アーティゾン美術館で2026年6月23日から10月4日まで開催されている「エットレ・ソットサス ―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」は、日本初のエットレ・ソットサス大規模回顧展です。石橋財団が近年収集した初期から晩年までの100点を超える作品・資料を軸に、家具、タイプライター、セラミック、ガラス、写真、ドローイングなど約半世紀の仕事をたどります。
ソットサスは、戦後モダニズムの合理性と工業化を経験した後、その価値観を問い直し、ラディカル・デザインを経てメンフィスを結成しました。派手な色や幾何学模様の家具は、その長い思考の一部です。
- 実際に行ってわかったこと|所要時間・混雑・撮影
- エットレ・ソットサスとは誰か
- オリベッティで学んだ「機械にも人格がある」という発想
- 赤いタイプライター《ヴァレンタイン》は何を変えたのか
- 1950~70年代のイタリアンデザインとソットサス
- ラディカル・デザインとは何か
- 1981年、メンフィスは何を始めたのか
- なぜ派手な色、幾何学模様、ラミネートだったのか
- ソットサスはモダニズムにどう反発したのか
- メンフィスとポストモダン・デザイン
- 日本との関係――倉俣史朗、梅田正徳、磯崎新、ヤマギワ
- 今回の展覧会は日本でどれほど重要なのか
- 展示構成から読み取れるソットサスの思想
- モダニズム → ラディカル・デザイン → メンフィス → ポストモダン
- 現在の家具・家電・インテリアへの影響
- 鑑賞前に覚えておきたい代表作
- 開催情報
- 参考文献・公式資料
実際に行ってわかったこと|所要時間・混雑・撮影
2026年9月11日(金)、12時30分ごろから13時30分ごろまで、アーティゾン美術館6階で約60分鑑賞しました。来館者はいましたが、作品の前で長く待つほどの混雑はなく、大型家具やセラミック作品から距離を取って全体を見られました。
訪問時は、展示作品を含めて会場内すべて写真撮影が可能でした。展示は1950年代後半から1990年代以降まで年代順に進み、壁面の色、金属製の円柱、白い紙片を敷いた展示台など、章ごとに空間の印象も変わります。
約1時間で全体を一通り見られました。1970年代の写真シリーズ《メタファー》や資料類まで読み込むなら、さらに時間が必要です。オリベッティの実用品、1960年代の実験、メンフィス、晩年の家具へと順に追うと、造形の変化が明確に分かります。
エットレ・ソットサスとは誰か
エットレ・ソットサス(1917–2007)は、オーストリアのインスブルックに生まれ、イタリアで活動した建築家・デザイナーです。1939年にトリノ工科大学で建築学の学位を取得し、第二次世界大戦後はミラノを拠点に活動しました。住宅やインテリアから家具、タイプライター、コンピューター、照明、セラミック、ガラス、宝飾まで、幅広い分野を手掛けました。
工業デザインではオリベッティ、家具ではポルトロノーヴァやメンフィス、その後のギャラリー制作が重要です。建築、工業製品、家具を横断しながら、人と物、空間の関係を考え続けました。
オリベッティで学んだ「機械にも人格がある」という発想
ソットサスは1950年代後半からオリベッティのデザインに関わりました。当時のオリベッティは、タイプライター、計算機、コンピューターだけでなく、建築、広告、グラフィックまで含めて企業文化を形成していました。

会場では、1965年デザインのタイプライター《レッテラDL》と、1970年デザインの加算機《スンマ19》が並びます。灰色と黒を基調にした《レッテラDL》に対し、《スンマ19》はライムグリーンを前面に出し、事務機器へポップな色彩を持ち込みました。
代表的な仕事の一つが大型コンピューター《Elea 9003》です。ソットサスは、巨大な電子計算機を人間が同じ空間で向き合う存在として捉え、筐体の高さ、配置、配線、操作部分の色などを整えました。ニューヨークのメトロポリタン美術館は、この時期の仕事を、機械を人の生活に影響する文化的存在として扱った例として位置づけています。
赤いタイプライター《ヴァレンタイン》は何を変えたのか
1968年にソットサスとペリー・キングがデザインし、1969年にオリベッティから発売された携帯タイプライター《ヴァレンタイン》は、ABS樹脂の鮮やかな赤いボディと持ち運びやすい構成によって、事務機器を生活の中へ持ち出せる個人的な道具へ変えました。会場解説では、持ち運び用ケースを机や椅子としても使えることが紹介されています。

鮮烈な赤は、従来のオフィス機器が持っていた無機質な印象を変え、持ち主の感情や生活に近い存在へ引き寄せました。機能性に加えて、色、感情、ユーモアを製品価値に組み込んだ点が《ヴァレンタイン》の特徴です。
1950~70年代のイタリアンデザインとソットサス
第二次世界大戦後のイタリアでは、1950年代後半から高度経済成長が進み、家具、家電、事務機器、自動車などの産業が発展しました。建築家が企業と協働して工業製品を設計する文化が育ち、イタリアンデザインは国際的な評価を高めます。ソットサスのオリベッティやポルトロノーヴァでの仕事も、この時代に生まれました。
1960年代後半になると、若い建築家やデザイナーの間で、合理的で美しい製品の大量生産が豊かな生活につながるという戦後モダニズムの前提への疑問が強まります。フィレンツェのアーキズームやスーパースタジオなどは、家具や建築を通して消費社会や「良い趣味」の規範を批判しました。これがイタリアのラディカル・デザインと呼ばれる潮流です。
1972年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)は「Italy: The New Domestic Landscape」を開催しました。従来型の家具を洗練させる提案と並んで、住宅、所有、消費のあり方そのものを問い直す作品が紹介されました。ソットサスも可動式ユニットによる生活環境を提案し、固定された部屋の集合とは異なる住空間を示しました。
ラディカル・デザインとは何か
ラディカル・デザインは、1960年代後半から70年代のイタリアで、近代建築や工業デザインが当然としてきた価値を根本から問い直した運動です。
機能性、量産、標準化、消費、住宅の固定的な間取り、デザイナーと企業の関係などが問いの対象になりました。写真、文章、展覧会、実験的な家具、実現を前提としない建築案を通して、別の暮らし方を提案することも重要でした。
ソットサスは若いラディカル世代より年長でしたが、彼らを支援し、自身も1960年代から70年代にかけて実験を深めます。《スーパーボックス》は収納家具でありながら、巨大な標識や祭壇のような外観を持ちます。1970年代の写真シリーズ《メタファー》では、自然の中に木、石、ロープなどで一時的な構造物をつくり、建築や制作行為そのものを問い直しました。

《トーテム》関連作品では、円筒や輪を積み上げたセラミックが祭具や標識を思わせる形をつくります。用途の明確な工業製品から、象徴性を前面に出した造形へ関心が広がった時期の作品です。
1981年、メンフィスは何を始めたのか
1980年12月、ソットサスのミラノの自宅に若いデザイナーたちが集まり、新しいグループの構想が始まりました。翌1981年、メンフィスはミラノで最初のコレクションを発表します。ソットサスを中心に、ミケーレ・デ・ルッキ、マルティーヌ・ベダン、ナタリー・ドゥ・パスキエらが参加し、日本からも倉俣史朗、梅田正徳、磯崎新が関わりました。
メンフィスは、異なる文化、素材、色、歴史的引用、俗っぽいイメージまで同じ場に持ち込み、デザインを一つの正解へ収束させない実験を行いました。
最初の展覧会では家具、照明、セラミックなど55点が発表され、短期間で世界各地の雑誌に紹介されました。
なぜ派手な色、幾何学模様、ラミネートだったのか
メンフィスの家具では、原色やパステル、斜めの線、丸や三角、点や波線のパターン、プラスチックラミネートが目立ちます。これらは、近代デザインが築いた素材や装飾の価値序列を崩すために選ばれました。
プラスチックラミネートは、キッチンや安価な家具にも使われる工業材料です。メンフィスはそれを隠さず、大胆な柄を印刷して表面の主役にしました。高価な木材や手仕事と組み合わせる例もあり、高級/安価、本物/人工、工芸/工業という区分を混ぜています。
《カールトン》はその代表例です。本棚、間仕切り、引き出しという複数の役割を持ちながら、人型や祭壇のような輪郭を持ちます。斜めの棚と鮮烈な色が、家具そのものを室内の強い視覚的要素にしています。

会場では《カールトン》と《カサブランカ》を壁から離して展示しており、正面写真では分かりにくい奥行きや、人の身体とのスケール差も確認できました。
ソットサスはモダニズムにどう反発したのか
ソットサスは建築教育を受け、幾何学、合理性、工業生産を学び、オリベッティでは高度な機械のデザインを手掛けました。その経験を経て、1960年代以降はモダニズムの価値観を批判的に捉えるようになります。
ソットサスは、機能や合理性を唯一の評価基準とする考えを疑いました。人は物を使うだけでなく、記憶を重ね、色に反応し、象徴を読み、愛着を持ちます。彼は、そうした感情的・象徴的な関係もデザインの対象にしました。
展覧会名の「魔法」という言葉も、この発想につながります。性能や合理性の外側にある感情や意味まで含めて、物と人の関係を設計しようとしました。
メンフィスとポストモダン・デザイン
ポストモダンは、モダニズムの普遍性や厳格なルールへの反応をまとめて呼ぶ言葉です。歴史的引用、装飾、アイロニー、複数の文化の混在、意味の多義性などが特徴として現れます。
メンフィスは、その代表的なデザイン現象として語られます。柄、色、人工素材、古代的な形、ポップカルチャーを同時に使い、家具に機能以外の意味を与えました。
ソットサスのメンフィス期には、1960年代の《スーパーボックス》、1970年代の写真や環境提案、スタジオ・アルキミアとの関わりという前史があります。1981年のメンフィスは、その延長上に位置します。
日本との関係――倉俣史朗、梅田正徳、磯崎新、ヤマギワ
メンフィスには日本から倉俣史朗、梅田正徳、磯崎新が参加しました。梅田は1960年代後半からイタリアで活動し、オリベッティでソットサスと仕事をした後、メンフィス最初期の代表作《タワラヤ》を発表しました。畳を使ったボクシングリングのような空間に、日本の生活寸法とメンフィスの人工的な表面を組み合わせています。
倉俣史朗もメンフィスへの参加をきっかけにソットサスと親交を深めました。本展では倉俣やミケーレ・デ・ルッキなど周辺のデザイナーも紹介され、メンフィスが国際的なネットワークだったことが分かります。
ソットサスは日本の照明メーカー、ヤマギワとも仕事をし、「Sottsassシリーズ」は1991年にグッドデザイン賞を受賞しました。本展にも1989~90年の「ヤマギワの照明のためのドローイング」が出品されています。日本との関係には、デザイナーや企業を通じた共同制作がありました。美術館の照明や展示ケース、美術品輸送などを担う企業については、「美術館・展覧会を支える企業とは?」でまとめています。
今回の展覧会は日本でどれほど重要なのか
アーティゾン美術館は本展を「日本初の大規模回顧展」と位置づけています。同館にとって初めてのデザイン展でもあります。石橋財団が近年形成した100点を超えるソットサス・コレクションをまとめて公開し、初期から晩年までを通覧できます。
海外では1994年にパリのポンピドゥー・センターが大規模回顧展を開催し、生誕100年の2017年にはニューヨークのメトロポリタン美術館で「Ettore Sottsass: Design Radical」が開かれました。
本展は、オリベッティの工業デザイン、1960年代の実験、1970年代の写真、1980年代のメンフィス、1990年代以降の家具やガラスまでを連続して見せます。日本でソットサスの仕事を長い時間軸で把握できる重要な回顧展です。
展示構成から読み取れるソットサスの思想
本展は、1950年代後半の「イタリア企業との協働」、1960年代の「デザインの実験」、1970年代の「デザインを巡る放浪」、1980年代の「メンフィスの時代」、1990年代以降の「飽くなきデザインの冒険」という流れで構成されています。
オリベッティやポルトロノーヴァの仕事に続いて、1960年代の《スーパーボックス》や陶磁器が置かれます。工業製品や家具から、記号や祭具のような造形へ関心が広がる過程を追えます。
1970年代の《メタファー》では、商品制作から距離を取り、自然の中の仮設的な構造物と写真によって制作行為そのものを問い直しました。1981年のメンフィスは、こうした十数年の実験の延長上にあります。
1980年代のガラス作品から、1990年代、2000年代のキャビネットへ進むと、色と形の実験が透明なガラスや異素材の組み合わせへ広がります。

ガラス作品は、透明・半透明の色面と、輪や棒、取っ手のような部品を組み合わせています。金属色の展示壁に色が反射し、作品群全体で空間にリズムをつくっていました。

晩年のキャビネットでは、木目、金属、透明素材を重ね、家具と小さな建築の中間のような構成をつくっています。素材の重さや透過性まで造形に取り込んでいます。
モダニズム → ラディカル・デザイン → メンフィス → ポストモダン
モダニズムは、工業化された社会にふさわしい合理的で機能的な形を追求しました。戦後のソットサスは、オリベッティでその工業デザインを実践しました。
1960年代後半のラディカル・デザインは、合理性、量産、標準化が生む生活そのものを問い直しました。ソットサスも家具、写真、環境提案を通じて、物をつくる目的を再検討します。
1981年のメンフィスは、色、柄、安価な素材、ユーモアを持つ家具を実際に制作し、機能以外の意味や感情を前面に出しました。
ポストモダン・デザインは、複数性、引用、装飾、アイロニーを含む広い潮流です。メンフィスはその象徴となり、ソットサスの1960~70年代の実験とつながっています。
現在の家具・家電・インテリアへの影響
メンフィスの幾何学模様や強い色彩は、現在も家具、インテリア、グラフィック、ファッションで参照されています。Memphis Milanoは現在も当時のデザインを正式に製作・販売しています。
家具を背景に溶け込ませず、彫刻のように室内の主役にし、表面の柄や色、デザイナー個人の作家性を価値にする考えも広がりました。メトロポリタン美術館は、メンフィスを今日の「コレクティブル・デザイン」につながる動きとして位置づけています。
《Elea 9003》や《ヴァレンタイン》が示した、機械に感情的な存在感や親しみを与える発想は、色、素材、触感を重視する今日のプロダクトデザインにもつながります。
鑑賞前に覚えておきたい代表作
《ヴァレンタイン》では色と携帯性、《スーパーボックス》では収納家具と象徴的造形の重なり、《カールトン》《カサブランカ》では色、形、ラミネートによるメンフィスの実験が見どころです。
1970年代の《メタファー》は、ソットサスがデザインを商品から切り離し、生活、自然、儀式、身体との関係まで考えた時期を示します。晩年のキャビネットやガラス作品まで続けて見ると、同じ問いを異なる素材で展開した経過を追えます。
開催情報
- 展覧会名:エットレ・ソットサス ―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる
- 会期:2026年6月23日(火)~10月4日(日)
- 会場:アーティゾン美術館 6階展示室
- 開館時間:10:00~18:00、金曜日は20:00まで。入館は閉館30分前まで
- 休館日:月曜日。ただし7月20日、9月21日は開館。7月21日、9月24日は休館
- 一般料金:ウェブ予約1,200円、窓口1,500円
- 大学生・専門学校生・高校生:無料、要ウェブ予約
- 中学生以下:無料、予約不要
- 住所:東京都中央区京橋1-7-2
同じ入場券で、同時開催の「瀧口修造 書くことと描くこと」も鑑賞できます。
参考文献・公式資料
- アーティゾン美術館「エットレ・ソットサス ―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」
- アーティゾン美術館 特設サイト「展覧会について」
- アーティゾン美術館「エットレ・ソットサス」出品目録
- 杉本渚・田所夏子編『エットレ・ソットサス ―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる』石橋財団アーティゾン美術館、2026年
- The Metropolitan Museum of Art, “Ettore Sottsass: Design Radical”
- The Museum of Modern Art (MoMA), “Valentine Portable Typewriter”
- The Museum of Modern Art (MoMA), “Italy: The New Domestic Landscape”
- Centre Pompidou, “Sottsass, un esprit libre”
- Centre Pompidou, “D’Alchimia à Memphis”
- Memphis Milano, “History”
- M+ Museum, “The Tale of Tawaraya”
- YAMAGIWA「企業情報/主な受賞歴」
- CiNii Books『エットレ・ソットサス : 魔法がはじまるとき、デザインは生まれる』

