日本で一般向けの全国天気予報が始まったのは、1884年(明治17年)6月1日です。
最初の予報は全国を一つの区域として表した短い文章で、1日3回、東京の派出所などに掲示されました。
その実現には、各地を同じ時刻に観測し、電信で東京へ集め、天気図を作る仕組みが必要でした。現在も「観測する・集める・解析する・予測する・伝える」という基本の流れは受け継がれています。
日本の天気予報はいつから?4つの「最初」

「日本初の気象観測」と「日本初の天気予報」は、それぞれ異なる段階で始まりました。観測所、中央気象機関、天気図と警報、一般向け予報が順に整いました。
1872年――函館に日本初の気象観測所
1872年8月26日、開拓使は函館に函館気候測量所を設置しました。函館地方気象台はこれを「日本最初の気象観測所」と位置付けています。軍、学校、研究機関、外国人による先行観測例もあるため、ここでの「最初」は公的な気象観測所としての位置付けです。[1][2]
1875年――東京気象台で中央気象業務が始まる
1875年6月1日、東京府溜池葵町、現在の港区虎ノ門にあたる場所で、東京気象台として地震観測が始まりました。1日3回の定時気象観測は同年6月5日に始まりました。6月1日は、現在の気象庁へ続く中央気象機関の業務開始日として「気象記念日」になっています。[2]
1883年――天気図と暴風警報が始まる
1883年2月16日、全国から午前6時の気象電報を集め、東京気象台で天気図の試作が始まりました。3月1日から毎日の印刷配布、5月26日には東京気象台として最初の暴風警報が行われました。[2]
1884年――一般向け全国天気予報が始まる
1884年6月1日、1日3回の一般向け全国天気予報が始まりました。最初の予報は、全国を一つの区域として一文で表したものでした。東京の派出所などに掲示され、人々は掲示場所へ行って予報を読みました。[2]
日本最初の全国天気予報
「全国一般 風ノ向キハ定リナシ 天気ハ変リ易シ 但シ雨天勝チ」
現代語で読むと
全国的に風向きは定まらず、天気は変わりやすく、雨の降る所が多い見込みです。
現在の都道府県別予報とは異なり、日本全国を一つの予報文で表していました。
近代予報以前、人は空をどう読んだか
器械観測以前から、人々は空の色、雲、風向き、山の見え方、動植物の変化から天候を読む「観天望気」を使っていました。農業、漁業、航海、旅に天候が直結していたためです。
藩庁、寺社、商家、農家の日記には、晴雨、雪、洪水、干ばつ、作柄が記録されています。複数地域の日記を照合することで、器械観測以前の気候を復元する研究にも利用されています。
ただし、記録者によって「雨」の基準や観察時刻が異なります。近代観測は、同じ時刻、器械、単位で各地を比較できる点に特徴がありました。
電信と天気図が「明日の天気」を可能にした
明治政府は測量、港湾、航路、鉄道を整備していました。イギリス人測量技師ヘンリー・ジョイネルは、測量や社会活動には継続的な気象観測が必要だと建議し、イギリスから測器を取り寄せました。これが東京気象台の業務開始につながりました。
一地点の空を見ても、明日の天気は十分に予測できません。低気圧、前線、台風は移動するため、離れた地域の気圧や風の変化を同時に知る必要があります。
各地の気圧、風向、天気を電信で東京へ送り、同じ時刻の値を地図に記入します。同じ気圧の地点を結ぶ等圧線を描くと、高気圧や低気圧の位置、気圧の傾き、風のまとまりを一枚の地図で把握できます。
1882年、ドイツ人のエルヴィン・クニッピングが暴風警報業務を整えるために雇われました。クニッピングは各地の観測値を定時に集める体制を整え、1883年の天気図と暴風警報、1884年の全国天気予報へつなげました。[2]
東京で継続的な気象観測の必要性を建議し、東京気象台の出発点を作りました。
全国の観測値を集め、天気図、暴風警報、天気予報へ進む体制を整えました。
電信は、離れた場所の観測値を「予報に間に合う時間」で集める技術でした。日本の電信・電話・ラジオ・テレビの発達は、日本の通信史をわかりやすく|電信・電話・ラジオ・テレビからインターネットまでで詳しく解説しています。
日本の開始は世界史のどこに位置するのか
19世紀半ばの欧米では、電信と広域観測網を使った気象業務が発達しました。イギリスではロバート・フィッツロイが1860年に沿岸向け暴風警報を始め、1861年に一般向け天気予報を新聞で発表しました。世界気象機関の前身となる国際気象機関は1873年に成立し、観測方法の標準化と国境を越えたデータ交換を進めました。[10][11]
日本の全国予報開始はイギリスより約20年後です。測器、観測法、電信、天気図作成を欧米から導入しながら、短期間で全国観測と予報の制度を整えました。
天気予報はどうやって人々へ届いたのか
1884年の全国予報は、東京の派出所などに掲示されました。地方では測候所の予報を掲示板や旗で伝える例もあり、予報を見るには掲示場所へ行く必要がありました。
1924年には天気図の新聞掲載が始まり、1925年には東京放送局のラジオ放送で東京地方の天気予報と全国天気概況が伝えられるようになりました。音声放送によって、予報は家庭へ直接届く情報になりました。[12]
1941年12月8日、気象報道管制によって一般向けの観測情報や天気予報の発表・報道が停止されました。終戦から1週間後の1945年8月22日、ラジオによる天気予報が再開され、気象情報は再び一般へ届くようになりました。[12]
1953年にテレビ放送が始まると、天気予報も同年からテレビで伝えられました。天気図、気圧配置、台風の進路を視覚的に説明できるようになり、その後は電話、ファクシミリ、インターネット、携帯電話、スマートフォンへ伝達手段が広がりました。[13]
1884年 派出所などへの掲示
1924年 天気図の新聞掲載
1925年 ラジオで天気予報を放送
1941年 気象報道管制により一般向け発表を停止
1945年 終戦から1週間後にラジオ天気予報を再開
1953年 テレビで天気予報を放送
その後 電話、インターネット、携帯電話、スマートフォンへ拡大
海と上空へ広がった観測網
日本へ近づく低気圧や台風の多くは海上にあります。灯台、沿岸測候所、航行中の船舶が観測点となり、気圧、風、気温、波、海水温を測りました。
1920年には神戸に海洋気象台が設置され、1921年には観測船による本格的な海洋気象観測が始まりました。現在も海面付近の実測値は、数値予報、台風解析、気候監視に利用されています。
上空の寒気や湿度、風は雷雨や大雪を左右します。1920年に茨城県館野へ高層気象台が設置され、1938年には気圧、気温、湿度を無線で送るラジオゾンデの定常観測が始まりました。
現在の天気予報はどう作られる?5段階で理解

地上、海、上空、宇宙から、気温、気圧、湿度、風、雨、雲を測ります。
国内外の観測値を通信網で集め、異常値や欠測を確認します。
観測のない場所も含め、現在の大気を三次元的に推定します。
スーパーコンピュータが、大気、雲、雨、地面、海の変化を計算します。
予報官が計算結果、実況、地形、過去事例を確認して情報を発表します。
アメダス・レーダー・ひまわりは何を見ている?

地表付近の雨、気温、湿度、風、積雪を観測地点で直接測ります。
上空の気温、湿度、気圧、風を直接測ります。
雨や雪の位置と強さを面的に追い、ドップラー観測では風も分析します。
広域の雲、水蒸気、海面・地表の状態を高頻度で観測します。
アメダスは1974年11月1日に運用を開始しました。2026年3月24日適用の観測所一覧では、降水量を観測する地点は全国約1,300か所、平均約17キロ間隔です。[3]
気象庁は1954年に大阪へ最初の現業用気象レーダーを導入し、1971年には全国20地点の観測網を完成させました。[2]
日本初の静止気象衛星「ひまわり」は1977年に打ち上げられ、1978年に観測を始めました。2026年7月31日確認時点では、ひまわり9号が観測運用中、ひまわり8号が待機中です。[4] 気象衛星を含む宇宙インフラの発展は、人工衛星の歴史|スプートニク1号からスターリンクまでで詳しく解説しています。
スーパーコンピュータは何を計算するのか
1959年、気象庁は日本の官公庁で初めて科学計算用の大型電子計算機を導入し、数値予報を開始しました。
数値予報は、観測から推定した現在の大気を出発点に、物理法則を使って将来を計算する方法です。大気を細かな格子に分け、風が空気と水蒸気を運ぶ動き、気圧差、雲や雨の発生、地面や海との熱交換を時間刻みで計算します。
異なる種類の観測値とモデルを組み合わせ、計算の出発点となる三次元の大気を作る技術がデータ同化です。出発点を少しずつ変えた複数の計算で予測の幅を調べるアンサンブル予報も使われます。
気象庁の第11世代スーパーコンピュータシステムは2024年3月に運用を開始しました。計算能力の向上によって格子を細かくし、予測回数を増やし、局地的な現象を詳しく扱えるようになりました。[2]
天気予報にはなぜ幅があるのか
海上、山岳、雲の内部など、直接測れる地点には限りがあります。
出発点のわずかな違いが、数日後には大きな予測差へ広がります。
積乱雲、竜巻、局地的な雪雲は短時間で発生・消滅します。
同じ雨量でも、斜面、川、排水能力、直前までの雨で危険度が変わります。
予報円は台風の大きさではなく、予報した時刻に台風中心が入る確率70%の範囲です。降水確率30%は、対象地域と時間帯に1ミリ以上の雨または雪が降る確率を表します。
災害が警報制度を変えてきた
1934年の室戸台風を受け、1935年に暴風警報と気象特報が分けられました。気象特報は現在の注意報につながります。1952年に気象業務法が成立し、1956年に中央気象台は気象庁となりました。2013年には特別警報が創設されました。
2026年5月29日からは、大雨、土砂災害、河川氾濫、高潮に関する情報名が、5段階の警戒レベルと対応する形へ改められました。線状降水帯については、発生2~3時間前を目標とする直前予測が始まりました。[5][6]
150年の観測記録が気候を測る
毎日の予報には最新観測が、気候変動の分析には同じ方法で長く続けた記録が必要です。観測所の移転、測器や観測時刻の変更、都市化の影響を検討しながら長期傾向を評価します。
2026年1月に更新された気象庁の統計では、1898~2025年の日本の年平均気温は100年当たり1.44℃の割合で上昇しています。東京気象台が始まった1875年と、日本平均気温の統計開始年が異なるのは、複数地点で品質のそろった長期データが必要なためです。[7][8]
東京で気象史を歩く――虎ノ門の気象科学館
1875年に東京気象台が置かれた溜池葵町は、現在の港区虎ノ門周辺にあたります。現在の気象庁も2020年に大手町から虎ノ門へ移転しました。最初の観測地点と現在の庁舎は別の場所ですが、日本の気象業務が始まった地域で約150年の歴史をたどれます。
気象庁2階の気象科学館では、最初の天気図、昔の観測測器、気象衛星ひまわりや観測船の模型、予報官体験型の展示を見学できます。入館は無料です。開館日と入館方法は公式案内で確認してください。[9]
虎ノ門の現在の街並みがどのように形づくられたかは、森一族がつくった東京|森ビルと森トラストの再開発史でも解説しています。周辺の歴史スポットはTimeWalkで探せます。
日本の気象観測・天気予報 重要年表
1872年 函館気候測量所を設置
1875年 東京気象台の業務と定時気象観測を開始
1883年 気象電報、天気図、暴風警報を開始
1884年 一般向け全国天気予報を開始
1892年 地方測候所で天気予報を開始
1920年 海洋気象台・高層気象台を設置
1924年 天気図の新聞掲載を開始
1925年 ラジオで天気予報を放送
1938年 ラジオゾンデ定常観測を開始
1941年 気象報道管制により一般向け発表を停止
1945年 ラジオ天気予報を再開
1953年 テレビで天気予報を放送
1954年 現業用気象レーダーを導入
1956年 気象庁発足
1959年 数値予報を開始
1974年 アメダス運用開始
1977年 ひまわり初号機打ち上げ
2013年 特別警報創設
2024年 第11世代スーパーコンピュータ運用
2025年 気象業務150周年
2026年 新たな防災気象情報と線状降水帯直前予測
よくある質問
日本の天気予報はいつ始まりましたか?
一般向け全国天気予報は1884年6月1日に始まりました。東京気象台の業務開始は1875年6月1日、定時気象観測開始は同年6月5日です。
最初の天気予報はどこで見られましたか?
東京の派出所などに掲示されました。当初は全国を一つの区域として、一文で予報していました。
日本最初の天気予報を作ったのは誰ですか?
東京気象台が発表しました。制度づくりでは、全国の気象データ収集、天気図、暴風警報の体制を整えたドイツ人エルヴィン・クニッピングが重要な役割を果たしました。
なぜ電信が必要だったのですか?
各地の同じ時刻の観測値を、予報や警報に間に合う速さで東京へ集めるためです。集めた値から天気図を作りました。
天気予報はいつからラジオやテレビで放送されましたか?
ラジオ放送は1925年、テレビ放送は1953年に始まりました。
予報はスーパーコンピュータだけで作るのですか?
地上、海、上空、衛星の観測を集め、計算結果を予報官が実況、地形、過去事例と比較して発表します。
予報円が大きいと大型台風ですか?
予報円は中心位置の予測幅です。台風の大きさは強風域・暴風域で確認します。
参考文献・公式資料
- 函館地方気象台「函館地方気象台の歴史」
- 気象庁「気象業務の歴史」
- 気象庁「地域気象観測システム(アメダス)」
- 気象衛星センター「ひまわり運用状況・年間計画」
- 気象庁「線状降水帯直前予測の運用開始について」
- 気象庁「新たな防災気象情報について」
- 文部科学省・気象庁『日本の気候変動2025』
- 気象庁「日本の年平均気温」
- 気象庁「気象科学館」
- 英国気象庁「Our history」
- 世界気象機関「19th Century Origins」
- 気象庁『気象百五十年史』
- 気象庁『測候時報』「天気予報の変遷」
- 気象庁『気象業務はいま2025』
- 高層気象台『高層気象台100年誌』
- 気象庁「数値予報とは」
更新履歴
- 2026年7月31日:1884年の最初の予報、電信と天気図の関係、世界との比較、新聞・ラジオ・テレビによる伝達史を増補。現代技術の説明を圧縮し、内部リンクを追加
- 2026年7月2日:スマートフォン向けの個別図解3点を追加
- 2026年7月2日:1898~2025年の気温上昇率、アメダス、ひまわり、防災情報を更新

