東芝不正会計事件|経営トップが無理な利益目標「チャレンジ」を迫り、監査も取締役会も止められなかった

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これは、経営トップが達成困難な利益目標を繰り返し突きつけ、現場が損失や費用を先送りし、監査も取締役会も止められないまま、不正な決算が何年も積み上がった物語です。

東芝の不正会計事件では、インフラ、パソコン、テレビ、半導体という別々の事業で利益を大きく見せる処理が続き、2015年に一気に表面化しました。背景にあったのが、経営トップから現場へ強く突きつけられた収益改善要求「チャレンジ」と、上司の意向に逆らいにくい企業風土でした。

序章|最初は一つの工事案件だった

事件が表面化したのは2015年2月です。証券取引等監視委員会(SESC)が東芝に報告を求め、一部のインフラ案件で工事進行基準の会計処理を調べ始めました。工事が赤字になる見込みなのに、必要な損失を適切な時期に計上していない疑いが出たためです。

東芝は4月3日に特別調査委員会を設置しました。調査を進めると、問題はインフラ事業からパソコン、映像、半導体へ広がりました。各事業でも利益を大きく見せる会計処理が見つかり、5月には外部専門家による第三者委員会へ調査を委ねます。

7月20日に提出された第三者委員会の報告書は、東芝の問題を単なる計算ミスではなく、経営トップの利益要求と組織風土が絡んだ問題として描きました。翌21日、田中久雄社長、佐々木則夫副会長らが辞任し、西田厚聰相談役も相談役を退きました。

9月には過年度の有価証券報告書などが訂正されます。東京証券取引所は、2009年3月期から2015年3月期第3四半期までの継続事業税引前利益が累計2,248億円、当期純利益が累計1,552億円過大だったと確認しました。金額の大きさ以上に深刻だったのは、この処理が複数の事業と複数の決算期にまたがって続いていたことです。

第1章|「チャレンジ」が現場を追い詰めた

第三者委員会の報告書で繰り返し出てくる言葉が「チャレンジ」です。これは社長月例などで、経営トップが各事業に求めた収益改善目標を指しました。

東芝では、決算期末が迫った段階で、通常の営業活動やコスト削減では達成が難しい規模の改善を求め、未達を受け入れにくい運用になっていました。

象徴的なのがパソコン事業です。第三者委員会は、2012年9月27日の社長月例で、上期末まで残り3日しかない時点に120億円の営業損益改善が求められた例を記録しています。3日で新しい製品を大量に売ったり、大幅なコスト削減を実現したりするのは現実的に困難でした。そのため、会計上の利益を前倒しする圧力が強まりました。

しかも、利益を前倒ししたり費用を後ろへ送ったりすると、その負担は翌期に戻ってきます。翌期はさらに苦しい状態から新しい目標を追わなければならず、また数字を動かす必要が生まれます。こうして一度の先送りが次の先送りを呼ぶ循環ができました。

第三者委員会は原因の一つとして、「上司の意向に逆らうことができないという企業風土」を挙げています。経営トップの強い利益要求と異論を出しにくい組織が重なり、現場が数字を合わせる方向へ追い込まれていきました。

第2章|赤字を隠し、利益を先取りする処理が4事業に広がった

東芝では事業ごとに異なる会計処理が使われましたが、いずれも「今期の利益をよく見せる」方向に働きました。

インフラ事業では、工事に追加費用がかかり赤字になる見込みが強まっても、見積工事原価総額への反映や工事損失引当金の計上が遅れた案件がありました。本来なら当期に出るはずの損失を将来へ送れば、その期の利益は高く見えます。第三者委員会は、経営トップが損失計上を承認しなかったり、先送り方針を示したと認められる案件も記録しています。

パソコン事業では、東芝が調達した部品を製造委託先のODMへ供給し、完成品を買い戻す取引が利用されました。四半期末に通常の生産に必要な量を超える部品を送り込めば、部品供給時点で利益を先に計上できます。ただし完成品を買い戻せば負担は後の期間へ戻るため、翌期の数字は苦しくなります。

テレビなどの映像事業では、費用や損失を翌期へ繰り越す施策がC/O(Carry Over)と呼ばれていました。半導体事業では、原価計算に使うTOVという数値を大幅に改訂し、原価の一部を在庫や後の期間へ移すことで、当期の売上原価を低く見せる処理が問題になりました。第三者委員会は前工程TOVを700%、800%という率で改訂した例も記録しています。

第三者委員会が四分野を調べた段階では、税引前損益の要修正額は累計1,518億円でした。その後、東芝自身の追加調査と決算訂正を加えた結果、東証が確認した継続事業税引前利益の累計過大計上額は2,248億円まで広がりました。数字が二つあるのは、調査範囲が違うためです。

第3章|取締役会も内部監査も止められなかった

東芝は早い段階から監督制度を整えていました。1998年に執行役員制度、2000年に指名・報酬委員会を導入し、2003年には委員会等設置会社へ移行しました。指名・監査・報酬の三委員会を置き、形式上は日本企業の中でも早い段階からガバナンス改革を進めていました。

ところが、不適切な会計処理はその後も続きました。東証は、取締役会や監査委員会が事業の実態を十分に把握できず、事業部門との情報連携も不足していたと認定しています。一部の取締役や監査委員が問題の端緒を把握していても、その情報は組織全体へ十分に共有されないままでした。

財務・経理部門も、事業側や経営トップに対する独立した牽制力が弱い状態でした。経営監査部は長期赤字案件を監査しながら、会計上の問題を深く掘り下げられなかったと第三者委員会から指摘されています。

当時は金融商品取引法に基づく内部統制報告制度、いわゆるJ-SOXもすでに適用されていました。東芝では、重要な会計判断の独立検証や、異常な処理を取締役会・監査委員会へ確実に上げる経路が弱く、制度だけでは不適切処理を止められませんでした。

第4章|監査法人は異常値を把握しながら適正意見を出した

当時の東芝の会計監査を担当していたのは新日本有限責任監査法人でした。監査法人は不自然な数値や会社側の説明に接しながら、重大な虚偽を含む財務書類に適正意見を出しました。

第三者委員会は、東芝側が会計監査人から質問や資料要求を受けた際、事実を隠したり、実態と異なる説明資料を示した例を記録しています。一方、金融庁はその後の別調査で、監査法人側にも重大な問題があったと認定しました。

金融庁によると、監査チームは長期間にわたり東芝を担当したメンバーが中心で、東芝のガバナンスを過信し、会社側の説明や資料を批判的に検証する姿勢が弱くなっていました。さらに事業ごとに分業していた監査チーム内でも、情報共有と連携が不足していました。

パソコン事業では、四半期末月だけ製造利益が大きく膨らみ、製造原価が極端に低下し、2013年3月期には四半期末月の製造原価がマイナスになる異常値まで現れていました。金融庁の処分資料は、監査側がこうした異常を認識していたことも記しています。それでも重大な虚偽を含む財務書類に適正意見が出されました。

金融庁は2015年12月、新日本有限責任監査法人に新規契約締結業務の3か月停止と業務改善命令を出しました。2016年1月には21億1,100万円の課徴金納付命令も決定しています。担当した公認会計士にも業務停止処分が行われました。

2018年の東京証券取引所メインルームと円形の電光掲示板
東京証券取引所のメインルーム(2018年)。撮影:Kakidai/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

第5章|会社も監査法人も処分され、経営陣は法廷へ向かった

2015年9月15日、東京証券取引所は東芝株を特設注意市場銘柄に指定し、上場契約違約金9,120万円を徴求しました。東証は、虚偽記載だけでなく、内部管理体制を改善する必要性が高いと判断しています。

証券取引等監視委員会は有価証券報告書などの虚偽記載を認定し、金融庁は2015年12月、東芝に73億7,350万円の課徴金納付命令を出しました。工事損失引当金の過少計上、売上の過大計上、映像・パソコン・半導体事業などでの売上原価や費用の過少計上が問題とされました。

東芝は同年11月、西田厚聰、佐々木則夫、田中久雄、村岡富美雄、久保誠の元役員5名に損害賠償を求めて提訴しました。2023年3月の東京地裁判決では3名について一部の賠償責任が認められましたが、2025年3月の東京高裁判決は一部の争点について一審判断を変更し、東芝側の請求を退けました。東芝は上告しており、2026年9月時点では、公開情報上、上告審の確定判断は未確認です。

一方、東証は東芝の改善策を審査し、2017年10月に特設注意市場銘柄と監理銘柄の指定を解除しました。指名委員会の独立性強化、CFOの選任・解任プロセスの見直し、各事業部門の財務機能をCFO直轄にするなどの改革が進められました。

終章|上場廃止後も、事件が残した課題は消えていない

東芝は2023年12月20日に上場廃止となりました。TBJHによる公開買付けの成立と、その後の株式併合による非公開化が理由で、2015年の不正会計に対する直接の制裁とは別の手続です。不正会計による特設注意市場銘柄指定は2017年に解除されていました。

不正会計の発覚後、東芝は米原子力子会社ウェスチングハウスをめぐる巨額損失と債務超過、事業売却、株主との対立など、別の経営危機も経験します。その後の経営危機には原子力事業など別の要因も重なりましたが、2015年の事件は巨大企業の統治が揺らぐ出発点の一つになりました。

2026年6月、東芝は監査役を置く取締役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行し、経営の健全性と透明性を高める方針を示しました。2015年の不適切会計問題を受けた「会計コンプライアンス」も、現在のリスク・コンプライアンス体制で明示的なテーマとして扱われています。

東芝事件では、経営トップの無理な利益要求に現場が数字を合わせ、経理、内部監査、取締役会、外部監査のチェックも十分に働かないまま、不自然な会計処理が決算期をまたいで積み上がりました。制度や組織を置くだけでなく、異常な数字や悪い情報を経営トップから独立して検証できる仕組みが必要だとわかります。

関連する解説記事

参考資料

  1. 株式会社東芝 第三者委員会「調査報告書」(2015年7月20日)
  2. 東芝「第三者委員会の調査報告に関する当社の対応について」(2015年7月21日)
  3. 東京証券取引所「特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求―東芝―」
  4. 証券取引等監視委員会「株式会社東芝に係る有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告について」
  5. 金融庁「株式会社東芝に係る有価証券報告書等の虚偽記載に対する課徴金納付命令の決定について」
  6. 金融庁「監査法人及び公認会計士の懲戒処分等について」
  7. 金融庁「新日本有限責任監査法人による財務書類の虚偽証明に対する課徴金納付命令の決定について」
  8. 東京証券取引所「特設注意市場銘柄の指定解除及び監理銘柄(審査中)の指定解除―東芝―」
  9. 東京証券取引所「上場廃止等の決定:(株)東芝」(2023年11月22日)
  10. 東芝「当社の経営体制の改定について」(2026年6月30日)