2024年12月22日(日)午前10時から、ゆる歴史散歩会は13名で東京・千代田区の北の丸公園周辺を歩きました。今回の目玉は、国の重要文化財「旧近衛師団司令部庁舎」の期間限定公開です。赤煉瓦の外観と歴史ある館内を見学し、当時開催されていた工芸展「わざの美」も鑑賞しました。公園内では近衛歩兵連隊の記念碑や怡和園跡、紅葉に彩られた園路を訪ね、千鳥ヶ淵の高射機関砲台座跡にも足を延ばしました。江戸城の一角だった北の丸が、明治の兵営地を経て現在の公園になるまでの歴史を、写真とともにたどります。
北の丸公園――江戸城の一角から近衛部隊の駐屯地へ
北の丸は江戸城の北側に位置し、江戸時代には田安家と清水家の屋敷が置かれました。明治以降は近衛部隊の兵営地として使用され、戦後に公園として整備されました。1969年に一般公開された現在の北の丸公園は、豊かな緑の中に軍隊ゆかりの碑や建築が残る場所です。今回の散策では、まずその土地の変化を古地図と史跡から考えました。




当時の陸軍の「師団」は、複数の連隊などで構成される大きな部隊の単位です。そのうち近衛師団は、天皇や宮城(皇居)の警護、儀仗などに携わった部隊で、戦争期には編制や任務が変わりました。現在の皇居警備を担う皇宮警察とは、時代も組織も異なります。
近衛歩兵第一・第二連隊の記念碑
北の丸公園には、かつての駐屯地を伝える近衛歩兵連隊の記念碑が残されています。近衛歩兵第一・第二連隊はいずれも明治初期に成立し、この付近を拠点としました。碑文には創設や駐屯の歴史に加えて、西南戦争や日清・日露戦争、その後の戦争への従軍などが記されています。碑文の語り方には建立者の視点が反映されているため、そのまま現在の歴史評価と同一視せずに読むことも大切です。
第一連隊跡記念碑:碑文には1874(明治7)年の軍旗親授から終戦まで、この地に駐屯した経緯が記され、1967(昭和42)年に関係者が建立したことが示されています。地点の地図。

第二連隊記念碑:同じく1874年の創設と約70年間の駐屯を振り返る碑で、1998(平成10)年に建立されました。石を積み上げた大きな基壇には銘板がはめ込まれています。散策では、参加者が記念碑の周囲に集まり、碑文と石造りの姿に目を向けていました。地点の地図。



怡和園跡と北の丸公園の紅葉
怡和園は、かつて近衛歩兵第一連隊の兵営地内に設けられた庭園です。現地の碑文によれば、1908(明治41)年に広場や四阿、花々を備えた庭園として整備され、将兵の散策や休憩、訓練にも使われました。戦後の公園造成で姿を変え、一度埋められた記念碑は発見・再建されています。「怡和」は喜び和らぐという意味と説明されています。地点の地図。
池のほとりには広い芝生が続き、園路のモミジは赤や黄色に色づいていました。13名で歩いた12月の北の丸公園には落葉も積もり、石碑を見学する合間に季節の景色も楽しめました。現在の池や園路は戦後の公園整備で造られたもので、かつて兵営内にあった怡和園の歴史と、現在の緑豊かな風景が重なる場所です。




北白川宮能久親王の銅像
北の丸公園には北白川宮能久親王の銅像もあります。能久親王(1847~1895)は幕末に上野寛永寺と関わり、明治期には軍人となって近衛師団長を務め、1895年に台湾で死去しました。1903年に設置された銅像は、その後の公園整備に伴って移設されています。こうした顕彰碑や銅像を見れば、近代日本が歴史上の人物をどのように記憶してきたかも考えられます。地点の地図。
重要文化財・旧近衛師団司令部庁舎を見学
今回の中心となった旧近衛師団司令部庁舎は、1910(明治43)年竣工の煉瓦造二階建ての洋風建築。陸軍技師の田村鎭が設計したとされ、中央の八角塔屋、スレート葺きの屋根、赤煉瓦と白い装飾の対比が特徴です。関東大震災と戦争を経ても残り、保存運動を経て1972年に国の重要文化財に指定されました。地点の地図。
戦後は皇宮警察の施設などに使われましたが、取り壊し計画に対して建築家の谷口吉郎らが保存を訴えました。1970年代に保存・改修工事が行われ、1977年からは東京国立近代美術館工芸館として活用されました。東京国立近代美術館工芸館は2020年に閉館し、その活動は金沢の国立工芸館へ引き継がれました。今回、期間限定の公開に合わせて旧庁舎に入り、往時の建築意匠を実際に見学できました。通常の公開状況は催しによって異なるため、訪問時には公式案内をご確認ください。



建物の中では、木製の階段と手すり、縦長の窓、吊り照明なども見ることができました。外観の堂々とした煉瓦造りに加え、室内の造作からも明治期の洋風建築の雰囲気が伝わります。


旧庁舎で開催されていた「わざの美」工芸展
2024年12月9~22日、旧庁舎では企画展「わざの美――工芸が織りなす装飾の世界」が開催されていました。陶芸・染織・漆芸・金工・木竹工・人形などの分野から22点の工芸作品が出展され、受け継がれた技術と現代の装飾表現を見比べられる展示でした。木製の階段や縦長の窓が残る旧庁舎で、陶芸や漆芸の作品を間近に鑑賞する貴重な機会となりました。

とくに目を引くのがゴジラを題材とした造形作品。展覧会の報道では、中村弘峰の「霊獣呉爾羅」として紹介されています。古くからの人形制作の技術が、現代の怪獣を表現するところにも、工芸の面白さが表れています。

ほかにも、幾何学文様の花器、細密な模様が表面を覆う箱、植物や動物の図柄をあしらった作品など、素材と技法の違いを楽しめました。漆芸の代表的な装飾技法である蒔絵は、漆で描いた模様に金銀粉などを蒔いて仕上げるものです。



会場には作品と作家を紹介するパネルも掲示され、作品の全体像と細部の両方を見られる展示構成でした。歴史的な洋館という空間の中で、現代に受け継がれる工芸技術に触れられたことも、今回ならではの見どころです。



千鳥ヶ淵高射機関砲台座跡――戦時の痕跡を訪ねる
千鳥ヶ淵の代官町通り沿いには、太平洋戦争末期に設けられた高射機関砲の台座跡が残ります。皇居周辺の防空に関わった施設の痕跡で、円形のコンクリート構造物が7基確認されています。まちみらい千代田の紹介では、上部は約1.4メートル、下部は約2.2メートルの大きさです。台座から実際に砲撃が行われたかについては証言が分かれており、史料に基づく検討が続く点です。地点の地図。
現地では、複数の台座が芝生の中に並ぶ姿と、一基の側面・上面のつくりを写真に収めました。現在の風景だけを見れば休憩用の腰掛けにも見えますが、用途を知ると、身近な緑地にも戦争の痕跡が残されていることに気づきます。


北の丸周辺を歩く方へ
江戸城の門や濠に関心がある方には、江戸城三十六見附の歴史と巡り方もおすすめです。北の丸から皇居の周囲へ散策を広げるなら、皇居半周ナイトウォークの開催レポート、千鳥ヶ淵の季節の表情を楽しむなら千鳥ヶ淵灯ろう流しの開催レポートもご覧ください。
周辺の歴史スポットを探す際には、現在地や指定地点の近くの史跡を地図から探せるWebアプリTimeWalkも活用できます。史跡を訪れる際は、施設の公開状況や現地の案内をご確認ください。

