常楽院と前野町式土器の歴史|「土器寺」に伝わる弥生時代の出土品

板橋区前野町四丁目の常楽院(じょうらくいん)は、出土した土器を数多く保存してきたことから「土器寺」と呼ばれる真言宗豊山派の寺院です。寺に伝わる考古資料のうち、弥生時代終末期の「前野町遺跡出土弥生土器」53点は、平成11年(1999)3月3日に東京都指定有形文化財となりました。

前野町の寺院と昭和初期の発掘

常楽院は江戸時代初期には存在していた寺院で、創建は室町時代末期と推定されています。昭和初期、前野町を含む志村地域では、関東大震災後の市街地整備につながる土地区画整理が進みました。造成工事に伴って各地で土器や石器が見つかり、考古学者による調査も行われました。

工事で発見された土器は、当時の前野町が弥生時代から人々の暮らす場所だったことを伝えています。現在の住宅地の下に残る遺構や遺物の位置関係が調査され、土器の形を年代ごとに比較する研究が進みました。

守山聖真住職が守った土器や石器

昭和15年(1940)、守山聖真(1888~1967)が常楽院の十九世住職となりました。守山住職は寺務のかたわら、周辺で掘り出された土器や石器を集め、寺で保存・公開しました。この活動によって常楽院は地域の人々から「土器寺」と呼ばれるようになりました。

発掘品の保存には、破損しやすい器を保管し、出土した場所や特徴を伝えていく仕事が伴います。住職の収集によって、宅地造成で見つかった考古資料が地域に残されました。

前野町式土器と53点の東京都指定文化財

弥生時代終末期から古墳時代初頭の土器には、器の形や文様による地域的な特徴があります。常楽院に伝わる「前野町遺跡出土弥生土器」は、関東地方の土器を分類する「前野町式」の基準となる標識資料です。土器の種類や特徴を比べることで、集落が営まれた時期や地域間の関係を研究できます。

収集品全体は平成4年(1992)2月28日に「常楽院土器収蔵庫所蔵品一括」として板橋区登録有形文化財(考古資料)となりました。その一部である53点は、平成11年3月3日に東京都指定有形文化財(考古資料)となっています。区登録の資料群と都指定の53点は、範囲が異なります。

板碑と絵馬も残る境内

常楽院の墓地には、阿弥陀三尊を梵字で表した年号不詳の種子板碑が残ります。形状には鎌倉時代の特徴があり、前野の中世仏教を伝える石造物です。また、幕末から明治時代の絵馬や扁額には弘法大師の伝説などが描かれ、寺院の信仰を知る資料となっています。

所在地と文化財の公開

常楽院の所在地は板橋区前野町4-20-8です。土器や絵馬は過去に特別公開されたことがありますが、常設公開とは限りません。見学の際は寺院と板橋区の案内を確認してください。近隣の発掘調査については、前野兎谷遺跡の歴史も参照できます。

参考資料