明治神宮外苑とは
明治神宮外苑は、明治天皇とその皇后、昭憲皇太后のご遺徳を永く後世に伝えるために、全国国民からの寄付金と献木、青年団による勤労奉仕により、聖徳記念絵画館を中心に、体力の向上や心身の鍛錬の場、また文化芸術の普及の拠点として、憲法記念館(現明治記念館)などの記念建造物と、陸上競技場(現国立競技場)・神宮球場・相撲場などのスポーツ施設が旧青山練兵場跡に造成され、大正15年(1926)10月に明治神宮に奉献されました。創建から終戦までは、国の施設として管理され、その間の昭和6年には、水泳場(神宮プール)が開場しました。戦後は宗教法人明治神宮の外苑として国の管理をはなれ独自の事業収入により諸施設の管理運営を行い現在に至っております。1926年奉献。
http://www.meijijingugaien.jp/history/import.html
神宮外苑の再開発
事業の全容から住民の受け止めまで(2023年7月19日)
https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20230719a.html
2015年に東京都が公表しました。三井不動産、明治神宮、日本スポーツ振興センター、そして、伊藤忠商事が主体となって行い、事業者側は、世界に誇るスポーツクラスターをつくること、緑やオープンスペースを増大させることなどを掲げています。
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今回訪れる予定の場所
チーム1️⃣
チーム2️⃣
日本で初めての迎賓館。総合集宴会施設で明治神宮による結婚式場として知られています。1947年(昭和22年)11月1日に、リコーの市村清の主導で、憲法記念館を「明治記念館」として開館しました。建物自体は、明治初頭に建てられた赤坂仮御所の別殿で、ここで大日本帝国憲法・皇室典範の草案審議の御前会議が行われました。現在の「金鶏の間」がそれです。その後、憲法制定の功績で明治天皇から伊藤博文に下賜されることになり、大井の伊藤邸内に移築され、伊藤の死後、明治神宮外苑に再移築され、この時に「憲法記念館」となったと噂されています。
https://www.meijikinenkan.gr.jp/
チーム3️⃣
聖徳記念絵画館
明治天皇・昭憲皇太后の御聖徳を永く後世に伝えるために造営された、神宮外苑のシンボルともいえる存在です。青山通りの外苑入り口から銀杏並木越しに見る景観は、東京を代表する風景のひとつとして広く親しまれております。現在では、東京都の景観条例により、その周辺を含めた風格ある景観として守られることとなりました。館内には、明治天皇・昭憲皇太后の御在世中の御事蹟を伝える大壁画(縦3m横2.5~2.7m)が、画題の年代順に展示されており、当時の出来事を時代を追って見ることができます。1926年竣工。
http://www.meijijingugaien.jp/history/picture-gallery.html
チーム4️⃣
昭和41年12月9日、建国日制定審議会は2月11日を建国記念の日として答申、即日法律によって発布された。この間、数十万通に及ぶ、記念日制定の希望・意見書が進達されたので、ここに建国記念文庫を建設し、これを保管する事にした。建設費は総て国民の浄財である。これは、現下の国民が等しく建国を思う情熱の結果であり、千年万年の子々孫々に伝え、以て後日の語り草にしたいのが、記念文庫設立の目的である。建物は、わが国が建国当時、米穀を以て立国としたことを想い、奄美大島の高倉様式を移築しその屋上にテンパガラスを施工し、ここに書類を保管した。書は、出雲大社の神門の布施杉の材に佐藤大寛が墨書した。土台石は、坂上田村麻呂将軍の東征により、平和国家が確立された故事に鑑み、奥州厳作山の石垣白河石を以て施工した。
確認テスト
今回はありません