洲崎パラダイス跡を歩く歴史散歩レポート|東陽町・深川に残る戦後東京の記憶

夜の木場洲﨑神社で説明を聞く参加者たち イベント
木場洲﨑神社に集合し、夜の洲崎散歩が始まりました。

2024年4月28日19時から、ゆる歴史散歩会では、木場・東陽町・洲崎周辺をめぐる夜の歴史散歩を開催しました。参加者は10人。集合場所は、木場駅近くの木場洲﨑神社です。

東陽町の近くにある洲崎は、現在は住宅地や学校、公園、オフィスが混じる落ち着いた街です。ただ、地図を少しさかのぼると、ここには水辺の景勝地、埋立地、洲崎遊廓、戦後の「洲崎パラダイス」といった、東京の都市史を考えるうえで大切な層が重なっています。

今回歩いたルートは、TimeWalk『洲崎』コースでも確認できます。各地点の詳しい解説を見ながら復習したい方、自分でも同じエリアを歩いてみたい方は、TimeWalk『洲崎』コースを見るからご覧ください。

今回の散歩会では、洲崎神社、洲崎川緑道、洲崎橋跡、旧洲崎遊郭跡周辺、汐浜運河、東陽一丁目第二公園の追善供養歌碑などを順にたどりました。ほとんどの参加者は、洲崎や洲崎パラダイスを詳しく知らない状態での参加でしたが、現地で地形や昔の地図と照らし合わせることで、静かな住宅地の中に残る都市の記憶を少しずつ想像できる時間になりました。

夜の木場洲﨑神社で説明を聞く参加者たち
木場洲﨑神社に集合し、夜の洲崎散歩が始まりました。

30秒で分かる今回の散歩

  • 開催日:2024年4月28日 19:00
  • 参加人数:10人
  • 歩いたエリア:木場・東陽町・洲崎・汐浜運河周辺
  • テーマ:洲崎パラダイス、洲崎遊郭跡、埋立地、深川の水辺と都市史
  • 主な見どころ:木場洲﨑神社、洲崎川緑道、洲崎橋跡、旧洲崎遊郭跡周辺、汐浜運河、洲崎南水門、洲崎遊廓追善供養歌碑、深川量水塔付近

江東区東陽・木場に残る洲崎の記憶

洲崎は、現在の東京都江東区東陽一丁目周辺と深く関わる地域名です。江戸時代には海に近い景勝地として知られ、現在の木場洲﨑神社も、この水辺の記憶を伝える場所の一つです。

今回の主な散歩エリアは、東京都江東区の東陽・木場周辺です。深川南部の水辺、埋立地、運河、旧街区を地図と照らし合わせながら歩くことで、洲崎の全体像が見えてきます。

木場洲﨑神社の公式サイトでは、元禄13年(1700)に創建され、当初は「洲崎弁天社」として知られていたと説明されています。かつて海岸線に面した風光明媚な場所で、多くの文人墨客も訪れたとされています。

明治期になると、東京の都市拡大のなかで根津から遊郭が移り、洲崎は近代東京の歓楽街の一つとして語られるようになります。さらに戦後には「洲崎パラダイス」の名で知られ、文学や映画にも登場しました。

ただし、現在の洲崎を歩くと、当時の派手な風景がそのまま残っているわけではありません。むしろ、静かな街並み、学校、公園、緑道、運河沿いの道の中に、都市が変わっていく過程を読む面白さがあります。

なぜ洲崎を歩くと面白いのか

洲崎の面白さは、単に「遊郭跡があった場所」という一点にとどまりません。埋立地、水路、橋、寺社、歓楽街、住宅地が、同じ場所に時代を変えて重なっていることにあります。

吉原のように全国的に知られた場所ではありませんが、洲崎は東京の近代化、戦後復興、赤線地帯、深川の水辺、木場の物流史を一つの散歩ルートの中で考えられる地域です。

街歩きでは、案内板や石碑だけでなく、道幅、街区の形、橋の位置、緑道の曲がり方にも注目します。現在の道路や公園の下に、かつての水路や境界の記憶が隠れていることがあるからです。

今回歩いたルート

当日は、木場洲﨑神社を出発し、洲崎川緑道を通って大門があったとされる洲崎橋跡へ向かいました。その後、旧洲崎遊郭跡の外周をたどるように汐浜運河方面へ進み、潮風の散歩道、洲崎南水門、南開橋、江東区健康センター周辺、東陽一丁目第二公園、深川量水塔付近を経て、東陽町駅方面へ戻りました。

TimeWalk『洲崎』コースを見る

木場洲﨑神社|夜の集合場所から散歩が始まる

集合場所は、木場洲﨑神社でした。赤い鳥居をくぐると、境内には夜の緑の光が差し込み、普段の昼間の神社とは少し違う雰囲気があります。

ここでは、洲崎がもともと水辺と関わりの深い場所だったこと、洲崎弁天社としての歴史を確認しました。境内では「玉の輿たまちゃん」にも立ち寄り、参加者からもかわいいと話題になりました。歴史散歩というと硬い印象を持たれがちですが、こうした小さな発見があると、初めての場所にも入りやすくなります。

夕暮れの木場洲﨑神社の鳥居
集合場所となった木場洲﨑神社。洲崎の水辺の記憶を伝える場所です。
木場洲﨑神社境内の玉の輿たまちゃん
境内では玉の輿たまちゃんにも立ち寄りました。

洲崎川緑道と洲崎橋跡|大門があった場所を確認する

神社を出たあとは、洲崎川緑道を通って洲崎橋跡へ向かいました。このあたりは、かつて洲崎遊郭の大門があったとされる場所です。

当日は、ここで「大門通り」の話も確認しました。新吉原の大門と洲崎の大門を結ぶ道が大門通りと呼ばれたこと、また増上寺の大門(だいもん)と区別するため、遊郭の門は「おおもん」と読まれることがあるという話も出ました。

現在の街並みを見ただけでは、ここに大門があったことは分かりにくいかもしれません。それでも、橋跡や道の向き、緑道の位置を昔の地図と重ねると、洲崎がどのような街区だったのかが少しずつ浮かび上がってきます。

旧洲崎遊郭跡周辺|現在の住宅街を静かに歩く

洲崎橋跡から先は、かつての洲崎遊郭と関わるエリアです。ただし、現在は住宅や学校、公園がある生活の場で、ぱっと見て分かる名残は多くありません。

そのため当日は、建物を探すのではなく、外周を歩きながら、地形、街区の形、運河との距離を確認する形で進みました。過去の歓楽街を消費的に見るのではなく、都市が何をどこに配置し、時代とともにどう記憶を薄めていったのかを考えることが大切です。

汐浜運河と潮風の散歩道|夜景がきれいな水辺へ

旧洲崎遊郭跡の外周をたどるように歩くと、汐浜運河沿いに出ます。潮風の散歩道では、運河の水面に街の明かりが映り、夜の歴史散歩らしい穏やかな時間になりました。

当日は、洲崎南水門を確認し、さらに南開橋を通り過ぎて南東端の江東区健康センター周辺まで歩きました。運河沿いは視界が開けており、参加者も足を止めて景色を眺めていました。

洲崎を理解するうえで、水辺は欠かせません。埋立地、運河、橋、水門を見ながら歩くと、ここが単なる歓楽街ではなく、深川南部の水辺の都市史の一部だったことがよく分かります。

汐浜運河沿いで夜景を眺める参加者たち
汐浜運河沿いでは、水辺の静けさと街の明かりを感じながら歩きました。
夜の潮風の散歩道を歩く参加者たち
運河沿いの潮風の散歩道を歩き、洲崎の外周をたどりました。

東陽一丁目第二公園|洲崎遊廓追善供養歌碑に立ち寄る

次に、東陽一丁目第二公園にある洲崎遊廓追善供養歌碑に立ち寄りました。江東区の文化財情報では、この歌碑は「洲崎遊廓追善供養歌碑 昭和6年在銘」として掲載されており、所在地は区立東陽1丁目第2公園とされています。

洲崎の歴史を歩くうえで、ここは分かりやすい手がかりになる場所です。歓楽街として語られがちな洲崎の中に、亡くなった人を悼む記憶が残されていることを伝えています。

公園の東側には階段があり、周辺との高低差を感じられます。全体的に壁に囲われたような印象もあり、昔の地図と照らし合わせると、旧街区の輪郭を想像しやすい場所でした。近くでは鳩のモニュメントも見かけ、なぜここにあるのか、参加者の間でも少し話題になりました。

東陽一丁目周辺の鳩のモニュメント
東陽一丁目付近で見かけた鳩のモニュメント。参加者の間でも話題になりました。

深川量水塔付近と細い通路|分からないものを想像する面白さ

そのまま北へ進み、洲崎川緑道方面へ戻る途中で「量水塔」と刻まれた石碑を確認しました。深川量水塔に関わる場所と考えられ、近代以降の水道や都市インフラの記憶を伝える手がかりです。

街歩きでは、由来がすぐ分かる史跡だけでなく、用途がはっきり分からない構造物に出会うこともあります。この付近の細い通路には鉄骨が組まれた不思議な構造物があり、参加者も「これは何だろう」と気になっていました。

その場で答えが出ないものがあるのも、街歩きの面白さです。昔の地図、地形、施設の配置をあとから調べることで、次の散歩のきっかけが生まれます。

東陽一丁目付近の細い通路にある鉄骨構造物
細い通路に残る鉄骨構造物。用途は分からず、現地で想像がふくらんだ場所です。

藤の花を見ながら東陽町駅へ

終盤は、洲崎川緑道から東陽町駅方面へ戻りました。途中では藤の花も咲いており、夜の街歩きに季節感を添えていました。

建物は現在の住宅街でも、地形や昔の地図と照らし合わせると、洲崎遊郭の全体像が少しずつ浮かび上がります。将来的には、ARやVRで当時の街区や水辺の様子を重ねて見られるようになるかもしれません。そうした想像がふくらむのも、現地を歩くからこその楽しさです。

夜の藤棚に咲く藤の花
歩く途中では、季節の花も夜の街歩きに彩りを添えていました。

洲崎パラダイスと戦後東京

「洲崎パラダイス」という言葉は、戦後の洲崎を象徴する名前として知られています。昭和館デジタルアーカイブでは、洲崎遊廓が明治21年(1888)に設置され、戦後は歓楽街「洲崎パラダイス」として再建され、昭和33年(1958)4月に廃止されたと説明されています。

文学では芝木好子の作品、映画では1956年の日活映画『洲崎パラダイス 赤信号』が知られています。国立映画アーカイブの所蔵情報でも、同作は川島雄三監督、日活製作、芝木好子の『洲崎パラダイス』をもとにした作品として確認できます。

ただし、作品を現地と結びつけるときも、きらびやかなイメージだけを強調するのではなく、戦後の不安定な暮らし、都市の境界、働く人や暮らす人の存在を含めて読むことが大切です。

遊郭跡・赤線跡を歩くときの注意

洲崎のように遊郭跡・赤線跡と関わる場所を歩くときは、過去の歓楽街を面白半分に消費しないことが大切です。

そこには、働いていた人、暮らしていた人、亡くなった人、地域で生活してきた人がいました。現在の街も、誰かの日常の場所です。

現地では、私有地に立ち入らない、住民の方にカメラを向けない、住宅や学校周辺で長時間立ち止まらない、過度に刺激的な言葉で語らないといった配慮が必要です。

街歩きで見るべきものは、建物の痕跡だけではありません。都市制度、移転、地形、交通、水辺、生活史が重なった場所として見ることで、過去を消費せず、地域史として受け止めることができます。

今回歩いて見えてきたこと

地図で見るだけでは、洲崎が水辺・橋・街区と深く関わっていたことは分かりにくいかもしれません。実際に歩くと、神社、橋跡、水門、緑道、追善供養碑が、それぞれ別の時代の記憶を担っていることが見えてきます。

ほとんどの参加者は、洲崎や洲崎パラダイスを詳しく知らない状態でした。それでも、昔の地図を見ながら現地を歩くことで、現在の静かな街並みの中に、東京の近代化と戦後史の層が残っていることを想像できました。

洲崎は、単独で見るよりも、深川、木場、東陽町、吉原、玉の井などとつなげて考えると理解が深まる地域です。東京の色街史や遊郭跡を扱う場合も、地形や水辺、交通、都市の周縁性と合わせて見ることで、より丁寧に読むことができます。

関連して読みたいテーマ

洲崎周辺の理解を深めたい方は、深川・木場の水辺や、暗渠・川跡の街歩きと合わせて読むのがおすすめです。

洲崎周辺は、地図だけでは分かりにくい場所のつながりが多いエリアです。運河、橋、寺社、旧街区を順にたどると、東京の水辺と歓楽街の歴史が立体的に見えてきます。今回のルートを復習したい方は、TimeWalk『洲崎』コースも活用してみてください。

FAQ

Q. 洲崎は現在のどこにありますか?

A. 現在の江東区東陽一丁目周辺と関わる地域名として説明されることが多いです。最寄りは東京メトロ東西線の東陽町駅や木場駅周辺です。

Q. 洲崎パラダイスとは何ですか?

A. 戦後の洲崎周辺を指す呼び名として知られ、文学や映画にも登場しました。地域史として見る場合は、戦後東京の復興、赤線地帯、生活文化の文脈と合わせて考える必要があります。

Q. 洲崎遊郭の建物は現在も残っていますか?

A. 現地には当時の姿が分かりやすく残っているとは言い切れません。現在は住宅地や公園、学校などがある生活の場なので、建物探しだけを目的にせず、橋跡、緑道、地形、石碑などを手がかりに歩くのがよいです。

Q. 洲崎は吉原とどう違いますか?

A. 吉原は江戸時代から続く代表的な遊廓として知られます。一方、洲崎は明治期以降の都市拡大や移転、戦後の赤線地帯の歴史と結びつけて語られることが多く、水辺や埋立地としての性格も重要です。

Q. 洲崎周辺は個人で歩いても大丈夫ですか?

A. 公道や公園を歩くことはできますが、現在も生活の場です。住宅や学校周辺での撮影、私有地への立ち入り、大声での解説、過度に刺激的な表現は避け、地域への配慮を忘れないようにしましょう。

まとめ|洲崎は水辺と戦後東京の記憶を歩いて学べる場所

洲崎は、東京の水辺、埋立地、歓楽街、戦後文化、住宅地化が重なった場所です。現地を歩くと、地図や年表だけでは分からない都市の変化が、橋跡や緑道、神社、石碑の位置から少しずつ見えてきます。

今回の散歩会では、洲崎パラダイスの名前だけに注目するのではなく、深川南部の水辺、旧街区、追善の記憶、現在の街並みを一つずつたどりました。東京の歴史散歩は、有名な史跡だけでなく、ふだん通り過ぎている街の中にも多くの発見があります。

ゆる歴史散歩会では、東京周辺の歴史スポットや文化施設を、初心者にも分かりやすく巡る街歩きイベントを開催しています。一人参加の方も多く、歴史に詳しくない方でも気軽に参加しやすい雰囲気です。これからも、東京の見慣れた街に残る歴史の層を歩いて紹介していきます。

参考にした資料

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 運営者
なかまつ

北海道大学工学部卒。現在はIT系会社員の傍ら、年間400回以上の街歩きイベントを企画し、これまで延べ25,000名以上の方にご参加いただいている、ゆる歴史散歩サークルを運営しています。東京の歴史・文化・建築・地形などを、初心者でも気軽に楽しめるイベントとして企画しています。

なかまつをフォローする
イベント開催レポート