キャットストリートの歴史|旧渋谷川・暗渠・橋跡を原宿から渋谷へ歩く

原宿から渋谷へ続くキャットストリートは、ショップやカフェが並ぶ街路であると同時に、かつて渋谷川が流れていた場所です。現在も渋谷区はこの道を「旧渋谷川遊歩道(キャットストリート)」という通称で案内しています。水車が回った穏田の農村、1920年に生まれた表参道と参道橋、1960年代の暗渠化、裏原宿の形成、宮下公園の再整備まで、一本の道に東京の変化が重なっています。

キャットストリートとは?旧渋谷川の上を歩く道

キャットストリートの中心となる道は、渋谷区の通称道路名で「旧渋谷川遊歩道(キャットストリート)」とされています。明治通りの宮下公園付近から表参道交番付近へ延びる区間で、地面の下には旧渋谷川の流路があります。

原宿側の上流部は穏田おんでん川などとも呼ばれました。現在は川を地下へ通した暗渠あんきょの上を遊歩道が通り、道の緩やかな曲がりや橋の痕跡が、かつての水辺の形を伝えています。東京の暗渠そのものについては、「暗渠まるわかりガイド」で詳しく紹介しています。

旧渋谷川遊歩道(キャットストリート)から旧参道橋方向を望む
旧渋谷川遊歩道(キャットストリート)。旧隠田橋付近から旧参道橋(表参道)方向を望む(2010年)/撮影:Rs1421、Wikimedia Commons、CC BY-SA 3.0

江戸の穏田には水車が回っていた

現在の神宮前・原宿周辺には、江戸時代に穏田村がありました。渋谷川の流れは農業や水車の動力に使われ、渋谷区立中央図書館の地域資料には、鶴田橋の南側に1769年頃から水車があったことが紹介されています。

葛飾北斎かつしか ほくさいも『冨嶽三十六景 穏田の水車』で、穏田の水車と富士山を描きました。1830〜32年頃の作品で、東京富士美術館は穏田を現在の渋谷区神宮前、原宿周辺にあたる地域として紹介しています。ファッションの街になった現在の景観からは想像しにくいものの、19世紀のこの一帯には、水の流れを生活と生業に使う風景が広がっていました。

1920年、表参道と参道橋ができる

1920年、明治神宮の鎮座に合わせて表参道が開通しました。新しい参道が渋谷川を横切る地点には参道橋が架けられ、表参道と川が交差する場所になりました。渋谷区立中央図書館の資料では、参道橋は1938年に架け替えられています。

表参道のケヤキ並木と表参道ヒルズ
表参道のケヤキ並木。左手に表参道ヒルズが見えます(2007年)/撮影:Ystokyo、Wikimedia Commons(Public Domain)

少し渋谷側へ進むと穏田橋の名が残ります。現在見られる橋名板は1955年の架け替え時のものです。川が地下へ移ったあとも、参道橋や穏田橋という名前が旧流路の位置を教えてくれます。表参道の成立や周辺の歴史は、「原宿・表参道・青山の歴史散歩」にもまとめています。

1964年東京五輪と渋谷川の暗渠化

高度経済成長期になると、原宿から渋谷にかけての景観は大きく変わりました。1964年の東京オリンピックを契機とした整備で渋谷川上流部は地下化され、地上から水面が消えていきます。渋谷区立図書館の年表には、1967年3月に「渋谷川・代官山遊び場(遊歩道)」が開放された記録があります。川の流路は、歩くための空間へ姿を変えました。

戦後の渋谷川とその周辺
戦後の渋谷川とその周辺

現在のキャットストリートを歩くと、直線的な都市道路とは違う緩やかな蛇行が続きます。橋名板や親柱が残る地点とあわせて見ると、店の並ぶ道そのものが旧河道だったことを実感できます。渋谷川をより広く歩いたルートは、「渋谷の歴史散歩|再開発・渋谷川の暗渠・金王八幡宮を歩く」にもつながります。

1980〜90年代、裏原宿の街へ

川の上に生まれた遊歩道と、その周辺の住宅地は、やがてファッションの街へ変わっていきます。都市地理学の研究では、1980年代後半の不動産開発によって店舗立地が住宅地の内部へ広がり、人のつながりを通じて小規模なアパレル店の出店が続いたことが、原宿の小売店集積を形づくる要因として分析されています。

解体前の同潤会青山アパート(2002年)
解体前の同潤会青山アパート(2002年)/撮影:PhantomII.Rider、Wikimedia Commons、CC BY-SA 4.0

1990年代には、表参道の大通りとは異なる小さな店舗が集まる一帯が「裏原宿」として知られるようになり、ストリートファッションの発信地になりました。表参道沿いでは同潤会青山アパートが長く街並みを形づくり、2003年の解体後、2006年に表参道ヒルズが開業しました。大通りの再開発と裏通りの小規模店舗の集積が近接することも、この地域の景観を特徴づけています。

表参道ヒルズの同潤館
旧同潤会青山アパートの記憶を継ぐ表参道ヒルズ「同潤館」(2012年)/撮影:Rs1421、Wikimedia Commons、CC BY-SA 3.0

裏原宿の路地や原宿側の史跡を歩くコースは、「裏原・表参道〜原宿ナイトウォーク」でも紹介しています。

ブラームスの小径とモーツァルトの文化

原宿駅側から歩き始めると、竹下通りの近くにブラームスの小径があります。石畳と植栽の間を抜ける細い路地で、にぎやかな表通りから短い距離で景色が変わります。ここから表参道方向へ進むと、旧渋谷川の流路へ近づいていきます。

ブラームスの小径(東京都渋谷区神宮前)
ブラームスの小径。竹下通りと並行して続く細い路地です(2024年)/撮影:らいちょうざるそば、Wikimedia Commons、CC0

近くにはモーツァルト通りと呼ばれる小径もあります。Casa Mozartの公式資料によると、創設者の中村眞なかむら まことは1976年からヨーロッパ各地のモーツァルトゆかりの地を訪ね、資料を集め、1983年に原宿に「カーサ・モーツァルト」を開きました。旧河川沿いの細い道に、音楽文化の記憶も重なっています。

渋谷側で再開発の歴史を追う

渋谷キャスト前のARROW TREE

キャットストリートを渋谷へ進むと、渋谷キャスト前に「ARROW TREE」があります。2017年8月に設置された東恩納裕一ひがしおんな ゆういちの作品で、非常時の一時退避場所である青山学院大学の方向を示す避難誘導サインとアートを組み合わせています。旧河川の遊歩道が、現代の防災と公共空間にもつながる地点です。

宮下公園からMIYASHITA PARKへ

さらに進むと宮下公園の一帯に入ります。宮下公園は1953年に開設され、1966年には駐車場の上部を利用する屋上公園へ改修されました。2020年には公園、商業施設、ホテル、駐車場を一体化したMIYASHITA PARKとして再整備されました。散歩ルートにあるColliuの「きゅうちゃん」も、現在の宮下公園を彩るパブリックアートの一つです。

渋谷ストリームで渋谷川が地上へ

散歩の終点は渋谷ストリームです。東横線渋谷駅は2013年まで地上にあり、その跡地と周辺を活用した再開発で2018年に渋谷ストリームが開業しました。旧線路跡には約600メートルの「渋谷リバーストリート」が整備されています。

原宿では地面の下に隠れていた渋谷川が、渋谷ストリーム付近では再び地上に姿を現します。水車のある農村から暗渠、ファッションの街、再開発へと変わった道を歩いた最後に、現在の川を見られる場所です。

原宿から渋谷へ歩く7つの見どころ

  1. ブラームスの小径 — 竹下通り近くの細い路地から旧渋谷川の流路へ向かいます。
  2. モーツァルト通り — 原宿の音楽文化とCasa Mozartの歴史が残る一帯です。
  3. 参道橋跡(表参道) — 1920年に開通した表参道と旧渋谷川が交差した地点です。
  4. 穏田橋の橋名板 — 地下に移った川の位置を伝える橋の痕跡です。
  5. ARROW TREE(東恩納裕一) — 渋谷キャスト前にある防災サインを兼ねたアートです。
  6. Colliu「きゅうちゃん」 — MIYASHITA PARK周辺のパブリックアートを見ながら、旧河道を渋谷駅側へ進みます。
  7. 渋谷ストリーム — 暗渠を歩いた先で、地上の渋谷川と再び出会う終点です。

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参考文献・資料