紅梅小学校校史資料の歴史|1874年創立と徳丸の学校を支えた村人たち

板橋区徳丸八丁目の紅梅小学校は、明治7年(1874)に開かれた、区内で最も古い小学校の一つです。校内に残された学校日誌や設立当初の資料などは「紅梅小学校校史資料」として板橋区の文化財に登録されています。明治時代の学校づくりから戦時下の暮らしまで、徳丸地域の歴史が記録されています。

1874年、安楽寺に設けられた紅梅学校

明治5年(1872)の学制公布によって、各地で小学校の設置が進みました。徳丸では明治7年8月、安楽寺の建物を利用して紅梅学校が開かれました。それ以前から地域には寺子屋があり、紅梅学校は地元の教育活動を受け継ぐ形で成立しました。

当時は校舎を建てる費用や教員を確保することも村にとって大きな仕事でした。明治22年(1889)には村民の寄付を受けて現在地に新しい校舎を建て、安楽寺から移転しました。大正11年(1922)には学校の存続を支えるため個人の寄付が寄せられたことも記録されています。

学校日誌と設立資料が伝える暮らし

紅梅小学校には、明治・大正・昭和の学校運営を記録した文書や、記念行事に関係する資料が保存されてきました。日々の学校日誌には、授業や行事のほか、地域で起きた出来事への学校の対応も残っています。

平成19年度と20年度に合計531件の校史資料が区の登録有形文化財となりました。その後、創立150周年に合わせた調査によって、さらに古い日誌や昭和18~20年(1943~1945)の記録などが見つかりました。令和8年(2026)2月16日には、323件が追加登録されています。

戦争と学校の記録

戦争が激しくなった昭和18~20年の資料は、地域の子どもたちが置かれた状況を調べるうえでも貴重です。追加登録された資料には、学童集団疎開の宿舎を提供した人へ昭和20年に贈られた感謝状などが含まれます。学校の文書には、戦時の教育だけでなく避難先や地域住民との関係も記録されていました。

創立150周年と資料の保存

令和6年(2024)、創立150周年を迎えた紅梅小学校の歩みは、板橋区立郷土資料館の展覧会でも紹介されました。学校の所在地は徳丸8丁目10番1号です。校史資料は通常、学校の管理下にあるため、自由に閲覧できる展示施設ではありません。資料の公開状況は区立郷土資料館などの案内で確認できます。

同じ徳丸地区に残る江戸時代の暮らしや学校以前の教育については、徳丸・高島平周辺の歴史と文化財で紹介しています。

参考資料