板橋区の赤塚・大門地区には、竹片を打ち鳴らしながら踊る「大門四ツ竹踊り」と、歌に合わせて杵を動かす「大門餅つき」が伝わっています。どちらも地域の人々が農作業や年中行事の中で受け継いだ民俗芸能で、現在はそれぞれの保存会が伝承に取り組んでいます。
四ツ竹踊りは竹を鳴らす盆踊り
四ツ竹踊りは、二つに割った竹を片手に二枚ずつ持ち、両手で打ち鳴らしながら歌に合わせて踊る芸能です。四枚の竹片が乾いた音を出し、踊りの拍子を作ります。もとは農作業の合間や盆の時期に行われた踊りで、先祖を慰める行事と村人たちの娯楽が結び付いていました。
板橋区内では大門地区のほか徳丸地区にも四ツ竹踊りが伝わります。両地区の芸能は、それぞれ「大門四ツ竹踊り」「徳丸四ツ竹踊り」として保存団体が継承し、板橋区指定無形民俗文化財に位置付けられています。
歌とともに広まった大門四ツ竹踊り
大門四ツ竹踊りは明治から大正期にかけて盛んに行われ、その後に途絶えた時期を経て昭和期に復活したと伝わっています。伝承される曲には「伊勢音頭」「田植歌」「相撲甚句」「ヤッサカ踊り」などがあり、信仰や農業、人々の娯楽に関わる歌が取り入れられています。
竹の音と歌が組み合わさった踊りには、地域の言葉や節回し、動作が残ります。譜面や道具だけでは伝えにくい歌い方と踊り方は、人から人へ教えながら守られてきました。大門四ツ竹踊り保存会は、こうした実演技術の継承に取り組んでいます。
大門餅つきは歌で呼吸を合わせる
大門餅つきは、旧赤塚村大門地区で伝えられた歌付きの餅つきです。蒸したもち米を杵で練る「ねりぶし」、数人が声と動きを合わせてつく「つきぶし」、仕上げを行う「あげぶし」という段階が伝えられています。大きな杵と小さな千本杵を使い、歌の調子に合わせて作業を進めます。
もち米を練ってからつき上げる手順は、行事食を作る作業であるとともに、集まった人々が協力する場でもありました。歌で動きをそろえることが、餅つきを共同の芸能として特徴付けています。
農村の行事から地域の保存活動へ
四ツ竹踊りと餅つきは、かつて農村だった赤塚・徳丸の暮らしと関わってきました。住宅地化が進むにつれて農作業の形や年中行事の機会が変わり、地域の保存会や郷土芸能伝承館が技術を伝える役割を担っています。
板橋区立郷土芸能伝承館は徳丸6丁目29番13号にあり、区内の田遊び、獅子舞、四ツ竹踊り、里神楽などを紹介しています。大門四ツ竹踊り保存会と大門餅つき保存会は、板橋区郷土芸能団体連合会の構成団体です。実演の開催時期や公開場所は年度により異なるため、区と保存団体の案内で確認できます。
赤塚・大門の歴史と関連する行事
大門には、赤塚諏訪神社の田遊びも伝わっています。田遊びは年初に農作業を模して豊作を願う神事で、四ツ竹踊りや餅つきとあわせると、赤塚の村々で受け継がれてきた行事の多様さを知ることができます。周辺の寺社や史跡については赤塚・成増周辺の歴史と文化財で紹介しています。
参考資料
- 板橋区「郷土芸能団体連合会」
- 板橋区立郷土芸能伝承館「板橋の郷土芸能」
- 板橋区「徳丸四ツ竹踊り・大門四ツ竹踊り」
- 板橋区「大門餅つき」
- 板橋区『令和7年度版 板橋区文化財マップ』
