名前を奪うとはどういうことか|真名・改名・支配と『千と千尋の神隠し』

糸車の前に現れたルンペルシュティルツヒェンを描いた19世紀初頭の素描 世界史・国際関係
グリム童話「ルンペルシュティルツヒェン」の一場面。Gustav Heinrich Naeke、19世紀初頭。The Metropolitan Museum of Art、Open Access、CC0。

※『千と千尋の神隠し』の終盤に触れます。

湯婆婆ゆばーばは、契約書に署名した「荻野千尋」から文字を抜き取り、少女を「千」と呼び始めます。ハクは自分の名を忘れ、湯婆婆の支配下にとどまります。千尋は元の名を覚え続け、自分の来歴を保ったまま働きます。

名前は人を区別する記号であると同時に、家族、地域、宗教、仕事、国家の制度へ人を結び付けます。人は自分で選んだ名を持つことも、家族や集団から受け取った名を持つことも、権力によって別の名を与えられることもあります。名前を誰が決め、誰が呼び、誰が記録するのかによって、名は親密さにも支配にも変わります。

名前は人を社会の中に置く

人名は、本人を呼び分けると同時に、社会の関係と制度を示します。戸籍こせき、学校、職場、資格、契約、相続など、社会の制度は名前を手がかりに人を記録します。家族名は血縁や家との関係を示し、宗教名は信仰共同体への参加を示し、芸名や筆名は職業上の人格をつくります。

呼び名には、相手との距離も表れます。家族だけが使う幼いころの愛称、職場で使う役職名、友人が使うあだ名は、同じ人物を別の関係の中へ置きます。本人が選んだ名は新しい自己像を支えます。本人の意思を離れて与えられた名は、所属先が人を分類し直す手段になります。

公的な記録に載る名前を握る側は、入学、雇用、移動、財産、処罰などへ影響を及ぼします。名前の力は、音や文字そのものより、その名を有効なものとして扱う家族、共同体、宗教、国家、組織の力と結び付いています。

「真名」は何を意味するのか

現代のファンタジーでは、隠された本当の名前を知ると、その人物や精霊を支配できるという発想が「真名まな」と呼ばれることがあります。一方、日本語史の「真名」は、仮名かなに対する漢字を指す語として用いられました。二つの用法は成立した文脈が異なります。[1]

人類学では、本名を日常的に口にせず、親族関係を示す呼び名、称号、別名へ置き換える慣行が各地で研究されてきました。理由には敬意、親族秩序、死者への配慮、災いへの警戒、呪術じゅじゅつ的な観念などがあります。名前を隠す理由と方法は、社会ごとに異なります。[2]

名前を知ることは、相手を特定し、呼び出し、記録し、関係の中へ置くことです。名を明かす側は自分の一部を相手へ渡し、名を知った側は呼びかける権利を得ます。この日常的な経験が、名を知れば霊的な力へ近づけるという物語の感覚にもつながりました。

日本人は一生に一つの名だけで暮らしていたのか

前近代の日本では、公家や武家を中心に、一人が成長、身分、役職、出家などに応じて複数の名を使いました。子どものころの幼名ようみょうから、元服げんぷくを機に成人の名へ移る例があります。成人後の実名にあたるいみなは公然と呼ぶことが避けられ、日常では通称つうしょうや官職名が広く使われました。[3][4]

1844年、のちの孝明天皇となる統仁親王おさひとしんのうは元服を行いました。元服は服装や髪形を改め、成人としての地位へ移る儀礼です。名前の変更は、成人への移行と、宮廷や武家社会の中で担う役割の変化を表しました。

1844年の皇太子統仁親王の元服を描いた孝明天皇紀附図
1844年3月27日の皇太子統仁親王(のちの孝明天皇)の元服図。『孝明天皇紀附図』/宮内省/宮内公文書館/Wikimedia Commons/Public Domain。

僧侶の法名、絵師や文人の号、商人や職人の屋号も、活動する場に応じた名でした。死者に付ける名として知られる戒名かいみょうは、仏門に入った者の名として成立し、葬送と祖先祭祀の中でも広く用いられました。[5]

1872年(明治5)5月7日、太政官布告「通称名乗ノ内一名ヲ用シム」により、通称と実名のうち一つを公的に用いる方針が示されました。同年8月24日には改名が広く制限され、戸籍制度の中で一人の公的名称を固定する方向が強まりました。[6][7]

前近代の複数名は、成長、身分、職業、信仰に応じて社会関係ごとの名を持つ仕組みでした。隠された一つの「真の名前」という枠組みとは性格が異なります。

名を知ると力関係が変わる物語

グリム童話「ルンペルシュティルツヒェン」では、小人の名前を言い当てることが、王妃と小人の約束を覆す鍵になります。名を知らないあいだ、小人は要求する側に立ちます。王妃が名を知った瞬間、交渉の主導権が移ります。[8]

この物語で名前は、魂を直接操作する呪文というより、秘密を持つ側と知らない側の非対称を表します。名が明らかになると、交渉の主導権が王妃へ移ります。

各地の名前をめぐる伝承や物語は、成立した地域、宗教、社会関係が異なります。共通するのは、名を知ることが相手を識別し、関係を結び、力の均衡を変える場面として描かれる点です。『千と千尋の神隠し』との比較も、この構造を手がかりにします。公式資料が示す作品設定と、文化史上の類似例を分けて扱います。

名前を変えることが支配になるとき

1879年、アメリカ合衆国ペンシルベニア州にカーライル・インディアン工業学校が開校しました。先住民の子どもたちは家族や共同体から離され、英語名を割り当てられ、制服を着せられ、髪を切られ、母語の使用を禁じられました。学校教育、宗教、労働、軍隊式の規律を通じて、先住民の文化をアメリカ社会へ同化どうかさせる政策が進められました。[9][10]

学校が撮影した「入学前」と「教育後」の写真は、服装や髪形の変化を同化教育の成果として宣伝するために使われました。英語名への変更は、家族、言語、土地、祖先と結び付いた名を学校の管理体系へ置き換える行為でした。

カーライル・インディアン工業学校で4か月の訓練を受けたチリカワ・アパッチの生徒たち
カーライル・インディアン工業学校で4か月の訓練を受けたチリカワ・アパッチの生徒たち、1880年頃。Library of Congress, Prints and Photographs Division。No known restrictions on publication。

当時のアメリカ先住民を別の視点から記録した人物として、日系写真家を扱ったフランク・サカエ・松浦とは|アメリカ先住民の姿を撮った日本人写真家があります。

ナチス・ドイツのアウシュヴィッツ強制収容所では、登録された囚人しゅうじんは名前に代わって収容番号で管理されました。番号は衣服に記され、多くの登録囚人には皮膚へ入れ墨されました。到着後すぐ殺害された人々など、登録番号を与えられなかった被害者もいました。[11][12]

強制収容所が人を隔離、労働、殺害の体系へ組み込んだ歴史は、強制収容所はナチスだけのものだったのか|世界史で見る隔離・収容・強制労働で詳しく扱っています。

カーライルの同化教育とアウシュヴィッツの大量殺害体制は、目的、規模、暴力の性格が異なります。共通するのは、権力が本人の名を公的な場から退け、別の名や番号で管理した点です。名前の変更は、所属を切り替え、過去とのつながりを弱め、人を制度が扱いやすい単位へ変える手段になりました。

『千と千尋の神隠し』で名前が縮む意味

湯婆婆ゆばーばは、荻野千尋おぎのちひろが署名した契約書から文字を抜き取り、「千」という短い名を与えます。契約を結んだ少女は、親と旅をしていた一人の子どもから、油屋で働く従業員として登録し直されます。

「千」は「千尋」の一字を残した短い名です。過去とのつながりをわずかに残しながら、油屋で扱いやすい呼び名へ縮められています。湯婆婆の力は、名を消す魔法と、契約によって働き手を管理する権限が一つになったものです。

ハクは、元の名が「ニギハヤミコハクヌシ」であり、自分がコハク川の主だったことを思い出します。名前の回復は、忘れていた土地と過去の回復でもあります。千尋が幼いころ川へ落ち、ハクに助けられた記憶によって、二人の関係が結び直されます。

千尋は「千」として働きながら、荻野千尋という元の名を覚え続けます。油屋で与えられた役割を担い、仕事を覚え、周囲との関係を築きながら、元の来歴を保ちます。名前を奪う場面は、呪術、雇用契約、労働管理、記憶、土地との関係を一つに重ねています。[13]

名前を奪うとはどういうことか

同じ改名でも、誰が決め、本人が選べるか、元の名を使い続けられるかによって意味は変わります。

場面名前の扱い力を持つ側生じる変化
前近代日本の複数名成長、身分、職業、信仰に応じて名を使い分ける本人、家、共同体、宗教組織社会関係ごとの立場を表す
ルンペルシュティルツヒェン秘密の名を言い当てる名を知った王妃約束をめぐる主導権が移る
カーライル・インディアン工業学校先住民の名を英語名へ置き換える学校と国家家族、言語、文化との結び付きが弱められる
アウシュヴィッツ登録囚人を番号で管理する収容所当局人格を退けた管理と暴力の体系へ組み込む
『千と千尋の神隠し』「千尋」を「千」へ縮める湯婆婆労働、記憶、帰属を支配する

前近代日本の複数名は、人生の段階や社会関係を表す慣行でした。カーライルとアウシュヴィッツでは、本人の意思を離れた改名や番号化が制度的支配の一部となりました。『千と千尋の神隠し』は、日常の呼び名、古い命名慣行、秘密の名をめぐる物語、権力による改名を、契約書から文字が消える一場面へ凝縮しています。

まとめ

湯婆婆が握るのは、名前を知る力より、名前を書き換えて有効にする力です。契約書、職場、魔法が結び付き、「千」という名が油屋での立場を決めます。

千尋は「千」として働きながら、荻野千尋の記憶を保ちます。社会から与えられた役割を担っても、自分の来歴とつながりを失わない。その二重性が、名前をめぐる物語の核心です。

参考文献

  1. 小学館『デジタル大辞泉』「真名」・平凡社『百科事典マイペディア』「真名」(コトバンク)
  2. Gabriele vom Bruck and Barbara Bodenhorn eds., An Anthropology of Names and Naming, Cambridge University Press, 2006.
  3. 国立国会図書館リサーチ・ナビ「人物文献(伝記など)を探す」別名の解説
  4. 奥富敬之『日本人の名前の歴史』吉川弘文館、2018年
  5. 藤井正雄『戒名のはなし』吉川弘文館、2006年
  6. 国立公文書館デジタルアーカイブ「通称名乗ノ内一名ヲ用シム」
  7. 国立国会図書館レファレンス協同データベース「明治時代の一人一名制について」
  8. Jacob and Wilhelm Grimm, “Rumpelstiltskin,” Grimm’s Fairy Stories, Project Gutenberg.
  9. National Park Service, “History & Culture: Carlisle Federal Indian Boarding School National Monument.”
  10. National Park Service, “The Carlisle Indian Industrial School: Assimilation with Education after the Indian Wars.”
  11. United States Holocaust Memorial Museum, “Tattoos and Numbers: The System of Identifying Prisoners at Auschwitz.”
  12. Auschwitz-Birkenau State Museum, “Mini dictionary.”
  13. スタジオジブリ「千と千尋の神隠し」作品情報