かつて日本の山奥には、木材を運ぶための細い鉄道が張り巡らされていました。林野庁が現在確認している国有林の森林鉄道は、歴史上の累計で1,284路線、総延長9,102kmに達します。
線路は川沿いの谷を縫い、伐採地と貯木場、国鉄駅を結びました。木材に加えて山村の住民、子ども、食料や日用品を運ぶ路線もあり、木曽では理髪店を載せた「理髪車」まで走りました。
最盛期を迎えた森林鉄道は、1959年の国有林林道合理化要綱を境に急速に道路へ置き換えられます。トラックと林道が山へ入り、1970年代には本格的な運材鉄道の時代が終わりました。一方、屋久島には現在も森林管理に使われる線路が残り、木曽や高知では文化財・観光資源として第二の歴史を歩んでいます。
森林鉄道ができる前、丸太は川を下っていた
山で伐った木を運ぶ最古の大動脈は川でした。伐採した丸太を人や牛馬で沢まで運び、上流では丸太を一本ずつ流す管流し、大きな川では筏に組んで下流へ送る筏流しが行われていました。
水運は自然条件に左右されます。水量が足りなければ運べず、流送中の木材の損傷や紛失、河川や田畑への被害も起きました。明治末から大正期に水力発電所やダムが増えると、河川を木材輸送に使いにくい地域も広がります。
同じ時期、国有林や御料林では木材生産が本格化しました。東海道線、東北線、奥羽線など全国の幹線鉄道も整い、山から鉄道駅まで安定して大量の木材を運べれば、その先は東京や大阪へ送れます。森林鉄道は、山の水運と全国鉄道網の間をつなぐ輸送路として生まれました。
「日本初の森林鉄道」が三つある理由
森林鉄道の「日本初」は、何を森林鉄道と呼ぶかで変わります。
| 年 | 路線 | 「最初」の意味 |
|---|---|---|
| 1901年 | 阿寺軽便鉄道 | 木曽御料林に設けられた、日本最初の森林鉄道といえる軌道。生活物資輸送から始まり、木材搬出にも使用 |
| 1904年 | 高野山国有林の軌道 | 農商務省が管理する国有林で最初の軌道 |
| 1908年 | 津軽森林鉄道 | 機関車が運材列車を牽引する本格的な国有林森林鉄道の先駆け |
初期には木材を積んだ台車を傾斜で下ろし、人がブレーキを操作する森林軌道も使われました。空の台車は人や牛馬が山へ戻します。蒸気機関車、ガソリン機関車、ディーゼル機関車が普及すると、上り下りとも動力で運ぶ森林鉄道へ発展しました。
国有林で一般的だった軌間は762mm。国鉄の一般的な線路よりかなり狭く、小型機関車と急なカーブを使って狭い谷へ線路を延ばしました。
歴史上1,284路線、累計9,102kmまで広がった
林野庁が確認している国有林森林鉄道を地域別に合計すると、1,284路線、9,102kmになります。
| 地域 | 路線数 | 延長 |
|---|---|---|
| 北海道 | 149 | 1,437km |
| 東北 | 479 | 2,983km |
| 関東 | 129 | 864km |
| 中部 | 135 | 1,076km |
| 近畿中国 | 91 | 393km |
| 四国 | 133 | 1,074km |
| 九州 | 168 | 1,275km |
| 合計 | 1,284 | 9,102km |
9,102kmは、建設・延伸・廃止を繰り返した路線を歴史上の記録から合計した数字です。戦後の林野庁資料では、1951年の森林鉄道の営業・使用延長は6,195kmでした。
同じ1951年、自動車道も6,010kmまで延びています。1950年代初頭は、山の輸送で鉄道とトラック道路が並び立った転換期でした。
木曽には400kmを超える森林鉄道網ができた
森林鉄道を代表する地域が長野県の木曽谷です。1916年、中央線上松駅と赤沢を結ぶ小川森林鉄道が完成しました。そこから支線が谷の奥へ伸び、最盛期には木曽森林鉄道の路線網は400kmを超えます。
木曽ヒノキなどの丸太は山から列車で下ろされ、上松などの貯木場・鉄道駅から全国へ送り出されました。中央線が1911年に全通していたことも、川流しから陸上輸送への転換を後押ししました。
木曽では1915年、米国ボールドウィン社製の蒸気機関車が導入されています。小さな機関車が丸太を載せた運材台車を連ね、山深い谷を走りました。

木材と一緒に、山村の人や生活物資も運んだ
道路が十分に通じていない山村では、森林鉄道が生活交通になりました。営林署職員や林業労働者に加え、地域住民を乗せる列車も走り、食料や日用品、郵便などが線路を通って山奥へ運ばれました。
王滝村などでは子どもの通学にも森林鉄道が使われました。木材輸送のために敷かれた線路が、学校や集落と外の町を結ぶ公共交通に近い役割まで担っていたのです。
列車で山へ出張した「理髪車」
木曽森林鉄道には、理髪店の設備を載せた「理髪車」がありました。伐採現場近くの宿舎で長期間生活する作業員のため、車内に椅子、鏡、流しなどを備え、理容師が線路を使って山中へ出向きました。
全国理容生活衛生同業組合連合会の記録では、この移動理髪店は延べ約2万人の髪を切ったとされています。森林鉄道は丸太とともに、山で暮らすために必要なサービスそのものも運びました。
1959年、国は新しい林道を原則「自動車道」にした
森林鉄道から道路への転換を決定づけたのが1959年の「国有林林道合理化要綱」です。林野庁は、新しく造る林道を原則として自動車道とし、既存の森林鉄道も原則として自動車道へ改良する方針を示しました。
背景にはトラックの性能向上と道路整備がありました。森林鉄道はレール、橋梁、路盤を維持し、伐採地が移れば線路を延長・付け替える必要があります。トラックは林道を使って伐採地へ入り、積み替え回数を減らして目的地まで柔軟に運べました。
昭和40年代には外材輸入も増え、国内の山から大量の木材を搬出する経済条件も変わります。1959年の政策転換、トラックの機動力、道路網の拡大、鉄道の維持費、木材市場の変化が重なり、森林鉄道は急速に縮小しました。
都市インフラでも、技術と制度の転換が従来方式を一気に置き換えることがあります。1965年の大量発生をきっかけに、ごみの露出埋立から衛生埋立へ転換した経緯は、「夢の島『ハエ大発生事件』」で紹介しています。
1975年に王滝本線が廃止され、その後も支線は残った
木曽の王滝森林鉄道本線は1975年に廃止されました。この年を「日本最後の森林鉄道」とする紹介は多く、木曽の本格的な運材鉄道が終幕を迎えた節目として重要です。
ただし、林野庁の路線資料では王滝系統の支線がその後まで残っています。中部森林管理局の現行解説では、王滝事務所管内の「うぐい川線」が1977年に廃止され、トラック輸送へ切り替わったとしています。
このため、1975年は王滝森林鉄道本線の廃止年として扱い、全国の森林鉄道がその日に一斉に消滅した年とは分けて考える方が実態に合います。
屋久島では今も森林鉄道の線路が生きている
林野庁は、屋久島の安房森林鉄道を現在も残る森林鉄道として紹介しています。現在は森林管理などに使われています。
国有林以外では京都大学芦生研究林にも森林軌道が残っています。
「森林鉄道は1970年代に全部なくなった」という姿より、運材の主役から退いた後も用途を変えて一部の線路が生き残った、と見る方が現在の姿に近くなります。
廃線は林業遺産・文化財・観光鉄道になった
森林鉄道の線路、橋、トンネル、機関車は、林業と土木の歴史を伝える産業遺産として評価されるようになりました。
高知県の旧魚梁瀬森林鉄道では、橋梁や隧道群が2009年に森林鉄道遺構として初めて国の重要文化財に指定されました。木曽森林鉄道も2013年度に日本森林学会の「林業遺産」に認定されています。
赤沢自然休養林では、保存された森林鉄道に現在も乗車できます。記念館にはボールドウィン蒸気機関車や資料が保存され、かつての運材路線が森の歴史を体験する交通へ変わりました。

森林鉄道の重要年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1901年 | 木曽御料林の阿寺軽便鉄道が運行 |
| 1904年 | 高野山国有林に農商務省国有林初の軌道 |
| 1908年 | 津軽森林鉄道が運用を開始 |
| 1915年 | 木曽にボールドウィン蒸気機関車を導入 |
| 1916年 | 上松駅と赤沢を結ぶ小川森林鉄道完成 |
| 1951年 | 全国の森林鉄道営業・使用延長が6,195km |
| 1959年 | 国有林林道合理化要綱。新設林道を原則自動車道へ |
| 1975年 | 王滝森林鉄道本線廃止 |
| 1970年代後半 | 木曽の支線も順次廃止され、トラック輸送へ移行 |
| 2009年 | 旧魚梁瀬森林鉄道施設が国の重要文化財に指定 |
| 2013年度 | 木曽森林鉄道が林業遺産に認定 |
よくある質問
森林鉄道とは何ですか?
山で伐採した木材を貯木場や国鉄駅などへ運ぶために敷かれた林業用の鉄道です。国有林を中心に明治後期から昭和40年代ごろまで全国へ広がりました。
日本には森林鉄道が何kmあったのですか?
林野庁が確認している国有林森林鉄道は歴史上の累計で1,284路線、9,102kmです。同時期にすべてが走っていた距離ではなく、建設・廃止された路線を含む累計です。1951年の営業・使用延長は6,195kmでした。
森林鉄道はなぜ廃止されたのですか?
トラックの性能向上と林道整備、鉄道の維持費、伐採地の移動への対応力、木材市場の変化が重なりました。1959年には国が新設林道を原則として自動車道とする方針を打ち出し、道路輸送への転換が加速しました。
今も森林鉄道に乗れますか?
長野県上松町の赤沢自然休養林では、保存・観光運行の森林鉄道に乗車できます。また屋久島には、森林管理などに使われる安房森林鉄道の線路が現在も残っています。

