「肩透かし」「序の口」は本当に相撲由来?日常語になった相撲ことばを史料で追う

「肩透かしを食う」「土俵際に追い込まれる」「白星を挙げる」。相撲の場面を離れて使われる言葉は、日常会話やニュースの中に数多く残っています。相撲でよく使う言葉と、相撲から日常語へ広がった言葉では、由来の確かさに差があります。

辞書に載る「初出の実例」は、現時点で確認された最古級の用例です。実際の成立は、それより前にさかのぼる可能性があります。『日本国語大辞典』は、各語義について古いと考えられる用例を優先して採る方針を掲げています。

11語を「史料で追いやすい」「相撲との関係が強い」「起源に注意」の3群に分ける

語相撲との関係確認できるポイント
土俵際史料で追いやすい相撲の具体的用法が1764年、比喩用法が1821〜24年
肩透かし史料で追いやすい相撲の技が1796年、比喩用法が1814年
序の口史料で追いやすい相撲の階級が1899〜1902年、一般の「物事の始まり」が1919〜27年
勇み足相撲との関係が強い相撲の勝負結果から「調子に乗って失敗する」意味へ広がった語義が定着
仕切り直し相撲との関係が強い相撲で仕切りをやり直すことから、交渉や計画のやり直しへ拡大
大一番相撲との関係が強い日本相撲協会が「相撲の報道から生まれた言葉」と説明
白星・黒星相撲との関係が強い星取表の○と●から勝敗の意味が広がる
軍配が上がる相撲との関係が強い行司が勝者側へ軍配を上げる所作から一般の勝敗判定へ
待ったなし起源に注意辞書は囲碁・将棋・相撲を並べて説明
いなす起源に注意「去らせる」など古い一般語義が先にあり、日本相撲協会も語源を未確定とする

土俵際――1764年の相撲用法から「瀬戸際」へ

「土俵際」は、土俵の内外を分ける俵のそばを指します。『精選版 日本国語大辞典』が挙げる相撲の用例は、1764年の歌舞伎『高台橋諍勝負附』です。相手を土俵際まで押し出す場面に使われています。

同辞典では、物事が決着する瀬戸際という語義に、1821〜24年の人情本『明烏後正夢』を挙げます。相撲場の具体的な境界を表す語が、勝負や交渉のぎりぎりの局面を表す比喩へ移った流れを、18世紀後半から19世紀前半の用例で追えます。

肩透かし――相撲の技から18年ほどで比喩用法が現れる

日本相撲協会は「肩すかし」を82手の決まり手の一つに数えています。差し手で相手の腕の付け根を抱えるか脇にかけて前に引き、体を開きながら反対の手で肩などを叩いて倒す技です。

『精選版 日本国語大辞典』では、相撲の技として1796年の咄本『喜美談語』、相手の勢いをうまくそらす比喩として1814年の『柳多留』を掲げています。確認できる用例の間隔は約18年です。「肩透かしを食う」という現代の言い回しにも、相手の勢いを外して体勢を崩す相撲の動きが残っています。

序の口――番付の最下位から「まだ始まり」の意味へ

現在の大相撲の番付は、幕内、十両、幕下、三段目、序二段、序ノ口の6段階です。序ノ口は番付に載る力士の最下位に位置します。

『精選版 日本国語大辞典』は、相撲の階級として『東京風俗志』(1899〜1902年)を挙げ、一般の「物事のはじまり」という語義には里見弴『今年竹』(1919〜27年)を掲げています。番付の入口に当たる階級名が、「まだ序の口だ」のように物事の初期段階を表す語へ広がった順序が確認できます。

白星・黒星――相撲で生まれたのは「勝敗」の意味

日本相撲協会は、星取表で勝った力士を白丸、負けた力士を黒丸で記す習慣から、勝利を「白星」、敗北を「黒星」と呼ぶようになったと説明しています。現在も相撲では、勝ち負けを白星・黒星と表現します。

黒星には、相撲より古い別の歴史があります。『精選版 日本国語大辞典』には、1694年の『西鶴織留』で「黒くて丸いしるし」、同じ1694年の『好色万金丹』で「ねらった所・急所」の用例があります。相撲の負けを表す用例は1919年の『相撲講話』、一般の失敗を表す例は1951年の井伏鱒二『吉凶うらなひ』です。

「黒星という語そのものが相撲で作られた」という説明より、「黒星に敗北・失敗という意味を与えた系統が相撲の星取表と結びついている」と整理する方が、古い用例との整合が取れます。

軍配が上がる――行司の判定動作が勝敗一般の表現へ

軍配は、もとは武将が軍団を指揮するために使った道具で、江戸時代に行司が用いるようになったと日本相撲協会は説明しています。現在の行司は取組の勝敗を判定し、勝った力士の側へ軍配を上げます。

「軍配を上げる」は、そこから試合、競争、論争などで勝者や優勢な側を決める意味へ広がりました。『日本国語大辞典 第二版』の一般的用法には1949年の例があります。日国友の会の編集部コメントでは、『文藝倶楽部』1895年3月25日号にも一般的な意味の用例が確認されています。

勇み足――相撲では「決まり手」より勝負結果の名称

勇み足は、相手を土俵際まで追い込みながら、勢い余って自分の足を先に土俵外へ出してしまう負け方です。日本相撲協会の分類では、82手の決まり手とは別に置かれる「勝負結果」の一つです。

一般語では、勢いに乗りすぎてやりすぎることや、先走って失敗することを表します。相手を追い込むほど優勢だった側が、自分の一歩で負ける相撲の場面が、発言や行動の行き過ぎを表す比喩に重なっています。

仕切り直し――立ち合い前のやり直しから交渉の再出発へ

相撲の「仕切り」は、両力士が立ち合いに向けて呼吸を合わせる過程を指します。呼吸が合わない場合などは仕切りをやり直します。日本相撲協会も、立ち合い前に仕切り直しを繰り返す大相撲の進行を説明しています。

辞書では「仕切り直し」を、相撲で仕切りをやり直すことに加え、スポーツや囲碁・将棋の勝負、さらに交渉や計画を最初からやり直す意味として載せています。現在の「交渉を仕切り直す」「計画を仕切り直す」は、勝負を始める前の準備をもう一度整える感覚を受け継いだ用法です。

大一番――日本相撲協会が「相撲の報道から生まれた」と説明

相撲では一つの取組を「一番」と数えます。優勝争いやライバル同士の対戦など、重要な取組を「大一番」と呼びます。

日本相撲協会は「大一番」を相撲の報道から生まれた言葉と説明しています。現在は野球やサッカーなど他競技の重要な試合にも広く使われ、相撲報道の言い回しがスポーツ語彙へ広がった例として扱えます。

待ったなし――相撲だけに起源を求めにくい語

相撲では、制限時間がいっぱいになると行司が軍配を返し、「待ったなし」と声を掛けて立ち合いを促します。現在の日常語では、時間的な猶予がない状況を表します。

『精選版 日本国語大辞典』の語釈は「囲碁、将棋、相撲などで『待った』ができないこと」とし、1844〜45年の雑俳『玉の光』を用例に挙げています。相撲で定着した表現の一つではあるものの、辞書上は囲碁・将棋も同列に並びます。相撲単独の語源として扱う根拠は弱くなります。

いなす――相撲用語より古い「去らせる」の用法がある

相撲の「いなす」は、突きや押しで攻めてくる相手に対し、体を開いて力の向きをそらし、体勢を崩す動きです。会話では、追及や攻撃を軽くあしらう意味で使われます。

『精選版 日本国語大辞典』の「往なす」には、16世紀中〜後期の『田植草紙』に「去るようにさせる」の用例があります。1722年には「実家に返す」、1789年には「けなす」といった語義も現れます。相撲のわざと、攻撃や追及を軽くあしらう語義は同じ項目にまとめられています。

日本相撲協会も、相撲の「いなす」と日常語の「いなす」について、どちらが語源かは定かでないと説明しています。相撲由来語の一覧に入れる際は、「相撲でも使う古い日本語」として位置づける方が史料に沿います。

参考資料