かれ、江戸中期の手描き花札も寛政の改革より前に作られています。江戸時代の処罰記録で中心となるのはめくりカルタです。花札が賭場で広く使われるのは、幕末から明治初期にかけてです。

花札と賭博が強く結びついた明治時代

幕末から明治初期になると、花札は家庭の遊びに加え、賭場でも使われるようになりました。明治10年(1877)の大阪府の照会には、草木や花を描いた札が遊戯にも賭博にも使われていると記されています。明治17年(1884)には「賭博犯処分規則」が制定され、花札は賭博具という印象を強めました。

年代花札・かるたをめぐる動き
1705年以前土佐光成が花や植物を組にした花かるたを描く
江戸中期現代の図柄へつながる手描き花札が作られる
1791年寛政の改革下で、きんご・よみ・めくりカルタの規制が進む
1877年大阪府の照会に、花札が遊戯と賭博の双方に使われる状況が記される
1884年「賭博犯処分規則」が制定される
1889年山内房治郎やまうち ふさじろうが京都で花札製造を始める

現代の48枚組は、外来カードの構成、江戸時代の花かるた、和歌や絵画の季節表現、各地の遊び方が長い時間をかけて重なったものです。江戸中期の手描き花札には、現在につながる十二か月の草花、鳥、獣が並び、花鳥風月かちょうふうげつを小さな画面に収めた遊び道具として洗練されています。

江戸中期に手描きされた十二か月の花札
江戸中期(1704~1789)の手描き花札。制作者不明/三池カルタ・歴史資料館蔵/Wikimedia Commons/Public domain

花札の十二か月

花札は、十二か月をそれぞれ四枚の札で表します。各月の植物に、鳥、獣、月、さかずき、短冊などが組み合わされます。

植物代表的な図柄
1月鶴、赤短冊
2月うぐいす、赤短冊
3月幕、赤短冊
4月ほととぎす
5月杜若かきつばた八橋やつはし
6月牡丹ぼたん蝶、青短冊
7月はぎ
8月すすき月、かり
9月盃、青短冊
10月紅葉鹿、青短冊
11月小野道風おののとうふう、燕
12月きり鳳凰ほうおう

この一覧には、植物の開花暦に加え、和歌、絵画、年中行事の中で育った季節感が表れています。松と鶴、梅と鶯、紅葉と鹿のように、日本美術で繰り返し描かれた組合せが札になっています。

月ごとの図柄を覚えると、文字のない札から月を判別できます。こいこいでは、同じ月の札を合わせて取るため、図柄を読むことがそのままゲームの進行につながります。

昭和前期の八八花札一組と予備札
白美人印の八八花札(昭和前期、1926~1945)。一組48枚と予備札/日本かるた文化館/Wikimedia Commons/Public domain

こいこいの基本ルール

こいこいは二人で遊びます。以下は任天堂が公開しているルールを基準にした基本形です。地域や家庭、商品によって、得点、採用する役、回数には違いがあります。

札を配る

場に8枚を表向きに置き、二人へ手札を8枚ずつ配ります。残りは山札です。先攻を親、後攻を子と呼びます。

同じ月の札を取る

手番では、まず手札から1枚を出します。場に同じ月の札があれば、2枚を組にして取ります。同じ月がなければ、出した札は場に残ります。

次に山札を1枚めくります。場に同じ月の札があれば、その2枚も取ります。同じ月がなければ、めくった札を場へ置きます。ここまでが一人分の手番です。

役ができたら止めるか続ける

取り札が一定の組合せになると役が成立します。役ができた人は、その時点で勝負を終えて得点を確定するか、「こいこい」と宣言して続けるかを選びます。

続行すれば、別の役や高い得点を狙えます。任天堂のルールでは、こいこいの後に相手が役を作ると、宣言した側の得点は0となり、相手の得点が2倍になります。「こいこい」は、優勢な側が危険を引き受けてさらに先へ進む選択です。

代表的な役

成立する札
五光ごこう光札ひかりふだ5枚すべて
四光しこう柳の小野道風おののとうふうを除く光札4枚
雨四光あめしこう柳の小野道風を含む光札4枚
三光さんこう柳の小野道風を除く光札3枚
猪鹿蝶いのしかちょうはぎの猪、紅葉の鹿、牡丹ぼたんの蝶
赤短あかたん松・梅・桜の赤短冊
青短あおたん牡丹・菊・紅葉の青短冊
花見で一杯桜の幕と菊のさかずき
月見で一杯すすきの月と菊の盃
タネ・タン・カス種札、短冊札、カス札を規定枚数集める

役の点数や「花見で一杯」「月見で一杯」を採用するかは、ルールによって変わります。役を作った後に勝負を止めるか続けるかという構造が、『サマーウォーズ』の花札勝負を支えています。

任天堂は花札製造から始まった

任天堂の沿革は1889年から始まります。創業者の山内房治郎やまうち ふさじろうが京都市下京区しもぎょうくで花札の製造を始めました。現在の家庭用ゲーム機メーカーへ至る企業の原点は、紙の札を作る仕事でした。

1902年には西洋式のトランプ製造へ進み、その後もカード、玩具、電子ゲームへ事業を広げました。技術や商品は変化しても、人が集まって遊ぶ道具を作る事業は連続しています。

京都には、後年に山内任天堂の本社として使われた旧本社ビルが残っています。任天堂が花札製造業者として事業を続けた時代を伝える旧社屋です。

京都に残る山内任天堂の旧本社ビル
山内任天堂旧本社ビル、京都。撮影:Tokumeigakarinoaoshima/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0

京都府宇治市うじしのニンテンドーミュージアムでは、花札から家庭用ゲーム機まで、任天堂が作ってきた娯楽の歴史を展示しています。花札を作るワークショップや、画像認識とプロジェクションを使った花合わせの体験もあります。来館は事前予約制で、最新情報は公式サイトに掲載されています。

『サマーウォーズ』で何が起きているか

※ここから『サマーウォーズ』終盤の内容に触れます。

作中の陣内家じんのうちけでは、こいこいが家族の遊びとして受け継がれています。序盤から札を囲む場面が描かれ、その遊びが終盤の勝負へつながります。

人工知能ラブマシーンは、仮想世界OZのアカウントを大量に奪います。陣内夏希じんのうち なつきは、奪われたアカウントを取り戻すため、ラブマシーンへこいこいの勝負を挑みます。勝負ではアカウントが賭けられ、結果に応じて所有数が移動します。

夏希は役を作っても勝負を終えず、「こいこい」を重ねます。得点を確定する安全な選択を捨て、次の役を狙う判断が、勝負の緊張を生みます。途中で形勢を崩した夏希へ世界中の利用者がアカウントを託し、最後は五枚の光札ひかりふだをそろえる五光ごこうへ到達します。

一般的なこいこいは、札で作った役の得点を競う二人用ゲームです。作中では「文」という得点表示に加え、OZのアカウントを賭け、世界中の利用者が夏希へアカウントを託す仕組みへ拡張されています。手札と場札を合わせ、役を作り、止めるかこいこいを選ぶ核の部分には、実際の遊び方が使われています。

家庭の座敷で使われる小さな札が、世界規模のデジタル危機を決する競技へ変わります。古い遊びと仮想空間が同じルールでつながるため、花札を知ると終盤の判断と危険が具体的に見えるようになります。

花札は家庭の遊びにも定着した

花札は賭博とばくの歴史と強く結びついています。同時に、金品を賭けない家庭の遊び、商品、工芸、収集資料としても広まりました。同じ48枚でも、誰が、どこで、何を賭けて遊ぶかによって社会的な意味が変わります。

江戸時代の取締りは、札そのものの図柄だけでなく、それを使った賭博行為と結びついていました。近代以降は製造・販売され、家庭用の遊び方が説明書や商品として普及します。任天堂は現在も花札を販売し、ミュージアムでも体験できる形で受け継いでいます。

『サマーウォーズ』では、アカウントを賭ける架空の大勝負と、陣内家じんのうちけの日常的な遊びが同じ札で描かれます。花札が持ってきた二つの顔を、一つの物語の中で使い分けた構成です。

花札の歴史を見られる場所

大牟田市立三池カルタ・歴史資料館

福岡県大牟田市おおむたしにある、日本と世界のカルタを専門に扱う公立資料館です。国産最古の天正てんしょうカルタに「三池住貞次」と記されていることから、大牟田はカルタ発祥の地として紹介されています。館内では天正カルタの復元品、花札、トランプ、歌かるた、世界各地のカード、郷土資料を見られます。

2026年7月時点の開館時間は10時から17時、入館料は無料です。休館日は月曜日、毎月最終木曜日、年末年始で、祝日の場合は変更があります。

ニンテンドーミュージアム

京都府宇治市にあり、任天堂が花札製造からカード、玩具、電子ゲームへ事業を広げた歴史を展示しています。花札を作る体験と、初心者向けの花合わせ体験が用意されています。

オンラインで読める資料

国立国会図書館サーチでは、花札史研究、かるた文化史、古い遊び方の資料を検索できます。江橋崇『花札』や、花札の誕生史を再検討した論文の書誌情報も確認できます。任天堂公式サイトには、こいこい、花合わせ、八八のルールと役一覧が公開されています。

参考文献・参考サイト

  1. 任天堂「歴史・遊びかた|花札・株札」
    https://www.nintendo.com/jp/others/hanafuda_kabufuda/howtoplay/index.html
  2. 任天堂「こいこい|花札の歴史・遊びかた」
    https://www.nintendo.com/jp/others/hanafuda_kabufuda/howtoplay/koikoi/index.html
  3. 任天堂株式会社「会社の沿革」
    https://www.nintendo.co.jp/corporate/history/index.html
  4. ニンテンドーミュージアム「ちょっと、花札であそぼう」
    https://museum.nintendo.com/guide/hanafuda/index.html
  5. ニンテンドーミュージアム「施設紹介」
    https://museum.nintendo.com/exhibition/index.html
  6. 大牟田市立三池カルタ・歴史資料館「当館について」
    https://karuta-rekishi.com/about_museum/
  7. 大牟田市立三池カルタ・歴史資料館「ご利用案内」
    https://karuta-rekishi.com/user_guide/
  8. 大牟田市「なぜ大牟田に、カルタ・歴史資料館があるのですか」
    https://www.city.omuta.lg.jp/dynamic/faq2/pub/detail.aspx?c_id=44&id=1065&mst=206&pg=1
  9. 江橋崇『花札』ものと人間の文化史167、法政大学出版局、2014年
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I025479159
  10. 江橋崇「江戸期の『花札』を読み解く―誕生秘話の史実の不存在」『遊戯史研究』26号、2014年
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I025825051
  11. Paola Maschio『天正カルタの文化史―ヨーロッパ由来のカルタの受容が生み出した絵画と文芸』法政大学博士論文、2023年
    https://cir.nii.ac.jp/crid/1910020910689341184
  12. Werner Schaumann「風雅論としての花札」『比較文学』26巻、1984年
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikaku/26/0/26_5/_article/-char/ja/
  13. スタジオ地図「サマーウォーズ」
    https://studiochizu.jp/works/summerwars
  14. 日本テレビ「『サマーウォーズ』連動企画」
    https://kinro.ntv.co.jp/article/detail/20190628
  15. 日本かるた文化館「寛政の改革によるカルタ博奕の禁制」
    https://japanplayingcardmuseum.com/3-4-4-2-prohibition-gambling-cardsgame/
  16. 日本かるた文化館「めくりカルタ代用品説を否定する史実の発見」
    https://www.japanplayingcardmuseum.com/3-3-1-5-flowercarta-historical-materials/
  17. 日本かるた文化館「花札の賭博用具化」
    https://www.japanplayingcardmuseum.com/6-2-3-1-hanahuda-instrument-professionalgamblinggame/