夢見ヶ崎動物公園で桜・動物・古墳を満喫|了源寺の花まつりと加瀬山の歴史散歩【開催レポート】

夢見ヶ崎動物公園の高台から市街地を眺める散歩参加者と春の景色

2026年4月5日(日)、ゆる歴史散歩会では30人で、川崎市幸区の夢見ヶ崎動物公園と周辺の史跡を巡りました。14時30分から始まった今回の散歩のテーマは、春の桜と無料動物園を楽しみながら、丘に刻まれた古い歴史を見つけること。色づいた桜と動物たちに出合い、近くの了源寺の花まつりにも立ち寄ることができました。

川崎の住宅街に残る加瀬山には、古墳、貝塚、寺院、戦没者慰霊塔が集まります。なぜこの場所に史跡が多いのでしょうか。当日の写真と川崎市などの資料を手がかりに、地形・動物・信仰・古代の暮らしをつないで紹介します。

今回のコース概要

  • 開催日時:2026年4月5日(日)14:30~(終了時刻は記録なし)
  • 参加人数:30人
  • 主な訪問先:加瀬山へ向かう階段、了源寺、夢見ヶ崎動物公園、展望地点、白山古墳・加瀬台古墳群の説明板、川崎市戦没者慰霊塔、南加瀬貝塚跡
  • 見どころ:桜と動物、花まつりの甘茶、丘の高低差、古墳と貝塚の歴史

以下は提供された写真の順番を基本に紹介しています。集合駅・解散地点・歩行距離・所要時間の詳細は記録がないため、決めつけずに記していません。

加瀬山へ上る――階段と眺望から分かる地形

最初に印象的だったのは、公園に入るまでの急な階段です。木々に囲まれた坂を皆で上ると、平坦な住宅地の中に突然高台が現れる、この土地らしい起伏を実感できます。

夢見ヶ崎動物公園へ向かう加瀬山の急な階段を上る街歩き参加者
加瀬山への坂と階段。丘の上の公園に向かいました。

夢見ヶ崎動物公園のある加瀬山は、矢上川下流の低地に突き出した細長い丘です。川崎市の資料では標高およそ30~35メートルと説明されています。現在は住宅街に囲まれていますが、古墳が築かれた時代には、川沿いの低地を見渡す地形でした。なぜ丘に古墳が集中したのかを考える際、この高低差は大切な手がかりです。

公園までの道は坂や階段があるため、歩きやすい靴がおすすめです。川崎市は階段を使う最短ルートと、坂道を通るルートを紹介しています。川崎市公式の徒歩ルート案内も参考になります。

了源寺と花まつり

偶然出合った春の仏教行事

散歩の途中、夢見ヶ崎動物公園に隣接する了源寺りょうげんじでは花まつりが行われていました。本堂前に人々が集まり、春らしいにぎわいが広がっていました。私たちも立ち寄り、甘茶をいただくことができました。予定していなかった地域の行事との出合いも、街歩きならではの楽しみです。

川崎市幸区の了源寺で開かれた2026年の花まつりと本堂前のにぎわい
了源寺の花まつり。境内では多くの来場者が春の行事を楽しんでいました。

2026年の了源寺の花まつりは4月4日・5日の2日間に開催されました。地元紙「タウンニュース」の4月10日付報道でも、5日に釈尊降誕会が行われ、境内に飲食ブースやマルシェが並んだことが伝えられています。今回の散歩がその開催日と重なったため、当日の行事に出合えました。

花まつりで甘茶をかけるのはなぜ?

花まつりは、4月8日のお釈迦様の誕生を祝う灌仏会かんぶつえ(釈尊降誕会)として知られます。花で飾った花御堂はなみどうに生まれた姿の釈迦像「誕生仏」を安置し、甘茶をひしゃくで注ぎます。伝承で釈迦の誕生を祝って降ったとされる甘露の雨になぞらえた習わしです。会場でいただいた甘茶は、この仏教行事の意味を身近に感じさせてくれました。

了源寺の花まつりで配られた甘茶とお釈迦様の誕生を伝える説明紙
花まつりの説明と、会場でいただいた甘茶。

写真の配布資料には、花まつりの由来や甘茶の説明がイラスト入りで書かれていました。もう一枚には花々に囲まれた誕生仏の姿が写っています。右手を天に向けた像の姿は、釈迦誕生の伝承を表しています。

了源寺の花まつりで花々に囲まれた釈迦の誕生仏
花に囲まれた誕生仏。甘茶を注ぐ灌仏会の中心となる像です。

江戸時代から続く了源寺と、境内の古墳

了源寺は日蓮宗の寺院です。川崎市仏教会の寺院紹介によれば、元和元年(1615年)、本成院日啓ほんじょういんにっけいが当地を巡った際、名主らの寄進によって創建されました。現在の本堂と山門は宝暦2年(1752年)に完成したと伝えられています。創建からの歩みだけでも、この丘が地域の信仰の場であり続けたことがうかがえます。

さらに川崎市教育委員会によれば、了源寺の境内には加瀬台古墳群の第4号墳があります。5世紀後半の円墳で、鏡や鉄斧の出土が伝えられています。江戸時代からの寺院が古墳時代の史跡と同じ丘に重なっている点も、このエリアのおもしろさです。今回、第4号墳の墳丘そのものを見学したかどうかは記録がないため、ここでは地域の歴史情報として紹介します。

夢見ヶ崎動物公園とこのエリアの史跡・遺跡

入園無料の動物公園で動物たちを観察

夢見ヶ崎動物公園は1974年に開園した、入園無料の動物園です。川崎市の公式案内では開園は9:00~16:00、年中無休。園内の動物展示では、木々や岩場などの環境とともに、動物たちの姿を近くで楽しめます。

今回の写真には、岩の上で休む草食動物たち、羽色が鮮やかなフラミンゴ、ペンギン、角のある動物たち、レッサーパンダと飼育員の姿が残っています。写真だけでは種を特定しにくい動物は、誤った名前を付けずにその姿を紹介します。

夢見ヶ崎動物公園で岩場に集まり休む草食動物たち
岩場で過ごす動物たち。起伏を生かした展示も見どころです。

岩場の上に点々と集まる動物たち。斜面を利用した展示では、動物がどんな高さや場所を選んで休むのかにも注目できます。

夢見ヶ崎動物公園で片脚で立つ鮮やかな桃色のフラミンゴの群れ
鮮やかな羽色のフラミンゴが集まる展示。

フラミンゴは桃色の羽と細長い脚が目を引きます。片脚で立ったり、頭を羽に収めたりする姿をじっくり眺めました。

夢見ヶ崎動物公園の岩場で休む2羽のペンギン
高低差のある展示場で過ごすペンギン。

ペンギンの展示では、岩場で立つ個体と体を休める個体の様子が写っています。泳ぐ姿だけでなく、陸上での過ごし方も観察の楽しみです。

夢見ヶ崎動物公園の木製台の上下で過ごす角のある動物たちと桜
桜の咲く園内で、木製の台を使って過ごす動物たち。

こちらは桜の近くで木製の台を使って過ごす、角のある動物たち。園内の春景色と動物の暮らしを一緒に撮影できました。

夢見ヶ崎動物公園でレッサーパンダを飼育員が移動用ケースに誘導する場面
レッサーパンダの近くで行われていた飼育員の作業。

レッサーパンダの近くでは飼育員による作業も見られました。どのような目的の作業かまでは記録にないため断定しませんが、動物を支える日々の飼育に目を向ける機会にもなりました。なお、園内では動物に直接触れるふれあい体験はできないと川崎市が案内しています。

展望地点から見る「丘の上の公園」

高台に出ると、眼下には住宅地が広がりました。春の樹木とともに市街地を見渡すと、平地に独立する加瀬山の地形がよりはっきりします。動物園だけで帰らず、展望地点まで歩くと、この公園の印象が変わります。

夢見ヶ崎動物公園の高台から市街地を眺める散歩参加者と春の景色
加瀬山の高台から広がる市街地の眺望。

白山古墳と加瀬台古墳群――4世紀から続く墓の歴史

加瀬山には、4世紀後半から7世紀後半に築かれた加瀬台古墳群かせだいこふんぐんがあります。川崎市教育委員会によると、現在知られている古墳や塚は計11基。時代ごとに有力者の墓が築かれたことを示しています。

中心的な存在が、かつて丘の西端にあった白山古墳はくさんこふんです。全長約87メートルの前方後円墳で、1937年の発掘調査では鏡・玉類・鉄器などの副葬品が出土しました。中でも三角縁神獣鏡さんかくえんしんじゅうきょうは、当時の列島の有力者と初期のヤマト政権との関係を考える重要な資料です。現在、白山古墳の墳丘は土取りによって失われています。

説明板があることで、今は地表から見えない大きな古墳も、その規模と位置を想像できます。現存する墳丘を探す場合と、すでに失われた古墳の跡を読み解く場合では、観察の仕方が異なります。

現地の分布図には、白山古墳のほか加瀬台1号墳から9号墳などの位置が描かれています。地図と実際の丘の形を照らし合わせると、古墳が一つだけの独立した史跡ではなく、丘全体に広がっていたことがよく分かります。

もう一つの説明板には、古墳群の成り立ちや昔の発掘写真が掲載されています。遺跡そのものが残る場所、写真と案内板で歴史を学ぶ場所を見分けながら歩くと、史跡散策がさらに深まります。

国宝・秋草文壺はなぜこの丘から出土したのか

白山古墳の近くでは、1942年に秋草文壺あきくさもんつぼが発見されました。平安時代末期、12世紀後半ごろにつくられたと考えられる陶器で、ススキや柳、トンボなど秋の風物が表されています。壺の内部から火葬された骨が見つかっており、骨蔵器として使われたと考えられています。1953年に国宝に指定され、慶應義塾大学が所蔵、東京国立博物館に寄託されています。

ここで大切なのは、古墳の築造年代と壺の年代は違うということです。白山古墳は4世紀頃、秋草文壺は12世紀頃の品。同じ加瀬山でも、古墳時代の埋葬と平安時代末の葬送が別々の時期に存在していたことが分かります。なぜこの地に埋められたのか、埋葬された人物が誰なのかは未解明です。

桜の中の川崎市戦没者慰霊塔

丘の上では、大きくそびえる川崎市戦没者慰霊塔にも立ち寄りました。川崎市によると、この塔は1960年に加瀬山の東端に建立され、戦争で亡くなった人々を追悼し、平和を願う場所です。楽しい花見の景色の中で、異なる時代の記憶にも向き合える場所でした。

南加瀬貝塚――この丘はかつて海に近かった

最後の写真は南加瀬貝塚みなみかせかいづかの案内標柱です。川崎市の史跡案内によれば、縄文時代前期の海面上昇期には鶴見川・矢上川付近まで海が入り込み、加瀬山は水辺に浮かぶ小島のような地形だったと考えられています。南加瀬貝塚からは縄文時代と弥生時代の特徴をもつ遺物が知られています。

動物公園の丘の上から見た現代の住宅街を、縄文時代の海辺の景色に置き換えてみる。さらに古墳時代の墓、江戸時代の寺、現代の公園へと時間をたどる。南加瀬貝塚は、加瀬山の地形と長い歴史を一緒に考える入口でした。

これから夢見ヶ崎動物公園を訪れる方へ

  • 開園時間:9:00~16:00。年中無休、入園無料(川崎市公式案内による)。
  • 所在地:川崎市幸区南加瀬1-2-1。
  • 公共交通:JR新川崎駅から徒歩約15分、鹿島田駅から徒歩約20分。川崎駅西口からバスで「夢見ヶ崎動物公園前」下車、徒歩約7分。
  • 歩き方:入口までの坂や階段に注意。階段を避けたい場合は市公式の徒歩ルートを参照してください。
  • 見学のポイント:動物展示だけでなく、了源寺、展望地点、古墳の説明板、慰霊塔と周辺史跡も見どころ。寺の催しや動物展示の内容は日によって異なります。

開園時間やアクセスは変更される場合があります。出かける前に夢見ヶ崎動物公園の公式利用案内をご覧ください。

関連記事――ほかの街でも古墳と地形を歩く

加瀬山のように、地形と古墳の関係を歩いて考えるなら、上野毛・瀬田の古墳と国分寺崖線を巡る歴史散歩もおすすめです。都市の中で古墳が残る例は、恵比寿・代官山の猿楽塚古墳を巡るレポートでも紹介しています。

海辺の地形と貝塚に関心がある方は、高輪・三田の伊皿子貝塚と旧海岸地形を歩くレポートもどうぞ。今後の散歩イベントはゆる歴史散歩会のイベント一覧から探せます。

TimeWalkで近くの史跡を探す

TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。今回のように動物公園と古墳・寺院・貝塚を組み合わせたいときも、訪問先を考えるきっかけになります。現在地から歩ける史跡を地図で探す

まとめ――花見から古代へ、加瀬山でつながった春の散歩

桜の咲く高台で動物を眺め、偶然の花まつりで甘茶をいただき、古墳や貝塚の説明板を読む。今回の30人での散歩は、ひとつの丘に自然・信仰・古代史・平和の記憶が重なっていることを感じられる時間になりました。夢見ヶ崎動物公園に出かける際は、少し足を延ばして周辺の史跡にも目を向けてみてください。

参考資料

※当日の参加人数・時刻・訪問体験は主催者提供情報、写真の内容は添付された現地写真に基づきます。一般的な歴史・施設情報は上記の公的資料等に基づいて記載しました。