東京で遊具を作り続ける工場。羽村・日都産業が航空機の椅子から公園へ転じた歴史

東京の公園にあるブランコや滑り台は、どこで作られているのでしょうか。東京都羽村市神明台には、公園の遊具を設計し、金属を加工して製品を検査する工場があります。日都産業株式会社の羽村工場です。同社は2019年の公式記事で、自社を「都内で唯一の遊具工場」を持つメーカーと紹介しました。

創業は1939年(昭和14年)。戦前は航空機の椅子などを製造し、戦後にブランコやジャングルジムの製造へ転じました。1978年には羽村市へ工場を開設。現在の製品は遊具に加え、公園用の健康器具や休養施設、遊具の点検・修繕へ広がっています。

「都内唯一の遊具工場」とは、何を指すのか

日都産業は2019年11月8日付の工場見学記事で、安価な輸入品や他社製部品の組立品が増えるなか、国内での自社製造を重視してきたと説明しています。その文脈で羽村工場を「都内で唯一の遊具工場」と位置づけています。国内に遊具メーカーが同社しか存在しないという意味ではなく、東京で自社の製造工程を持つ遊具メーカーについての当事者による説明です。

2019年の記事は希少性を理解する資料になりますが、東京都内すべての事業所を2026年時点で調べた公的統計ではありません。現在の企業数を断言する際には、製造、組立、部品加工、販売、設置工事のどこまでを「遊具工場」と数えるかをそろえる必要があります。羽村工場の現存と所在地は、現在の会社公式サイトおよび羽村市の企業紹介から確認できます。

1939年、航空機の椅子を作る事業から始まった

会社が公表する創業日は1939年3月25日、法人設立日は1944年6月9日です。杉並区の地域資料「すぎなみ学倶楽部」は、初代社長を小松氏と記しています。創業当初の詳しい受注先や航空機椅子の品番までは、今回確認した資料に記載がありません。

戦前に金属を加工して航空機の椅子などを作っていた技術は、戦後、別の用途へ向かいました。会社公式の企業理念では、復興期を担う子どもたちの健康を願って遊具と体育器具の製造を始めたと説明しています。「すぎなみ学倶楽部」の取材記録にも、焼け野原の子どもたちのために鉄を使える仕事を考え、ブランコ、滑り台、ジャングルジムを作って保育所などに納めた経緯が残ります。

金属を曲げ、切断し、接合する技術には共通点があります。しかし、使用者が機械を操作する大人から、予測しにくい動き方をする子どもへ変わると、製品に求められる設計条件も変化します。落下、挟み込み、摩耗、金属部分の突起などを想定する必要が生まれました。

回転する「グローブジャングル」はどう生まれたか

日都産業の代表的な製品が、地球儀の形をした回転式ジャングルジム「グローブジャングル」です。会社公式サイトは1953年の開発と記載しています。一方、2018年公開の杉並区地域情報サイトの取材記事は1957年としています。両資料の開発年には4年の差があり、資料上は同じ年として扱えません。会社の現在の説明を優先すれば1953年、地域取材記事では1957年という記録です。

杉並区の取材で、日都産業の取締役は、銀座のビル上にあった森永製菓の地球儀型ネオン広告から着想したという社内伝承を紹介しています。固定した格子を登る一般的なジャングルジムと異なり、球体全体が回る構造を遊びに変えた製品でした。親しみやすい形状と新しい動きが、戦後の公園や園庭に広がるきっかけになりました。

回転式遊具は、楽しさと同時に転倒や衝突への対応が必要です。杉並区の2018年の記事では、同社の関係者が、実用新案の権利期間終了後に他社製品も出回り、一部の他社製品の転倒事故を受けて撤去が進んだと説明しています。個々の事故の原因、製品の製造元、撤去範囲については、この取材発言だけから一括して判断しません。

1978年、杉並の住宅街から羽村の工場へ

日都産業はかつて杉並区西荻窪の本社周辺で遊具部品を製造していました。地域取材資料には、住宅街の工場ではパイプなどの部品を作り、実際の組み立ては公園の設置現場で行っていたという証言があります。羽村市の企業情報によれば、羽村工場の開設は1978年6月です。

羽村工場の現住所は東京都羽村市神明台4丁目5番1号です。2018年の工場取材では、建物面積は941坪と紹介されています。金属加工機械、組立作業、検査の場所を備え、全国の公園や教育施設へ納める部材を扱う拠点です。杉並区宮前の本社と、羽村の製造現場を分ける現在の事業配置になっています。

公園遊具は、パイプの切断から検査までどう作られるのか

東京都の「こどもスマイルムーブメント」が2022年に公開した羽村工場への取材には、永尾重光工場長と小林原生さんの説明が残っています。小学生が見学する工程は「デザイン・設計」「購買」「製造」「検査」の順です。購買部門では材料や部品を確かめ、製造部門では部材の加工と組立を行い、最後に検査します。

同社の2019年の工場見学記事には、金属のパイプを曲げるベンダーと、圧力で素材を変形させるプレス機が登場します。曲げ加工や接合部の仕上がりは、製品の寸法だけでなく、子どもの手足や衣服が引っ掛かる危険にも関係します。東京都の企業紹介記事は、同社が溶接や切断の跡、鋭い突起の有無を出荷前に確認すると記しています。

羽村市が掲載する工場の技術情報には、溶接技術者や施工管理技士などの資格保有者が列記されています。製品を設計して終わりではなく、公園の現地施工と保守まで引き受ける企業では、金属加工、造園、土木、建築の技術が接続します。メーカー公式の「よくある質問」は、製品を羽村の自社工場で製造・検査し、ごく一部の部品を除いて国内製造していると説明しています。

遊具は危険をなくすだけでなく、遊びの性質を考えて設計する

公園遊具の安全対策には国と業界団体の資料があります。国土交通省は2002年に「都市公園における遊具の安全確保に関する指針」をまとめ、2008年、2014年、2024年に改訂しました。2024年6月の改訂第3版では、公園管理者が遊具の点検や安全措置を行う際の考え方が整理されています。

一般社団法人日本公園施設業協会(JPFA)は独自の「遊具の安全に関する規準」を設け、2024年4月からJPFA-SP-S:2024を適用しています。日都産業は、同規準に沿って設計・製造・施工・点検・修繕の管理体制を審査するSP表示認定企業です。SPマークは審査を受けた事業者の安全・品質管理体制を示すもので、遊具に危険が一切生じないという保証ではありません。

製品の具体例として、同社が公開する修繕事例には、落下防止柵の追加、老朽化した吊橋部材の交換、スプリング遊具の金属疲労を考慮した部品交換があります。使い続ける遊具の安全確保には、設置した時点の構造と、長年の摩耗や部材劣化の双方への対応が必要です。

ロゴがある理由は、古い部品を取り替えるため

2018年の羽村工場取材では、ブランコのフックなどの小部品にも三角形の「ニット」マークが付くと紹介されています。関係者の説明によれば、4人用ブランコでマークの付く部品が約20個ある例もあり、磨耗した部品を交換するときに製造元を判別できるようになっています。

公園のブランコは複数の部品でできています。座板やチェーンだけでなく、吊り金具や軸まわりにも交換が必要な箇所があります。製造会社が分かることは、適合部品の照会と修繕方法の判断に役立ちます。日都産業が点検、部品供給、修繕を自社の仕事に含める理由も、製造後の長い使用期間にあります。

遊び場の変化に合わせて、乳幼児と高齢者向けへ広がった

公園に求められるものは、ブランコや滑り台が中心だった時代から変わりました。日都産業はロッキング遊具、乳幼児向け遊具、体を動かす健康器具、ベンチなども手掛けます。2017年には、乳幼児向け「りぐりぐ」がキッズデザイン賞を受賞しました。杉並区の取材で開発担当者は、保育園の協力を得て乳幼児の遊ぶ様子を観察し、製品開発に反映させたと話しています。

高齢者向けの器具でも、腕を伸ばす、体を支える、歩行や運動を促すなど、使う人の身体条件を踏まえた設計が必要です。製造の対象が子どもだけに限られなくなると、公園を管理する自治体にとっても、年齢や利用目的の違う人が同じ空間を使うための設備選択が増えます。

2023年、羽村の公園へインクルーシブ遊具を納めた

羽村市は2023年12月1日、日都産業と江戸街道公園のネーミングライツ・パートナー協定を結びました。愛称は「にっとぱーく」です。協定の対価はインクルーシブ遊具3基と案内板2基の設置で、総額795万7,400円相当。期間は2028年11月30日までの5年間です。市の公表文書に金額と契約期間が記載されています。

インクルーシブ遊具は、障害の有無や身体の違いによって遊びに参加しにくい子どもを減らすことを目指す設備です。日都産業の2024年1月の記事は、前年12月15日に羽村特別支援学校と市立松林小学校の児童らが参加し、設置した遊具のお披露目式を行ったと伝えています。製造元と自治体、地域の学校が同じ公園の整備に関わった具体例です。

2025年9月には、日都産業が「進化する遊び場」と題して改良の経過を公開しました。羽村特別支援学校の教員から使い勝手を聞き、砂場を他の遊具から少し離しつつ全体を見渡せる配置にすること、順番待ちの場所が分かるよう動物の絵を描いたスツールを置くこと、車いすやはいはいで移動する利用者のため遊具周辺へゴム舗装を施すことなどを検討しました。工場で作った遊具を現地へ納めた後も、利用者の声を聞いて設計を見直す取り組みです。詳しくは日都産業の2025年9月29日付「進化する遊び場」で確認できます。

都内に製造拠点を残すことの強みと限界

日都産業は2019年の公式記事で、輸入品の価格競争や他社製部品の組立品が増えたことを、遊具の製造現場の変化として挙げています。自ら製造する工場があれば、設計段階で加工可能な形を検討し、試作品を製造して検査し、既存製品の修理にもつなげられます。同社が工場見学を実施できる背景にも、この一連の工程があります。

一方、都内の他社が具体的にいつ廃業・移転したかや、日都産業だけが残った直接の理由を示す網羅的な年表は確認できていません。会社が現在扱う製品、羽村工場で維持する工程、保守まで含む事業領域は確認できるため、唯一性を企業数だけで説明するよりも、事業の具体的な形を見るほうが正確です。

羽村工場は学校の社会科見学にも使われています。東京都の2022年取材で永尾工場長は、市内小学校の先生からの問い合わせをきっかけに見学を始めたと話しています。公園で製品を使う子どもたちが、加工機械や検査方法を見る側にもなっています。工場外から製造の様子を見学できることを意味するものではないため、訪問する場合は事前に会社の案内を確認する必要があります。

参考資料