森ビルと森トラストの違いとは?森一族が変えた東京の再開発史

森一族がつくった東京―森ビルと森トラストの再開発史を表す東京の都市景観イラスト

六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズ。東京の都心に「ヒルズ」が増えた背景には、森一族が三世代にわたって築いた不動産経営と都市開発があります。

出発点は、経済学者から不動産事業家へ転じた森泰吉郎です。次男の森稔は、一棟の賃貸ビルを建てる事業を、住宅、文化、防災、緑地まで組み込む都市開発へ発展させました。三男の森章は森トラストを率い、都市開発にホテル、リゾート、投資を組み合わせました。

森ビルと森トラストは同じ創業家をルーツとしますが、現在は別の企業グループです。両社の違いをたどると、戦後東京の再開発が、建物の高層化だけでなく、土地の権利、道路、文化施設、防災、街の運営まで含む仕事であることが分かります。

最初に結論

  • 森ビルは、港区を中心に複合都市を開発し、完成後も長期保有して街を運営します。
  • 森トラストは、不動産開発、ホテル経営、投資事業を組み合わせ、東京以外にも事業を広げています。
  • 森ビルの再開発は、地権者との長期の合意形成と権利変換を基礎に進みます。
  • 「ヒルズ」は建物名の型ではなく、職住近接、文化、防災、緑、長期運営を組み合わせる都市モデルです。
  • 再開発は道路や防災性能を改善する一方、路地、低家賃の空間、地域の記憶を失う場合があります。

森ビルと森トラストの違い

比較項目森ビル森トラスト
中心となった人物森稔森章
主な事業大規模複合都市の開発・保有・運営不動産開発、ホテル経営、投資
主な地域港区を中心とする東京都心東京都心と全国のホテル・リゾート
代表的な街アークヒルズ、六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズ東京ワールドゲート、東京ワールドゲート赤坂
開発後の特徴街を長期保有し、文化事業、防災、イベント、植栽まで一体運営オフィスと国際ホテルを組み合わせ、資産価値と滞在需要を高める
両社は同じ創業家を起点としますが、現在は別会社です。

森泰吉郎には三人の息子がいました。長男の森敬は研究者の道へ進み、次男の森稔が森ビル、三男の森章が後の森トラストを担いました。森章の長女・伊達美和子は2016年に森トラスト社長へ就任しています。

人物生没年役割
森泰吉郎1904~1993年創業者。経済学者から不動産事業家へ転身
森稔1934~2012年森泰吉郎の次男。森ビルを率い、ヒルズ型の都市開発を確立
森章1936年~森泰吉郎の三男。森トラストを発展させ、会長を務める
伊達美和子森章の長女。森トラスト代表取締役社長

森一族の都市開発史を年表で見る

出来事都市開発上の意味
1955年森泰吉郎が森不動産を設立西新橋・虎ノ門で長期保有型の賃貸ビル経営を開始
1986年アークヒルズ完成一棟のビルから、住宅・文化・緑地を含む複合都市へ移行
1993年森章が森ビル開発社長に就任後の森トラストが独自の事業展開を強める
2001年愛宕グリーンヒルズ完成寺院、地形、緑と超高層建築を一体計画
2003年六本木ヒルズ開業文化、防災、住宅、商業を備えた「文化都心」を実現
2006年表参道ヒルズ開業ケヤキ並木の高さと坂の地形に合わせた低層型再開発
2014年虎ノ門ヒルズ森タワー開業道路、建物、広場を立体的に整備
2020年東京ワールドゲートが竣工森トラストが国際ホテルとオフィスを核に複合拠点を形成
2023年虎ノ門ヒルズ完成、麻布台ヒルズ開業駅、広場、緑、健康、国際機能を含む都市モデルへ発展

創業者・森泰吉郎――学者が始めた長期保有経営

経営史を研究した大学教授

森泰吉郎は1904年、現在の東京都港区西新橋付近に生まれました。東京商科大学、現在の一橋大学で学び、経営史や商業史を研究しました。横浜市立大学では教授、商学部長を務めています。

生家は米問屋と貸家業を営み、都心に土地を持っていました。戦後、官庁や企業が集まる新橋・虎ノ門周辺ではオフィス需要が増加します。森泰吉郎は土地を売却せず、自らビルを建てて賃貸し、長く保有する経営を選びました。

賃料を次のビルへ再投資する

1955年、森ビルの前身となる森不動産を設立しました。西新橋を中心に小規模な賃貸ビルを建て、賃料収入を次の建設へ回しました。同じ地域で物件を増やすことで、テナント営業、警備、設備管理、修繕も効率化できます。

初期の建物は「西新橋1森ビル」「西新橋2森ビル」のように、地域名と番号で管理されました。後に「ナンバービル」と呼ばれる建物群です。華やかな名称よりも、建設、賃貸、管理を繰り返せる仕組みが優先されました。

ナンバービルから「ヒルズ」へ

小規模ビルの積み重ねは、大規模再開発に必要な能力を育てました。土地所有者との交渉、建設資金の調達、テナント誘致、建物管理を同じ地域で重ねたからです。

鉄道会社が駅と沿線を一体で開発した別の都市形成モデルは、「東京圏を形づくった私鉄六社|鉄道会社はなぜ街まで作ったのか」で比較できます。

段階事業の単位蓄積した能力
1一つの土地に一棟を建設建設、資金調達、賃貸経営
2近隣で複数棟を運営テナント営業、管理効率、地域での信用
3複数の敷地を集約権利者調整、道路・広場の整備
4街全体を複合開発都市計画、防災、文化、完成後の運営

森稔と「Vertical Garden City」

森泰吉郎の次男・森稔は、賃貸ビル事業の単位を街へ広げました。高度経済成長期の東京では、会社が都心に集中する一方、住宅は郊外へ広がり、長時間通勤が定着しました。都心には狭い道路、木造住宅の密集、緑地や文化施設の不足という課題もありました。

森稔は、オフィス、住宅、商業、ホテル、文化、教育、医療、緑地を徒歩圏に集める都市を構想しました。その都市像を表す言葉が「Vertical Garden City(立体緑園都市)」です。

細分化された敷地をまとめ、建物を高層化して、空と地下を立体的に使います。建物の足元には道路、歩道、広場、公園、緑地を確保します。高密度化によって床を増やしながら、地上の空間を広げる発想です。

「ヒルズ」とは何か――六つの共通原則

  1. 用途を複合する――オフィス、住宅、商業、ホテル、文化、教育などを徒歩圏に集めます。
  2. 土地を集約して立体化する――建物を高層化し、地上に道路、広場、緑地をつくります。
  3. 防災を街区で整える――耐震建築、非常用電源、備蓄、避難受け入れ機能を組み合わせます。
  4. 文化を都市機能に加える――美術館、音楽ホール、映画館、パブリックアートを街の中心に置きます。
  5. 完成後も街を運営する――警備、清掃、植栽、イベント、防災訓練、自治会活動を続けます。
  6. 長期保有する――建物を売り切るよりも、所有と管理を続けて街の価値を育てます。

この六つを一体で行う点が、建物を完成させて販売する開発との大きな違いです。

主要プロジェクトで見る都市思想の変化

プロジェクト開業主な都市課題計画の特徴
アークヒルズ1986年職住分離、文化施設の不足オフィス、住宅、ホテル、サントリーホール、緑地を複合
愛宕グリーンヒルズ2001年寺院と緑を抱える市街地の更新寺院を中心にオフィス棟と住宅棟を分けて配置
六本木ヒルズ2003年木造密集地、防災、文化文化都心、独自エネルギー、長期のタウンマネジメント
表参道ヒルズ2006年同潤会青山アパートの老朽化と街路景観ケヤキ並木に高さを合わせ、坂と同勾配のスロープを設置
虎ノ門ヒルズ2014~2023年未整備道路、駅と街の分断環状第二号線、地下鉄駅、複数タワー、デッキを一体整備
麻布台ヒルズ2023年複雑な地形、木造密集地、防災中央広場、約2.4ヘクタールの緑地、健康・教育・文化機能

アークヒルズ――一棟から街へ

アークヒルズは1986年に完成しました。事業には17年を要し、オフィス、住宅、ホテル、店舗、テレビスタジオ、サントリーホール、広場、緑地を一体化しました。森ビルが賃貸ビル事業から複合都市開発へ進んだ転換点です。

東京タワーから見たアークヒルズの高層棟と住宅棟
東京タワーから見たアークヒルズ。森ビルが一棟のビル開発から街区開発へ進んだ「ヒルズの原点」。撮影:Chris 73/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

昼はオフィス、夜は住宅と音楽ホールが使われます。開業後も桜並木や植栽を育て、地域イベントを続けたことで、街の景観が年月とともに変化しました。

愛宕グリーンヒルズ――寺院と超高層

2001年完成の愛宕グリーンヒルズでは、青松寺をはじめとする寺院、愛宕山の緑、超高層建築を一体で計画しました。オフィス棟と住宅棟を離して配置し、その間に寺院を残しています。

愛宕グリーンヒルズの超高層タワーと周辺の緑
愛宕グリーンヒルズ。寺院と愛宕山の緑を残しながら超高層棟を配置した再開発。撮影:Ons/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

建物の位置と高さを調整し、既存の地形や樹木を生かしながら、敷地の約半分をオープンスペースとしました。高層化を地域の歴史的環境と組み合わせた事例です。

六本木ヒルズ――17年をかけた文化都心

六本木ヒルズは2003年に開業しました。計画が始まった1986年の六本木六丁目には、細い道路と木造住宅が入り組み、消防車が入りにくい場所がありました。同時に、住民、商店、借家人、事業者が暮らす生活の場でした。

J-WAVEの表示がある2003年の六本木ヒルズ
J-WAVEの表示がある六本木ヒルズ(2003年)。撮影:Hadge/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

計画地区には当初約500件の権利者がおり、最終的に約400件が事業に参加しました。森ビルは地域に事務所を置き、居住、商売、借地・借家、相続、完成後の生活について協議を続けました。最初の呼びかけから開業まで17年を要しています。

コンセプトは「文化都心」です。森タワーの最上層に森美術館を置き、映画館、テレビ局、パブリックアート、イベントスペースを組み込みました。

防災面では、道路とオープンスペースを再編し、耐震建築、独自エネルギープラント、帰宅困難者向け備蓄、防災訓練を組み合わせました。「逃げ出す街から、逃げ込める街へ」という考え方です。

表参道ヒルズ――同潤会青山アパートの記憶

表参道ヒルズは2006年、同潤会青山アパートの跡地に開業しました。設計を担当した安藤忠雄は、建物の高さを表参道のケヤキ並木とほぼ同程度に抑えました。

内部の螺旋状スロープは、表参道の坂とほぼ同じ勾配です。旧同潤会青山アパートの一部は「同潤館」として再現されました。保存の範囲をめぐる議論も、再開発が建物の記憶をどう継ぐかという問題を残しています。

表参道ヒルズ内部の螺旋状に続くスロープ
表参道ヒルズ内部の螺旋状スロープ。表参道の坂と呼応する歩行空間が建物内に続く。撮影:Syced/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

表参道と同潤会青山アパートを現地で見る散歩は、表参道~青山の歴史を巡る夜散歩でも紹介しています。

虎ノ門ヒルズ――道路と地下鉄を組み込む

虎ノ門ヒルズ森タワーは2014年に開業しました。建物の地下を環状第二号線が通ります。新橋・虎ノ門間は戦後間もなく都市計画が決まりながら、用地取得などのため約68年間停滞していました。

虎ノ門ヒルズのビジネスタワー、森タワー、レジデンシャルタワー
虎ノ門ヒルズの3棟。左からビジネスタワー、森タワー、レジデンシャルタワー。撮影時はステーションタワーが建設中。撮影:Sakura Torch(稲妻ノ歯鯨)/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

東京都は立体道路制度と市街地再開発事業を組み合わせ、道路の上に建物と広場を配置しました。その後、ビジネスタワー、レジデンシャルタワー、ステーションタワーが加わり、日比谷線虎ノ門ヒルズ駅、地下通路、地上広場、デッキがつながりました。

虎ノ門と新橋の都市史は、虎ノ門と新橋の史跡巡りで詳しく紹介しています。

麻布台ヒルズ――広場を中心に組み立てた街

麻布台ヒルズは2023年に開業しました。1989年の街づくり協議会設立から約300人の権利者と議論を重ねた計画です。森ビルは構想から開業までを約35年と説明し、開発経緯では約30年にわたる権利者協議を示しています。

敷地には約2.4ヘクタールの緑地が設けられ、オフィス、住宅、ホテル、商業、文化、学校、医療・ウェルネス機能が配置されています。超高層棟を中心に置くよりも、中央広場と緑を起点に都市機能を組み立てた点が特徴です。

麻布台ヒルズの低層建築、高層棟、河津桜
完成後の麻布台ヒルズ。高層棟と曲線的な低層建築、河津桜が重なる街区景観。撮影:Souka Kinmei/Wikimedia Commons/CC0 1.0。

麻布台ヒルズから東京タワー周辺を歩くコースは、日本一高いビルと東京タワー周辺の神社仏閣を巡る散歩で紹介しています。虎ノ門ヒルズから麻布台ヒルズを比較するコースは、虎ノ門ヒルズや麻布台ヒルズを歩く散歩記録も参考になります。

森ビルは再開発をどう進めるのか

既成市街地の再開発は、土地を一括購入して建物を建てる作業とは限りません。道路や公園を整え、多数の権利を完成後の建物へ移す市街地再開発事業では、次の工程をたどります。

1 地域の課題と権利関係を調べる

道路、建物の老朽化、災害危険度、地形、交通、地域の歴史、土地・建物・借地・借家の権利を調査します。解決する課題によって、必要な道路、広場、用途、建物配置が変わります。

2 地権者と計画をつくる

勉強会、協議会、準備組合などを設け、居住継続、店舗再開、工事中の移転、税金、相続、完成後に取得する床を調整します。長期化すると世代交代や経済状況も変わるため、合意を一度得て終わる仕事ではありません。

3 都市計画と事業計画を決める

行政と道路、公園、用途、高さ、容積、歩行者動線を調整します。事業費、工期、権利者が取得する床、外部へ賃貸・売却する床も計画します。

4 再開発組合と権利変換

第一種市街地再開発事業では、土地や建物の権利者が再開発組合をつくり、事業主体となる場合があります。森ビルは事業協力者や参加組合員として、計画、資金、設計、テナント誘致、運営を担います。

権利変換では、事業前の土地、建物、借地権などを評価し、その価値に応じて完成後の建物の床と敷地持分へ置き換えます。権利者が取得する床が「権利床」です。事業費をまかなうために設けられる床が「保留床」で、賃貸や売却による収入が道路、広場、解体、建設、補償などを支えます。

5 建設後も街を運営する

完成前からオフィス企業、店舗、ホテル、文化施設、学校、医療機関を誘致します。開業後は警備、清掃、設備、植栽、イベント、文化事業、防災訓練、自治会支援を続けます。森ビルの特徴は、この運営を開発の後工程ではなく、事業の中心に置く点です。

森稔と森章は、なぜ別の都市開発を選んだのか

森稔は、職住近接、文化、防災、緑を一つの街へ統合する都市像を追求しました。アークヒルズや六本木ヒルズでは、完成後も長期保有し、街全体を運営する方法を強めています。

森章は慶應義塾大学経済学部を卒業後、安田信託銀行に勤務し、1972年に森ビルへ入りました。翌年にホテル事業を始め、金融、投資、不動産賃貸、ホテル運営を組み合わせる経営を進めました。1993年に森ビル開発、現在の森トラストの社長となり、2016年に伊達美和子へ社長職を引き継ぎました。

比較森稔・森ビル森章・森トラスト
中核となる考え都市機能を徒歩圏に集め、街を長期運営する不動産、ホテル、投資を組み合わせる
文化・滞在機能美術館、音楽ホール、映画館、広場国際ホテル、リゾート、サービスアパートメント
地域展開港区を中心に複数のヒルズを連結東京都心と全国の観光地・リゾート
代表例六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズ東京ワールドゲート、ラフォーレ倶楽部

東京ワールドゲート

神谷町駅に直結する東京ワールドゲートは、神谷町トラストタワーを中心に、オフィス、ホテル、住宅、商業、医療、緑地を組み合わせた複合開発です。国際ホテルとオフィスを核に、東京へ滞在する経営者、専門家、旅行者を受け入れる都市拠点をつくっています。

東京ワールドゲートの神谷町トラストタワー
東京ワールドゲートの神谷町トラストタワー。森トラストが都市開発にホテルと国際ビジネス機能を組み合わせた拠点。撮影:Sakura Torch/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

東京ワールドゲート赤坂

赤坂トラストタワーを中心とする東京ワールドゲート赤坂では、オフィス、ホテル、サービスアパートメント、商業、医療、歴史文化発信施設、緑地が整備されています。赤坂氷川神社、大名屋敷跡、江戸型山車など、地域の歴史文化を国際ビジネス拠点へ接続する計画です。

再開発が生む成果と代償

再開発による改善生じうる負担
狭い道路の拡幅、耐震化、非常電源、備蓄路地、木造住宅、小規模な生活空間の消失
公園、広場、緑地、歩行者動線の整備超高層建築による日影、風、圧迫感、景観への影響
文化施設、商業施設、国際ホテルの導入高価格化により小規模店舗や従来住民が入りにくくなる可能性
民間による清掃、警備、イベント、防災運営公開空間の利用ルールが民間管理者の方針に左右される
不動産価値と地域の知名度の上昇利益と負担が地域内で均等に分配されるとは限らない

再開発前の地域には、路地、個人商店、低家賃の空間、近所づきあい、土地の記憶があります。権利者が完成後の建物へ戻っても、以前と同じ環境を再現することは困難です。

一方、木造密集地の防災性、道路、公園、耐震性能、非常用電源が改善される場合があります。再開発の評価には、建物の規模や緑地面積だけでなく、誰が利益を得て、誰が負担を引き受けたかという視点が欠かせません。

東京の不動産を世界の投資資金と所有構造から見る視点は、「外国資本は東京をどう変えたか|築地外国人居留地から世界の投資都市へ」で補えます。

東京を歩いて二つの都市開発を比べる

森ビルと森トラストの違いは、神谷町から麻布台、虎ノ門、愛宕を歩くと見つけやすくなります。

虎ノ門ヒルズ、アークヒルズ、麻布台ヒルズを実際に巡るコースは、「虎ノ門ヒルズや麻布台ヒルズなどをブラタモリ風にゆる散歩☺」で紹介しています。

場所現地で見るポイント
アークヒルズオフィス、住宅、サントリーホール、桜並木の距離。開業後に育った緑
愛宕グリーンヒルズ青松寺を中心に二棟を離した配置。愛宕山の高低差と既存樹木
六本木ヒルズけやき坂の道路幅、毛利庭園、住宅棟と商業棟の位置、防災設備
表参道ヒルズケヤキ並木と屋根の高さ、坂とスロープの勾配、同潤館
虎ノ門ヒルズ環状第二号線、地下鉄駅、地下通路、地上広場、デッキの接続
麻布台ヒルズ中央広場から各棟へ上がる動線。谷と高台をつなぐ階段・坂
東京ワールドゲートホテルとオフィスを中心にした構成。麻布台ヒルズとの広場の使い方の違い

駅と沿線を軸に渋谷・田園調布などを形づくった五島慶太と東急の街づくりは、「五島慶太と東急帝国」で詳しく紹介しています。

六本木の軍用地、繁華街、再開発のつながりは、六本木が国際的な夜の街になった歴史で詳しく解説しています。

よくある質問

森ビルと森トラストは同じ会社ですか?

同じ創業家をルーツとしますが、現在は別の企業グループです。森ビルは大規模複合都市の開発・長期運営、森トラストは不動産開発、ホテル経営、投資事業を主な柱としています。

森ビルの創業者は誰ですか?

森泰吉郎です。経営史や商業史を研究した大学教授で、1955年に森ビルの前身となる森不動産を設立しました。

「ヒルズ」はどのような街ですか?

オフィス、住宅、商業、ホテル、文化施設、緑地、防災機能を徒歩圏へ集め、完成後も一体で運営する森ビルの都市モデルです。

六本木ヒルズの再開発には何年かかりましたか?

最初の呼びかけから2003年の開業まで17年です。計画地区には当初約500件の権利者がおり、最終的に約400件が事業へ参加しました。

再開発前の地権者は完成後どうなりますか?

権利変換によって、従前の土地や建物の価値に応じた完成後の床と敷地持分を取得する場合があります。地区外へ転出して補償を受ける選択もあります。

権利床と保留床の違いは何ですか?

権利床は従前の権利者が取得する床です。保留床は事業費を確保するために設けられ、事業者などが取得して賃貸・売却します。

森ビルはなぜ港区に集中しているのですか?

創業地である西新橋・虎ノ門周辺で賃貸ビルを増やし、土地所有者との関係、テナント営業、建物管理の経験を地域内で蓄積したためです。現在は複数のヒルズを歩行者動線や交通で結ぶ広域的な都市形成を進めています。

森ビルの再開発にはどのような批判がありますか?

路地や小規模店舗の消失、地域の高価格化、超高層建築の景観・環境負荷、民間が管理する公開空間の利用ルールなどが論点になります。

まとめ――森一族が変えた東京のつくり方

森泰吉郎は、土地と建物を長期保有し、賃料を次のビルへ再投資する経営基盤を築きました。森稔は、その基盤を使って職住近接、文化、防災、緑を組み合わせるヒルズ型の都市開発を進めました。森章は金融とホテルの経験を生かし、森トラストを不動産、ホテル、投資の企業グループへ発展させました。

森ビルの特徴は、何十年もかけて権利者と合意をつくり、道路、広場、建物、文化、防災を一つの計画へまとめ、開業後も街を運営する点にあります。森トラストは、国際ホテルとオフィスを組み合わせ、滞在と投資の価値から都市を組み立てます。

両社の再開発は東京の安全性、利便性、文化、国際機能を更新しました。同時に、街並み、低家賃の空間、地域の記憶へ影響を与えています。現地を歩くと、建物の高さだけでなく、道路、坂、広場、緑、寺院、地下通路の配置から、それぞれの都市思想を読み取れます。

参考文献・参考サイト

  1. 森ビル株式会社「歴史・沿革」
  2. 森ビル株式会社「OUR STORY」
  3. 森ビル株式会社「Vertical Garden City―立体緑園都市」
  4. 森ビル株式会社「都市再開発」
  5. 森ビル株式会社「タウンマネジメント」
  6. 森ビル株式会社「防災・安全」
  7. 森ビル株式会社「アークヒルズ」
  8. 森ビル株式会社「愛宕グリーンヒルズ」
  9. 森ビル株式会社「六本木ヒルズ」
  10. 森ビル株式会社「六本木ヒルズ 開発経緯」
  11. 森ビル株式会社「表参道ヒルズ」
  12. 森ビル株式会社「虎ノ門ヒルズ」
  13. 森ビル株式会社「麻布台ヒルズ」
  14. 森ビル株式会社「麻布台ヒルズ 開発経緯」
  15. 東京都都市整備局「市街地再開発事業について」
  16. 森トラスト株式会社「会社概要」
  17. 森トラスト株式会社「中長期ビジョン」
  18. 森トラスト株式会社「東京ワールドゲート赤坂」
  19. 森稔『ヒルズ 挑戦する都市』朝日新聞出版