「季節」の「季」は、もともと「幼い者」「末っ子」を表す字でした。末っ子を表す字が、なぜ春夏秋冬を表す「季節」の一字になったのでしょうか。
もう一つ手がかりになるのが、「中秋の名月」と「仲秋」です。どちらも「ちゅうしゅう」と読みますが、中国の伝統的な太陰太陽暦では旧暦8月を「仲秋」と呼びました。「真ん中の秋」に「仲」を使う背景には、古代中国の「孟・仲・季」という月の呼び方があります。
孟・仲・季をたどると、人の長幼を表す伯・仲・叔・季、日本語の伯父と叔父、「季節」の季、竹から生まれた「節」、さらに二十四節気と閏月の仕組みまで同じ語彙の歴史につながります。
仲秋と中秋は何が違う?
仲秋は、秋3か月の真ん中の月、旧暦8月を表す言葉です。中国や日本の伝統的な太陰太陽暦では、正月から3月を春、4月から6月を夏、7月から9月を秋、10月から12月を冬とする区分が使われました。国立天文台の「月の和名」でも、7月は孟秋、8月は仲秋、9月は季秋と整理されています。
一方、中秋は、とくに旧暦8月15日を指す用法がよく知られています。中秋の名月をめぐる観月文化も、この8月15日を中心に発達しました。
辞書では「中秋」に旧暦8月全体を表す用法も載っています。代表的には「仲秋=旧暦8月」「中秋=旧暦8月15日」と使い分けますが、歴史上は「中秋」が「仲秋」と同じ意味で使われる例もあり、用法は重なります。
さらに「仲」と「中」は文字の歴史そのものが近い関係にあります。『説文解字』は「仲、中也」と記し、清代の段玉裁も「古中、仲二字互通」と注しました。旧暦8月が「仲秋」と呼ばれる理由には、孟・仲・季という古い月の順位語と、「仲/中」の長い文字史が重なっています。
古代中国では季節を孟・仲・季に分けた
古代中国では、一つの季節を3か月に分け、それぞれを孟・仲・季で表しました。
| 季節 | 最初の月 | 真ん中の月 | 最後の月 |
|---|---|---|---|
| 春 | 孟春 | 仲春 | 季春 |
| 夏 | 孟夏 | 仲夏 | 季夏 |
| 秋 | 孟秋 | 仲秋 | 季秋 |
| 冬 | 孟冬 | 仲冬 | 季冬 |
『逸周書』「周月解」は、「春夏秋冬それぞれに孟・仲・季があり、十二月を名づける」という趣旨を「各有孟仲季,以名十有二月」と記します。孟・仲・季は、古典の中で実際に十二の月を組み立てる語として使われていました。
『礼記』「月令」は、さらに具体的です。「孟春之月」「仲春之月」「季春之月」と月ごとに章を進め、秋も「孟秋之月」「仲秋之月」「季秋之月」と続きます。各月について、星の位置、律、動植物、農事、祭祀、天子が行う政治まで記され、月の順序と自然・社会の秩序を一つの体系として描いています。

孟・仲・季は、人の長幼を表した語が時間の順序にも使われるようになったものです。「1・2・3」の単なる番号よりも、それぞれ固有の意味をもつ順位語として捉えると、孟秋・仲秋・季秋の成り立ちが分かります。
孟・仲・季はもともと何を意味した?
後漢の許慎が編んだ『説文解字』は、漢字の字義や構造を説明した古代中国の字書です。清代には段玉裁が詳細な注釈書『説文解字注』を著しました。甲骨文や金文を含む現在の古文字研究と読み合わせると、孟・仲・季が人の順位から時間の順位へ広がる過程をより具体的に追えます。

孟は「長子」から「最初」へ
孟の本来の意味は長子、兄弟姉妹のうち最年長の者です。『説文解字』は「孟、長也」と記します。金文にも、兄弟姉妹の排行第一を表す「孟」の用例があります。
そこから「一連のものの最初」という意味が生まれました。金文には「孟庚」を「最初の庚の日」の意味で使う例があり、戦国期の器銘には「孟冬」も見えます。人の順位を表す語が、日や月の順序を表す語へ広がっていたことが分かります。
季節の最初の月も同じ発想で、孟春・孟夏・孟秋・孟冬と呼ばれました。旧暦7月が孟秋なのは、秋3か月の最初に位置するからです。
仲は「中ほど」
仲は「中」と関係の深い字です。『説文解字』は「仲、中也」と説明します。香港中文大学の漢語多功能字庫によると、古い文字資料では「中」が兄弟の排行第二を表す用法を持ち、戦国秦系文字になると人偏を加えた「仲」の形が現れます。
伯・仲・叔・季の並びでは、仲は伯に次ぐ第二の位置です。一つの季節が3か月なら、その第二月がちょうど中ほどになります。春の2月が仲春、秋の8月が仲秋と呼ばれたのは、この順位語を月に当てはめたためです。
段玉裁の『説文解字注』には「古中、仲二字互通」とあります。「中秋」と「仲秋」が同じ読みを持ち、意味の重なる用法を持つ背景には、二つの字が歴史的にも近い関係にあったことがあります。
季は「末っ子」から「最後」へ
季の古い意味は「幼い者」です。兄弟姉妹の排行では最年少、末っ子を表しました。『説文解字』は「季、少偁也」とし、「子」と「稚」の省略形からなる字として説明しています。
一方、甲骨文・金文を扱う現代の古文字研究では、「季」を「禾」と「子」を組み合わせた形として分析する説があります。香港中文大学の漢語多功能字庫は、比較的小さな禾と子どもを表す子を合わせて「幼小」を示したとする沈培の解釈を紹介しています。この解釈では、禾を比較的小さな穀物の象形として捉え、子と合わせて「幼小」を表すと考えます。
金文には、排行で最年少の姜姓女性を「季姜」と呼ぶ例もあります。段玉裁も「叔季皆謂少者,而季又少於叔」と注し、叔も季も年少側を表す一方、季は叔よりさらに年少の位置にあると説明しました。
最年少から「一連のものの最後」へ意味が広がり、季春・季夏・季秋・季冬は各季節の最後の月を表す語になりました。日本人名にも「季=すえ」の読みがあり、梶原景季の「景季」や安東愛季の「愛季」に残っています。
伯・仲・叔・季という別の並び
人の長幼には、伯仲叔季という並びもありました。
| 字 | 基本的な位置 |
|---|---|
| 伯 | 最年長 |
| 仲 | その次・中ほど |
| 叔 | 年少側 |
| 季 | 最年少 |
古典の注釈でも、伯・仲・叔・季は「長幼の称」と説明されます。最年長を表す語には「伯」と「孟」の双方がありました。
後漢の『白虎通』「姓名」は、「伯は長、仲は中、叔は少、季は幼」と説明したうえで、嫡長を伯、庶長を孟と整理しています。ただし、この区別は後漢に見える整理として位置づけられます。より古い資料では伯と孟の用法に重なりがあり、兄弟順位を表す語として「伯・仲・叔・季」と「孟・仲・叔・季」の両方が用いられました。
古代中国では意味の近い語が併存し、時代や文脈によって用途が分化しました。月名では「孟」が最初を表す語として定着し、孟春・孟夏・孟秋・孟冬という呼び方が残りました。
伯父と叔父にも古代中国の順位が残っている
日本語の伯父と叔父は、どちらも同じ読みですが、伯父は父母の兄、叔父は父母の弟です。伯=年長側、叔=年少側という長幼区分が親族表記に残っています。伯母と叔母も同じ関係です。
この区別の源流は中国古典にあります。『尚書』「呂刑」には「伯父・伯兄」と「仲叔季弟」を並べる表現があり、伯・仲・叔・季が親族の長幼を表す語として働いていました。
日本でも「伯父」は古くから使われています。天平宝字2年(758)の文書に「伯父」の用例があり、平安初期の字書『新撰字鏡』には「阿伯 父之兄」と記され、父の兄を表す字として「伯」が受け入れられていました。現代の「伯父/叔父」の書き分けは、古代中国の長幼語彙が日本語の親族名称に残った例です。
「伯仲」は兄弟の順序から転じ、実力が近く優劣をつけにくいことを表す「伯仲の間」という表現にもなりました。順位を表す古い語が、親族語、熟語、暦の月名へそれぞれ別の形で残っています。
孟子の「孟」も同じ字なのか
孟子の「孟」は姓、「子」は師や有徳者につける尊称です。後漢の趙岐による『孟子題辞』は「孟、姓也」と明記し、「子」を男子の通称として説明します。後代の疏では、師や有徳者を「子」と称する用法まで詳しく説明されています。
『孟子注疏』には、孟氏を魯の公族の系譜に求め、仲孫氏の後裔が「仲」を「孟」に改めたという説明と、「孟は庶長の称」とする古注も載っています。これは孟氏の由来を説明する古い系譜説で、順位語としての「孟」が姓氏の由来を語る場面にも現れた例です。
末っ子の「季」は、どうして「季節」の季になった?
季は、幼い者・最年少から、一連のものの末・最後を表す語へ意味を広げました。季春・季夏・季秋・季冬は、その意味を各季節の最後の月に用いた語です。熟語「季節」の「季」は、一年を分けた一定の時期を表す用法まで視野に入れると分かりやすくなります。
「四季」には春夏秋冬とは別の意味もある
国立天文台暦計算室は、春夏秋冬を古く「四時」あるいは「四節」と呼んだ例を紹介しています。一方、「四季」という語には、春夏秋冬をまとめて指す現在一般的な意味のほか、各季節の末の月、すなわち旧暦3月・6月・9月・12月を指す意味も辞書に残っています。
江戸時代の暦学者・中根元圭は『三正俗解』で、四季を四時それぞれの「季=すえ」と捉え、季春・季夏・季秋・季冬を指すと論じました。国立天文台の解説によれば、中根は同じ発想で各季節の最初の月を「四孟」、真ん中の月を「四仲」と分類しています。
日本語では春夏秋冬を「四季」と呼ぶ用法も古くから定着しています。その一方で「各季節の末月」という語義も実在し、中根の議論は「季」に「すえ」の意味が生きていたことを知る資料になります。
熟語「季節」は中国でも日本でも古い
熟語「季節」には古い用例があります。台湾教育部『重編國語辭典修訂本』は、西晋の夏侯湛(243~291)の「雷賦」に「季節」の用例を挙げています。「朱明」は夏を指し、その夏の時期を「季節」と表現しています。
日本語では『精選版 日本国語大辞典』が、『本朝無題詩』(1162~64頃)に収められた藤原茂明の漢詩「季節光陰蕭索好」を早い用例として挙げています。少なくとも平安末期には、日本の漢詩文でも「季節」という熟語が使われていました。
同辞典は熟語の構成について、「季」を一年を四等分した区分の名、「節」を一年を二十四等分した区分の名と説明しています。「季」単体には末・最後という古い意味がありますが、「季節」という熟語では、すでに一年の一定の時期を表す「季」と、暦上の区切りを表す「節」が結びついています。
「節」は竹の節から時間の区切りへ
節の本来の意味は竹の節です。『説文解字』は「節、竹約也。从竹、即聲」と説明します。「竹」が意味を示し、「即」が音を示す形声文字です。字形の中で「即」は音を担い、「竹」が意味を示します。
「節」は戦国期の金文に現れます。竹の節を核に、意味はいくつもの方向へ枝分かれしました。竹を割って照合する通行・権限の証明は「符節」と呼ばれ、物事を適度なところで止める意味から「節制」「節度」が生まれ、時の区切りには「時節」「節令」「節気」が使われました。
関節、節目、節句、節気という言葉にも、ひと続きのものに区切りや基準点を置く感覚があります。「季節」の「節」も、一年の流れに置かれた暦上の区切りという語義につながります。
二十四節気にも「節」が残っている
二十四節気は、日本と中国で伝統的に使われてきた季節の目印です。中国や日本で用いられた太陰太陽暦は時代ごとに暦法が変化しましたが、月の満ち欠けで暦月を立てながら、太陽の動きを示す二十四節気を季節調整に利用する仕組みが発達しました。
月の満ち欠けの周期は約29.5日なので、12か月では約354日です。太陽年の約365.24日より約11日短く、そのまま月だけを数えると暦月と季節が少しずつずれていきます。近世日本の太陰太陽暦では、二十四節気を利用し、19年に7回程度の閏月を入れてずれを調整しました。
現在、国立天文台は二十四節気を太陽黄経で定義しています。太陽黄経15度ごとに一つの節気が置かれ、春分は0度、秋分は180度です。二十四節気は「節気」と「中気」が交互に並び、正月節が立春、正月中が雨水、二月節が啓蟄、二月中が春分となります。
| 旧暦上の位置 | 二十四節気 | 太陽黄経 |
|---|---|---|
| 七月節 | 立秋 | 135° |
| 七月中 | 処暑 | 150° |
| 八月節 | 白露 | 165° |
| 八月中 | 秋分 | 180° |
| 九月節 | 寒露 | 195° |
| 九月中 | 霜降 | 210° |
近世日本の暦では、その月に含まれる「中気」が月名を定める基準になりました。国立天文台の展示解説では、正月中の雨水を含む月を正月とし、次の月に中気が入らない場合は閏月になる例が紹介されています。二十四節気は季節を表す目印であると同時に、太陰太陽暦の月を季節から大きく外さないための仕組みにも組み込まれていました。
秋の真ん中の月である仲秋には、八月節の白露と八月中の秋分が置かれます。「八月中」の「中」は二十四節気の中気を示す暦の専門語で、「中秋」は秋の中ほどを表す別の語です。秋分そのものの天文学的な意味や、日本で「秋分の日」が祝日になった歴史は、春分・秋分と祝日の歴史をたどる解説で詳しく紹介しています。
「節分」も季節の分かれ目を表す語で、もとは立春・立夏・立秋・立冬それぞれの前日を指しました。現在は主に立春の前日の行事として残っています。江戸時代の暦学や測量との関係は、和算・測量・暦の歴史をたどる解説でも紹介しています。
参考文献
- 国立天文台 暦計算室「月の和名」
- 国立天文台 暦計算室「季節」
- 国立天文台 暦計算室「二十四節気」
- 国立天文台 暦計算室「二十四節気と暦」
- 香港中文大学 漢語多功能字庫「孟」
- 香港中文大学 漢語多功能字庫「仲」
- 香港中文大学 漢語多功能字庫「季」
- 香港中文大学 漢語多功能字庫「節」
- 中國哲學書電子化計劃『逸周書』「周月解」
- 中國哲學書電子化計劃『礼記』「月令」
- 中國哲學書電子化計劃『白虎通徳論』「姓名」
- 中國哲學書電子化計劃『孟子注疏』「序」
- 東京都立図書館「説文解字注」
- 台湾教育部『重編國語辭典修訂本』「季節」
- 三省堂「仲秋」
- 三省堂「中秋」
- コトバンク「季節」
- コトバンク「四季」
- コトバンク「伯父」
- コトバンク「月令」

