世界で一社の硬質めっき技術。狛江「千代田第一工業」が守るダイクロンと三代の製造史

東京都狛江市岩戸北3丁目に、金属部品の表面へ薄い膜を形成する専門工場があります。千代田第一工業株式会社です。扱うのは工場の機械に組み込まれる金型、ロール、ガイドなどの表面処理です。同社が1970年に開発した「ダイクロン」は、硬質炭化クロムめっきによる独自技術として知られています。会社はこの技術を世界で唯一と位置づけています。

1952年の会社設立から70年以上。電気設備の仕事に始まった企業は、摩耗や焼き付きに悩む製造現場の部品を加工する専門業へ転じました。金属そのものを大量生産する代わりに、部品の表面を改良して寿命を延ばす仕事を続けています。現代表の鈴木信夫さんまで、鈴木家の三代にわたる技術開発と事業承継の記録が残っています。

「世界で唯一」は、めっき業者の数を指すのか

ダイクロンは千代田第一工業の独自技術名です。会社の説明では、一般的なJIS規格の硬質クロムめっき浴とは異なる触媒を用い、耐摩耗性、すべり性、耐焼き付き性などを向上させています。東京都の企業紹介も「世界唯一の表面処理技術」と紹介しています。

「世界で一社」という特徴の対象は、同社が開発したダイクロンという処理方法と、その技術を提供する事業者です。対象は同社の独自処理であり、一般の硬質クロムめっき業者や東京都内の表面処理工場の総数と区別します。会社の案内には提携先の加工会社でもダイクロンを提供する場合があると記されています。製造企業数の網羅的な世界調査と、独自技術の保有・提供とは区別する必要があります。

1952年、鈴木張介が電気設備の仕事を起こした

会社沿革には1952年(昭和27年)5月、鈴木張介さんが千代田工業株式会社を設立したとあります。東京芝浦電気の府中工場・重電気部門の協力工場として発足しました。1958年には本社を港区新橋へ移し、1960年に千代田第一工業へ社名変更しています。

鈴木信夫社長が2019年に公開した挨拶では、祖父の張介さんが1948年に事業を創業し、当初は電気設備の設計・設置を行っていたと回想しています。公式の会社沿革にある法人設立1952年と、社長の回想にある創業1948年は別の記録です。両年を同一の出来事として扱わず、会社設立年とそれ以前の事業の始まりを区別します。

1970年、硬質クロムめっきから独自の「ダイクロン」へ

同社の歴史で大きな転機となったのが、1970年(昭和45年)のダイクロン開発です。会社沿革には、この年に「超硬複合合金ダイクロン」の開発に成功したと記されています。1975年には専用の営業部門を設け、独立した加工サービスとして市場へ広げました。

2019年の社長挨拶によれば、張介さんは東京都立工業技術センターの藤木榮さんの協力を得て開発を進め、その成果を事業に育てたのが二代目の鈴木達雄さんでした。公的な試験研究機関との接点と、家業を継いだ経営者の事業化が同じ技術史の中に現れます。ただし、触媒の配合や個々の開発実験の詳細は公開されておらず、工程を推測して補うことは避けます。

1985年には達雄さんが代表取締役社長に就任しました。1993年にはアルミニウム素材へのダイクロン処理に成功しています。鋼材だけでなく別の金属への対応を広げたことで、部品メーカーから持ち込まれる加工相談の対象が増えました。

薄い表面処理で機械部品の寿命を延ばす仕組み

製造機械の金属部品は、回転、往復運動、接触によって摩耗します。表面が削れれば寸法が変化し、部品の交換や生産ラインの停止が必要になります。金属同士が強くこすれ、熱や圧力によって接触部分がくっつく「焼き付き」も問題です。

めっき処理は金属の内部組織を一から作り直す代わりに、部品の外側へ機能を持つ皮膜を設けます。千代田第一工業はダイクロンについて、一般的な硬質クロムめっきと比較して摩耗量の低減、すべり性、耐焼き付き性を製品の特長として示しています。公式サイトでは摩擦距離やすべり速度に対する摩耗量を比較した試験図も公開しています。具体的な改善率は相手材や試験条件で変わるため、すべての用途で同じ倍率の効果が出るという扱いはしません。

同社の採用案内では、ダイクロン皮膜の硬さをビッカース硬さでおおむねHV1000前後と説明しています。高い表面硬度だけを追う技術ではなく、素材との密着性と相手部品への摩耗を抑えることも重視しています。傷んだ部品から古い皮膜を除去して再加工する方法も案内され、部品を丸ごと交換せず長く使う選択肢を提供しています。

飲料缶、フィルム、繊維の工場に使われる

表面処理は、完成品の外装から製造機械の内部部品まで広く使われています。飲料缶を成形する金型、フィルムを送るロール、プリンター用トナーを製造する設備、シートベルトやエアバッグ用の産業繊維を作る機械にも、摩擦や摩耗を受ける部品があります。千代田第一工業の製品案内は、これらの製造設備を採用事例として紹介しています。

飲料缶を大量に成形する金型では、加工を繰り返しても表面状態を保つ必要があります。フィルムや繊維を搬送するロールでは、接触による摩耗だけでなく、滑り方や製品が離れるときの状態が品質を左右します。工場で加工されるのは小さな部品でも、使われる先は大規模な生産ラインです。

会社が掲載する主な納品先には、東洋製罐、東レ、ブリヂストン、製鉄・化学・機械関係の企業が並びます。取引先一覧には古い社名表記も含まれ、掲載時点の情報です。対象の産業が製缶、繊維、ゴム、精密機械にまたがっていることは、公開された製品例からも確認できます。

2003年、表面の細かな凹凸を利用する「ブラストロン」

千代田第一工業はダイクロンの開発後も、表面処理の組み合わせを増やしました。2003年に特許を取得した「ブラストロン」は、表面に細かな凹凸をつけるショットブラストと、同社独自の硬質炭化クロムめっきを組み合わせた処理です。2004年には関連する追加特許を取得しています。

ブラストロンの表面は、顕微鏡で見ると泡状の凹凸を持ちます。接触面積を減らし、すべり性や型離れを改善する狙いがあります。会社は粗さを変えた複数の仕様を案内し、標準の皮膜厚さは約20マイクロメートルとしています。1マイクロメートルは1ミリメートルの千分の一です。金属の表面にごく薄い層を作り、部品の動きを調整する技術です。

この処理には設備上の制約もあります。会社の現行案内では、長さ1,000ミリメートル、幅700ミリメートル、深さ400ミリメートル、重量100キログラム以下を処理可能範囲の目安としています。細い配管の内面などは、ショット材を適切な角度から当てにくく、処理が難しいと説明しています。形状と大きさによって採用できる技法が変わります。

めっき工場の仕事は仕上げと検査にもある

千代田第一工業の採用サイトには、現在の作業が複数部署に分かれていることが記されています。めっき前後に部品を磨く作業、加工用の治具を取り付ける作業、製品の組立・分解、出荷前の最終検査・梱包などです。客先の部品は形状や寸法がまちまちで、表面を処理するための固定方法も製品ごとに異なります。

同社は多品種少量の仕事を得意とし、公式サイトでは数千個規模以上の大量ロットには基本的に対応しないと説明しています。受託加工の相談では素材、使用条件、求める硬さや滑り性を確認し、適用できる処理を選びます。大量生産の単価競争に参加するより、個々の設備の摩耗や不具合を解決する加工技術へ力を集中してきました。

異業種から入った人へ、職人の技術を渡す

東京都の企業紹介「東京カイシャハッケン伝」には、当時の製造課長・長野順也さんが登場します。以前は建築業で働いていましたが、社長の誘いをきっかけに入社し、めっき加工技術を学びました。ベテランが持っている知識を若い職人へ伝える職場の取り組みが取材されています。製造課長という肩書は東京都の取材時点のものです。

現在の採用サイトにも、2024年度に新卒入社した社員が化学分野への関心を持って仕事を選び、入社後に資格取得を目指した体験談があります。会社は職業訓練校の通学や資格取得を支援しています。特定の技術を使い続けるには、めっき液と金属の性質を知ること、部品を正確に保持して仕上げること、加工結果を測定することを次世代へ伝える必要があります。

鈴木達雄から三代目・鈴木信夫へ

1985年に社長となった鈴木達雄さんに続き、2004年には鈴木信夫さんが三代目の代表取締役社長に就任しました。同年、会社はテレビ番組でも取り上げられています。2001年には日刊工業新聞社の中堅・中小企業優秀経営者顕彰で地域社会貢献者賞を受賞しました。

会社の本社は2005年に現在の狛江市岩戸北へ移転しました。2025年10月時点の採用サイトには、従業員23人と記されています。所在地と代表者は現在の公式会社概要にも掲載されています。

狛江の住宅地で、専門工場が操業を続ける

千代田第一工業の本社所在地は狛江市岩戸北3丁目11番9号です。会社は地元の行事に参加し、敷地の一角に花壇や小さな憩いの場所を設けていることも採用サイトで紹介しています。工場の訪問・見学について一般公開の常設案内は確認できないため、敷地内へ入る場合は事前の許可が必要です。

金属表面処理の工程では、加工する部品の形状や使い方に合わせて皮膜の品質を調整する必要があります。ダイクロンは大型の材料工場で一律に作る製品より、機械ごとに問題が異なる部品の受託加工に適した技術です。千代田第一工業は、1970年の独自めっき開発からブラストロンなどの追加技術へ事業を広げ、狛江の製造拠点で加工を続けています。

参考資料