新宿三丁目、二丁目、一丁目の史跡を巡るナイトウォークと関東三大酉の市の一つ「花園神社」酉の市の前夜祭

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青梅街道と甲州街道

新宿一丁目~三丁目は内藤新宿と追分があったところです。新宿追分と呼ばれ、甲州街道と青梅街道の分岐点でした。青梅街道は甲州街道の脇往還(サブルート)でもありました。

青梅街道・・・現在は新宿区~青梅市~甲府市の132kmの国道140号線です。江戸時代は道中に中野宿、田無宿、青梅宿など9つの宿場町がおかれていたようです。大菩薩峠(だいぼさつとうげ)という難関がありましたが、関所がないことと甲州街道よりも8kmほど短いことから庶民によく利用されていたようです。

甲州街道・・・江戸五街道の一つである甲府街道は日本橋を起点に下諏訪宿(長野県諏訪市あたり)まで続いています。日本橋から内藤新宿、八王子、甲府を経て信濃国の下諏訪宿で中山道と合流するまで44次の宿場が置かれていました。中山道は69次、東海道は53次です。甲州街道や青梅街道など八王子を中心に整備したのはもともとは甲斐武田家、後に徳川家康家臣となった大久保長安(極度の女好きで側女80人)です。

新宿追分から甲府柳町宿までのルートは現在の地図にあてはめるとこんな感じです。

新宿一丁目、二丁目、三丁目の歴史

江戸時代初め、甲州街道の初めの宿場は高井戸でしたが、日本橋から遠く、途中の宿場町の需要があり新宿二丁目近辺に人家ができはじめ拡大していきました。このあたりには内藤家屋敷があったことから内藤新宿(あたらしくできた宿場の意味)と呼ばれました。売春行為は幕府公認遊郭の公娼のみに認められていましたが、私娼も黙認せざるを得ない状況でした。1772年には江戸四宿である千住宿に150人、板橋宿に150人、品川宿に500人、内藤新宿に250人の飯盛女(私娼、遊女がここに含まれる)がいたようです。

明治になって内藤新宿の上町・仲町・下町がそれぞれ内藤新宿一丁目・二丁目・三丁目となりました。

1923年(大正12年)の関東大震災により、吉原や洲崎の二大遊廓は焼けてしまい、被害を受けなかった新宿遊廓は全盛期を迎えました。東京の人口が西に拡大したことにより、新宿遊廓はインテリ層やサラリーマンを対象とした「モダン遊廓」として大いににぎわいました。この頃「二丁目」といえば新宿遊廓を指したものでした。

1945年(昭和20年)戦災により焼失し、GHQによる公娼廃止指令により赤線地帯(半公認の遊郭)となり、1958年(昭和33年)売春防止法の完全施行により、赤線の街としての新宿遊郭は幕を閉じることとなりました。

1960年代以降、新宿二丁目は世界屈指のゲイタウンへと変貌を遂げました。なぜゲイバーが増えたのかはよくわからないらしい。

今回行くところ(前半)

旧青梅街道 (西口方面)

新宿元標ここが追分

新宿末廣亭(1897年創業で都内に4軒存在する寄席の一つ)

褌BAR 二代目 刀(ゲイタウン仲通り入口)

新宿区立花園西公園

三遊亭圓朝旧居跡

カフェ ラ・ボエム 新宿御苑

四谷消防団第二分団格納庫

熊手(くまで)とは

①熊の手を連想させる鉄の爪を棒の先につけた長柄の道具。物をひっかけるのに用いる。舟の備品や武器としても利用された。現在では、土地の開墾やどぶさらい、また、ごみなどをかきよせるのに用いる。鉄搭(てっとう)。

②竹の先端をかぎ形に曲げ、くしの歯のように並べたものに長い柄をつけたもの。落ち葉や穀物などをかき集めるのに用いる。

③酉(とり)の市に売り出される、福徳をかき集めるという竹製の縁起物。東京都台東区にある鷲(おおとり)神社をはじめ、各地の神社で売り出され、宝船、おかめの面、小判、ますなどの模型をつけて売られる。

日本一大きい江戸飾り熊手

鷲神社(東京都台東区千束3丁目)の社務所内に、2017年4月10日から展示されている江戸飾り熊手は、高さ5.8メートル、幅4.45メートル、奥行き2.3メートル、重量782.1キログラムで日本一大きい。酉年にちなみ鷲神社奉賛青年会一同の約30人がおよそ1ケ月かけて製作した。

ちなみに東京都庁舎の熊手はこんな感じです。

花園神社酉の市の紹介記事

こちらでわかりやすくまとめられています↓
https://event-checker.info/hanazono-torinoichi/

花園神社の起源と歴史

花園神社は、徳川家康の江戸開府(1603)以前から新宿の総鎮守として重要な位置を占めていました。徳川氏が武蔵国に入った1590年より前に、大和吉野山より勧請されたとされています。現在の場所は、尾張徳川家下屋敷の庭の一部で、たくさんの花が咲き乱れていたため、のちに花園神社と呼ばれるようになったそう。三光院があったため三光院稲荷とも呼ばれました。明治時代に三光院は廃絶した。ゴールデン街の「新宿三光商店街振興組合」に三光の名前が残っています。

境内に「芸能浅間神社」や女性に人気の「威徳(いとく)稲荷神社」がある。倉稲魂命(うかのみたまのみこと)・日本武尊・受持神の3柱を祀る。倉稲魂命(うかのみたまのみこと)は伏見稲荷大社の主祭神。

今回行くところ(後編)

花園神社

テルマー湯の前【再集合場所】

新宿ゴールデン街

東急歌舞伎町タワー

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 会長
なかまつ

北海道大学工学部卒。美術館は週に2回、海外旅行は年に6回行く、ゴリゴリの理系出身のIT系ビジネスマン。隣が図書館のため毎月10冊の本を借りている。趣味の延長で、東京の歴史や芸術を楽しむゆる〜いイベントを企画している。

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