板橋区大原町の長徳寺(ちょうとくじ)には、12世紀頃に造られたと考えられる木造の阿弥陀如来立像があります。昭和23年(1948)に寺へ寄進された仏像で、平泉の中尊寺に安置されていたという伝承が残ります。平成5年(1993)3月24日、板橋区指定有形文化財(歴史資料)となりました。
大原町の真言宗寺院・長徳寺
長徳寺は拳一山遍照院と号する真言宗の寺院で、不動明王を本尊としています。建久年間(1190~1199)に中興開山したと伝えられます。寺院に残る由緒は鎌倉時代初期にさかのぼりますが、現在伝わる阿弥陀如来像は別の場所から昭和時代に迎えられたものです。
かつて本尊だった大日如来像は、子育てや乳授けを願う信仰を集めました。しかし第二次世界大戦中の空襲で失われました。長徳寺の仏像には、地域で続いた信仰と戦争による被害の両方の歴史があります。
平泉中尊寺にあったと伝わる阿弥陀像
阿弥陀如来立像は昭和23年(1948)に長徳寺へ寄進されました。以前は岩手県平泉の中尊寺に安置されていたと伝えられています。現在確認できる由来は伝承として伝わるもので、かつて中尊寺のどの堂にあったかなどの具体的な移動経路を示す記録は確認されていません。
阿弥陀如来は、浄土教で人々を極楽浄土へ迎える仏として信仰されました。この像は立った姿で両手に来迎印を結び、往生を願う信仰に関わる造形を伝えています。
一木造と平安後期の藤原様式
像の本体は一本の木材から彫り出した「一木造(いちぼくづくり)」です。頭部には小さな螺髪が刻まれ、髪の生え際は横一直線に整えられています。伏し目がちな眼差しと穏やかな口元、軽く膨らんだ腹部、浅く刻まれた衣のひだなどが特徴です。
こうした表現には、平安時代後期の仏像に見られる藤原様式の特徴があります。板橋区の文化財調査では、像が12世紀頃に製作されたと考えられています。区内に残る同時代の仏像は少なく、美術史上の価値も認められました。
後世に作り直された手足と台座
阿弥陀像は、造られた当初の部分がすべて残っているわけではありません。両手首、両足先、額の白毫、背後の光背、像を支える台座は後世に補われました。本体の彫刻と修理された部分を分けて見ることが、像の年代や伝来を理解するうえで大切です。
長い年月の間に修理を受けながら信仰されてきた仏像には、制作時の彫刻と後世の人々が残した痕跡が重なっています。長徳寺の阿弥陀像もその一例です。
所在地と拝観
長徳寺は板橋区大原町40-7にあります。都営三田線「本蓮沼駅」から徒歩圏内です。文化財の仏像が常時公開されているという情報はないため、拝観を希望する場合は寺院または区の文化財担当部署へ事前に確認してください。
志村と小豆沢に残る中世の石碑や寺社については、志村・小豆沢周辺の歴史と文化財でも紹介しています。
参考資料
- 板橋区「長徳寺阿弥陀如来立像」文化財解説カード
- 板橋区『令和7年度版 板橋区文化財マップ』
