天気予報はいつから?日本の気象観測150年史と予報の仕組み

日本の天気予報の歴史と、観測から予報発表までの流れをまとめた図解 雑学
日本の気象観測150年と、アメダス・ラジオゾンデ・気象レーダー・気象衛星・スーパーコンピュータが天気予報を作る流れをまとめた図解。

日本で一般向けの全国天気予報が始まったのは、1884年(明治17年)6月1日です。

その土台となる、現在の気象庁へ続く東京気象台の業務は1875年6月1日に始まり、1日3回の定時気象観測は同年6月5日に始まりました。

現在の天気予報は、アメダス、ラジオゾンデ、気象レーダー、静止気象衛星「ひまわり」、船舶などの観測を集め、スーパーコンピュータで未来の大気を計算して作られます。

日本の天気予報の歴史と、観測から予報発表までの流れをまとめた図解
日本の気象観測150年と、アメダス・ラジオゾンデ・気象レーダー・気象衛星・スーパーコンピュータが天気予報を作る流れをまとめた図解。
1872年
函館に日本初の気象観測所とされる施設
1875年
東京気象台で気象業務開始
1883年
天気図と暴風警報
1884年
一般向け全国天気予報

調査・表記方針

気象庁の「気象業務150周年」資料と公式技術解説を中心に、観測所の設置、業務開始、試験運用、一般発表を区別して記述しています。変化し得る制度・観測網・衛星運用は、本文中に確認日を示しています。

日本の天気予報はいつから?4つの「最初」

「日本初の気象観測所」「気象庁につながる業務の始まり」「最初の天気図」「最初の天気予報」は、同じ出来事ではありません。観測、通信、解析、警報、一般発表が段階的に整ったため、複数の開始日があります。

1872年――函館に日本初の気象観測所とされる施設

1872年8月26日、開拓使は函館に函館気候測量所を設置しました。函館地方気象台はこれを「日本最初の気象観測所」と位置付けています。ただし、これ以前にも軍、学校、研究機関、外国人などによる気象観測例があるため、「日本で初めて空や気象を観察した場所」という意味ではありません。[1][2]

1875年――東京気象台で気象業務が始まる

1875年6月1日、東京府溜池葵町、現在の港区虎ノ門にあたる場所で、東京気象台として地震観測が始まりました。1日3回の定時気象観測は同年6月5日に始まりました。6月1日は、現在の気象庁へ続く中央気象機関の業務開始日として「気象記念日」になっています。[2]

1883年――天気図と暴風警報

1883年2月16日に全国から午前6時の気象電報を集め、東京気象台で天気図の試作が始まりました。3月1日から毎日の印刷配布、5月26日には東京気象台として最初の暴風警報が行われました。[2]

1884年――一般向け全国天気予報

1884年6月1日、1日3回の全国天気予報が始まりました。「日本の一般向け天気予報はいつから?」への答えは、この日です。[2]

最初の全国天気予報
「全国一般 風ノ向キハ定リナシ 天気ハ変リ易シ 但シ雨天勝チ」

近代予報以前、人は空をどう読んだか

器械観測以前から、人々は空の色、雲、風向き、山の見え方、動植物の変化などから天候を読む「観天望気」を使っていました。農業、漁業、航海、旅に天候が直結していたためです。

藩庁、寺社、商家、農家の日記には、晴雨、雪、洪水、干ばつ、作柄などが記録されています。現在は、複数地域の日記を照合し、器械観測以前の気候を復元する研究にも利用されています。

ただし、記録者によって「雨」の基準や観察時刻が異なります。地域の経験知と、同じ時刻・器械・単位で全国を比較する近代観測は区別して考える必要があります。

なぜ東京気象台と全国観測網が必要だったのか

明治政府は、測量、港湾、航路、鉄道を整えようとしていました。イギリス人測量技師ヘンリー・ジョイネルは、測量や社会活動には継続的な気象観測が必要だと建議します。イギリスから測器を取り寄せ、東京気象台の業務が始まりました。

しかし、東京だけを測っても明日の東京の天気は分かりません。低気圧、前線、台風は移動し、離れた地域の気圧や風の変化が、その後の天気を左右します。必要だったのは、一地点の精密さだけでなく、広い範囲を同じ時刻に測る全国観測網でした。

1878年には長崎測候所が設置され、府県立や私立の測候所も加わります。農業にとっては霜、干ばつ、長雨が問題となり、海運や漁業にとっては暴風と高波が命に関わりました。

電信と天気図が「明日の天気」を可能にした

観測所が増えても、記録が郵便で届くのでは警報に間に合いません。そこで重要になったのが電信です。

各地の気圧、風向、天気を電報で東京へ送り、同じ時刻の値を地図に並べます。同じ気圧の地点を結ぶ等圧線を描くと、高気圧や低気圧の位置、気圧の傾き、風のまとまりが見えるようになりました。天気図は、ばらばらの数字を「動く大気の構造」へ変えました。

1882年には、ドイツ人のエルヴィン・クニッピングが暴風警報業務を整えるために雇われます。通信が観測地点をつなぎ、初めて広域の予報と警報が可能になりました。

海と上空を測る――船舶とラジオゾンデ

日本へ近づく低気圧や台風の多くは海上にあります。しかし海には陸上のように観測所を密に置けません。灯台、沿岸測候所、航行中の船舶が観測点になり、気圧、風、気温、波、海水温などを測りました。

1920年には神戸に海洋気象台が設置され、1921年には観測船による本格的な海洋気象観測が始まりました。衛星時代の現在も、海面付近の実測値は数値予報、台風解析、気候監視に欠かせません。

地上が晴れていても、上空に寒気が入れば雷雨や大雪になることがあります。1920年、茨城県館野に高層気象台が設置されました。初期には気球や凧を目で追いましたが、のちに気圧、気温、湿度を無線で送るラジオゾンデが開発され、1938年に定常的な現業観測が始まりました。

現在の天気予報はどう作られる?5段階で理解

1.観測

地上、海、上空、宇宙から、気温、気圧、湿度、風、雨、雲などを測ります。

2.収集

国内外の観測値を通信網で集め、異常値や欠測を確認します。

3.解析

観測のない場所も含め、現在の大気を三次元的に推定します。

4.計算

スーパーコンピュータが、大気、雲、雨、地面、海の変化を計算します。

5.発表

予報官が複数の計算、実況、地形、過去事例を確認して情報を発表します。

アメダス・レーダー・ひまわりは何を見ている?

アメダス

地表付近の雨、気温、湿度、風、積雪を直接測ります。観測地点の間は直接測れません。

ラジオゾンデ

上空の気温、湿度、気圧、風を直接測ります。地点と観測時刻は限られます。

気象レーダー

雨や雪の位置・強さを面的に追います。地形、雪、電波の減衰などの影響を受けます。

気象衛星ひまわり

広域の雲、水蒸気、海面・地表の状態を高頻度で観測します。雲の下を直接見られない場合があります。

アメダスは1974年11月1日に運用を開始しました。2026年3月24日適用の観測所一覧では、降水量を観測する地点は全国約1,300か所、平均約17キロ間隔です。そのうち約840か所では風向・風速、気温、湿度も測り、雪の多い地方の約330か所では積雪の深さも観測します。[3]

気象庁は1954年に大阪へ最初の現業用気象レーダーを導入し、1971年には全国20地点の観測網を完成させました。現在はドップラー観測や二重偏波観測により、風や降水粒子の特徴も分析できます。[2]

日本初の静止気象衛星「ひまわり」は1977年に打ち上げられ、1978年に観測を始めました。赤道上空約3万6,000キロから同じ地域を繰り返し観測します。2026年7月2日確認時点では、ひまわり9号が観測運用中で、ひまわり8号が待機中です。[4]

スーパーコンピュータは何を計算するのか

1959年、気象庁は日本の官公庁で初めて科学計算用の大型電子計算機を導入し、数値予報を開始しました。

数値予報とは、観測から推定した現在の大気を出発点に、物理法則を使って将来を計算する方法です。大気を細かな格子に分け、風が空気と水蒸気を運ぶ動き、気圧差、雲や雨の発生、地面や海との熱交換などを時間刻みで計算します。

性質の異なる観測値とモデルを組み合わせ、計算の出発点となる三次元の大気を作る技術がデータ同化です。さらに、出発点を少しずつ変えた複数の計算を行い、予測の広がりを調べるアンサンブル予報も使われます。

気象庁の第11世代スーパーコンピュータシステムは2024年3月に運用を開始しました。計算能力が向上すると、格子を細かくし、予測回数を増やし、局地的な現象をより詳しく扱えるようになります。[2]

天気予報はなぜ外れるのか

現在を完全に測れない

海上、山岳、雲の内部など、直接測れない場所があります。

小さな誤差が成長する

大気は、出発点のわずかな違いが数日後に大きく広がる性質を持ちます。

小さく短い現象がある

積乱雲、竜巻、局地的な雪雲は短時間で発生・消滅します。

被害は地形でも変わる

同じ雨量でも、斜面、川、排水能力、直前までの雨で危険度が変わります。

台風は広域を長時間追跡でき、進路予測は向上しました。一方、急発達などを含む強度予測には難しさが残ります。

豪雨は、水蒸気の流入や積乱雲の発生位置が少し変わるだけで、雨が集中する地域がずれます。2026年5月29日からは、線状降水帯の発生2~3時間前を目標とする直前予測が運用されています。[5]

はわずかな気温差で雨、みぞれ、雪が変化します。竜巻は規模が小さく寿命も短いため、個々の発生地点を長時間前から特定することが困難です。

台風予報円と降水確率の正しい読み方

予報円=台風の大きさではない

予報円は、予報した時刻に台風の中心が入る確率が70%となる範囲です。円が大きいほど大型という意味ではなく、進路予測の不確実性を示します。

降水確率30%=雨量30%ではない

対象地域と時間帯に1ミリ以上の雨または雪が降る確率が30%という意味です。降る時間や雨量の割合ではありません。

災害が警報と伝達手段を変えてきた

気象業務は、科学技術だけで直線的に進歩したわけではありません。災害のたびに、観測の不足、伝達の遅れ、情報の分かりにくさが問われました。

1934年の室戸台風を受け、1935年には暴風警報と気象特報が分けられました。気象特報は現在の注意報につながります。1952年に気象業務法が成立し、1956年に中央気象台は気象庁となりました。2013年には特別警報が創設されました。

2026年5月29日からは、大雨、土砂災害、河川氾濫、高潮に関する情報名が、5段階の警戒レベルと対応する形へ改められました。[6]

気象庁の情報と自治体の避難情報は別です

気象庁は現象と災害危険度を観測・予測します。自治体は地域の状況を踏まえ、避難指示などを発令します。

150年の観測記録が気候変動を示す

毎日の予報には最新観測が必要ですが、気候変動を調べるには、同じ方法で長く続けた記録が欠かせません。

観測所の移転、測器や観測時刻の変更、都市化が記録へ影響するため、気象庁は統計の連続性を検討しながら長期傾向を評価しています。

文部科学省と気象庁の『日本の気候変動2025』では、1898~2024年の日本の年平均気温は、100年当たり1.40℃の割合で上昇したと評価されました。その後、2025年までを加えて2026年1月に更新された気象庁の最新統計では、1898~2025年の上昇率は100年当たり1.44℃となっています。資料の公表時期と集計期間が違うため、二つの数値は矛盾ではありません。[7][8]

東京気象台が1875年に始まったからといって、日本平均気温の統計も1875年から作れるわけではありません。全国平均には、複数地点で品質のそろった長期データが必要です。観測史の開始年と、特定の気候統計の開始年は異なります。

東京で気象史を歩く――虎ノ門の気象科学館

1875年に東京気象台が置かれた溜池葵町は、現在の港区虎ノ門周辺にあたります。現在の気象庁も2020年に大手町から虎ノ門へ移転しました。最初の観測地点と現在の庁舎は同一地点ではありませんが、日本の気象業務が始まった地域で約150年の歴史を考えることができます。

気象庁2階の気象科学館は無料の体験型施設です。気象、地震、火山、防災を学べ、気象予報士の解説員も常駐しています。2026年7月2日確認時点の開館情報は公式ページで確認できます。[9]

現地で注目したいこと

  • 虎ノ門と明治初期の溜池葵町の位置関係
  • 測量、港湾、通信、気象が近代国家の基盤だったこと
  • 展示された観測機器と、記事中の観測手段の役割

気象科学館の公式案内を見る

周辺の歴史スポットはTimeWalkでも探せます。

日本の気象観測・天気予報 重要年表

1872年 函館気候測量所を設置

1875年 6月1日に東京気象台の業務、6月5日に定時気象観測開始

1883年 気象電報、天気図、暴風警報

1884年 一般向け全国天気予報

1920年 海洋気象台・高層気象台を設置

1938年 ラジオゾンデ定常観測

1954年 現業用気象レーダー

1956年 気象庁発足

1959年 数値予報開始

1971年 全国20地点のレーダー網完成

1974年 アメダス運用開始

1977年 ひまわり初号機打ち上げ

2013年 特別警報創設

2024年 第11世代スーパーコンピュータ運用

2025年 気象業務150周年

2026年 新たな防災気象情報と線状降水帯直前予測

今すぐ使える気象庁の公式ページ

よくある質問

日本の天気予報はいつ始まりましたか?

一般向け全国天気予報は1884年6月1日に始まりました。現在の気象庁へ続く東京気象台の業務開始は1875年6月1日、1日3回の定時気象観測開始は6月5日です。

日本最初の気象観測は1875年ですか?

函館地方気象台は、1872年に設置された函館気候測量所を日本最初の気象観測所と位置付けています。ただし、それ以前にも軍や研究機関などによる観測例があります。

予報はスーパーコンピュータだけで作るのですか?

いいえ。地上、海、上空、衛星の観測を集め、計算結果を予報官が実況や地形と比較して発表します。

レーダーと気象衛星は何が違いますか?

レーダーは主に雨や雪の位置と強さを観測します。衛星は広い範囲の雲、水蒸気、海面や地表の状態を観測します。

予報円が大きいと大型台風ですか?

違います。予報円は中心位置の予測幅です。台風の大きさは強風域・暴風域で確認します。

降水確率30%は、時間の30%だけ雨が降る意味ですか?

違います。対象地域と時間帯に1ミリ以上の雨または雪が降る確率が30%という意味です。

まとめ

日本の中央気象機関につながる東京気象台の業務は1875年6月1日に始まり、定時気象観測は6月5日に始まりました。1883年に天気図と暴風警報、1884年に一般向け全国天気予報が生まれます。

その後、観測範囲は海、上空、宇宙へ広がりました。レーダーは雨を、ひまわりは雲と水蒸気を、アメダスは地域の地上気象を捉えます。数値予報はスーパーコンピュータ、データ同化、アンサンブル予報によって現在の予報を支えています。

予報の進歩とは、絶対に外れなくなることではありません。不確実性をより早く、細かく、行動につながる形で示せるようになることです。

参考文献・公式資料

  1. 函館地方気象台「函館地方気象台の歴史」
  2. 気象庁「気象業務の歴史」
  3. 気象庁「地域気象観測システム(アメダス)」
  4. 気象衛星センター「ひまわり運用状況・年間計画」
  5. 気象庁「線状降水帯直前予測の運用開始について」
  6. 気象庁「新たな防災気象情報について」
  7. 文部科学省・気象庁『日本の気候変動2025』
  8. 気象庁「日本の年平均気温」
  9. 気象庁「気象科学館」
  10. 気象庁「気象業務150周年特設サイト」
  11. 気象庁「気象業務150年の歩み」
  12. 気象庁『気象業務はいま2025』
  13. 気象庁『気象百五十年史』通史
  14. 高層気象台『高層気象台100年誌』
  15. 気象庁「数値予報とは」
  16. 気象庁「台風情報の種類と表現方法」
  17. 日本気象学会「歴史天候データベース・オン・ザ・ウェブについて」

更新履歴

  • 2026年7月2日:気象観測150年と予報の仕組みをまとめた図解を追加し、アイキャッチに設定
  • 2026年7月2日:1898~2025年の最新気温上昇率「100年当たり1.44℃」を追記
  • 2026年7月2日:1875年6月1日の業務開始と6月5日の定時気象観測開始を全編で統一
  • 2026年7月2日:アメダス、ひまわり、防災情報、施設情報に確認日を付記
  • 2026年7月2日:重要記述から公式資料へ直接移動できる脚注を追加

執筆・編集:ゆる歴史散歩会

公的資料を中心に、歴史初心者が時代・技術・場所のつながりを理解できる順序へ再編集しています。記事の方針と運営者情報は運営者情報をご覧ください。

最終事実確認日:2026年7月2日