2024年11月6日(水)19時30分から、ゆる歴史散歩会の「【裏原】表参道~原宿ナイトウォーク」を開催しました。参加者は23人。表参道駅を出発し、北青山の裏路地、キャットストリート周辺、東郷神社、竹下通り近くの小径を歩きました。ケヤキ並木の大通りから一歩外れると、戦争の記憶を伝える碑、かつての川の流れ、海軍学校にまつわる石など、さまざまな歴史が残っています。
当日の散歩コースと集合風景
表参道駅(集合)→「和をのぞむ」→北青山の裏路地・善光寺山門・徳冨蘆花旧宅跡付近→表参道まちかど庭園・旧渋谷川周辺→キャットストリート周辺→原宿外苑緑道・東郷神社→竹下通り横の小径・フォンテーヌ通り→原宿駅方面。既存の訪問先情報を残しつつ、当日の写真を道順に沿って紹介します。

表参道駅近くの「和をのぞむ」|青山に残る戦災の記憶
集合後に立ち寄ったのは、北青山三丁目の平和記念碑「和をのぞむ」です。港区によると、1945年5月の山の手大空襲で赤坂・青山地域は大きな被害を受け、表参道と青山通りの交差点付近でも多くの人が亡くなりました。戦災犠牲者を慰霊し平和を願う碑として、港区政60周年にあたる2007年1月に除幕されています。買い物客が行き交う表参道のすぐそばに、地域の戦争の記憶が刻まれています。

北青山の裏路地|寺院と文学者の足跡
表参道の大通りを離れ、北青山の裏路地へと進みました。にぎやかな通りから少し入ると、住宅や小さな店舗が並ぶ落ち着いた街並みが広がります。普段は通り過ぎてしまいそうな細い道にも足を延ばし、夜の青山を散策しました。

青山の善光寺は浄土宗の寺院で、江戸時代からこの地域の歴史に関わってきました。近くには作家・徳冨蘆花の旧宅跡もあります。蘆花は『不如帰』『自然と人生』などで知られ、青山から千歳村粕谷へ移り住んだ後の暮らしを『みみずのたはこと』に記しました。現在の世田谷区にある蘆花恒春園にも、その足跡が残されています。

キャットストリート|旧渋谷川の流れと裏原宿
表参道まちかど庭園付近には、旧渋谷川や参道橋に関する解説が残っています。キャットストリートの中心となる道は、かつての渋谷川の流路を利用した遊歩道です。上流側は穏田川とも呼ばれ、周辺には水車や農地がありました。川は昭和の都市整備によって地下へ移り、地上の道は原宿のファッション文化を支える街路へ変わりました。橋の親柱や曲がった道筋が、かつての水辺を伝えています。
渋谷川の流路、橋跡、暗渠化の経緯については、関連記事「キャットストリートの歴史|旧渋谷川・暗渠・橋跡を歩く」で詳しく紹介しています。

この一帯は、1980~90年代に小規模なアパレル店が増え、裏原宿と呼ばれるファッションの街として知られるようになりました。今回の散歩では、路地で散歩中の犬と触れ合う場面もありました。史跡を巡る途中のこうした出会いも、街歩きならではの一場面です。

東郷神社|海軍経理学校正門敷石に残る近代史
原宿外苑緑道を通り、東郷神社付近では「海軍経理学校正門敷石」の記念碑を見学しました。海軍経理学校は旧日本海軍で会計、物資、食糧などを扱う主計科の人材を育てた学校です。1907年に創設され、戦後の海軍解体まで続きました。敷石はかつての学校の正門に使われた石で、現在は説明板とともに歴史を伝えています。碑の説明には、海軍経理学校の正門から移設された敷石であることが記されています。

竹下通り横のフォンテーヌ通り|噴水と小径の夜景
原宿駅に近づくと、竹下通りのにぎわいから少し離れた小径が現れます。フォンテーヌ通りでは、建物に囲まれた噴水が夜の照明に浮かび上がっていました。近隣にはモーツァルト通りやブラームスの小径など、音楽家の名を冠した道もあります。竹下通りと並行する一帯には、かつての水路が暗渠となった場所があり、原宿の街路の成り立ちを知る手掛かりにもなります。

原宿・青山の歴史散歩をもっと楽しむ
青山一丁目から外苑、原宿へ向かう別ルートは「青山一丁目~外苑前~原宿の歴史散歩」でも紹介しています。原宿周辺の街並みを自分のペースで歩くときは、TimeWalkもご利用ください。現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。
ご参加いただいた23人の皆さん、ありがとうございました。
参考資料
- 港区「和をのぞむ~区政六十周年記念碑~」
- ゆる歴史散歩会「キャットストリートの歴史と現地レポート」(渋谷区立図書館の地域資料等への参照を含む)

