企業価値評価(Valuation、バリュエーション)は、企業が将来生み出すお金を、現在の価値に置き換えて考える作業です。中心にある考え方は、次の式で表せます。
EVは企業価値、CF_tは将来の各時点で得られるキャッシュフロー、rは割引率、tは各キャッシュフローが発生する時点、Σはt=1から∞までの各キャッシュフローを合計するという意味です。継続企業を前提とする基本形では、将来のキャッシュフローを無期限に考えます。実務では∞までを1年ずつ予測せず、一定期間を個別に予測し、その先をTerminal Valueでまとめて評価します。
経済産業省の「企業買収における行動指針」でも、企業価値は概念的に「企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの割引現在価値の総和」と整理されています。企業に値段を付けるとは、工場や預金など現在持っているものだけでなく、将来どれだけお金を生み出せるか、その不確実性をどう見るかまで含めて評価することです。
企業価値評価(Valuation)とは何か
企業は、商品やサービスを売り、従業員に給与を払い、設備投資を行い、税金を払いながら事業を続けます。その結果、企業の中には将来にわたってお金を生み出す力が残ります。企業価値評価は、この将来の経済的な成果を金額に置き換える作業です。
上場企業なら株価が毎日表示されていますが、株価は一株の市場価格です。企業全体の価値を考えるには、株主が持つ価値だけでなく、借入金や社債など債権者が持つ請求権も考える必要があります。また、M&A、事業売却、投資判断、経営計画などでは、「市場で今いくらで取引されているか」と「前提を置いて計算した価値」を分けて考えます。
企業価値・株主価値・時価総額の違い
企業価値という言葉は文脈によって使い方が少し変わります。実務では、事業全体の価値を示すEnterprise Value(EV)と、株主に帰属する株主価値を区別すると理解しやすくなります。
時価総額は、株価に発行済株式数を掛けた金額です。市場がその時点で株主の持分に付けている価格を表します。
株主価値は、企業の価値のうち株主に帰属する部分です。上場企業では、市場で観察できる株主価値の代表が時価総額です。DCFなどで理論的な株主価値を推計すると、市場価格とは異なる評価額になることがあります。
EV(Enterprise Value)は、事業を資金調達の方法から切り離して見るために使われる価値です。単純化すると、次の関係で整理できます。
EV ≒ 株主価値 + 有利子負債 − 現金
「有利子負債 − 現金」は純有利子負債と呼ばれます。現金が多い会社は、同じ時価総額でも事業そのものに付いている価値が相対的に小さい場合があります。逆に借入金が多い会社では、株主価値だけでは事業全体の負担を捉えにくくなります。
たとえば時価総額が500億円、有利子負債が200億円、現金が100億円なら、単純化したEVは600億円です。企業価値と時価総額を同じものとして扱うと、この100億円の純有利子負債を見落とします。
なぜ将来のお金を現在価値に直すのか
今日100万円を受け取るのと、1年後に100万円を受け取るのとでは、通常は今日の100万円のほうが価値があります。今日受け取れば預金や債券などで運用でき、1年後には100万円より多くなる可能性があるからです。さらに、将来の受け取りには不確実性もあります。
たとえば、1年間で5%の収益を期待できるとします。今日の約95万2,381円を5%で1年間運用すると、1年後に100万円になります。逆にいえば、1年後の100万円の現在価値は約95万2,381円です。
CFが1年後の100万円、rが5%なら、PV = 100万円 ÷ 1.05 ≒ 95万2,381円です。
2年後なら、1年分だけでなく2年分の時間価値を考えます。
何年先のキャッシュフローにも使える形に一般化すると、tを「何年先か」として次のように表せます。
10年後に100万円を受け取る場合、割引率5%なら現在価値は約61万3,913円です。同じ100万円でも、受け取るまでの時間が長いほど現在価値は小さくなります。
企業は毎年、あるいは四半期ごとにキャッシュフローを生みます。そのため、各時点のキャッシュフローを現在価値に直して合計します。
- EV:企業価値
- CF_t:t期に得られるキャッシュフロー
- r:割引率。投資家がその投資に要求する収益率
- t:各キャッシュフローが発生する時点
- Σ:各時点のキャッシュフローを合計すること
この式が表しているのは、「将来受け取るお金を、それぞれの時点とリスクに応じて今日の価値へ変換し、全部足す」という考え方です。
現在価値(PV)と将来価値(FV)
現在価値はPresent Value(PV)、将来価値はFuture Value(FV)と呼ばれます。今日のお金を将来へ伸ばす計算がFVで、将来のお金を今日へ戻す計算がPVです。
100万円を年5%で10年間運用した将来価値は、100万円 × 1.05^10 ≒ 162万8,895円です。反対に、10年後の162万8,895円を年5%で割り引けば、現在価値は100万円になります。
割引率には時間価値だけでなくリスクも反映されます。国債のように比較的確実性の高いキャッシュフローと、事業環境によって大きく変動する企業のキャッシュフローでは、投資家が要求する収益率が異なります。
キャッシュフローとは何か
キャッシュフローは、実際に企業へ入ってくる現金と、企業から出ていく現金の流れです。企業価値評価では、会計上の利益とキャッシュフローを区別します。
たとえば商品を100万円で売り、代金の入金が3か月後なら、売上や利益が計上されても現金はまだ入っていません。設備を1,000万円で購入した場合も、会計上は減価償却によって数年間に費用配分される一方、現金は購入時に大きく出ていきます。
そのため、利益が出ている会社でも資金繰りが苦しくなることがあります。企業価値を考えるときは、最終的に投資家へ帰属し得る現金をどれだけ生み出せるかが大きな意味を持ちます。
DCFでよく使うのがFCF(Free Cash Flow、フリーキャッシュフロー)です。FCFは、事業活動から得た現金から、事業を維持・成長させるために必要な投資などを差し引いた後に残るキャッシュフローです。
会社全体を評価する場合にはFCFF(Free Cash Flow to the Firm)を使う方法が一般的です。これは株主と債権者の双方に帰属するキャッシュフローで、WACCという割引率で現在価値に直します。株主だけを直接評価する場合にはFCFE(Free Cash Flow to Equity)を使い、株主資本コストで割り引きます。
割引率とは何か
割引率は、将来のお金を現在価値へ変換するための数字です。その背景には、投資家が「このリスクを取るなら、どの程度の収益を期待したいか」という要求収益率があります。
1年後に100万円を受け取るとして、割引率が5%なら現在価値は約95万2,381円です。割引率が10%なら約90万9,091円まで下がります。将来の100万円は同じでも、要求する収益率が高いほど、今日支払える金額は小さくなります。
割引率rが上がる → 分母が大きくなる → 現在価値は下がる
割引率rが下がる → 分母が小さくなる → 現在価値は上がる
企業全体のFCFFを割り引くときによく使うのがWACC(Weighted Average Cost of Capital、加重平均資本コスト)です。企業は株主のお金と借入金・社債などを組み合わせて資金調達しています。WACCは、株主が要求する収益率と、債権者が要求する金利を、資本構成に応じて加重平均したものです。
概念的には、WACC = 株主資本コスト × 株主資本の比率 + 税引後負債コスト × 負債の比率、と考えられます。実務では市場価値ベースの資本構成や税効果などを反映します。
DCF法は何を計算しているのか
DCFはDiscounted Cash Flowの略で、将来のキャッシュフローを割引率で現在価値に直して合計する方法です。企業全体を評価するFCFF方式では、基本的に次の順序で計算します。
- 将来のFCFを予測する
- 割引率としてWACCを決める
- 各年のFCFを現在価値に割り引く
- 予測期間より先の継続価値(Terminal Value)を計算する
- FCFの現在価値と継続価値の現在価値を合計し、事業全体の価値を求める
Terminal Value(継続価値)は、明示的に予測した期間より先に企業が生み出すキャッシュフローの価値です。企業が5年で消滅する前提でない限り、5年分のFCFだけを足しても企業価値にはなりません。
一定の成長率gで永続的に成長すると仮定する場合、継続価値は次の式で表せます。
gは長期の永続成長率です。WACCとgの差が小さいほどTerminal Valueは大きくなるため、長期成長率の置き方は評価額へ強く影響します。gは長期的に持続可能な水準で考える必要があります。
簡単なDCF計算例
架空の「A社」を考えます。A社は今年、FCFFを1,000万円生み出しました。今後5年間は成長が徐々に落ち着き、1年目1,000万円、2年目1,100万円、3年目1,188万円、4年目1,259万円、5年目1,310万円になると予想します。WACCは8%、5年目以降の永続成長率は2%とします。
| 年 | 予想FCFF | 8%で割り引いた現在価値 |
|---|---|---|
| 1年目 | 1,000万円 | 約926万円 |
| 2年目 | 1,100万円 | 約943万円 |
| 3年目 | 1,188万円 | 約943万円 |
| 4年目 | 1,259万円 | 約926万円 |
| 5年目 | 1,310万円 | 約891万円 |
5年間のFCFFの現在価値は合計約4,629万円です。
5年目の翌年のFCFFは、1,310万円 × 1.02 ≒ 1,336万円です。継続価値は、1,336万円 ÷ (0.08 − 0.02) ≒ 2億2,264万円です。ただし、この金額は5年後時点の価値なので、さらに現在まで割り引きます。
継続価値の現在価値は約1億5,153万円です。5年間のFCFFの現在価値と合わせると、A社の事業価値は約1億9,782万円となります。
この例から分かるように、DCFでは継続価値が評価額の大きな部分を占めることがあります。WACCや永続成長率を少し変えるだけでも結果が大きく動くため、前提の説明が必要です。
DCF以外の企業価値評価方法
企業価値評価には複数の方法があります。実務では一つの方法だけで決めず、複数の方法を並べて結果の妥当性を確認することがあります。
DCF法
将来キャッシュフローを予測し、割引率で現在価値へ直す方法です。企業固有の事業計画、成長率、利益率、投資額、リスクを反映しやすい一方、前提の置き方によって結果が大きく変わります。
類似企業比較法(Comparable Companies Analysis)
同じ業界や似た事業構造を持つ上場企業が、市場でどの程度の倍率で評価されているかを参考にします。EV/EBITDA、PER、PBRなどのマルチプルを使います。市場の現在の評価を反映しやすく、計算も比較的分かりやすい一方、完全に同じ会社は存在しないため、比較対象の選び方が結果を左右します。
類似取引比較法(Precedent Transactions)
過去のM&Aで、似た企業がどの程度の価格で取引されたかを参考にする方法です。支配権を取得する取引では買収プレミアムが含まれる場合があり、上場株式の日常的な市場価格とは性格が異なります。取引時期や市場環境の違いにも注意が必要です。
純資産・資産価値を基準にする方法
保有する土地、建物、現預金、設備、有価証券などの資産価値から負債を差し引いて評価する考え方です。資産保有型の会社や清算価値を考える場面では有用です。一方、ブランド、顧客基盤、技術、人材、将来の収益力など、貸借対照表に十分表れない価値を捉えにくい場合があります。
企業価値評価を理解するための要点
企業価値評価の出発点は、企業が将来生み出すキャッシュフローです。それを時間とリスクに応じた割引率で現在価値へ直し、合計する考え方がDCFの基礎です。
将来キャッシュフローが増えれば価値は上がりやすく、割引率が上がれば価値は下がりやすくなります。成長率、利益率、再投資、金利、事業リスク、資本構成は、最終的にキャッシュフローや割引率を通じて評価額に反映されます。
DCF、類似企業比較法、類似取引比較法、資産価値法は、それぞれ企業の違う側面を見ています。企業価値評価を読むときは、評価額そのものだけでなく、「何をキャッシュフローとしたか」「どの割引率を使ったか」「成長率をどう置いたか」「比較対象は何か」を確認すると、数字の意味が分かりやすくなります。
Q&A
金利と企業価値はどう関係する?
市場金利が上がると、企業価値を押し下げる方向に働くことがあります。国債など比較的安全な資産から得られる収益率が上がると、企業への投資に求める収益率も上がりやすくなります。企業の借入コストが上昇し、WACCが高くなる場合もあります。
DCFでは、割引率が上がるほど将来キャッシュフローの現在価値が小さくなります。とくに、数年先や十数年先のキャッシュフローが評価の大きな部分を占める成長企業は、割引率の変化による影響を受けやすくなります。
実際の株価には、金利に加えて売上見通し、利益率、成長率、事業リスクなども反映されます。金利上昇と同時に業績見通しが改善すれば、企業価値への影響は相殺されることもあります。
利益の増減と企業価値は関係する?
企業価値は将来のキャッシュフローの予測から算出されます。将来のキャッシュフローの予測に、現在までの利益をどれだけ考慮するかで関係性がきまります。
たとえば利益が前年より増えていても、市場がさらに高い成長を予想していた場合、将来見通しの下方修正によって株価が下がることがあります。一時的な資産売却益で利益が増えた場合も、事業の将来キャッシュフローが増えるとは評価されにくくなります。
反対に、研究開発や店舗拡大、人材採用などへの先行投資で短期的な利益が減っていても、その投資が将来の大きなキャッシュフローにつながると見込まれれば、高い企業価値が付くことがあります。
企業価値評価は評価する人によって変わる?
変わります。DCFで使う将来キャッシュフロー、成長率、割引率は予測に基づくため、前提の置き方によって評価額が変化します。
たとえば売上成長率、営業利益率、WACC、永続成長率を少し変えるだけでも結果は動きます。そのため実務では、一つの評価額だけを見るのではなく、割引率や成長率を変えた感応度分析を使い、どの前提でどの程度の価値になるかを確認します。
企業価値評価は、前提を明示し、その前提と評価額の関係を検証する作業です。評価する人が違えば前提も変わり得るため、評価額を見るときは、数値そのものと同時に、その数値がどの前提から導かれたのかを確認する必要があります。

